2026年4月12日 (日)

情報誌『ぴあ』復活

ネットによるサービスを展開している『ぴあ』が、紙の情報誌を復活させた。15年ぶりに発行された月刊誌のタイトルは『とぶ!ぴあ』。掲載された映画、演劇、美術、音楽のスケジュールから、QRコードを利用してWEB版に「とぶ」ことにより、更に詳しい情報に当たる、という作り。左開きの表紙からは各種イベントのスケジュールが横書きで並び、右開きの裏表紙からは作品の紹介レビューが縦書きで並んでいるという体裁。何となくだけど、右開きの紹介レビューのページ側を、表紙にして欲しかったように思う。

『ぴあ』の表紙といえば、及川正道氏のイラスト。復活号では、野球選手に扮したゴジラが、バッターボックスに立っている。えっ、及川氏っていくつだっけ、と見てみれば御年87歳。イラストレーターやマンガ家は年を取ると、さすがに絵の感じが変わってくるように思うのだが、及川氏のイラストのタッチや書き込みぶりは昔と同じままに見えるのが驚異的。

昔、名画座チェックなどに『ぴあ』を利用していた年寄りとしては、いちいちWEBに飛ばなくても、紙の雑誌でレビューを読むなどできればそれで十分なので、紙の雑誌復活は懐かしくも有難いと感じる。

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2026年4月 2日 (木)

「石器時代に戻す」

本日日本時間午前10時から行われたトランプ演説は、概ねこれまでのイラン攻撃の「成果」をまとめて話しただけで、停戦に向けた具体的な想定など目新しい話は何も無かった。朝方は上昇して始まった日本株も、演説の内容が明らかになるに連れて下落開始。日経平均は前日比1276円安で終了し、前日の上げ幅2675円の半分近くを消してしまった。株価チャートも、本日は大陰線となり前日の大陽線を打ち消した格好で、相場が早期に上昇に転じる期待はまだ持てない。

ところでトランプ演説の中で、イランを「石器時代に戻す」という表現が出てきのは、ちょっとイヤな感じがした。東京大空襲の指揮官ルメイ将軍がベトナム戦争時に発した言葉とされ、コッポラ監督の映画「地獄の黙示録」の中でも使われていた言葉だ。なんか久しぶりに聞いたというか、また出てくるとは思わなかったというか。石器時代に戻すくらい、敵を徹底的に叩き潰すというのは、アメリカの「宿痾」なのだろうか。

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2026年4月 1日 (水)

現役の人が主役、当然ながら

本日付の日経新聞コラム「春秋」に、以下のようなコラム氏の感慨が記されている。

「新型コロナ禍がやや収まり、皆が在宅勤務からオフィス出社へ戻った頃」、久々のビジネス街でコラム氏が見たのは、「駅も道も自分よりずっと若い人たちであふれている」光景。「ひたと前を見つめ、足早に歩く群れに圧倒された」という。「ある日ふと自らの老いに気づく。誰もが経験する日が訪れたわけだ。自分も一員だと疑わなかった街が『現役の国』という名の異国に感じられ、それ以来、半ば旅人のような気分で職場に通っている」らしい。

コラム氏はまだ勤め人のようだが、既に隠居の身である自分も、「現役の国」というのは「なるほどね」という感じ。平日の昼間に街に出て、忙しなく行き交う人々を見ると、みんな何かしら自分の目指すところに向けて動いているように思える。やはり世の中は、現役の人が回しているのだなあ。自分はと言えば、世の中の端っこにいる感じがする。まあ「老い」の自覚というよりは、社会の中でこれといった役割を果たしていない者の自覚というか・・・あんまり現役の人の邪魔にならないように生きよう、と思うのであった。

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2025年12月28日 (日)

吉祥寺に「あんかけスパ」の店

今月、吉祥寺に「親父のあんかけパスタ」がオープンした。名古屋のB級グルメ「あんかけスパゲッティ」を出すお店である。以前、西新橋に「パスタデココ」(カレーライスのCoCo壱番屋の経営)があったけど、いつの間にか無くなっていたので、東京に「あんかけスパ」専門店が新しく出来るのは、かなり意外感がある。自分にもナゴヤ歴が11年あるので、さてどんなものかと興味を持って出かけてみた。

あんかけスパゲッテイは、どろっとした茶色いソースが麺の周りを囲む。味はデミグラスソースでもトマトソースでもない、何と言っていいかよく分からない(苦笑)。麺の上には肉や野菜、フライなどがトッピングされる。メニューは、ハム・ウインナー・ベーコンの「ミラネーズ」(1500円)、野菜炒めの「カントリー」、その二つを合わせた「ミラカン」(1400円)、フライとウインナーと目玉焼きの「バイキング」などがある。自分が頼んだトッピングは「フラワー」(ほうれん草、ベーコン、目玉焼き)。ちなみに、この組み合わせは名古屋では「オリーブ」、ほうれん草とベーコンだけだと「ポパイ」と呼んでる。

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「あんかけスパ」(パスタとは呼べない 苦笑)は名古屋のものではあるけれど、名古屋でも「あんかけスパ」を出す店があちこちにあるわけではない。「ヨコイ」「からめ亭」「チャオ」「ユウゼン」「あんかけ太郎」「あんかけ屋」などの専門店があるけど、多くは3~5店舗程度の小規模チェーン。お店によってソースの味も結構違うのだが、いずれにしても味に少し癖があるというか、うまいと思う人とうまくないと思う人とはっきり分かれるように思う。なので、ナゴヤ地域外には広がらない、あくまで名古屋ローカルの特殊な食べ物という感じ。自分は名古屋に住んでいた時には、今日は何でもいいやと思う時に普通に食べてた。どっちかというと、寒い気候の時に食べていたかな。

このお店をやってるのは芸能人。出身は名古屋ということで、それ自体はなるほどと思うのだが、いろいろ見てみると、ちょっといわくつきの?人物らしくて、週刊誌系ネットニュースの小ネタにもなってる。なので、東京には珍しい「あんかけスパ」のお店が長続きして欲しいのは山々なのだが、さてどうなりますか。

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2025年12月24日 (水)

とりあえずメリークリスマス

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東京駅前でやってるクリスマスマーケット会場のクリスマスツリーです。

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2025年10月25日 (土)

「キョウ、ヨウ」があるのが大事

本日付日経新聞読書欄に、阿刀田高氏のエッセイ本『90歳、男のひとり暮らし』の紹介記事がある。以下に一部をメモする。

衣食住の近況紹介から始めたのは「読者の皆さんが関心を持つだろうと思った」から。脚が弱ったこともあり、外食は避けて食事はほぼ自炊。栄養には気を使うが、できあがりにはこだわらない。買い物下手を自認し、行く店も近場を優先する。「何事もまあまあならそれでいい」と考えることが、日々を機嫌良く過ごす秘訣のようだ。

老いてこそユーモアが求められると説く。自らも「キョウヨウの大切さ」を訴えて手本を示す。「教養」かと思いきや「今日、用」があるという「駄じゃれ」だ。確かにやるべきことがあれば頑張ろうとする気持ちが生まれる。「ユーモアはある意味危険な思想だから、年を重ねて分かる部分があるように思います」

・・・今日、用がある、やることがある。のは大事だなと、隠居生活一年目の小生もつくづく感じる。用が無ければ外にも出ないし、電車にも乗らない。移動しないし、環境も変わらない。すると、特にテンションの上がらないまま一日が終わってしまう。大した刺激のないまま、のんべんだらりんと日々を過ごすと、老け込むのも速いのではないかと恐れを感じてしまう。現役の時の、毎日外に出て電車に乗って会社に行き、仕事して帰ってくる。当たり前だったそういう生活パターンが、なるほど大事なのだなと感じる。なので老後も、何かパターンを作って、ある程度テンションを上げながら生活していくのが肝心だなと思う。ということで、「キョウヨウ」が大事というのは同感です。とにかく用を作って、外に出て、電車に乗ってどこかに行く。見て聞いて頭を使って活動する。とりあえず小生は、今は大学の公開講座に週に2、3回通うという形で、用のある日を作っているのだが、テンションを上げるとか、日常にメリハリをつけるためにも、スケジュールを作るのは必要なことだなと、改めて感じている次第。

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2025年9月 5日 (金)

「負ける戦争」はダメ、ゼッタイ

昔のマンガ、確か「ヨウスケの奇妙な世界」シリーズ(作者は高橋葉介)の中に「勝つ戦争は良いが、負ける戦争はイヤだ」みたいな言葉があったな、という覚えがあり、先日、どのマンガだったかマジメに捜し出した。正確には「勝つ戦争は賛成だが負ける戦争は反対だ!!」(『宵闇通りのブン』の「パパを待つ」、1980年「マンガ少年」掲載)というセリフ。記憶を確かめることができて、ひと安心すると共に、やっぱり名言だなと思う。これが、戦争に対する大衆のホンネじゃないだろうか。

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この夏は戦後80年ということで、戦争体験者の減少という背景から、戦争を「語り継ぐ」困難さが増していることが課題として、特に強調されていたように思う。確かに「語り継ぐ」ことは大事だろう。しかし、諸々の体験談が結論的に行き着く先が「戦争は絶対にしてはいけない」という思いであるならば、そりゃそうだろうという感じになるのも正直なところだ。肝心なことは、我々は敗戦国の人間であるという事実だろう。結局戦争に負けた国の人々から見れば、戦争は悲惨そのもの、根源的な悪として扱われるのも、当然の筋道のように思われる。だからと言って、ひたすら「戦争は絶対にダメだ」と訴えるのも、意地悪い見方をすれば、所詮敗戦国の恨み辛みが込められた言動でしかないような気もする。(戦勝国の人々の戦争観、平和観がどういうものか知らんけど)

この夏、ノンフィクション『昭和16年夏の敗戦』がドラマ化されてNHKで放映されていたが、戦争体験、というより敗戦体験からの教訓として、勝てない戦争、負ける戦争は絶対してはならない、とは確実に言えるだろう。つまり「負ける戦争は反対」するしかない。じゃあ、「勝つ戦争は賛成」なのか、勝てる戦争はやっていいのかと言われれば、基本的にはやってもいいんだろうけど、実際にやるやらないは自由かな。(苦笑)

とはいえ21世紀の今は、よその国に欲しいものがあれば、国の外交やグローバル企業の進出により、自分の国に持ってくるようになっている。だから、侵略戦争はどんな意味付けをしようが時代遅れになっているし、いま戦争と認められるのは、建て前としては自衛のために行う戦争なのだろう。つまり攻めてきたら「守る」あるのみなのだから、最初から勝つ戦争とか負ける戦争とか考える必要は、もはや無いのかも知れない。

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2025年8月 6日 (水)

ヒロシマ被爆80年

今日は「原爆の日」。平和を祈るだけの日ではない。アメリカの戦争犯罪を忘れない日だと思う。リメンバー、ヒロシマ!

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原爆ドーム、「広島県産業奨励館」だった建物の説明板には、「爆風が上方からほとんど垂直に働いたため、建物の壁の一部は倒壊を免れ、最上部に残った鉄骨により円蓋をもつ建物であったことがわかる程度の残骸」となった、と説明されている。爆心地ほぼ直下であったために、全壊しなかった。と思うと、原爆ドームが残り、原爆の惨禍を伝えるシンボルになったのは、奇跡的なことだなと思える。これからも、人類のいわば「原罪」を伝え続けるモニュメントとして、保存していかなければならない。

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2025年8月 4日 (月)

戦時の少年少女世代への想い

先日、広島の平和記念資料館に行き、さらに東京都写真美術館の企画展「ヒロシマ1945」にも足を運んだ。

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で、「被爆地に立つ少女」の写真のことを知った(上の画像は企画展の展示パネル)。この写真は原爆投下から3日後の1945年8月9日に、毎日新聞社のカメラマンが撮ったもので、長い間どこの誰かは分からなかった。しかし2017年に、遺族からの問い合わせを受けて最新技術で確認した結果、人物の特定に至る。翌2018年毎日新聞は、写真の少女は当時10歳の藤井幸子(ゆきこ)さんであると発表した。幸子さんは被爆後、成人し、結婚して二人の子供をもうけたが、1977年がんにより42歳で死去した。

当時リニューアルを計画していた平和記念資料館は、幸子さんの写真を常設展示することを決めた。2019年のリニューアルオープン後、資料館の本館入口では、幸子さんの大きな写真が見学者を出迎える。ひと通り見学した出口のところにも、成人した20歳頃の写真と並べて改めて展示されている。(下の画像)

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知るのがちょっと遅くなり、この件を語るのはいささか気後れするのだが、この物語に僕の心はざわついた。それは幸子さんが、僕の親世代に当たる人だからだろう。昭和20年8月当時10歳ならば、昭和10年か9年の生まれ。いわゆる昭和ヒトケタ世代は、戦争当時少年少女だった人たちである。子供の頃に戦争を経験して、成人してからは戦後の価値観のひっくり返った時代を生きてきた。何だか想像を絶する経験である。

今年は昭和100年、ひと世代30年で単純に計算して、昭和ヒトケタの子供世代は還暦を過ぎ、70代に突入していく頃合いだ。既に人生の大半は過ぎてしまい、後は追憶に生きるだけのような気もするが、だからこそ改めて親世代に思いを馳せて、20世紀前半の狂気の時代を生きた少年少女たちに敬服する、戦後80年の夏なのであった。

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2025年1月29日 (水)

森永卓郎、死去。

昨日1月28日、経済アナリストの森永卓郎氏が亡くなった。享年67歳。

昨年の年初に、やはり著名な経済評論家である山崎元氏が食道がんで亡くなり、同じ頃、余命宣告を受けてがん闘病中であることを公表していた森永氏がどこまで頑張れるのかという、正直ちょっと意地の悪い興味を持って見ていた。一時はテレビに出ている姿を見ても、結構元気そうに見える時もあったけど、残念ながら奇跡は起こらなかった。

山崎氏と森永氏が大活躍していた頃には、自分も彼らの意見をいろいろ読んでいた覚えがあるので、何だか無常の感覚があるのはどうしようもない。そして何しろ、自分より一つ二つだけ年上の人が世を去ると、自分は今死んでも悔いはないか、やるべきことはやったのか、などと考えてしまう。(まあ自分のレベルでやれることはやったかなと、思っちゃってますけど)

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