2026年8月 2日 (日)

高市政権支持率、「老低」の雑感

高市政権の支持率は、若者は高く、年寄りは低い。ワタシは年寄りなので、もちろん支持してない(笑)。まずは7月30日付日経新聞からメモ。

7月の内閣支持率は58%と、前月より10ポイント低下した。このうち29歳以下で7割台、70歳代以上は4割台となった。若者と高齢者で最大30ポイントほどの差が開いた。

高市内閣支持の世代差は、現役世代と高齢者で分けてみると鮮明だ。現役の39歳以下は67%、40〜50歳代は66%に上る。60歳以上は51%にとどまっている。世代ごとの政治的態度の違いは、情報を得る媒体が影響している可能性がある。総務省の25年度調査によると、「いち早く世の中のできごとや動きを知るため」に使うのは、50代以下でSNSを含むインターネット、60代以上はテレビがトップだった。SNSは自分と似た意見に触れる機会が多く、政権に好感を持つ人が否定的な情報に接しにくくなる。テレビは首相の政策や行動に評価を加えて報じる。

高市政権が進める重要政策でも、現役世代と高齢者で傾向が異なるケースが目立つ。例えば、食料品の消費税率を2年間1%に下げ、中低所得者などに現金を給付する案がある。39歳以下の6割以上は「賛成だ」と回答した。60歳以上は、「賛成だ」と答えたのは4割にとどまった。財政政策も同様だ。国債発行を増やして経済成長するか、増やさずに財政の健全化を目指すべきかを聞いた。39歳以下は「経済成長」、60歳以上は「財政健全化」が過半となった。

・・・直近支持率が下がったとはいえ、水準自体はまだまだ高いのは、年寄りの自分には不可解(苦笑)。若年と老年の情報を得る媒体の違いが、どれくらい支持率の差に影響しているのか、正直自分にはよく分からない。高市政権の経済政策が現役世代にメリットがあるのかどうか、これもまたよく分からない。とりあえず自分には、消費税減税の件一つとっても、高市政権は十分にポピュリズム政権だと思える。今日の日経電子版を見たら、浜田宏一教授曰く「政策当局は経済学の正常な論理を理解しないで財政や金融政策を進めている」とのこと。要するに、高市政権は経済は何も分かってないって話。いつまでも円安低金利を続けようとする、アホな政権にとても不安を感じる。

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2026年4月15日 (水)

高市政権は不真面目である

高市政権の支持率は高い。しかし何か目を見張るような凄いことをしているかというと、そうでもない。むしろ変なことばかりやってる。本日付日経新聞コラム「大機小機」(正面から議論を)からメモ。

高い支持率を維持する高市早苗内閣は一体何を目指しているのか。見えてこない。2026年度予算について、高市首相は年度内の成立にこだわったが、結局与党が過半数を握っていない参院で断念。解散総選挙により予算審議の空白をつくったのは首相自身だ。年度内成立が単なる力の誇示であったとしたら危険な兆候である。

3月19日、ホワイトハウスでの会談で、首相は「世界に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ」と言い、会談は成功したことになっている。しかし世界が急速に変化する中、欧州をはじめ多くの国々が外交防衛の基本方針を見直している。

仮想ではなく現実の有事としてのイラン戦争への対応をめぐり、日米同盟、自衛隊派遣、憲法9条など日本の外交防衛に関する基本問題について、高市首相は国民に正面から説明する必要がある。

内政も同じだ。2月26日に開かれた社会保障国民会議の初会合はわずか15分。高市首相が社会保障の問題を真剣に考えているのか、疑わせる内容だった。歴代の内閣が設けた「国民会議」では年金や医療、子育て支援など社会保障の給付も議論されたが、今回はまったくない。

日本と世界は歴史的な転換期にある。内外の重要課題は1強の「力」だけでは解決できない。

・・・経済政策は成長17分野(多すぎる)に積極投資すると共に、日銀には金利を上げるなと言う(笑)。安全保障は米国トランプ大統領に丸投げ(ため息)。社会保障には関心なし(に見える)。どうも日本の課題にまともに向き合ってる感じはしない、不真面目な政権という印象。無理やり解散総選挙したら大勝してしまったので、あとは数の力で好きなように押していくだけならば、日本の先行きは相当危なっかしい。

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2026年3月20日 (金)

日米首脳会談、通訳氏の貢献大だな

日経新聞電子版の本日発信記事(日米首脳会談、トランプ氏に首相の言葉は響いたか 通訳の表現を分析)から、以下にメモする。

通訳は外務省の高尾直日米地位協定室長が務めた。安倍晋三氏の首相在任中、トランプ氏との会談で通訳を担ってきた。英語であいさつを始めた首相が言葉につまり、高尾氏の方を向くと、トランプ氏は「どうぞ。あなたには非常にいい通訳がいるんだから」と日本語での会話を促す場面もあった。「私はずっと前から(彼を)知っている。晋三と一緒に」と付け足した。

首相の発言と高尾氏の通訳を比較すると、文意を逸脱しない範囲で、微妙に変化をつけてトランプ氏の心をつかもうとしていたことがわかる。

世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思っている。

I firmly believe that it is only you, Donald, who can achieve peace across the world.

首相は「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思っている」と伝えた。国際法上の正当性があいまいなままイランを攻撃したトランプ氏に投げかけるのはリスクを伴う発言だ。だからこそ響く可能性がある。高尾氏は英語で「固く信じている(firmly believe)」と表現し、思いを強めた。

・・・上記は一例で、記事には事例があと2つ挙げられていたけど、いずれにしても高尾さんって凄く優秀な人なんだなと感心する。事前にどこまで用意しているのか知らないが、首相の言葉(まさに歯の浮くようなお世辞 唖然)を、その場で文章を書くように英語で話すって、超能力じゃなかろうか。今回の首脳会談は成功裡に終了した、ということだけど、通訳の力が何より大きかったという印象を持った。外交には優秀な通訳者が絶対に必要だ、と改めて実感。

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2026年3月13日 (金)

自衛隊のホルムズ海峡出動は可能か

2015年、集団的自衛権の行使を可能とする安保法制を巡る国会の議論の中で、当時の安倍首相は、ホルムズ海峡が封鎖された場合の機雷掃海(武力行使とみなされる)実施について、たびたび答弁していた。12日付日経新聞記事(自衛隊は動けるか)からメモする。

自衛隊がホルムズ海峡周辺で何らかの行動をするならば、安全保障関連法に沿った3つの選択肢が考えられる。まず集団的自衛権の行使だ。日本に直接攻撃がなくても、日本の存立が脅かされるような明白な危険がある場合に「存立危機事態」に認定できる。それが集団的自衛権を用いる前提となる。木原稔官房長官は11日の記者会見で、ホルムズ海峡での機雷の敷設が存立危機事態にあたるかを問われ「該当するといった判断は行っていない」と否定した。

脅威のレベルが集団的自衛権を行使するほどではない場合はどうか。放置すれば直接の武力攻撃に至る恐れのある「重要影響事態」に認定することが想定される。米軍と外国軍を対象に給油や弾薬の提供といった後方支援ができるようになる。日米安全保障条約や国連憲章の目的達成という条件をつけている。もうひとつ「国際平和共同対処事態」がある。国際社会の平和や安全への脅威がある際、国連憲章の目的に従って共同で対処する活動を指す。自衛隊は後方支援にあたる措置がとれる。

今回の米国とイスラエルによるイラン攻撃の状況を予見するような国会審議が15年になされている。安倍政権と野党だった民主党の岡田克也代表の同年5月27日のやりとりだ。安倍晋三首相は先制攻撃した側の国に後方支援する可能性について「あり得ない」と強調した。中谷元防衛相や岸田文雄外相は、先制攻撃が国際法上認められていない点を指摘した。岡田氏は後方支援だけでなく、存立危機事態に認定して集団的自衛権を行使することも認めないのか問うた。岸田氏は「まったくあり得ない」と明言した。岡田氏は「米国が先制攻撃をした場合」について重ねて確認した。安倍氏は「仮にある国がなんら武力攻撃を受けていないのにもかかわらず、違法な武力の行使をすることは国際法上認められない。わが国がそのような国を支援することはない」と語った。

・・・具体的に考えうる「存立危機事態」とは、現実的には殆ど有り得ないレベルの事態という感じ。自国が直接攻撃された場合はともかく、関係の深い他国が攻撃されて、存立危機事態に陥るという状況はなかなか想像しにくい。さらに一方的に先制攻撃するような「ならず者国家」の支援はしない、ということだから、今回の戦争中に自衛隊がのこのこ出ていくことは無いのだろうな。湾岸戦争の時と同様、戦争が終わってから機雷の掃除に行くのが分相応なのだろう。

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2026年2月18日 (水)

「中道」政党は幻だった

まず本日付の日経新聞「池上彰の大岡山通信・若者たちへ」(衆院選後記)から、以下にメモする。

自民党が大幅に議席を増やした一方で、中道改革連合は大敗北でした。敗北の理由は、これからの分析にもよるのでしょうが、「中道」という言葉を選択した是非も問われることでしょう。というのも、ここでいう「中道」とは、旧公明党にすれば仏教用語ですし、旧立憲民主党にしてみれば、右翼でも左翼でもないという政治用語だったのですが、有権者の誰もが政治用語を知っているわけではありません。

次に同じ本日付の日経新聞投資面コラム「大機小機」(「保守と革新」の終焉と新たな再編)からも、以下にメモする。

保守の対立概念は55年体制においては長く、革新だった。保守の自民党でも、革新の社会党でもないことを表す言葉が、第三極や中道だった。選挙直前に立ち上がった新党の名称が中道改革連合、略称で中道であるのは、その名残を想起させる。 この事象(高市自民党の圧勝)からうかがえるのは保守と革新、保革対決政治の完全な終焉と、保守の多党化である。保守同士の、新たな政界再編の入り口に立ったとみるべきだろう。

・・・左翼と右翼がガチで対抗している時代だったら、「中道」という立ち位置を謳うのも有効だったと思う。しかし左翼が左派になり、右翼が右派になり、段々薄味になってきて、左派はさらにリベラルとも呼ばれるように。しかも今の世の中は全体的に右にシフトしていて、もはや左の存在感は無きに等しいのだから、左と右の間という立ち位置も成立しなくなっているし、そういう現状では「中道」でも、右から見ればリベラル扱いとなっている。そして今回の総選挙の大惨敗。もはや左派またはリベラルはほぼ消滅した、と言っていい。

かつての「革新」という表現は、「保守」に対置されていたように、より「進歩的」なニュアンスを含んでいたように思う。「革新」という表現が消えた背景には、「進歩」に対する懐疑的な気分の強まりもあるだろう。かつての「革新」そして「左派・リベラル」は、基本的に理念先行の政治的立場であるとはいえるだろうが、今ではその理念も空回している印象が強いし、多くの生活者の実感からも離れているように思う。「左派」が消えると共に、「中道」も成り立たなくなり、必然的に保守政党の間で政策の違いを競う多党化につながった。新たな政界再編の入り口なのかもしれないが、やはり自民党に分裂の機運が出てこない限り、なかなか現実に再編が起こる感じはしない。

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2026年2月16日 (月)

「日本型リベラル」の消滅

先の総選挙における中道改革連合の惨敗は、「日本型リベラル」の消滅を意味するのだろう。今週の週刊ポスト(2/27・3/6号)掲載記事「リベラルは死んだのか」から、識者の意見の一部をメモする。

野田佳彦代表らがすべて間違っていたとは思わない。公明党と中道改革連合を結成するにあたって、「安保法制は違憲」「原発再稼働反対」といった従来の主張を取り下げたのは、現実に向き合う姿勢として正しい。〝極右〟やポピュリズムが急伸する欧米では〝リベラルの限界〟がさかんに議論されているが、日本のリベラルにはそれ以前の問題がある。これまで戦後リベラルは、「憲法9条さえあれば平和が守られる」「憲法を1文字でも変えると戦争が起きる」など、荒唐無稽な主張をしてきた。国民の大多数が悲惨な戦争の記憶を持っていた1960年代までは、この主張にも一定程度のリアリティがあったが、70年代にはすでに「うさんくさい」ものに変わっていた。それなのにその後も半世紀以上、日本のリベラルは理念に縛られ、空理空論を唱え続けてきた。(作家の橘玲氏)

占領軍は最初に、日本の軍部が戦争に導いたことを批判し、強い反軍思想を植え付けた。それが今も護憲という形で、日本型リベラルのバックボーンになっている。併行して、権力に立ち向かうという方向性が出てきた。こうした日本独特なリベラルの問題点は、現実を見ずに偽善的な物言いをし、振る舞うこと。良く言えば理想主義だが、傍から見れば信頼できない。常に与党に反論するが、代替案を出さない。立憲民主党は結党時点で護憲を打ち出した政党で、一方の公明党も信念的平和主義政党。まさに古い反戦平和勢力の融合、典型的な日本型リベラル政党だった。(中西輝政・京都大学名誉教授)

立憲民主党の政治家たちは、中道改革連合の結党時点で「リベラル」を捨てたと言って良い。立憲は安保法制反対、集団的自衛権の行使は違憲だという軸で結党したような政党だが、中道結党にあたって「安保法制は合憲だ」と言い換え、結党の理念を否定。公明党は本来、リベラル政党で、安全保障の観点でも平和を志向するリベラルな立場だった。しかし、自民党と26年間一緒にいたため、ブレーキ役をしながらも結果として、自民の政策を是認。安保法制も合憲と判断し、連立解消するまでは自民と同じ安全保障政策をとってきた。そうした自民の政策に引きずり込まれた公明の政策に、今度は立憲が生き残りのために引きずられた。その結果、自民と中道の政策の大きな違いが見えなくなった。(八木秀次・麗澤大学経済学部教授)

・・・立憲民主は公明との「合併」を機に、自らのリベラル色を払拭し、さらに「中道」を前面に押し出すことによって、現実に政権担当可能な新党としてアピールする狙いがあったように思う。結果的に政策が自民党に近づいても、自民から離れた支持者を自分たちに引き寄せることができると見込んでいたかもしれない。しかし、想像を超える「高市推し」の大波に押し流されてしまったようである。

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2026年1月22日 (木)

69条解散と7条解散

20日付日経新聞政治・外交面記事から以下にメモする。

自民党が結党し比較的安定した政治体制となった「55年体制」以降の衆院解散22回のうち、前回から2年以内(衆院議員の任期4年間の折り返し前)のケースは、1980年の「ハプニング解散」など3回にとどまる。

80年は自民党の反主流派が造反し、野党が提出した内閣不信任決議が可決された。与野党ともに予期しない展開だった。2005年の小泉純一郎首相の「郵政解散」は郵政民営化法案を参院が否決したのがきっかけだった。14年は安倍晋三首相が消費税の増税先送りの是非を国民に問うのを大義に11月に解散した。

衆院解散は憲法に根拠とする条文が2つある。解散を内閣の助言と承認により天皇が行う国事行為と位置づける7条と内閣不信任決議が可決した場合の69条だ。69条は22回のうちハプニング解散など2回で、大半は「解散は首相の専権事項」と解釈される「7条解散」だった。

高市早苗首相は23日召集の通常国会の冒頭で衆院を解散すると表明した。前回衆院選から解散までの期間はハプニング解散の7カ月ほどを上回るものの、7条解散としては過去最短となる。1年3カ月ほどで任期の3分の1に満たない。

・・・「55年体制」以降の69条解散は、80年と93年。80年は総選挙期間中に大平首相急死という一大事が起こり、「弔い合戦」的な勢いも出て自民党が勝利した。93年は宮沢内閣不信任案可決、自民党分裂で総選挙実施。その結果、細川内閣が誕生し連立政権時代が幕を開けるという、歴史的な選挙となった。

こう見ると、内閣不信任案が通るというのは稀なケースなのだな(当たり前か)。ひと頃は、国会会期末に年中行事のように、野党から内閣不信任案が出て、粛々と否決されていた。単純に考えれば、与党に造反者が出ないと可決は無理なわけだから、そういう見通しもないのに、不信任案提出を繰り返していた野党は、実績にもアピールにもならないことをやってたと言うほかない。

さて今回の解散は、高市首相が高い支持率(期待率?)を背景に小泉型安倍型の解散を打って、与党の安定多数確保を目指すということらしいが、逆に言えば、現状の与党議席数での政権運営に自信がないと言ってるようなものだ。やはり現状のまま野党の協力を得ながら、とにかく予算を仕上げるところまで頑張ってやってから解散、という普通の道筋が望ましかったように思う。

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2026年1月18日 (日)

「中道改革連合」の示すもの

立憲民主党と公明党の合併による新党「中道改革連合」結成の、社会学的意味とは何か。宗教学者・島田裕巳のnote、1/16投稿(創価学会消滅の意味するものは何か?)から、以下にメモする。

国家と個人の間に立ち、個人をアノミー(無規範状態)から守る緩衝材としての「中間集団」は、健全な民主主義社会に不可欠である。かつての日本には、以下の三つの強力な中間集団が存在し、政治参加の基盤となっていた。
1.企業・業界団体(自民党支持基盤)
2.労働組合(社会党・民主党支持基盤)
3.宗教団体・地縁組織(公明党・自民党支持基盤)
2020年代半ば、これら全てが機能不全に陥っている。

2026年の「中道改革連合」の結成は、衰退する二つの古い中間集団(労組と宗教)が、互いの欠損を埋め合わせようとする「弱者連合」としての側面を持つ。
立憲民主党(労組依存)と公明党(学会依存)の提携は、新たな価値観や支持層の開拓ではなく、残存する組織票を効率的に配分することで延命を図るシステムである。しかし、これは「無縁社会」化して浮遊する大多数の有権者(無党派層)や、既存の中間集団から排除された層(ロスジェネ、若年非正規)の受け皿にはなり得ていない。

公明党が「中道改革連合」を通じて政治的延命を図ることは、短期的には一定の合理的選択である。しかし、長期的には、支持母体の人口動態的消滅という根本問題は解決されない。「宗教政党」としての看板を下ろし、真の「中道福祉政党」へと脱皮できるかが問われるが、創価学会との一体性が強すぎる現状では、その転換は極めて困難である。

公明党の危機は、日本社会における「共同体の喪失」の最終局面を象徴している。戦後民主主義を裏で支えてきた「組織による動員」というシステムが終焉を迎え、代わって現れたのは、孤立した個人がSNSやポピュリズムの風に煽られて流動する、極めて不安定な政治空間である。個人化・流動化した社会において、いかにして新たな「連帯」や「相互扶助」のネットワーク(新しい中間集団)を構築するか。それが無き限り、日本の政治は「孤独な個人」たちのルサンチマンと不安によって漂流を続けることになるだろう。

・・・明快な図式化。さすが島田先生。個人的な印象では、公明党も以前よりは宗教色が薄まっているような気もするのだが、やっぱり一般的な政党になるのは難しいのかな。それでも、立民との「合併」により、何らかのケミストリーが生じることを期待したいものだ。

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2025年12月27日 (土)

「文明の衝突」論はハズれた

12月26日付日経新聞掲載のFT記者コラム記事(誤りだった「文明の衝突」)からメモする。

「文明の衝突」を著した米ハーバード大の政治学者サミュエル・ハンチントン氏が存命だったら、世界を完全に読み違えたとして、あの米政治学者フランシス・フクヤマ氏と同様に厳しい批判を受けていただろう。

現在、重大な対立は文明と文明の間ではなく、文明内部で起きている。今の紛争が起きている場所を見てほしい。ウクライナ戦争は少なくともハンチントン氏の分類に従えば「東方正教会文明」の内部で起きている。中国本土と台湾の対立も同じ文化圏内の争いだ。ハンチントン氏はこの文化圏を中華文明と呼んだ。

彼は、あらゆる政治レベルに当てはまる一つの真実を見落としていた。狂信者たちというのは、最も激しい憎悪を必ずしも敵対する相手に向けるわけではないという点だ。むしろ疑念を抱く者や背教者、分派論者を攻撃対象にする。自分たちの世界と全く関係ない者は簡単に無視できるが、自分たちの世界から逸脱する者は耐えられないのだ。

この原則を国家レベルに当てはめると、2025年の世界が理解しやすくなる。紛争が起きているのは逸脱が生じた場所だ。すなわち東方正教会圏にありながら西側志向のウクライナ、中国的文化を持ちつつ民主主義を採用する台湾だ。

・・・東西冷戦終了後の世界の見通しの双璧とも言える、ハンチントンの「文明の衝突」とフクヤマの「歴史の終わり」。1990年頃にイデオロギー争いが決着した後、異なる文明間の争いになるのか、自由な民主主義が世界を覆うのか。多くの議論を呼んだが、30年が経った現在の答えは、どちらも「否」と言うほかない。ウクライナ戦争がはっきりと示した「冷戦後の終わり」を生きる我々は、文明内部の争いが世界大戦に繋がることを阻止できるのか。そしてまた、グローバル資本主義による格差拡大の中で、自由な民主主義は分断と対立を克服できるのか。その見通しは未だ立たない。

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2025年12月 2日 (火)

参議院議員を減らせばいい

本日付日経新聞「私見卓見」(議員定数削減は二院制の観点で、筆者は岩崎美紀子・筑波大学名誉教授)からメモする。

日本維新の会は「1割を目標に衆院議員定数を削減」することを、自民党との連立政権合意において求めた。なぜ衆院議員だけが対象になるのだろうか。

衆議院の議員定数は2012年に5減、16年に10減され、465となった。一方、参議院の議員定数は18年に6増され248となった。衆参の定数割合は概して2対1であったが、いびつになった。

二院制議会諸国では、第一院は人口比例代表原則と直接選挙に基づく国民代表の議院であり、人口が少ない地方の議員数が少ないのは共通の現象である。このような第一院で定数を削減すれば、地方への議席配分数はさらに減少する。

二院制諸国では、第二院は第一院とは異なる代表原則をとっているが、日本の参議院はそうはなっていない。参議院改革が必要とされながらも、根本的な対応策はとられていない。選挙制度も小選挙区制と中選挙区制の併存に加え、比例代表制非拘束式に拘束式を混在させるなど、一貫性にはほど遠い。

定数削減による地方への影響が少ないのは、全国を1区とする参議院比例選挙である。定数減が続く衆議院と、定数を増やした参議院。国会議員の定数削減を目指すのであれば、二院制の観点からの検討が不可欠である。

・・・言われてみれば、なんで参議院の議員数を減らすという話にならないのだろう。誰か理由を教えてくれぇ。

仮に、現状で参議院議員全員を比例代表選挙で選んだら、完全多党制の世界になって多数派形成はほぼ不可能になるだろうな。(苦笑)

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