「火の鳥」に見る「手塚ペシミズム」
昨日22日付日経新聞のコラム「大機小機」(「火の鳥」が問うAI時代)から、以下にメモする。
漫画の神様・手塚治虫の不朽の名作「火の鳥 未来編」が静かに再評価されている。AI(人工知能)や量子に代表される革新的技術が急速に進歩する中、「火の鳥」が、人間とは何か、幸せとは何かという本質的な問いを投げかけているからであろう。
物語では、国家は高度に進化したコンピューター(AI)によって統治される。人間はあらゆる判断をAIに委ねるようになる。そして、AI同士の判断によって全面戦争に突入し、超水爆によって人類は滅亡する。主人公だけは世界で唯一、永遠の命を授かる。人類滅亡後、数十億年にも及ぶ孤独な時を生き続け、新たな生命と文明の誕生を見届けるという過酷な宿命を背負うのである。
漫画の連載開始は1967年、今から約60年前である。にもかかわらず、その壮大な構想と現代にも通じる普遍的なテーマは、今なお色あせることがない。AIが人類を滅亡に導くという設定も単なる漫画の世界のこととして片付けることはできない。人類滅亡は極端な最悪シナリオだが、私たちが直視すべきは社会が現実に直面しているリスクである。誤情報や誤判断、権利侵害、サイバーセキュリティー、雇用の不安定化、格差の拡大、電力消費の急増、民主主義の後退、さらには軍拡競争など、論点は多岐にわたる。
AIのリスクをいかに管理するのか。何をAIに委ね、何を人間が担い続けるのか。そして、AIといかに共生していくのか。AIガバナンスの確立は、国家、企業、投資家、そして私たち一人ひとりに課せられた時代の責務である。
・・・「火の鳥」は昔、若い頃に読んだ。「未来編」を読み終わった時、頭がぼーっとして熱っぽくなったのを覚えている。何しろスケールが余りに壮大だし、何より永遠に生きるとはこんなにも恐ろしいことなのだと思わされた(宗教は気軽に「永遠」を語るけどね)。そして、この物語の根底にある、いわば「人類やり直しの思想」には心が静かに震える感覚があった。
人類は野生動物からやり直すべきだという思想は、「バンパイヤ」の中でも、登場人物の熱海教授の話として出てくる。「ワンダー3」も、人類の存在意義が認められないと判断されれば、反陽子爆弾で地球を吹っ飛ばすという話だったかと思う。自分は、手塚治虫は天才だと認めるのに吝かではないけれど、その一方でおそらく作家自身の戦争体験から来るであろう、人類の存在に対する絶望的な懐疑、この「手塚ペシミズム」ともいえる感覚からは、素直に手塚作品は好きだと言えない感じもしている。
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