戦艦長門沈没80年
80年前の1946年7月29日、ビキニ環礁の核実験で戦艦長門は沈没した。雑誌『歴史群像』6月号記事「長門型戦艦全史」からメモする。
『長門』は昭和20年6月に特殊警備艦の指定を受けると、相模湾に上陸してくる敵に横須賀から艦砲射撃を加える任務が与えられた。そして7月18日には空母艦載機群の空襲を受け、爆弾4発が命中して艦橋が大破するという状態で戦争を終えたのであった。
戦後、アメリカ軍に接収された『長門』は、翌年7月にビキニ環礁で実施された『クロスロード』作戦に投入された。これは海軍艦艇に対する核兵器の破壊力を実証する実験であり、他に軽巡『酒匂』や、アメリカの空母『サラトガ』他、旧式米戦艦4隻、ドイツ重巡『プリンツ・オイゲン』なども標的艦として供されている。
使用される核爆弾は、長崎に投下された「ファットマン」と同じプルトニウム内爆型で、破壊力はTNT火薬換算で21キロトンのもの。空中爆発の影響を検証する実験A(エイブル)と、水中爆発検証の実験B(ベイカー)の2種類の実験が実施されたのである。
7月1日に実施されたエイブルで、『長門』は爆心地から約1500メートルに位置。爆風で艦橋などの上部構造物が損傷し、装甲の一部が剥離したが、航行能力を維持し、浸水もほとんど見られなかった。さらに7月25日にはベイカーが実施されたが、爆心地から約600メートルに配置された『長門』は水中衝撃波の直撃で、右舷に約5度傾斜した。一見すると浮力は保たれていたが、4日後の29日未明、静かに転覆し、海底へと没したのであった。
・・・昔、何か(雑誌「丸」かなあ)で読んだ文では、「翌朝、長門の姿は海面から消えていた。長門の沈む姿を見た者は誰もいなかったのである」という感じで、センチメンタルに結ばれていた。やはり昔、TVアニメの「サイボーグ009」だったか、長門が復活してアメリカ本土に迫るという話を見た覚えがある。「はげ山の一夜」の音楽と共に、月光をバックにしてビキニ環礁の海底から浮上するシルエット状の長門。何かそういう印象の記憶が残っている。ゴジラ的な扱いとも言えるけど、復活する長門には核のトラウマに加えて、アメリカへの強い復讐心が表わされていたように思う。
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