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2026年7月29日 (水)

戦艦長門沈没80年

80年前の1946年7月29日、ビキニ環礁の核実験で戦艦長門は沈没した。雑誌『歴史群像』6月号記事「長門型戦艦全史」からメモする。

『長門』は昭和20年6月に特殊警備艦の指定を受けると、相模湾に上陸してくる敵に横須賀から艦砲射撃を加える任務が与えられた。そして7月18日には空母艦載機群の空襲を受け、爆弾4発が命中して艦橋が大破するという状態で戦争を終えたのであった。

戦後、アメリカ軍に接収された『長門』は、翌年7月にビキニ環礁で実施された『クロスロード』作戦に投入された。これは海軍艦艇に対する核兵器の破壊力を実証する実験であり、他に軽巡『酒匂』や、アメリカの空母『サラトガ』他、旧式米戦艦4隻、ドイツ重巡『プリンツ・オイゲン』なども標的艦として供されている。

使用される核爆弾は、長崎に投下された「ファットマン」と同じプルトニウム内爆型で、破壊力はTNT火薬換算で21キロトンのもの。空中爆発の影響を検証する実験A(エイブル)と、水中爆発検証の実験B(ベイカー)の2種類の実験が実施されたのである。

7月1日に実施されたエイブルで、『長門』は爆心地から約1500メートルに位置。爆風で艦橋などの上部構造物が損傷し、装甲の一部が剥離したが、航行能力を維持し、浸水もほとんど見られなかった。さらに7月25日にはベイカーが実施されたが、爆心地から約600メートルに配置された『長門』は水中衝撃波の直撃で、右舷に約5度傾斜した。一見すると浮力は保たれていたが、4日後の29日未明、静かに転覆し、海底へと没したのであった。

・・・昔、何か(雑誌「丸」かなあ)で読んだ文では、「翌朝、長門の姿は海面から消えていた。長門の沈む姿を見た者は誰もいなかったのである」という感じで、センチメンタルに結ばれていた。やはり昔、TVアニメの「サイボーグ009」だったか、長門が復活してアメリカ本土に迫るという話を見た覚えがある。「はげ山の一夜」の音楽と共に、月光をバックにしてビキニ環礁の海底から浮上するシルエット状の長門。何かそういう印象の記憶が残っている。ゴジラ的な扱いとも言えるけど、復活する長門には核のトラウマに加えて、アメリカへの強い復讐心が表わされていたように思う。

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2026年7月28日 (火)

社外取締役が頑張るしかない

本日付日経新聞コラム「大機小機」(真の企業統治は人から)から(ホントは全文引用したいくらいだけど)、一部をメモする。

コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の改訂論議が進む。委員会の設置、社外取締役の人数、開示の拡充。議論は「型」の精緻化に向かいがちだ。だが型を整えるだけでは真のガバナンスは生まれない。型に魂を入れられるかは、社外取締役の能力と覚悟にかかっている。

ニデックが突きつけたのは制度の不足ではない。型に魂を入れる人が機能しなければ、ガバナンスは空洞になるという現実である。

(社外取締役に)問われるのはブランドや会社の存立を揺るがす不祥事の兆候を早く察知し、食い止められるかだ。監査等委員は監査法人と対話し、表面化していない問題を取締役会に上げる「最後のとりで」としての責任がある。

答えは会議室だけにあるのではない。現場に足を運び、社員と語らい、組織の空気を五感で感じ取る。幹部の退職や現場の萎縮、異論を許さぬ空気。数字になる前の違和感を拾い、企業価値を毀損する「潮目の変化」を読む。必要なのは修羅場をくぐった危機管理の経験と、言うべき時に「ノー」と言える能力と覚悟である。真のガバナンスは型からではなく、人から生まれる。

・・・今はもう、会社経営には当たり前の存在になっている社外取締役だけど、そもそも立場的に難しい。経営陣の中にいる株主代表というか。基本的に会社の応援団だけど、会社が間違ったことをしている時は、強くダメ出しする、レッドカードを突き付けるという役割。社外取締役は多くの場合、社長の知り合いから選ばれて就任していると思うけど、それにも関わらず、いざという時は社長に直言するわけだから、確かに胆力がいるなあ。

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2026年7月23日 (木)

「火の鳥」に見る「手塚ペシミズム」

昨日22日付日経新聞のコラム「大機小機」(「火の鳥」が問うAI時代)から、以下にメモする。

漫画の神様・手塚治虫の不朽の名作「火の鳥 未来編」が静かに再評価されている。AI(人工知能)や量子に代表される革新的技術が急速に進歩する中、「火の鳥」が、人間とは何か、幸せとは何かという本質的な問いを投げかけているからであろう。

物語では、国家は高度に進化したコンピューター(AI)によって統治される。人間はあらゆる判断をAIに委ねるようになる。そして、AI同士の判断によって全面戦争に突入し、超水爆によって人類は滅亡する。主人公だけは世界で唯一、永遠の命を授かる。人類滅亡後、数十億年にも及ぶ孤独な時を生き続け、新たな生命と文明の誕生を見届けるという過酷な宿命を背負うのである。

漫画の連載開始は1967年、今から約60年前である。にもかかわらず、その壮大な構想と現代にも通じる普遍的なテーマは、今なお色あせることがない。AIが人類を滅亡に導くという設定も単なる漫画の世界のこととして片付けることはできない。人類滅亡は極端な最悪シナリオだが、私たちが直視すべきは社会が現実に直面しているリスクである。誤情報や誤判断、権利侵害、サイバーセキュリティー、雇用の不安定化、格差の拡大、電力消費の急増、民主主義の後退、さらには軍拡競争など、論点は多岐にわたる。

AIのリスクをいかに管理するのか。何をAIに委ね、何を人間が担い続けるのか。そして、AIといかに共生していくのか。AIガバナンスの確立は、国家、企業、投資家、そして私たち一人ひとりに課せられた時代の責務である。

・・・「火の鳥」は昔、若い頃に読んだ。「未来編」を読み終わった時、頭がぼーっとして熱っぽくなったのを覚えている。何しろスケールが余りに壮大だし、何より永遠に生きるとはこんなにも恐ろしいことなのだと思わされた(宗教は気軽に「永遠」を語るけどね)。そして、この物語の根底にある、いわば「人類やり直しの思想」には心が静かに震える感覚があった。

人類は野生動物からやり直すべきだという思想は、「バンパイヤ」の中でも、登場人物の熱海教授の話として出てくる。「ワンダー3」も、人類の存在意義が認められないと判断されれば、反陽子爆弾で地球を吹っ飛ばすという話だったかと思う。自分は、手塚治虫は天才だと認めるのに吝かではないけれど、その一方でおそらく作家自身の戦争体験から来るであろう、人類の存在に対する絶望的な懐疑、この「手塚ペシミズム」ともいえる感覚からは、素直に手塚作品は好きだと言えない感じもしている。

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2026年7月22日 (水)

映画ポスターがアートだった時代

終了間近となった「再訪 日本の映画ポスター芸術」展(国立映画アーカイブ、26日まで)を見た。主に1960年代から1980年代に制作された100点近い映画ポスターを展示。「《描く》映画ポスター 戦後期」「新世代のデザイナーたち 1960年代」「ATG(日本アート・シアター・ギルド)の衝撃」「映画に挑んだデザイナー/アーティスト」、以上4つのコーナーで構成されている。

この場に展示されていたポスター作品の映画名や製作者名を、自分は何から何まで知っているわけではないのだが、それでも時系列的に作品を眺めていくと、やはり時代の雰囲気が色濃く感じられるのであった。60年代に粟津潔、横尾忠則、和田誠が非常に個性的なポスターを描き始め、さらにATGの活動がデザイナーたちを刺激して、革新、前衛、実験的とでもいえばいいのか、映画ポスターは一気にアートの方向へと全面展開していく。

下の写真は、左上から右に「尼僧ヨアンナ」「ピアニストを撃て」「戦争の真の終り」(以上、大島弘義作品)「ウンベルト・D」(桜井善朗作品)「夜行列車」(藍野純治作品)。左下から右に「5時から7時までのクレオ」「去年マリエンバートで」「とべない沈黙」(以上、大島弘義作品)「華氏451」(酒井俊二作品)「気狂いピエロ」(藍野純治作品)。

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下の写真は、全て小笠原正勝作品。左上から下に「ノスタルジア」「恋の浮島」「ことの次第」、右上から下に「股旅」「絞殺」「ツィゴイネルワイゼン」。

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以下は、展示の説明文(ATGの衝撃)からのメモ。

1960年代は一枚岩の「映画」という概念が曲がり角を迎え、「娯楽映画」と「アート映画」に分化していく時期でもありました。1962年、外国のアートフィルムの配給に特化した日本アート・シアター・ギルド(ATG)が活動を始め、1967年に低予算の日本映画、いわゆる「一千万円映画」の製作に進出すると、ポスター表現の自由度はさらに高まってゆきます。1974年には東京の岩波ホールが世界各国のアート映画を上映する「エキプ・ド・シネマ」シリーズを開始し、新たにポスターデザイナーとして小笠原正勝を起用します。やがて小笠原は、1980年代のミニシアターブームのヴィジュアル面を牽引する存在となります。

・・・自分の若い頃(70年代~80年代)は、まだ映画の中に革新、前衛、実験の気風が残っていたと感じる。例えば自分的には、ATG映画のイメージはエロ半分芸術半分だったりする(苦笑)。かつてのミニシアターブームや、アート的な映画ポスターから見ても、当時はまだ映画そのものに文化的な力が大いにあったような気がする。そんなことを思い出させる展覧会だった。

下の写真は、高齢者なら誰でも認めるであろう往年の大女優。毛利彰作品に描かれた、左はソフィア・ローレン、右はカトリーヌ・ドヌーブ。昔の映画館の看板みたいなタッチが郷愁を感じる味わい。

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2026年7月21日 (火)

日本国、謎の政体

『国家が戦争に向かうとき』(朝日新書)は、片山杜秀と田中駿介、二人の政治学者の対談本。「第5章 戦後民主主義と天皇」から、田中先生の発言を以下にメモする。

普通の国の憲法1条は、自国の最も崇高な理念とか、それこそ国のかたちを示しているはずです。普通は、不可侵な権利とかその国の政体とか、基本的にはそういうものを憲法の最上域に置くわけです。それが近代国家のお約束だと思いますが、日本国憲法の1条から8条には、そのような文言がありません。そもそも何制の国なのかという国体に当たるような条文もありません。そもそも主要国家で、連邦とか共和国とか王国とか、そういう政体に関する文言がついていない国は、日本以外にほとんどありません。

さらにいえば、国民主権の規定は前文を除けば、日本国憲法で直接に規定されているのは第1条のみです。そこでは「主権の存する日本国民の総意に基く」として、象徴天皇制の規定に付随するかのような表現になっています。つまり、日本の国民主権は天皇制の枠内でしか語られておらず、独立した主権の概念としては扱われていないとすらいえます。

つまり日本は、この国がいったい何の政体で、どのような理念があるのか、そして国民主権は本当に独立した概念として確立されたのか。戦後、ずっとごまかしてやってきたという側面があるわけです。

・・・「日本王国」でも「日本共和国」でもない「日本国」とは、一体何ぞやという話(実は一応「日本皇国」なのかもしれないが)。この点、第二次世界大戦後の1946年に、政体選択の国民投票を実施して王政廃止を決め、共和国になったイタリアは大したものだなと思ったりする。まあ日本は、戦後にアメリカが天皇制維持を決めちゃったとか、いろいろ経緯が異なるから仕方がないとはいえ、自分たちで政体を決めたイタリアは、そこだけ見れば、ちょっと羨ましいなと感じるところも正直あるのだなあ。

まあ高市政権も、国論を二分する政策を問うとか言うならば、皇室典範をあれこれ弄るよりも、単刀直入に天皇制の維持か廃止かを問う国民投票でもやったらどうなのかね。

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2026年7月20日 (月)

遠い戦争の記憶、霞む人間天皇像

『国家が戦争に向かうとき』(朝日新書)は、片山杜秀と田中駿介、二人の政治学者の対談本。「第5章 戦後民主主義と天皇」の初めに、田中先生は「天皇制という存在自体の問題を考える人がすごく減ったと理解しています」と発言。以下は、片山先生の発言からのメモ。

天皇制を考える近代の前提が失われてしまった。立憲君主の国か共和国か。1945年の敗戦と大日本帝国の崩壊。そのケリの付け方は大きく天皇にかかわるというのが戦後の常識でしたが、それが世代交代と共に、問題意識すら忘れ去られてしまった。「どうでもいい」という無関心派、無党派のような部分が膨らんでいる。

天皇は理論的な問題でもあるはずですが、やはりまずはいきものであって、歴史の実感に基礎づけられているからこそ、結局、世代的な経験に規定されている話なのです。世代が変わると過去は脆くも崩れていく。

結局、人間天皇のイメージが立ち枯れてきているということになるでしょうか。国民に命を捧げさせる現人神へのアンチテーゼが、国民と共にある人間天皇。よって戦争が遠くなると人間天皇もわからなくなるのですね。

戦後民主主義的文脈で生きてきた、昭和の皇太子、平成の天皇、令和の上皇の思想と行動もその同世代の国民に支えられているところが大きかった。そういう人々はだいたいもう社会の第一線にはいなくなってきた。ならばもう天皇制をやめるのかというと、そうした熱い政治思想を持っている人も並行して減った。とりあえず皇位継承者がおられ、誰かが皇位についていれば天皇は続くでしょう。ただし、それをなくすような反天皇的なエネルギーもないけれども、それがないと困ると本気で思うエネルギーも減じている。

・・・戦争の時代の現人神。そのアンチテーゼとしての戦後の人間天皇。それゆえ戦争の記憶が遠くなると、人間天皇のイメージも霞んでくるという歴史の皮肉。いまこの国で、皇室のことを真面目に考えている人がどれだけいるのか。真面目に考えていると称する人々は、側室制度なしで男系男子継承を維持しようと悪あがきしている、諦めの悪い人々。一方で女性天皇が本当に「待望」されているかも怪しく、女性天皇でもいいよ、くらいの印象。無関心派としての自分は、皇室が自然消滅するならそれはそれで仕方ない、くらいの感覚だ。片山先生は、「明治国家の天皇中心で国民を従えるというモデルはかなり即席で作られた」と指摘している。近代化の時代に作られた「伝統」は、もはや有効性を失っているように見えるし、それもまた歴史の流れと言えば言えるように思う。

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2026年7月15日 (水)

怪獣デザインの原則

映画「THE ORIGIN OF ULTRAMAN」には、当然のように成田亨に関する話が出てきて、怪獣デザインの三原則なるものも示される。成田亨の著作『特撮と怪獣 わが造形美術』(初版1996年、増補改訂版2021年)では、以下のように語られている。

一、過去にいた、または現存する動物をそのまま作り、映像演出の巨大化のトリックだけを頼りにしない。これは怪獣は独創的でなければならないということです。独創的というのは、いままでどこにも、そんなものはなかったし、また誰もそんなものをつくっていないということ。
二、奇形化はしない。つまり、頭が二つだの、八つだのといったことはしない。要するに『ウルトラ』怪獣は化けものにはしないということですね。
三、体に傷をつけたり、傷跡をつけたり、血を流したりはしない。化けものは必ず、身体の部分を壊して登場する。それは生理的に非常に不愉快です。

遡って1967年発行『怪獣の描き方教室』(小松崎茂監修)にも、成田亨は寄稿(「怪獣はこうして考える」)しており、そこにも「怪獣は独創的でなければならない」、「ウルトラ怪獣は化けものにはしない」と書かれている。『特撮と怪獣』の原則3は、原則2の派生と見れば、ウルトラ怪獣のデザインの原則は「独創的である」「化けものにしない」の大きく2つということになる。

独創的なものを生み出す方法は、「形の自由な変形」から考えることだと成田はいう。また、化けもののように不健康で不愉快なものを、子供たちに見せるわけにはいかない、とも強調している。『怪獣の描き方教室』は、僕も子供の頃読んでいたのだが、この「化けものは見せない」のくだりの印象は強かった。そして、具体例(レッドキングやゴモラ、ガラモンなど)で述べられる、怪獣作りの考え方にもちゃんと理屈があって、子供心にいたく感心したことを覚えている。(だから復刻版が出た時に、5000円近い値段の本だったが「大人買い」した)

『特撮と怪獣』にある話だけど、ウルトラマンシリーズの怪獣のおもちゃ(たぶんソフトビニール人形)を出している会社の人から、「売れるのは成田怪獣だけだ」と言われたことがあるという。これには、「さもありなん」という感じがする。怪獣は意外な形(半抽象)で恐くて愛嬌があればいい、とする成田のデザイン哲学を反映した怪獣が、圧倒的に支持されている。そこに不思議はない。

番組予算の都合から「改造怪獣」を作った時の話も面白い。ネロンガを改造したガボラのデザイン画を見て、金城哲夫が「成チャンは天才だ」と感嘆する。この改造怪獣の注文対応は、デザイナーの腕の見せ所だったのではないかと思う。ゴジラにえりまきを付けただけのジラースはともかく、ベムラーがギャンゴになるって凄くない?という感じだ。

「シュルレアリスム的手法を用いている」とも言われたらしい。さすがは芸術家の作る怪獣だ。逆に言うと、日本の絵画を中心とするシュルレアリスム芸術は、申し訳ないがほぼ西洋の物真似という印象しかない。むしろ、シュルレアリスムの日本的独創性は成田怪獣にある、と言ってもいいんじゃないか。いやあ、子供の頃に本当に凄いものを見ていた、見せられていたものだとつくづく思う。

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2026年7月10日 (金)

ウルトラマンを語る映画

映画「THE ORIGIN OF ULTRAMAN」は、「ウルトラマン」放映開始60周年を記念して作られたドキュメンタリー作品。現在活躍中の映画監督やゲームクリエイター、評論家、当時の出演者や制作スタッフなどのインタビューと、作品映像から構成されている。

日本人の映画監督は、是枝裕和(62年生)、庵野秀明(60年生)、樋口真嗣(65年生)が出演して、ウルトラマン愛(庵野氏に言わせれば呪縛)を語る。小生(59年生)と同世代と言える彼らの話には共感しかない。

外国人の監督や作家からたびたび指摘されるのは、ウルトラマンは単なる勧善懲悪の話ではない、ということ。正義と邪悪の戦いではなく、陰と陽の対立である、という。西洋的なモンスターは単に邪悪であり、「怪獣」はそれとは違う存在であると、外国人が強調するのを見て、「君たち分かってるね」と、我が事のように自分も満足感を覚えた。

おそらく「ウルトラマン」に登場する怪獣は、「ウルトラQ」の怪獣の基本的な性格をそのまま引き継いでいると思われる。ウルトラQの怪獣は、自然界のバランスが崩れた時に出現する異形の存在、まさにカオスといえる。そして怪獣出現によりカオスに陥った世界に降り立ち、コスモスを回復するのがウルトラマン、ということになる。

映画の中心はウルトラマンではあるが、ウルトラQの映像も出てくる。ゴメスやペギラは迫力あるし、ラゴンやケムール人は不気味だし、大画面で見ると改めてその凄さに驚く。なるほどウルトラQはもともとドキュメンタリータッチの作品なので、そのタッチがモノクロ画面で余計に強調されているように感じた。だからなのか、ウルトラQは結構怖い。カネゴンですら、子供心に結構怖かった覚えがある。

当時の出演者のインタビューは、科学特捜隊の黒部進(ハヤタ)、桜井浩子(フジ)、毒蝮三太夫(アラシ)、存命のお三方。自分的には、イデ隊員の二瓶正典もいてほしかったなあ。新兵器を開発するイデは基本的に頭脳派でノリは軽いけど、時にシリアス、時にうじうじ悩む、とても人間味のあるキャラ。それに比べると、ハヤタ隊員というのは人物的にはよく分からんかったな。

昭和41年のウルトラマン放映時、僕は小学一年生、いわばウルトラマンの直撃世代。ゴジラと合わせて、円谷の洗礼をもろに受けたなあ~とつくづく感じる。そして、いつも思うことだが、天才たちがよってたかって作り上げたウルトラ作品を、子供の頃に見れて本当に幸せだったと思っている。

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2026年7月 8日 (水)

「紙の本」と「文章」の行方

『本を読めなくなった人たち』(稲田豊史・著、中公新書ラクレ)から、以下にメモする。

子供時代を昭和に過ごした世代からすれば、「漫画ばっかり読んでいると馬鹿になる」は、耳にタコができるほど浴びた大人のお説教としてお馴染みだろう。しかし今や、ある種の子供たちにとって、漫画を読むことは非常に頭を使う、能動性の高い知的活動の部類に入る。

・・・ハイ、これはもう私も子供の頃、父親からさんざん言われました(苦笑)。しかし当時も、マンガがいろんなこと教えてくれた記憶もあるし、今やマンガ自体も進化発展しているので、マンガを読むのも頭を使う活動だというのは納得です。引き続きメモします。

電子書籍は紙の本を滅ぼさなかった。紙の本に取って代わることもなかった。むしろ、2010年代以降、萎みゆく出版市場を電子書籍が穴埋めしてくれた。ただ、穴埋めしてくれた本の9割以上はコミックだった。活字の本はやはり紙の状態で「出合う」しかない。

「紙の本と出合う場所」である書店の数は、減り続けている。2025年11月時点の日本における書店店舗数は1万店程度で、2万店舗以上あった2003年から半減した。しかも、全国の市町村の3割弱には書店が一軒もない。

「読者」が第一義に求めるのが濃密で深遠な知的体験・知的没頭だとすれば、「消費者」が第一義に求めるのは設定した目的を効率的に達成させてくれること、つまりコスパだ。極論すれば、「消費者」は読書を求めているわけではない。もっと効率的な方法で本の内容をインプットできるなら、そちらを選ぶ。本より動画で情報を得る人たちがその典型だ。

生成AIの登場は、文章作成におけるコスパ追求の気運を加速度的に促進した。問題視したいのは、生成AIの普及によって「文章というものは、それなりのものであれば基本的にタダで作れる」という〝常識〟が世の中に浸透することだ。

いずれ紙の本を読むという行為は、特権性と階級意識を孕んだ、選ばれし者たちの古き良き嗜みとなる。これからの紙の本は、そういう人のために書かれる。その小ぶりな市場の中に限っては、文章の地位が完璧に保障される。それは、いいことなのか、悪いことなのか。

・・・子供が本を読んで勉強する、大人も本を読んで学ぶという時代においては、多くの人が「読者」であったと言えよう。それが今では大量の動画が流通する時代になり、「読者」に入っていたかなりの層が、動画を利用する「消費者」と化したという印象。消費者が求めるのは情報であり、それをいわゆるタイパ、コスパでいかに効率よく得られるか、が肝心だ。こうなると逆に、もともと「読者」は世の中の多数派とはいえなかったのであり、その現実がデジタル環境の進化発展によって露になったようにも思える。

著者の「結論」は、わざと戯画的に書いているようにも思えるが、紙の本と(人間の書く)文章の行方はどうなるのか、今は自分は何とも言えないのが正直なところ。

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2026年7月 7日 (火)

養老先生の「境地」

先日NHKで放映された「私の往生際」。養老孟司先生の、がん治療を続けながら生活する姿を映したドキュメンタリーだ。NHKのサイトに番組内容のテキストがアップされていたので、養老先生の印象的な言葉を以下にメモする。

「生きてるって、どういうことかってやっぱり考えますね。90とかそういう歳になると、元気で生きているぶんだけ、いったいなんで生きてるんだって・・・」

「ひとりで生きているみたいに思ってたんだけど、そうじゃないんですよね。やっぱり他人がいないと意味がない」

ヒトは何のために生きるか考える。私は最近ただ「生かされている」と思う。言葉も感情も生も死も他者がいないと完成しない。生きる意味は自分の中にはない。今日もたまたま生きている。しょうがなく、今日もただ生かされる。

・・・養老先生88歳の境地が語られていて、なかなか味わい深い。

結局、人間は自分のやっていることを、誰かが受け止めないと満足できないのだろう。他者に認められ反応されれば、自分のやってることが意味のあるものとなる。要するに、人間は徹頭徹尾社会的存在なのだ、ということなのだろう。仕事をやめてしまえば、自分の日常やってることを受け止める人もいなくなる。後は、自分のやってることを自分で受け止めて満足できること、要するに趣味があれば、まあ何とか生きていけるという感じになるのだろう。養老先生の場合、それはハイレベルな趣味としての昆虫の標本づくりなのかな、と思う。

そして自分の死も、受け止める人がいて、誰それの死として意味づけられるということなのだろう。自分の死を自分で意味づけることはできない。そのことに微かに不満のようなものを感じるとしても、結局のところ自分ではどうしようもないように思う。

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2026年7月 6日 (月)

映画「ヒロシマ、モナムール」

先日、たまたま企画上映の予定が目に付いた映画「ヒロシマ、モナムール」(1959年、日仏合作)を観た(横浜シネマリン)。

この映画、自分は40年以上前に一度見たきり。しかも冒頭のシーン以外は全く覚えていない(苦笑)。ほぼ何の印象も無いのは、よく分からなかったということなんだろうな。

その冒頭のシーンは裸で抱き合う男女、といっても映し出されるのは殆ど男の背中。最初に、砂のような粉のようなものが身体に流れ落ちてくるのは何を暗示しているのか。

さらに原爆投下直後に被災した人々の再現映像?が出てくるのは、ビックリした。後で調べたら、これは「ひろしま」という映画の場面が挿入されている、ということらしい。(この「ひろしま」も、横浜シネマリンで来月上映予定)

広島で出会ったフランス人女性と日本人男性、彼らの言葉と表情が物語を進めていく。女はヌベール出身、かつてドイツ人と恋に落ちたがために、後に制裁を受けた過去があった。男は原爆で家族を失った。ただし、映画では女の記憶は描写されるが、男の過去は言葉で語られるだけだ。映画の中心は、女の記憶にあるように見える。男はただ、女の記憶を蘇らせるための存在でしかないように思える。「二十四時間の情事」(公開当時の邦題)ではあるのだが、情欲絡みの身体性はむしろ希薄な印象。

ビールを飲みながら語り合う二人。感情が高ぶった女を、男が突然往復ビンタするのはビックリした(映画の中でも店内の客が驚いて振り向く)が、謎のシーンだな。活を入れたのか。アントニオ猪木か。(苦笑)

ラストシーン、なぜ「あなたの名前はヒロシマ」「君の名前はヌベール」なのか。戦争の記憶としては、甚大な被害を受けた広島と、個人的なトラウマの場所であるヌベールでは釣り合いが取れない。結局、なぜ広島が舞台になっているのか、よく分からなかった。

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