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2026年1月22日 (木)

69条解散と7条解散

20日付日経新聞政治・外交面記事から以下にメモする。

自民党が結党し比較的安定した政治体制となった「55年体制」以降の衆院解散22回のうち、前回から2年以内(衆院議員の任期4年間の折り返し前)のケースは、1980年の「ハプニング解散」など3回にとどまる。

80年は自民党の反主流派が造反し、野党が提出した内閣不信任決議が可決された。与野党ともに予期しない展開だった。2005年の小泉純一郎首相の「郵政解散」は郵政民営化法案を参院が否決したのがきっかけだった。14年は安倍晋三首相が消費税の増税先送りの是非を国民に問うのを大義に11月に解散した。

衆院解散は憲法に根拠とする条文が2つある。解散を内閣の助言と承認により天皇が行う国事行為と位置づける7条と内閣不信任決議が可決した場合の69条だ。69条は22回のうちハプニング解散など2回で、大半は「解散は首相の専権事項」と解釈される「7条解散」だった。

高市早苗首相は23日召集の通常国会の冒頭で衆院を解散すると表明した。前回衆院選から解散までの期間はハプニング解散の7カ月ほどを上回るものの、7条解散としては過去最短となる。1年3カ月ほどで任期の3分の1に満たない。

・・・「55年体制」以降の69条解散は、80年と93年。80年は総選挙期間中に大平首相急死という一大事が起こり、「弔い合戦」的な勢いも出て自民党が勝利した。93年は宮沢内閣不信任案可決、自民党分裂で総選挙実施。その結果、細川内閣が誕生し連立政権時代が幕を開けるという、歴史的な選挙となった。

こう見ると、内閣不信任案が通るというのは稀なケースなのだな(当たり前か)。ひと頃は、国会会期末に年中行事のように、野党から内閣不信任案が出て、粛々と否決されていた。単純に考えれば、与党に造反者が出ないと可決は無理なわけだから、そういう見通しもないのに、不信任案提出を繰り返していた野党は、実績にもアピールにもならないことをやってたと言うほかない。

さて今回の解散は、高市首相が高い支持率(期待率?)を背景に小泉型安倍型の解散を打って、与党の安定多数確保を目指すということらしいが、逆に言えば、現状の与党議席数での政権運営に自信がないと言ってるようなものだ。やはり現状のまま野党の協力を得ながら、とにかく予算を仕上げるところまで頑張ってやってから解散、という普通の道筋が望ましかったように思う。

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