「定年後の後」は「隠居」が理想
60歳の定年後、10年を過ぎて70代に入る頃から、多くの人は老いを実感し始める。定年後も何らかの仕事をしていた人も、70歳を超えると働き続けるのは難しくなってくるだろう。つまり「定年後」は10年で終わり、次の段階「定年後、その後」に入る。そのひとつの理想は「隠居」であろう・・・『定年後、その後』(楠木新・著)からメモする。
日本には、定年に近い概念として「隠居」がある。隠居は、辞書を見ると「仕事や生計の責任者であることをやめ、好きなことをして暮らすこと(人)」とされている。
「定年後、その後」を吟味していくと、まさにこの隠居こそが目指すべきひとつのゴールのように思えてきた。隠居には、単に「仕事を退いてのんびり暮らす」ということだけでなく、好きなことをして過ごすという意味が含まれているからだ。
「定年後、その後」を隠居の位置づけにするためには、主体的な意思や姿勢が不可欠だといえる。老いても自分で考えることが重要だ。
老いが進む中で、新たな世界を切り開いたり、自身に変革を起こしたりすることも簡単ではなくなってくる。また行動範囲もさらに狭くなる。そこでのホームグラウンドは、日常生活であり、その中に最大限の楽しみを見つけることが基本になるだろう。
「定年後、その後」になると、これから新しい能力を身につけたり、努力して成長することは難しくなる。今、自分が持っているものを大切にして、その中に〝いい面〟を見つける力が問われているのだ。
・・・「老いても自分で考える」「日常生活の中で最大限の楽しみを見つける」「今、自分が持っているものを大切にする」とか、楽しい隠居のための心がけになると思われる。やはり年を取ると、新しいことをやるのはかなり難しくなる。もちろん挑戦するのはいいことだけど、昔やったことをやり直してみる方が、まあまあ無難?というか、それで日常生活は十分楽しくなるんじゃないかと思う。
自分の指針は、出口治明さん(世界史を愛好する元経営者)の言う「人、旅、本」。人に会う、旅に出る、本を読む。詰まるところ、人間のやることはそれしかない。年取って隠居の身になっても、それがやれていれば十分だろうと。
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