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2025年9月 5日 (金)

「負ける戦争」はダメ、ゼッタイ

昔のマンガ、確か「ヨウスケの奇妙な世界」シリーズ(作者は高橋葉介)の中に「勝つ戦争は良いが、負ける戦争はイヤだ」みたいな言葉があったな、という覚えがあり、先日、どのマンガだったかマジメに捜し出した。正確には「勝つ戦争は賛成だが負ける戦争は反対だ!!」(『宵闇通りのブン』の「パパを待つ」、1980年「マンガ少年」掲載)というセリフ。記憶を確かめることができて、ひと安心すると共に、やっぱり名言だなと思う。これが、戦争に対する大衆のホンネじゃないだろうか。

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この夏は戦後80年ということで、戦争体験者の減少という背景から、戦争を「語り継ぐ」困難さが増していることが課題として、特に強調されていたように思う。確かに「語り継ぐ」ことは大事だろう。しかし、諸々の体験談が結論的に行き着く先が「戦争は絶対にしてはいけない」という思いであるならば、そりゃそうだろうという感じになるのも正直なところだ。肝心なことは、我々は敗戦国の人間であるという事実だろう。結局戦争に負けた国の人々から見れば、戦争は悲惨そのもの、根源的な悪として扱われるのも、当然の筋道のように思われる。だからと言って、ひたすら「戦争は絶対にダメだ」と訴えるのも、意地悪い見方をすれば、所詮敗戦国の恨み辛みが込められた言動でしかないような気もする。(戦勝国の人々の戦争観、平和観がどういうものか知らんけど)

この夏、ノンフィクション『昭和16年夏の敗戦』がドラマ化されてNHKで放映されていたが、戦争体験、というより敗戦体験からの教訓として、勝てない戦争、負ける戦争は絶対してはならない、とは確実に言えるだろう。つまり「負ける戦争は反対」するしかない。じゃあ、「勝つ戦争は賛成」なのか、勝てる戦争はやっていいのかと言われれば、基本的にはやってもいいんだろうけど、実際にやるやらないは自由かな。(苦笑)

とはいえ21世紀の今は、よその国に欲しいものがあれば、国の外交やグローバル企業の進出により、自分の国に持ってくるようになっている。だから、侵略戦争はどんな意味付けをしようが時代遅れになっているし、いま戦争と認められるのは、建て前としては自衛のために行う戦争なのだろう。つまり攻めてきたら「守る」あるのみなのだから、最初から勝つ戦争とか負ける戦争とか考える必要は、もはや無いのかも知れない。

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