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2025年8月26日 (火)

昭和の軍部内・左翼内の思想対立

生き延びるための昭和100年史』(小学館新書)は、佐藤優と片山杜秀の対談本。昭和初期における陸軍内の権力闘争と「日本資本主義論争」、両者に共通する対立の構図について語る部分から、メモする。

佐藤:2.26事件へと至る軍部の思想的対立を振り返りましょう。昭和ひとけたの中盤から、陸軍内で統制派と皇道派の権力闘争が激しくなります。皇道派は、北一輝の思想を取り入れ、天皇親政の下で昭和維新を目指す発想で、皇道派の青年将校たちが2.26事件を起こします。彼らの思考は日本的な、ナショナルな発想でしょう。対する統制派は、当時のグローバル主義的な発想だったのではないでしょうか。

片山:そう整理できますね。統制派は、日本のような資源に恵まれない国が米ソのような大国と伍してゆくためには、経済と軍事を一体化し、国力を急成長させる必要があると考えていました。中心的な人物は陸軍軍人の永田鉄山です。統制経済や計画経済の手法も取り入れて「持たざる国」を「持てる国」にしようとするのが統制派の基本的な考え方です。皇道派は、強国大国のひしめく国際社会の大舞台には出て行かないよう、小さくまとまろうと考えます。都市文明よりも農村共同体との親和性が高い。

佐藤:皇道派と統制派の派閥抗争は、昭和10年(1935年)8月、相沢三郎中佐による永田鉄山の斬殺事件へとエスカレートします。その翌年には2.26事件で皇道派青年将校の反乱が天皇の怒りを買って敗れ、粛清人事を経て統制派が陸軍を牛耳っていくことになります。左翼思想に目を転ずると、昭和初期の左翼・マルクス主義者の間で、いわゆる日本資本主義論争が繰り広げられました。「労農派」と「講座派」による論争です。講座派の思想は日本共産党の、労農派は社会党の、それぞれ理論的支柱として戦後日本で継承されていきますが、これもやはり、日本独自の事情に根ざした理論と、グローバリゼーションの理論との対立と見ることができます。グローバリゼーションに対応する理論を唱えたのは労農派です。明治維新を一応のブルジョア革命と捉える。あとは社会主義革命あるのみ、という考えです。一方、講座派は天皇の存在を意識して、資本主義の発達を日本独自の発展モデルにあてはめて考える。他の国々とは異なる特殊な国だ、という考え方です。であれば当然、まずブルジョア革命を起こしてブルジョア民主主義国家にしてから社会主義革命に至る、という二段階革命論を唱えます。陸軍における統制派と皇道派と、日本資本主義論争をこうしてつなげて見ると、統制派や労農派は当時のグローバルな発想で、一方の皇道派、講座派はナショナルな思想、日本的な特殊な型にはめていくという共通性が見えてきます。

・・・当時のグローバル化、つまり西欧近代化を目指す過程においては、同時に日本の独自性、特殊性が多かれ少なかれ意識されていたわけで、そこをどう見るかの評価の違いから、各分野で思想的対立が生まれたと思われる。

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