「戦争画」展、予算不足で地味開催
いわゆる「戦争画」などを展示している「記録をひらく 記憶をつむぐ」展(東京国立近代美術館、10月26日まで)は、チラシやポスターは出回っていないし、カタログも用意されていないなど、秘かに開催されている感がある。
サイト「TOKYO ART BEAT」が美術館に取材したところによれば、チラシやカタログを作成しなかったのは「ひとえに予算の都合によるもの」とのこと。当初メディアとの共催展を想定して準備を進めたが、本展を「センセーショナルなものにすることは美術館の本意ではない」ことなどから、途中で共催展から館のみの自主展に切り替えた。国立美術館の自主展のための予算はきわめて限られるため、「チラシとカタログに予算を割くことを断念」したという。
「戦争」の文字のない展覧会タイトルに関しては、「本展は、戦争記録画を歴史の文脈のなかで客観的に分析し、これをどのように次の世代へ継承していくかということを冷静に考える場であることを第一に企画されました。(タイトルは)その願いを込めたもの」であるという。戦争記録画については、「あくまで歴史の流れのなかで位置づけを見ていくべきもの」として公開しているという。
以下、「TOKYO ART BEAT」8/9発信記事からメモする。
(東京国立近代美術館が)本展を「センセーショナルなものにしたくない」と重ねて強調したのも示唆的だ。逆説的に言えば、これは作戦記録画を含む戦争画がセンセーショナルに扱われた過去、あるいは現在もそうなり得る恐れを示している。ここでは返還後の作戦記録画の展示経緯を振り返っておきたい。
敗戦後にGHQの指令で収集された153点の作戦記録画は、1951年に戦利品の扱いで米国に送られた。1961年以降、戦時に聖戦美術展を主催した朝日新聞社や一部政治家を中心とする返還要求の動きが相次ぎ、両国間交渉の結果、法的権利は米国に残し日本側に自由な扱いを許す「無期限貸与」の名目で1970年に返還された。
作戦記録画を一括収蔵した東京国立近代美術館は、1977年に153点のうち代表的な50点の公開を計画したが、開幕直前に中止。理由として戦争賛美と誤解される懸念やアジア諸国に対する配慮と説明されたが、突然の公開中止は様々な憶測を呼んだ。ようやく同年7月に4点が常設展に展示され、その後も展示替えのたびに入れ替えて公開されたが、一度に数点ずつに留まり、鑑賞できる作品は限られた。
東京国立近代美術館の公開姿勢に変化が見えたのは、2010年代以降。展示室の改装後、大作が多い作戦記録画を多いときで7、8点を常設展で展示するようになり、戦後70年の2015年には戦争画14点を含む藤田嗣治の全所蔵作品の特集展示が実現し、図録も制作された。
今回の展覧会は、時代や状況に目配りしながら作戦記録画の公開拡大を進めてきた同館が、総体的な歴史化という次の段階に踏み出した成果に思える。だが、いつまで経っても作品自体の全貌が見えないと、疑問はくすぶり続けるだろう。なぜ、それほど公開に慎重なのかと。
戦時美術は、プロパガンダか、芸術か。この宙ぶらりんの問いは、戦争のなかで生まれた表象である戦争画が現代においてより多くの人に鑑賞され、議論され、多角的分析に揉まれてはじめて、成熟した着地点が見つかるのではないだろうか。その点、必ずしも本意でないといえ、本展の意義を積極的に伝えない美術館の姿勢を残念に思う。
・・・ということで、1977年の公開中止(50年も前)のトラウマなのか、何に忖度しているのか、よく分からないが、展覧会の趣旨は真っ当なものなのだから、正々堂々と世に問えばいいように思う。資金不足の話も、最近よくあるクラウドファンディングでも何でも、やりようはあるのではないか。10年前の藤田のカタログも、今回ミュージアムショップで500円で売っていたので自分は購入したのだが、あれくらいの「冊子」(A4判40ページ)でもいいから、今回企画展のカタログを作って欲しいと思う。
| 固定リンク | 0
