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2025年8月23日 (土)

東京裁判の正体

「戦後」の終焉』(朝日新書)は、保阪正康と白井聡の対談本。以下は、東京裁判について語っている部分からのメモ。

白井:あの裁判の重要なポイントは一つのストーリーをつくることに成功したということでしょう。東京裁判で、一部の軍人たちがおかしなことをやり、国家、国民を戦争へと駆り立てていったという結論が出て、その責任を問われて人によっては死刑という刑罰が下った。つまり、一部の指導者に責任を押しつけるというストーリーがそこで完成するわけです。

保阪:そもそも東京裁判はマッカーサーのマッカーサーによるマッカーサーのための裁判でした。マッカーサーは東京裁判を始める前に二つのことを決めました。一つは、天皇を訴追しないということ。もう一つは、軍事の指導層に全部の責任を負わせて国民の怒りをそこへ集中させるということ。これはある種の戦略です。日本という国家を徹底的に解体し、そして二度とアメリカに逆らわないようにする。そのためにはどんなかたちの統治にしたらいいのかという戦略があり、その一環として東京裁判があったということです。

白井:基本にあるのはアメリカによるストーリーですね。

保阪:死刑になった6人の軍人には共通点があります。それは残虐行為を行った部隊を統括する立場だったということです。つまり、東京裁判には「復讐」という面があったということです。東京裁判でストーリーをつくったのは、その復讐を隠蔽するためでもあったと言えますよね。東京裁判は近代文明の名において、いろいろなトリックを使ったごまかしの裁判だったと、とらえることができます。

・・・今月、記録映画「東京裁判」の特別上映を観たのだが、この裁判は事後法による裁きなど、そもそも最初から裁判として成立するかが問われていた。そこは結局、結論を出さないまま審議が強行されて、A級戦犯7人の死刑に至るわけだ。天皇の戦争責任も、最初からマッカーサーが不問にすると決めていて、最後までそれが不服だったウェッブ裁判長は判決に対する少数意見まで付けて異議を表明した。結局、この裁判はマッカーサーの日本統治のためのショーに過ぎなかった、ということだろう。統治の都合といえば、日本国憲法も天皇制は残し(1条)、武装を解除する(9条)という、日本統治の都合のための憲法だったわけだし、戦後日本を作ったのは、やっぱりマッカーサーなんだな。

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