「昭和100年」のストーリー
最近、日経新聞の記事(語り直し昭和コンテンツ)で、こんな文章を読んだ。
「昭和100年」を振り返ると、前半50年は戦争、敗戦、戦後の復興、そして高度経済成長へと国全体が1つの方向を目指した時代といえる。多くの国民がその「大きな物語」を共有した。一方で昭和50年前後(1970年代半ば)を境に、物語は失われ、細分化、多様化した世界を生きる時代へと移っていく。
・・・なるほど、と思った。今年のメディアのネタである「昭和100年」、どうもピンとこないというか、この「時代」をどう捉えればいいんだい、と思っていたが、この「前半50年は大きな物語の時代、後半50年は細分化、多様化の時代」というのは分かりやすい。
昭和50年前後の大きな出来事といえば、昭和48年の「石油ショック」だ。確かにここで戦後の高度成長は終わりを告げた。その2年後の昭和50年に始まったのが先進国サミット。1975年、今年50周年だ。日本は第1回サミットからの、アジア唯一の参加国。当時、改めて日本が非西洋の国でいちはやく近代化を成し遂げ、先進国となることができたのはなぜか、という問いが盛り上がり、日本論、日本人論が結構流行っていたように思う。
ここに「明治100年」を重ねて見ると、明治維新から1970年の万博開催まで、まさに国全体が1つの方向、いわば一等国になることを目指して多大な犠牲を払いながら、その目的を達成した100年だったと言える。
そして「明治100年」が終わった後の50年、つまり「昭和100年」の後半は、達成した豊かさを維持するのに汲々としながら、経済が停滞する中、人々の価値観は細分化していったという流れだろう。
これからどうなるのかと言えば、大きな物語が復活する可能性はほぼ無いので、細分化が限りなく進むと言いたいところだが、まあ限りがないように見えて、限界はあるのだろうから・・・その先はやっぱり分かんないな。(苦笑)
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