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2025年6月30日 (月)

国連、オワコンでも続く、かな。

国連で働いていたことのある谷本真由美氏は、国連のやっていることは町内会の寄り合いとそう変わらない、という。『世界のニュースを日本人は何も知らないBEST版』(ワニブックスPLUS新書)からメモする。

国連は「世界政府」ではなく、「戦争をもう起こさないための集まり」です。つまり、第二次世界大戦で勝った国と負けた国が、「もうケンカやめようね」と話し合うための会議。

もともと国連会議には、「ドイツと日本のような国がふたたびおかしなことをしないように、みんなで監視してやるわ」という目的がありました。ところが戦争が終わると、ドイツと日本はあっさり商売に目覚めて大人しくなり、一方、なんとなくキナ臭かったソ連と中国は冷戦に突入したまま膠着。結局、国連は、あんまり仕事がなくなっちゃったわけです。

そこで国連は方向転換。開発援助や各種調査、郵便番号や電話番号の表示ルール、魚の捕獲量の取り決めなど、「こまごまとしたやることリスト」を増やして、だんだん巨大な組織になっていきました。

とはいえ、国連はあくまで〝寄り合い〟です。いくら取り決めをしても強制力はありません。実際には、アメリカや中国のような〝ジャイアン枠〟が好き放題やっていて、「え、これって寄り合いの意味ある?」と疑問に思う人がいても不思議ではありません。第二次世界大戦が終わって、もう80年。「そろそろ別の仕組みにしてもいいんじゃないか」という声もチラホラ。

でも、ほんとに解散したら、国連で働いている人たちがみんな失業してしまいます。そう考えると、やめるにやめられない。案外、そういう理由で続いているのかもしれません。

・・・第二次世界大戦でドイツも日本も、国が一度滅ぶところまでいった。ここまで完敗したら、もう戦争する気は出ない。むしろ、戦勝国であるロシア(=旧ソ連)が戦争をおっぱじめたわけだから、国連の当初のコンセプトは破綻している、つまり国連は「オワコン」になったわけだ。

谷本さんによれば、町内会の寄り合いも、国連も、「みんな本当はやめたい」のは同じとのこと。町内会は「やめたい」と思いつつ続いていくものだとしたら、国連もオワコンでも続いていく、のかな。

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2025年6月24日 (火)

少数与党政権の「弱み」は「強み」

日経新聞電子版本日付発信記事(石破政権、頼みは「少数与党の逆説」)から、以下にメモする。

22日に閉幕した通常国会で、石破政権は衆院の過半数を持たない少数与党として何度も綱渡りを迫られた。約9カ月前の発足時に「短命に終わる」との見方もあったが、唯一の強みといえるのが「少数与党だからこそ安定性が生まれる」という逆説(パラドックス)の存在だ。

パラドックスのポイントは2つ。ひとつ目は野党に、ふたつ目は与党に働く力学として作用した。

まず少数与党下の国会では、野党が個別政策で存在感を示せるチャンスが到来した。通常国会は立憲民主党と日本維新の会、国民民主党の野党3党が与党との政策協議の進展を競い合う構図になった。

ここに最初の逆説がある。野党3党の競合が、当の野党の分断を通じ、少数与党すなわち石破政権に有利に働いたのだ。
与党が野党に秋波を送り、野党の中に遠心力が働く。野党がまとまらないと、参院選や衆院選での野党の候補者一本化は難しい。選挙準備が整わず、野党連合による政権構想も描けない。
終盤国会で立民が不信任案提出を見送ったのは「衆参同日選になったら勝てる保証はない」との判断にほかならない。

パラドックスのふたつ目は、自民党内の事情に起因する。少数与党だからこそ党内の「石破降ろし」の機運を封じられた。
少数与党の場合、石破氏に代わる新しい自民党総裁を選んだとしても、国会で首相指名選挙をして自民党から選ばれる保証はない。野党がまとまれば野党党首が首相になれるからだ。首相への批判は出ても、退陣要求は広がらなかった理由がここにある。

首相は衆院解散を見送ったので、参院選の結果にかかわらず衆院で自公が過半数割れの状況は変わらない。全体として不安定な構図は残る。「不安定の安定」の命題は日本政治の「新常態」になるのだろうか。

・・・少数与党内閣は、野党にとって自分たちの政策の一部を実現してくれる有難い政権。野党が結束すれば数の力で、いつでも倒閣できるから、慌てる必要はない。結果、少数与党内閣は、野党から大事にしてもらえる。(笑)

少数与党内閣の首相をやりたい人はいないだろう。だから、与党内から「降ろし」の動きも出てこない。結果、与党もだらだら政権に付き合ってくれる。(笑)

選挙に勝てる確信があれば、野党は内閣不信任案を提出したんだろうが、結局タイミングが合わなかった。そういう意味では、選挙に勝てるタイミングを選べる首相は有利だ。支持率の低い政権が意外と長持ちする可能性も出てきた。それが日本にとって良いのか悪いのか、よく分からないが。(苦笑)

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2025年6月22日 (日)

「財源が無い」のは、もとからだ。

今日のNHK「日曜討論」では、専門家が経済政策を議論。ニッセイ基礎研究所経済調査部長の斎藤太郎さんから、以下のような発言があった。

「財源があるかどうかという話でいうと、そもそも日本には財源がない。つまり国債発行を毎年しているわけで、新規でさらに発行することを財源がないというのであれば、もともと日本には財源がない。毎年毎年30兆円くらい国債を発行しながら財政運営している。財源がないので減税ができないとか給付金ができないという話であれば、もともと財源がない中で財政をやっているので、そこは矛盾していると思う。今からやるべき政策が非常に重要であれば、国債発行を躊躇するべきではない。」

選挙を前にした消費税や、国会会期末のガソリン税の議論の様子を見ていても、誰かが減税を唱えると、すぐ「財源はどうするのか」と言い始める小賢しい輩が出てくるのはイラっとする。そんなこと言ってたら、何もできねえんだよ!とか思うわけで、半分開き直りかも知れないが、もともと財源なんかねえんだよ!って言うほかない。必要な政策は国債を発行してでもとにかく実行し、不要な支出は見直し続けるしかないのだ。

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2025年6月21日 (土)

「昭和100年」のストーリー

最近、日経新聞の記事(語り直し昭和コンテンツ)で、こんな文章を読んだ。

「昭和100年」を振り返ると、前半50年は戦争、敗戦、戦後の復興、そして高度経済成長へと国全体が1つの方向を目指した時代といえる。多くの国民がその「大きな物語」を共有した。一方で昭和50年前後(1970年代半ば)を境に、物語は失われ、細分化、多様化した世界を生きる時代へと移っていく。

・・・なるほど、と思った。今年のメディアのネタである「昭和100年」、どうもピンとこないというか、この「時代」をどう捉えればいいんだい、と思っていたが、この「前半50年は大きな物語の時代、後半50年は細分化、多様化の時代」というのは分かりやすい。

昭和50年前後の大きな出来事といえば、昭和48年の「石油ショック」だ。確かにここで戦後の高度成長は終わりを告げた。その2年後の昭和50年に始まったのが先進国サミット。1975年、今年50周年だ。日本は第1回サミットからの、アジア唯一の参加国。当時、改めて日本が非西洋の国でいちはやく近代化を成し遂げ、先進国となることができたのはなぜか、という問いが盛り上がり、日本論、日本人論が結構流行っていたように思う。

ここに「明治100年」を重ねて見ると、明治維新から1970年の万博開催まで、まさに国全体が1つの方向、いわば一等国になることを目指して多大な犠牲を払いながら、その目的を達成した100年だったと言える。

そして「明治100年」が終わった後の50年、つまり「昭和100年」の後半は、達成した豊かさを維持するのに汲々としながら、経済が停滞する中、人々の価値観は細分化していったという流れだろう。

これからどうなるのかと言えば、大きな物語が復活する可能性はほぼ無いので、細分化が限りなく進むと言いたいところだが、まあ限りがないように見えて、限界はあるのだろうから・・・その先はやっぱり分かんないな。(苦笑)

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2025年6月17日 (火)

有報開示前倒しの圧が強い

株主総会前に有価証券報告書の開示を求める圧力は、企業と監査法人の負担を増加させ、決算から有報開示及び総会開催までのプロセスをますます歪んだものにする。本日付日経新聞記事(「だれ得」の有報開示前倒し)からメモする。

(有報を早く開示しようとする)企業の苦労が株主の議決権行使に役立っていない。なぜすれ違いが起きるのか。日本の決算期末から総会まで3カ月間の実務は世界に比べて煩雑すぎてパンク状態にある。

まず開示資料が多い。東京証券取引所が求める決算短信、会社法で定め招集通知に添付する事業報告、金融商品取引法が規定する有報と3つある。欧米では1~2に集約されている。さらに期間が短い。開示資料が多いのに、3カ月間と短期に監査や開示、総会準備をこなす。欧米は決算期末から総会までに4~6カ月の期間がある。

多忙さから、有報の開示前倒しを求められても多くの企業は総会の1~2日前といった微調整しかできない。これまで、企業は有報の開示は総会後であっても、記載内容のうち政策保有株など議決権行使に必要な情報は招集通知にも記載する工夫をしてきた。機関投資家も参考資料は集約したいため、議決権行使に有報は不要との声は多い。

監査法人はただでさえ5月の連休を返上するほど忙しい。「全上場企業が有報を前倒ししたら受けきれない」と実務の限界が語られる。事業報告と有報の一本化は法務省と金融庁の縦割りが壁とされ、「企業に負担を強いる前に開示プロセス効率化へ改革を進めてほしい」と訴える声も。

仕組み全体の再設計が必要だ。土台を作り直さない対策は効果が見えない「部分最適」に終わる。

・・・とにかく何だかんだで、決算開示と総会開催のプロセスは滅茶苦茶いびつになっている。3月期決算企業と監査法人にとって、4-6月期は「地獄の季節」である。有報開示を前倒しするなら総会開催も後ろ倒し、さらに上場企業の事業報告割愛・有報に一本化など、負担を軽くするためにやれることは何でもやらないと、関係者の方々は過労死の瀬戸際に置かれたままになるだろう。

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2025年6月16日 (月)

株主提案、濫用気味?

日本では個人株主は比較的容易に株主提案できるし、提案内容の「自由度」も高い。基本的に悪いことじゃないと思うが、時に変ちくりんな提案も出てくるからだろう、財界や経済産業省は、提案権行使のハードルを高めようと目論んでいるようだ。現状の株主提案権の是非について、本日付日経新聞オピニオン面インタビュー記事「株主の力は強いか、弱いか」からメモする。

株主提案権の対象事項や要件、臨時株主総会の招集請求権は米欧にあわせて制限すべきではないか。日本では定款変更を求めるかたちで、株主が経営に具体的なことを要望するケースが多い。日本の株式市場に特徴的な現象だ。(太田洋氏、弁護士)

欧米に合わせるのではなく日本の資本市場の特徴を踏まえた議論が必要だ。そもそも株主提案権の要件である「議決権の1%以上または300個以上」は個人投資家にとって小さい額ではない。小粒な新興企業が多い東証グロース市場の平均でも1%保有には1億1500万円、300個保有には3000万円が必要になる。企業の規模にかかわらず、3000万円もの額を投じている投資家の意見を排除するというのは間違っていないか。
日本では株主提案が簡単すぎるという意見の根拠として挙がるのが、かつて野村ホールディングスに「オフィス内の便器はすべて和式に」などと提案した個人投資家の逸話だ。これを引き合いに出して、個人の提案は企業負担を増やすと懸念する声があるが、過去の極端なケースに基づいて過大な対応を取ろうとしているとしか思えない。
仮に提案の質が懸念点ならば内容に規制をかければよい。問題のある提案が出てくる可能性があるからといって一律に株主の権利をなくすのは間違いだ。(忽那憲治氏、東大応用資本市場研究センター長)

株主提案は、株主共同の利益のための提案であるべきだと考えている。しかし、現状では少額で一時的でも保有していれば株主提案ができてしまう。自分の意見を主張したいだけにみえる提案や、総会が終わったらすぐに売り抜けてしまう例が散見される。個人投資家の権利を守りつつ、金額や保有期間で、ある程度提案の「本気度」を測る仕組みがあっても良いだろう。(三橋和之氏、三菱UFJ信託銀行資産運用部フェロー)

・・・今年の野村ホールディングスの株主総会通知を見ると、「野村證券グループ本社」に社名変更する株主提案が出ている。また、三菱UFJフィナンシャル・グループでも社名変更の株主提案が出ているが、「ナカグロ」を取って「フィナンシャルグループ」にするというものだ。このように、そもそも何でこんな提案をするのか、理解に苦しむ株主提案があるのも事実。株主提案にも自ずと「作法」が求められるよなあ、と思ったりする。

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2025年6月 8日 (日)

「BURRN!」編集長の講座

先日6月6日金曜日の夜、新宿の朝日カルチャーセンターで、広瀬和生氏を講師とする講座(「BURRN!」編集長が語るリッチー・ブラックモア)が開催された。(写真は、講座終了後の期間限定配信の画面)

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当初、この講座を発見した時は、とっても意外に感じた。何しろ朝日カルチャーセンターである。何で?という感じ。どうも広瀬氏は落語の研究家でもあるので、その関連でカルチャーセンター講師として出入りしていたらしい。

とはいえシニアが集まるイメージのカルチャーセンターで、リッチー・ブラックモアの話を聞くことになるとは・・・。しかし考えてみれば、リッチーに興味がある人は既にシニアなのだった。(苦笑)

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2025年6月 7日 (土)

「のぞき坂」

NHK番組「ドキュメント72時間」の「舞台」となった「のぞき坂」に行ってみた。

先月5月23日に放映された「のぞき坂 東京の急な坂道で」。東京メトロ「雑司が谷」駅近くにある、「のぞき坂」と呼ばれる急坂で三日間、行き交う人々に取材したこの回には、入学式帰りの母子、終電帰りの若い国家公務員、アニメの聖地巡礼中の中国人、「ダサい自分を打ち壊すためにやってる」キックボクサー27歳、重度の心筋梗塞を2度やったという会社経営者77歳、サバイバルゲームにハマっている女性会社員48歳、日中文化交流の仕事をしている中国人女性69歳、正式に小学校教員になったばかりの男性44歳、エンカレッジスクール(高校)で国語を教える女性教師30歳などなど、実に様々な人々が登場して、いつもの番組以上に「人生」を感じる内容だった。特に終わり近くに出てくる女性教師の語る、病死した母との「約束」通り学校の先生になった自分を見てもらいたかった、という言葉には心を動かされた。今年もやるであろう年末恒例の「72時間」特集番組で、ベストテンに選ばれると良いな。

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のぞき坂の下から見る。

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のぞき坂を上ったところから見た風景。

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坂の下の自販機にある「苺と牛乳」。件の若い女の先生は、この「自販機限定商品」を目当てに坂を下り、また上りを戻って来たのであった。

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2025年6月 6日 (金)

有報、株主総会前の開示へ

昨日5日の日経新聞で「有報、総会前の開示急増、上場企業の5割超」と伝えられたのに続き、本日の日経新聞では「総会前に有報、前日が6割」と報じられた。

記事によれば、株主総会前に有価証券報告書を開示する3月決算期企業約2300社のうち1241社(55%)、前年は42社(2%)から急増した。3月に、金融担当大臣が全上場企業に総会前の開示を要請した効果がストレートに表れた格好だ。

とはいえ、総会前開示企業のうち、総会前日の開示が64%を占めるという。理想は総会の3週間前との見方もあるが、人的資本関連など企業の開示負担は増しており、大幅な前倒しにはなお課題が残るとのこと。記事にある気になるコメントを、以下に抜き書きします。

更なる開示前倒しのためには、「会社法や金融商品取引法の一体開示に向けた制度整備など実務への配慮が強く望まれる」(三菱商事)

開示前倒しとは逆に、総会開催を後ろ倒しするのは、「(取締役就任や配当支払いなど)影響が多岐にわたり慎重な検討が必要」(三井物産)

投資家への情報提供方法として、「招集通知の開示に工夫を凝らし有報よりもわかりやすく情報提供する企業もある。こうした取り組みも評価されてもいい」(三菱UFJ信託銀行)

・・・まあ、お上から言われて総会前の有報開示を実行しました、でも総会前日ですというのは、二重に「なんだかなあ」の気分になるわけで。前日でも前は前と言われりゃそりゃそうだが、特に個人投資家が有報をまじめに読もうと思ったら、やっぱり時間がないわけで。決算業務の物理的な進行上、開示の大幅前倒しが難しいのは分かるのですが・・・。いつも思うことでは、会社法開示と金融商品取引法開示は一体化というか、かなり共通化されているようではありますが、上場企業は金商法の有報に開示は一本化するのでいいんじゃないかと。それからやはり有報そのものが難しいと言うか、有報は読むようにはできていない。あれはお役所に出すフォーマットが決まっている届出書だなと。有報と内容が大部分同じ有価証券届出書という書類がありますが、そっちの方が名は体を表しているということかなと。

まあとにかく、総会前の余裕を持った有報開示のためには、有報開示前倒しも総会後倒しも、両方やるのが望ましいのでしょう。

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2025年6月 3日 (火)

自社株買いだけでは力不足

本日付日経新聞投資面記事(自社株買い、説明力で浮沈)から、以下にメモする。

日本企業の自社株買いに対する投資家の視線が厳しくなっている。全体では積極的に実施する企業が増えており、下落局面で株価を下支えする役割が目立つが、個別に見ると株高が持続しないケースもある。

投資家は株主還元だけを求めているわけではない。GCIアセット・マネジメントの池田隆政シニア・ポートフォリオ・マネジャーは「日本では事業を成長させつつ自社株を買い戻す企業が米国に比べてかなり少ない印象」と話す。そのため自社株買いの発表は「『成長目的の投資先がない』というメッセージの裏返しとも受け取れる」と打ち明ける。

経済産業省の有識者会議は5月末に日本企業の成長戦略に関する中間報告をまとめた。急増する自社株買いが企業価値の向上に一定の役割を果たしてきた一方で、短期的利益を追求するアクティビスト(物言う株主)の要求に応える形で成長投資ではなく自社株買いを優先している企業もあると指摘。「超過利潤が見込める投資機会が潤沢にあるならば必ずしも株主還元を優先すべきではない」と問題提起した。

日本の上場企業全体でみれば資本効率の改善余地は大きく、自社株買いが増えることは当然ともいえる。だが、中長期的な戦略のない還元策ばかりでは投資家をつなぎ留めるのは難しい。

・・・会社が投資を行い成長して株価も上がるのが王道。なので、成長戦略の説明なき単なる自社株買いは、株価に働きかける方策としては消去法的という評価になるだろうし、株価に与えるポジティブな効果の持続性も限られるのだろう。

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2025年6月 2日 (月)

「同意なき買収」の呪い

ニデックは買収を諦めたが、牧野フライスがこれでひと安心、というわけでもないようだ。昨日1日付日経新聞記事(同意なき買収 真の怖さ)からメモする。

ニデックに同意なき買収を仕掛けられた牧野フライス製作所が、ホワイトナイト(友好的買収者)とされるアジア系投資ファンドのMBKパートナーズに買収される方向で最終交渉に入った。だが、きっかけを作ったニデックは既に撤退済み。「牧野フライスはファンドとの交渉も打ち切ればよいのではないか」と素朴な考えが浮かぶだろう。ところが、資本市場ではその論法が許されない。

ニデックは1株あたり1万1000円でTOBを始めた。これにより牧野フライスはM&A(合併・買収)市場において「値札」がついた。わかりやすく例えると、ニデックは牧野フライスという会社を、1万1000円という値札をつけて店頭に強制的に並べてしまったのだ。牧野フライスもホワイトナイトを募った。自分で自分を売り物であると宣言したに等しい。かくして牧野フライスという会社そのものが商品化した。

こうした状態をM&A業界では「FOR SALE」と言う。一度、「売り物」になった企業は、独立路線を維持するのが極めて難しい。独立路線を株主に納得してもらうには、買収者が出したプレミアム付きの値段以上の株価を実現させなければいけないためだ。

同意なき買収への対応は基本的に3つある。(1)受け入れる(2)ホワイトナイトを探し徹底抗戦する(3)自助努力で買収者の提案より株価を上げる、だ。(1)を選んだのがニデックの傘下に入った工作機械のTAKISAWAだ。(2)に失敗し、(3)に取り組むのが、カナダ企業から買収提案を受けているセブン&アイ・ホールディングスだろう。自助努力で株価を上げるのがどれだけ困難かはセブン&アイを見てもよくわかる。結果として、多くがホワイトナイト探しを選ぶ。

だが、そのホワイトナイト探しは前述のように対象会社を「FOR SALE」の状態に追い込む。最初の買収者を撃退できても、結局は独立維持が難しい状態に追い込まれることが多いのだ。同意なき買収は一度発動されると、狙われた企業はM&A市場で「売り物」として扱われ続ける。同意なき買収の真の怖さはここにある。

・・・ニデックがTOBで買うとしたプレミアム付きの株価1万1000円を、これからも牧野フライスは長く維持するという課題を背負ったことになる。同意なき買収の呪いがかけられた、という感じ。

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2025年6月 1日 (日)

幕末は「意味わかんねー」のだ

薩摩藩中心に幕末の動乱を描くマンガ『だんドーン』(泰三子・作、モーニングKC)、コミックスでは作者からの感想的解説が所々に差し挟まれている。最新刊第7巻では、読者から登場人物の行動の「意味わかんねーよ」との声が上がるであろうことについて、作者が思うところを述べているので、以下にメモする。

わかります。幕末史複雑すぎて、何が起こっているかわからなくなりますよね。

まず、幕末を生きていた当の本人達も、当時の目まぐるしく変わる情勢に「意味わかんねーよ」と言っています。また、現代において幕末史研究の最前線にいらっしゃる先生方も口を揃えて「幕末、意味わかんねーよ」とおっしゃっています。よって、本作を読んで「意味わかんねーよ」になるのは決して私の技量のせいではなく、幕末ものの作品を読んだ正しい感想になります。

「この後なんやかんやあって倒幕する」ってとこだけ押さえていただければ大丈夫ですので、本作を見捨てずに引き続きお読み進めいただきますよう、よろしくお願いいたします。

・・・思うに、幕末は何かヒステリックな時代というか、若い人がたくさん犬死するイヤな時代というか、とにかく勢いの赴くまま動いていくという感じ。革命とはそういうものなのかも知れないが(フランス革命も相当ヒステリック)、当事者たちが「意味わかんねーよ」だったとしたら、後の時代の人は余計に「意味わかんねーよ」になるしかない(苦笑)。とにかく「意味わかんねーよ」で大丈夫、ということなので、ワタクシも引き続き読み進めたいと思います。聞くところでは、西南戦争までは描くらしいので、まだ先は長いですね。

ところでこのマンガ、「幕末コメディ」と銘打ってはいるのだが、内容は相当シリアスで、時に胸苦しくなるような場面も少なくない。やっぱり幕末とは、そういう時代なんだな。

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