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2025年3月26日 (水)

堀内誠一展

立川のPLAY!MUSEUMで開催中の「堀内誠一展」(4月6日まで)に出かけた。堀内誠一(1932~1987)の展覧会は最近もやってたな。自分は22年9月に横浜で「堀内誠一 絵の世界」展を観たよ。

今回の展覧会はFASHION、FANTASY、FUTUREの、3つの展示コーナーで構成。FASHIONでは、堀内誠一のアート・ディレクターの仕事として雑誌『anan』を展示。FANTASYでは、堀内誠一の絵本の仕事を紹介。FUTUREでは、堀内誠一を敬愛する100人からのメッセージを並べている。

堀内誠一の絵本といえば、もちろん『ぐるんぱのようちえん』。会場には、ぐるんぱの大きなフィギュアも登場。

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ひとりぼっちだったぐるんぱが、仲間の象たちに後押しされて、人間の世界に働きに出る。失敗を繰り返しながらも、最後に自分がありのままに受け入れられる居場所を見つける。まさしく社会適応の物語。自分もまさに幼稚園児だった頃、出たばかりのこの絵本を読みました。ぐるんぱに、とても共感しました。やがて大きくなって学校を出てから、社会の中にうまく入れなかった時期が自分にもありました・・・ぐるんぱは俺だ!(苦笑)ということで、忘れられない名作です。

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ぐるんぱはしょんぼり、しょんぼり、しょんぼり・・・して職を転々とする、のではありますが、皿でもビスケットでも靴でもピアノでも自動車でも、特大サイズにはしちゃうんだけど、ぐるんぱは何でも作れるんだよなあ。(笑)

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2025年3月25日 (火)

日本という収奪的システム

「安い日本」は「収奪的システム」の結果である、と言うのはエコノミストの河野龍太郎氏。今週の「週刊ダイヤモンド」(3/29号)掲載のインタビュー記事からメモする。

かねて日本の長期停滞の元凶は、もうかってもため込み、賃上げも国内投資も消極的な大企業にあると論じてきました。生産性改善の果実が正社員にも非正規雇用にも分配されないから、停滞が続くのです。

衝撃的事実があります。1998年から23年までの過去四半世紀で、日本の時間当たり生産性は30%上昇しましたが、時間当たり実質賃金は横ばいです。

生産性が上昇しているのに、実質賃金に全く反映されていないことが問題です。喫緊の課題は適切な所得配分です。人口減が原因ではなく、実質賃金が増えないから個人消費が増えず、日本は停滞から抜け出せないのです。

アベノミクスが始まった13年度に300兆円だった利益剰余金は、23年度に600兆円まで倍増しました。ため込んだ利益は賃上げや国内投資に向かわず、大企業は海外投資を加速させています。

90年代末の銀行危機でメインバンク制が崩壊しました。メインバンクの後ろ盾がなくなり、大企業は長期雇用制を維持するため自己資本を積み上げる必要がありました。コストカットのため、正社員のベースアップ(ベア)をゼロに抑え込み、同時に、人件費の一部を変動費に変えるべく、非正規雇用に頼りました。不幸にも危機が繰り返したため、国内ではコストカットが経営の基本になり、自己資本が積み上がった今も、産業界では攻めの経営を選ばず、守りの経営を追求するのが主流です。

1世代にわたり実質賃金が全く上がっていないのは、近代以降の先進国では日本だけ。これが「安い日本」「貧しくなった日本」の実相です。

・・・バブル崩壊後の大企業が正社員の長期雇用維持を最優先として、賃上げは後回しにし続けた結果が、現在の「安いニッポン」。90年代は過去になったかと思いきや、いまだに経済に影響を及ぼし続けている。以前、日銀総裁が語った「ノルム」を作り上げたのも、バブル崩壊後の大企業のビヘイビアと考えてよいだろう。経済状況はもはやデフレとは言えないのに、社会規範はデフレ意識が残る。90年代の呪いは強固だ。

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2025年3月23日 (日)

人生という不完全情報ゲーム

『咒の脳科学』(講談社+α新書)は、脳科学者中野信子の新刊。咒は「まじない」と読むとのこと。以下に序章からメモする。

私たちは、物理世界に生きてはいるが、それ以上に、人間関係の中、人間の認知の形成する社会の中に生きており、その認知は、自他の言語や行動によって鋭敏に影響を受け、未来が変わってしまうということが実は頻繁に起きているのだとしたら。現在の自分の言動をより子細に分析し、よりよくコントロールできた者が勝者になるとは言えまいか。

この世に生を受けるということは、不完全情報ゲームの中に強制的に参加させられるということだ。

不完全情報ゲームは、一部の情報がプレイヤーに隠されているか、ゲームの状態が完全には見えないという特徴がある。隠された情報を確率論的に推測する必要があり、これが勝敗に影響を与える――要するに、「運」が実力よりも勝敗を左右する大きな要素として扱われるというのが、この不完全情報ゲームの面白いところなのだ。

不完全情報ゲームでは、「相手がどう考えるか」を読む心理戦が重要になる。もっと言えば「相手を思うさまに動かす能力」「相手をこちらの意図どおりに誘導できる技術」があれば、このゲームには高確率で勝つことができる。

近年、脳科学ブームが続いているのは、脳科学がこうした技術の源泉になり得る科学的な根拠を与えるものだと一般に考えられているからだろう。

・・・人は、自分自身を動かすため他人を動かすため、時には、強い願望を込めているけど大した根拠のない「おまじない」のような言葉すら発してしまう。もしかしたら脳科学はその根拠になるのかもしれないが、しかしそれでも、自分の言動を強くコントロールできるとか、多くの他人を思い通り動かせると思ったら、過大な期待でしょう。それにしても、他人を動かすというのは、最も広い意味で「政治」だな。要するに人間は社会的動物だってことだが。

この本の中で、中野先生がセクハラされた相手に対して怒りを感じて、死ねと思ったら間もなく死んだ、という経験も記されている。確かに当事者としてはちょっとショッキングな出来事だろうから、自分の思いが何かしら相手に影響したのかと感じるのも無理はないのかもしれないが、読者からすると、まあそういうこともあるかもね、くらいの感じではあるなあ。

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2025年3月18日 (火)

宇土櫓解体工事番組

2016年の地震で損傷した熊本城・宇土櫓はいったん解体して、再建する計画が進んでいる。自分は昨年6月、9月、12月の3回、特別公開日(毎月第2日曜日)に見学した。昨年末時点で、櫓の建物は軸組と呼ばれる骨組みだけが残る状態だった。

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この解体工事の様子が、昨夜のNHK「解体キングダム」で紹介されていた。取材したのは昨年8月の土壁と瓦の工事と、今年1月の柱と石垣の工事。現場では左官職人、瓦職人、宮大工、石工など、その道の達人的職人大集合という感じで、重要文化財の解体に慎重に緻密に取り組んでいる。何しろ解体して終わり、ではなく、その後再び建て直すということで、剥がした土壁の材料は捨てずに再利用する、瓦は一枚一枚の位置や置き方を記録しておく、古い柱の部材も壊さないように一本一本慎重に取り外していく。宇土櫓直下の巨大な石垣も、一個一個の石に番号を付けて配置図を作り、いったん崩してから元通り積み直すという、文字通り気の遠くなるような作業が待っている。

解体は今年中に終了し、その後7年をかけて再建する予定で、現時点から丸8年はかかると見ておくところ。現在65歳の自分も、何とか生き延びて宇土櫓復活を見届けたいと思う。

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2025年3月14日 (金)

初心者向け哲学本

昨夜のBSテレ東番組「あの本読みました?」で紹介されていた「人生を楽にしてくれる哲学の本」、初心者におすすめは以下の10冊。

1.『超訳ニーチェの言葉』(白取春彦・訳)
2.『ソフィーの世界』(ヨースタイン・ゴルデル・著)
3.『大河の一滴』(五木寛之・著)
4.『現代思想入門』(千葉雅也・著)
5.『反哲学入門』(木田元・著)
6.『荘子 内篇』(ちくま学芸文庫)
7.『反応しない練習』(草薙龍瞬・著)
8.『ゼロから始めるジャック・ラカン』(片岡一竹・著)
9.『哲学史入門(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)』(NHK出版新書)
10.『禅とジブリ』(鈴木敏夫・著)

・・・うーん、超訳ニーチェですか~。これは哲学の本というより、名言集という感じかな。元気が出る言葉を集めました、みたいな。ソフィーの本が出たのは、もう30年も前か。最近、コミック版が出ていて、そっちには目を通したが(苦笑)。まあ哲学史の本は、ふつうに大学の一般教養で使うテキストをおとなしく読んでおくというものではないか、分かっても分からなくても。という感じがする。五木さんの本は、生き方指南書みたいなものか。これが一番「人生を楽にしてくれる」感じかな。『現代思想入門』は、番組にも出演してた千葉雅也先生の本。現代思想(といっても70年代~80年代の思想)を素晴らしく手際よく整理したというか、かつての浅田彰『構造と力』と比べても、とてもこなれた内容の本になっている。『反哲学入門』になると、入門書というより、ある程度哲学史に自分の見通しができた後で読むと、発見があるというか感心できる本ではなかろうか。荘子はよく分からない(苦笑)。『反応しない練習』が取り扱うのはブッダの思想らしいので、これもよく分からない(苦笑)。ラカンも当然分からない(苦笑)。哲学史入門全3巻は、古代から現代まで第一線級の研究者のインタビューで構成されているので、読みやすいとはいえる。禅は分からないし、ジブリは自分にはよけい分からない(苦笑)。

とりあえず、西洋哲学史ということで言うと、個人的にはやっぱりキリスト教の思考の構えが強いなと思っていて、自分がある本で読んだのは、古代哲学は非キリスト教哲学、中世哲学はキリスト教哲学、近代哲学は脱キリスト教哲学、現代哲学は反キリスト教哲学と性格づけたもので、これは印象に残っている。結局西洋哲学は、プラトン哲学とキリスト教を混ぜ合わせて展開してきたものであり、ニーチェがそれを破壊した。加えて、ハイデガーも西洋哲学の伝統とは異なる思考を追究した、というのが木田先生的「反哲学」の見立てであろう。

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2025年3月10日 (月)

「天下餅」を膨らませた家康

近年の歴史研究では、織田信長は「普通の戦国大名だった」とする説が出されている。これに対して本郷和人先生は、やはり信長は革新的だったと評価する。そして徳川家康は「普通の戦国大名」かもしれないが、日本に大きな転換をもたらした、という。『東大生に教える日本史』(文春新書)からメモする。

信長はどこが革新的だったのか? 私の答えは、「自分を頂点とする一元的な支配を拡大し、全国政権をつくろうとしたこと」です。

「天下布武」とは、そうした信長のヴィジョンを示す言葉でしょう。日本全国に「武を布く」、すなわち自分の武威を示すことでしか、戦乱は終わらない。そんなことを考え、実行に移した戦国大名は、やはり、信長しかいないのです。

「織田がつき羽柴がこねし天下餅、坐りしままに食うは徳川」と狂歌にも詠われたように、しばしば「天下統一への設計図を描いたのは信長であり、秀吉はそれをなぞっただけだ」という言い方がされます。そうだとしても、設計図を現実のものにするのはやはり大仕事であり、その意味で、秀吉もまた歴史を動かす役割を担った人物だといえます。

カリスマ信長や、革命児秀吉に比べると、家康にはそこまで強烈な個性は感じられません。私は、家康が最終的な勝者となったのは、彼が信長・秀吉の起こした革新をきちんと理解できた、「時代」の流れを見通すことのできた「普通の戦国武将」だったからだと考えています。

家康が行なった、今の日本にも大きな影響を与える大転換は、なんといっても江戸に幕府を置いたことでしょう。この決断がもたらしたものは大きく二つ。ひとつは日本に「二つの中心」ができたこと。もうひとつは東国、ことに東北の成長です。

秀吉によって関東に移された家康の視界に、いまだ統一の途中にある広大な地域として、東北が入ってきた。それは秀吉が達成した「天下統一」を、さらに北へ拡張・拡充するものでした。

家康が幕府を構えたことで、江戸は政治的中心地となるだけではなく、一大消費地としても成長していきます。それまで経済や文化の中心といえば、京都、大坂だったのが、江戸というもうひとつの中心が生まれたのです。東国の成長による「天下の拡充」。それが家康の成し遂げた大きな成果だったといえるでしょう。

・・・信長が着手し推進した「天下統一」プロジェクトを、秀吉がほぼ完成させた。そこから家康が一層の拡大を指向・継続し、併せて徳川の支配体制を盤石のものとした。これにより国力が増大し、後に近代化の機会が到来した時にも対応できた。と考えると、やはり三英傑の時代は、日本史の大きな転換点だなあと思う。あの時代に、何でこんな人たちが出てきたのか、特に信長は何でこんなことを考えて実行したのか、不思議に思えてくる。

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2025年3月 8日 (土)

森永卓郎の「予言」

先日亡くなった森永卓郎の本は、まだまだ出るみたい。『この国でそれでも生きていく人たちへ』(講談社+α新書)は卓郎と康平、経済アナリスト父子の共著。最初、対談本かと思ったが、それそれの書く文章を代わりばんこに読む章立てとなっている。以下に、森永卓郎が株について述べている部分をメモする。

現在、日経平均はバブル期を超えて史上最高値を更新している。株が割安でないのは一目瞭然だ。

いま我々が直面しているのは、人類史上最大のバブルであり、バブルである以上、必ずそのバブルははじける。その大暴落の結果、世界は大恐慌時代を迎えるだろう。「大恐慌」が発生した場合に何が起こるか。非常に長期にわたり、途轍もない値下がりが続く。1929年10月24日の「暗黒の木曜日」から世界大恐慌が始まった。最終的にダウ平均が底値をつけたのは、それから約3年後の1932年だった。最高値から89パーセントもの下落だった。ちなみに、日本のバブル崩壊も、大恐慌レベルの長期停滞をもたらした。日経平均株価は1989年の年末に史上最高値をつけた後、年明けから下落相場に入り、約18年かけて83パーセントも下落している。つまり、「大恐慌」が起きると、株価は8割以上も下落し、約20年もの長期低迷を迎えるということだ。

私が必死に訴えているのは、このことだ。これから20年以上にもわたり、株価が現在の4分の1、5分の1に下落する時代がやってくる。だから早く逃げろと言っているわけだ。

これから来る史上最大の暴落の後、株価は二度と回復しない可能性がある。資本主義が終わりを迎えるからだ。

マルクスは資本主義が限界を迎える理由として、次の四つの要因をあげている。一つ目は「許容できないほどの格差」だ。二つ目は「地球環境破壊」だ。三つ目は「少子化」だ。四つ目は「ブルシットジョブの蔓延」だ。現在の世界経済を見れば、この四つがいずれも発現しているのは一目瞭然だ。いまの資本主義経済がきわめて近い将来に崩壊すると私は確信している。

・・・とりあえず株については、PERという基本指標(森永さんも知らないはずはないんだが)があって、株価水準がバブル期と同じでもPER面から割高とはいえないというのが一般的な評価。なので今の株価はバブルだという前提が間違っているから、いずれバブルが崩壊して資本主義も終わるというのも、妄想に近い。森永さんは、自分が株を売っちゃったので、何も気にすることなく、「これから大暴落する」とか言ってるようにしか見えないな。

でも、ほぼ同年齢の自分が森永さんの意見に感じるのは、90年代バブル崩壊の深いトラウマ。自分の心の片隅にも、史上最高値を付けた株価が、また長期低迷することはないのだろうかという恐れはある。

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2025年3月 5日 (水)

「こどもニュース」から「池上解説」へ

「池上解説」の原点は、やはりNHK「週刊こどもニュース」だと思う。池上彰の新著『50歳から何を学ぶか』(PHP新書)から、以下にメモする。

「ニュースセンター845」と「イブニングネットワーク」のキャスターを計5年勤め、後任も決まったところで、さあ記者職に復帰だと思っていたら、今度は「週刊こどもニュース」という子供向けのニュース番組を作るので、お父さん役と称するキャスターをやってくれというのです。

ここでも、やはり発見がありました。これまで当たり前のように考えていた世の中の仕組みやニュース解説を、子供の視点からもう一度とらえ直すことができたからです。

そして驚いたのは反響の大きさです。あくまでも子供向けにニュースを解説していたのですが、それが子供だけでなく大人にも好評だったのです。年齢別視聴率調査では、実に60歳以上の男女の視聴率が20%にも達していました。もはや「こどもニュース」ではなく「老人ニュース」です。今さら聞けないこと、知ってるつもりだったけれどよく分かっていなかったことが分かりやすく解説されている。なるべく専門用語や横文字を嚙み砕き、分かりやすく伝えることを心掛けていたために、多くの方にご覧いただいたようです。放送日や時間帯は何度か移動しましたが、土曜日の夕方に落ち着いてからは、毎週同時間帯トップの視聴率を取っていました。

結局、「週刊こどもニュース」には、1994年から、私がNHKを退職する2005年まで「お父さん」役で11年間出演しました。NHKを辞めたのは、「そろそろ記者に戻って、ジャーナリストとしてのキャリアのために解説委員になりたい」と考えていたにもかかわらず、その道が絶たれたことがきっかけです。解説委員長から「解説委員というのは専門分野をもっていなきゃいけない。お前には専門分野がないだろう」と言われ、自分には解説委員になれる可能性がないことを知ったのです。

・・・専門分野を持つ解説委員にはなれなかったけど、専門的なことも含めて何でも分かりやすく解説する人になった、ということだな。とにかく「週刊こどもニュース」は、「池上解説」の原点になっただけでなく、その後の、ニュースを分かりやすくして見せる番組が多くなる流れを作ったという意味でも、画期的な番組だったと思う。自分も既に大人だったけど、日曜の午前中に放送されていた頃の「週刊こどもニュース」を、よく見ていた。その後、池上さんがNHKを離れた時には、もうテレビに出ないのかと残念に思ったが、結局その後も民放番組で活躍しているので、やはりテレビに求められる人だったなと納得である。

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2025年3月 4日 (火)

アドラーに学ぶ「幸福」

『アドラーに学ぶ どうすれば幸福に生きられるか』(岸見一郎・著、ベスト新書)からメモする。

アドラーは、「私は自分に価値があると思える時にだけ、勇気を持てる」といっています。ここでいう勇気とは、対人関係に立ち向かう勇気です。

自分が好きでないという人は、対人関係を避けるために、自分には価値がないと思い、したがって、自分を好きにならないでおこうと決心しているのです。

(自分が好きと思える時は)自分が役立たずではなく、誰かの役に立っていると思える時ではないでしょうか。自分が何らかの形で貢献できたことを知れば、自分には価値があると思え、自分を好きになることができます。

貢献する、あるいは与えるという時、私が考えているのは、他の人のために動くことが自分にとって喜びであるということです。人から「ありがとう」といってもらいたいのではありません。自分がしたいことをすることが人に役立つことになるというのがいいのです。

与えられた生をどう使うか。プラトンの言葉を借りるならば、ただ生きるのではなく、「よく生きる」ために使いたいのです。「よく生きる」ということの具体的な内実は、アドラーが与えています。「私に価値があると思えるのは、私の価値が共同体にとって有益である時だけである」

先に見た言葉でいえば、私が他の人に役立っていると思える時に、そんな自分のことを好きになれるということです。そのように思える時、この生は生きるに値すると思えるでしょうし、そのように思えるよう他の人と関わるためには、対人関係を主な内容とする人生の課題を回避するわけにはいきません。

人生に意味がない、とか、目的がない、と考えるのは、人生が自分の思うとおりにならないと思う人だけです。この人生には意味がない、と考えることには、目的があります。そのように思うことで、人生の課題を回避しようとしているのです。

私は他の人に負っていることが多々ありますが、私もまた他者に働きかけ、協力することができます。与えられるだけではなく、与えることができるのです。

どのような仕方であれ、他者に貢献している、誰かに役立っていると感じられる時、人は幸福になれます。幸福とは貢献感なのです。

・・・アドラー心理学では、人間の行動を目的論的に考えるという。なので、自分が嫌いだとか、人生は無意味だとか言う人は、対人関係を主な内容とする人生の課題を回避することを目的としている、と説明される。

でも、人間の行動にはいつも目的があるとまでは思えないし、ある考え方をすれば人生の課題や対人関係が回避できる、わけでもないよなあ。むしろ避けようとしても、否応なく向こうからやってくるような気がする。回避しようもない人生の課題や対人関係にぶつかった結果、自分が嫌いだとか人生は無意味だとか感じる、やっぱりそういう順番だろうと思ってしまう。

それはそれとして、「よく生きる」ということが大事であるのは同意する。なぜか自分は今そういう心境だったりする。もちろん、「よく」の内実を自分も考えないといかんのだが。

幸福についても、今の自分は単純に、他者と何事かを共有できればそれが幸福なのだなあ、という感じで思っております。

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2025年3月 3日 (月)

2027年大河主人公は小栗上野介

2027年のNHK大河ドラマの主人公は、小栗上野介! 以下はオリコンニュースからの引用。

NHKは3日、2027年に放送予定の大河ドラマ(第66作)が『逆賊の幕臣』に決まったと発表した。主演は俳優の松坂桃李が務め、脚本は安達奈緒子氏が担当。勝海舟のライバルと言われた小栗上野介忠順の活躍を描く。

第66作となる今作は、幕末史の裏側に迫る。主人公は1827年生まれの幕臣・小栗上野介忠順(おぐりこうずけのすけただまさ)。勝海舟のライバルと言われ、日本初の遣米使節となって新時代の文明を体感し、新しい国のかたちをデザインした江戸幕府の天才だが、明治新政府に「逆賊」とされ、歴史に葬られた。忘れられた歴史の敗者の知られざる活躍を描くスリリングな胸熱エンターテインメントとなる。

・・・先見の明溢れる幕臣、小栗さんが主人公というのは素晴らしいな!

でも、小栗上野介というと、最期が悲惨なのでそれが正直イヤだ。今からラストシーンがどうなるか心配してしまう(汗)。立派な人や若い人が犬死するケースの多数あるのが、幕末・明治維新のヒステリックでイヤなところだ。革命とは、そういうものなのかもしれないが。

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2025年3月 2日 (日)

ふつうに生きる有難さ

『死が怖い人へ』(久坂部羊・著、SB新書)第五章「生とは何か」からメモする。

新聞の人生相談などを見ていると、ときどき「自分には生きている価値があるのか」というような相談が寄せられることがある。回答はだいたい、だれにでも生きる価値はある、あなたはまだそれを見つけていないだけ等、優しく励ます内容が多い。

私はどんなに成功している人でも、幸せに暮らしている人でも、その人の生に価値があるとは思わないし、逆に、無職で孤独で夢も希望も居場所もない人の生を、価値がないとも思わない。生きるということには、価値があるともないとも思わない。生きる価値などというものは、何か支えがないと落ち着けない人が創り出した妄想で、それぞれが勝手な意味づけをしているから、議論しても答えは出ない。

そんな疑問を持つヒマがあったら、もっとシビアな現実を見たほうがいい。先日、NHKの「プロジェクトX」の再放送で、日本初の骨髄バンクを作った人々が紹介されていた。その中で、白血病のために15歳で亡くなった少女の「将来について」と題された作文が紹介されていた。

『私は、ふつうの高校生になって、ふつうのお嫁さんになって、ふつうのお母さんになって、ふつうのおばあさんになって、ふつうに死にたい』

少女はその『ふつう』をすべて叶えられずに亡くなった。ふつうに生きて、ふつうに年を取って、ふつうに暮らせずに亡くなる人が、この世には大勢いる。ふつうに生きていることが、実は得がたい幸運で喜ぶべきことと知ったら、生きることに価値があるかどうかなど、考える気にはならないのではないか。ふつうであることの幸運を、十分認識すれば、生きることも少しは楽になると私は思う。

・・・上記の「プロジェクトX」再放送は自分も見た。名古屋での日本最初の骨髄移植の話。20年くらい前にも見たが、その時は、最後に骨髄提供者と被提供者の感動の出会い(本来は、会っちゃいけないらしい)が印象に残ったが、今回の放送では、自分も白血病死した女の子の言葉がひどく痛切に感じられた。

平和な時代に、若くして亡くなってしまう人がいる。病に襲われることに理由は無い。それだけに残酷としか言いようがないし、ただただ悲しい。本当に、ふつうに生きることができれば、それで十分なのだ。生きる意味やら価値やら考えても、大した結論は出ないのだから、生きられるところまで生きればそれでよし。

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2025年3月 1日 (土)

安楽死は絶対ダメなのか

安楽死は駄目、嘱託殺人も勿論駄目・・・難病ALS患者は、一度人工呼吸器を付けることを選ぶと、その判断を覆すことは認められない。しかし、それは妥当といえるのか。『死が怖い人へ』(久坂部羊・著、SB新書)第四章「死を全否定する人々」からメモする。

2024年3月に京都地裁で、ALS嘱託殺人の被告の医師に、懲役18年の判決が下された。事件は2019年11月に京都で起こった。難病ALS(筋委縮性側索硬化症)の女性患者さん(当時51歳)から、SNSを通じて安楽死の要請を受けた医師が、女性に薬物を投与して死亡させたのである。

世間の反応としては、一部に被告医師の行為を擁護する声もあったが、「命を救うことが使命の医師が、命を奪うなんて許せない」「医療を悪用した殺人」「命を軽視するのは言語道断」などの批判が多かった。

京都の事件で安楽死を実行した医師を責め、患者さんに生きていてほしかったと言う人たちは、患者さん本人の苦しみをどれほどわかっているのか。その苦痛を取り去った上で、生きていてほしいと願うならまっとうだが、それをせずに単に生きていてと願うのは、「我慢して生きろ」と言っているに等しく、思いやりがあるとは思えない。

ALSの患者さんを受け持って、その苦しみを知り、安楽死を求められた経験もある私は、今回の事件の被告医師を一概に批判する気になれない。

いったん人工呼吸器をつけて、取りあえず死を避けて、そのあと、ほんとうにつらくなったら人工呼吸器をはずしてもらう。それが今の日本ではできない。安楽死が合法化されていないからだ。

人工呼吸器をつけて、生きながらえてよかったと思う患者さんもいるだろう。そういう患者さんは生きればいい。ただ、そうでない患者さんには、自ら死を選べる道も必要ではないか。それこそが「個」の尊重につながることに、異論はないはずだ。

・・・この手の事件が起きると、しばしば引き合いに出されるキャラが、手塚治虫「ブラック・ジャック」に登場する安楽死専門の医者、ドクター・キリコ。もし自分が治療法のない難病患者になったら、「ドクター・キリコ」を呼ぶことも考えざるを得ないと思う。

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