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2025年1月 1日 (水)

日本近代史の40年サイクル

日本近代史には約40年のサイクルがあるのではないか、と言うのは、元日銀副総裁の藤原作弥氏。「中央公論」1月号(特集「昭和100年、令和への教訓」)掲載のインタビュー記事から以下にメモする。

日本近代史は4期に分けることができます。1868年の明治維新から1905年の日露戦争勝利までの約40年が第1紀のサイクルで、第2期はそこから敗戦まで。軍事大国を目指して欧米へのキャッチアップを図り、最終的に失敗した時代です。第3期は45年の敗戦から85年のプラザ合意で、第4期はそこから現在まで。今度は経済大国を目指して成長を遂げ、80年代に一応の達成を見たけれども、40年経ってどうも具合が悪くなってきている、というのが現状です。

第1・第2期の主役が軍隊を中心とする国家部門ならば、第3・第4期の主役は企業部門になりますが、いずれも組織であり、肝心の「個人」が軽視されている点では同じでした。しかも4期ともに原動力となったのは黒船や敗戦といった外圧です。次の40年は外圧ではなく、個人の内なる力で、日本という国を生活文化中心に盛り上げていくべきではないか。

・・・今年のジャーナリズムの一大テーマは「昭和100年」であるらしい。上記の40年サイクルを前提とすれば、「明治100年」は上昇トレンド40年、下降トレンド40年、上昇トレンド40年の前半20年のサイクルで、近代化と戦争、高度成長を経て経済大国化を成し遂げた100年。「昭和100年」は下降トレンド40年の後半20年、上昇トレンド40年、下降トレンド40年のサイクル。昭和恐慌から始まり、敗戦後の高度成長、さらに石油ショックを乗り越えて、バブル経済のピークからバブル崩壊後の長期停滞を経験した100年。サイクルの順番で行けば、次は40年の上昇トレンドとなり、今はその入り口にいるはずだけど、さてどうだろうか。

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