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2025年1月 3日 (金)

「マルサの女2」とバブルの時代

バブル時代の空気感を知りたければ、「マルサの女2」を観ればいい。というのが自分の確固たる意見。地価が限りなく上昇していく時代の真っ只中、1988年1月に公開された伊丹十三監督の映画「マルサの女2」は、後にバブルの時代として振り返ることになる当時の空気感を、見事にパッケージした作品になっている。以下に、日経電子版の2日付発信記事(土地とカネの高揚再び 「マルサの女」が描いた欲望)からメモしたい。

大音量の音楽、ほえる大型犬、鳴りやまない電話——。地上げ屋の顔も持つ宗教法人の巨額脱税と、国税局査察部(通称マルサ)との攻防を描いた映画「マルサの女2」。1988年に公開された同作の地上げ風景は、当時の人々には決してフィクションとは言い切れなかった。

故三国連太郎さんが演じる男は、マルサの取り調べに「俺は国のために地上げやってるんだよ」とすごむ。東京を世界の金融センターに成長させるためには、世界中の企業を集める必要があると説いた。

故伊丹十三監督が、マルサの女で掲げたテーマは「日本人とお金」。映画の製作発表記者会見では、「金銭をめぐる人間の欲望のむなしさを表現したい」と語っていた。

・・・記事は、バブル崩壊と共に土地の値上がり神話も泡と消えたが、近年、「地面師」の活動など、土地とカネを巡る事件が再び起きている、と述べる。最近の配信ドラマも話題になったということだが、かつてのバブル時代は熱に浮かされたような危うさが感じられたのに対して、最近の事件には得体の知れない暗さがあるようだ。いずれにせよ、土地取引絡みの事件が目立つようになるのは、時代が病んでいる兆候でもあるように思う。

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