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2025年1月30日 (木)

「ミスタージミー」の映画

映画「MR.JIMMY」を観た。伝説のロックギタリスト、ジミー・ペイジ。その演奏はもちろん、機材や衣装等も含めて完全再現することに人生の全てを捧げる「ジミー桜井」こと桜井昭夫さん。その活動を追ったドキュメンタリーである。

ロックの映画ではあるが、意外と淡々と進む印象。ジミー・ペイジのライブ、その全ての再現を目指す桜井さんが、機材や衣装の細部まで、エンジニアやデザイナーと打合せする等の、地道な取り組みが映し出される。そして、遂にジミー・ペイジと出会い、本人からの絶賛を得て、アメリカへと渡り、レッド・ツェッペリンのコピーバンド「レッド・ゼッパゲイン」に加入。いよいよ怒涛の展開かと思いきや、ゼップ・サウンドの完全再現を目指すジミー桜井の職人的な拘りと熱量は、バンドメンバーとの軋轢を生んでしまう。思うように自分の理想を実現できないジミー桜井。その表情には疲労の色が浮かぶ。

この辺は、そうなるだろうなーという感じのするところ。ペイジのギターの再現は、ジミー桜井一人でやれるわけだが、バンドの音楽の再現は一人ではできないわけで、ジミー桜井と同じ考え方、かつ実力を兼ね備えたメンバーが必要になる。しかし、そんなメンバーを探し出すのは簡単ではないよな。

伝説のバンドのサウンド完全再現には、ビジネス面と時代性からの懸念が付き纏う。単純に考えれば余りにもマニアックなわけで、こんなパフォーマンスを求める人がどれだけいるだろうか。想定されるマーケット規模からも、儲かるとは思えない。そして、再現対象は50年前の音楽、下手をすれば「時代遅れ」の烙印を押されかねない音楽であり、はたして今の時代に、当時の音楽を当時のまま演奏することにどれだけ意義があるのか、と問われるのも避けられない。要するに「今なぜツェッペリン?」だ。

しかしジミー桜井の信念は揺らがない。なぜなら、ジミー・ペイジは問答無用で最高なんだから。自分を無にして作り上げた「ジミー・ペイジ」を、オーディエンスにプレゼンする活動は今も続く。自分のバンド「Mr.Jimmy」で演奏し、そしてジョン・ボーナムの息子であるジェイソンとのツアーも行っているという。

思うに、「ジミー・ペイジ」の再現は、ギターのテクニックとサウンドがクリアできれば、充分OKだろう。でも、「レッド・ツェッペリン」を再現しようと思ったら、ネックになるのは「ロバート・プラント」だろう。歌もそうだけど、あんなルックスの人、見つけてくるの大変だぞ。(苦笑)

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2025年1月29日 (水)

森永卓郎、死去。

昨日1月28日、経済アナリストの森永卓郎氏が亡くなった。享年67歳。

昨年の年初に、やはり著名な経済評論家である山崎元氏が食道がんで亡くなり、同じ頃、余命宣告を受けてがん闘病中であることを公表していた森永氏がどこまで頑張れるのかという、正直ちょっと意地の悪い興味を持って見ていた。一時はテレビに出ている姿を見ても、結構元気そうに見える時もあったけど、残念ながら奇跡は起こらなかった。

山崎氏と森永氏が大活躍していた頃には、自分も彼らの意見をいろいろ読んでいた覚えがあるので、何だか無常の感覚があるのはどうしようもない。そして何しろ、自分より一つ二つだけ年上の人が世を去ると、自分は今死んでも悔いはないか、やるべきことはやったのか、などと考えてしまう。(まあ自分のレベルでやれることはやったかなと、思っちゃってますけど)

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2025年1月22日 (水)

ふりがなをルビと呼ぶのはなぜ?

先日のNHK「チコちゃんに叱られる!」で、ふりがなを「ルビ」と呼ぶのはなぜなのか、という話をやっていて、興味深かった。大体以下のようなことです。

まず結論的には、ルビは宝石のルビーから来ている呼び名。ではなぜルビーなのかというと、そこはいろいろ歴史がある、という話になっていく。

1450年頃、ドイツで活版印刷技術が発明される。16世紀末には日本にも技術が伝わるのだが、アルファベット26文字の活字を作ればよいヨーロッパと違って、ひらがなや漢字など文字の種類が多い日本では定着しなかった。

明治になると、アメリカ人技術者ウィリアム・ガンブルに学んだ本木昌造が活版印刷の会社を設立。最初の主な印刷物は新聞だった。しかし明治20年時点で、日本人の識字率は48%程度。そこで、新聞の全ての漢字にふりがなを付けた「小新聞」(こしんぶん)が発行された。活字のサイズは「初号」(≒42ポイント)、「1号」(同27.5ポイント)、以下「2号」(同21ポイント)から「8号」(同4ポイント)まで合計9種類あり、新聞のふりがなは「7号」(同5.25ポイント)が使われた。この7号は、アメリカでは「ルビー」と呼ばれるサイズだった。

中世のヨーロッパで生まれた活版印刷は、当初、宗教書を大量に作るため利用された。アメリカでも、活字のサイズに宗教書由来の名前が付けられていた。20ポイントは「パラゴン」(典範)、12ポイントは「パイカ」(典式規則書)、8ポイントは「ブレビア」(聖務日課書)という具合。そして8ポイントより小さくなると、6ポイントはエメラルド、5.5ポイントはルビー、4.5ポイントはダイヤモンドと、宝石の名前が付けられていた。その理由の詳細は不明だが、旧約聖書の中にもルビーなどの宝石が登場することもあり、「小さい」活字に宝石名が付けられたようである。

で、ルビーと7号はほぼ同じ大きさ。ふりがなに使う7号の活字を、アメリカ流にルビーと呼んだのが、いつしか、ふりがなそのものをルビと呼ぶようになった、というお話。

活字に宗教書由来の名前が付けられていた、ということに、活版印刷技術が中世ヨーロッパの発明なのだなぁと、改めて感じた。15世紀に発明された活版印刷は、16世紀の宗教改革の時代、旧教と新教の争いの中で互いの主張を展開する重要なツールとなる。「ルビ」という言葉の背後には、活字の長い歴史があるのだなぁと、つくづく感じる。

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2025年1月20日 (月)

「孤独のグルメ博」

マンガ「孤独のグルメ」の原画などを展示する「孤独のグルメ博」、本日が最終日ということで足を運んだ。場所は渋谷パルコの地下にあるギャラリー。

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「孤独のグルメ」(原作・久住昌之、作画・谷口ジロー)は、1994年から1996年まで「月刊PANJA」で連載。単行本化、さらに文庫化でじわじわと支持拡大。2008年以降は「週刊SPA!」で不定期掲載。2012年にテレビドラマになり、シリーズ化。この1月には映画版も公開された。

マンガは、「ひとりメシ」する時の期待や満足感、当てが外れた時などに生まれる、さざ波のような心情を中心に描かれていて、よく出来た短編小説のような読後感を残す。

原画を見ると、やはり谷口ジローの作画力が驚異的。もはや芸術的とも言える細かいディテールの積み重ねが、物語のリアリティを支えていると実感する。谷口ジローの画は、フランスで人気があると聞くが、やはりその芸術性ゆえだろうか。

ドラマは韓国でも人気とのことだが、実際、会場で韓国語で話す中年男二人を目撃しました。

マンガの井之頭五郎はちょっとハードボイルドな印象もあるので、ドラマで演じる松重豊の少し飄々とした感じとは違うなぁ。まあとにかく自分は、「孤独のグルメ」のマンガとドラマは別物だと思っている。

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2025年1月13日 (月)

「忘八」で思い出す「新八犬伝」

今年のNHK大河ドラマ「べらぼう」第1回で、吉原の女郎屋の主人たちが自らを「忘八」の者だと語る場面があり、字幕で、忘八とは「八つの徳を忘れた外道のこと」で、八つの徳とは「仁義礼智信忠孝悌」であるとの説明が示された。

この言葉を見ると、自分のような古い人間はどうしても、昔のNHK人形劇「新八犬伝」を思い出す。主題歌の中で、「仁義礼智、忠信、孝悌、いざとなったら玉を出せ、力があふれる~不思議な玉を~」とリズムよく歌われて、すんなり頭に入ってしまった。

そんなことを思い出していたら、今日のNHKBS「英雄たちの選択」で、「南総里見八犬伝」の作者である滝沢馬琴を取り上げていたものだから、「ほぉ~」という感じになった。馬琴も、蔦屋重三郎や山東京伝と同時代の人なのだな。とにかく今年のNHKは、江戸時代推しということなのだろう。

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2025年1月 6日 (月)

経済発展≠民主主義の実現

本日付日経新聞「経済教室」(日本の世界史的使命は何か、執筆者は岩井克人先生)から、以下にメモする。

1989年8月、米国の政治哲学者フランシス・フクヤマ氏は「歴史の終わり」と題した論文を発表した。その中で彼は宣言した。これまで人類を支配してきたイデオロギーの争いの歴史は終わった。自由の理念に基づく近代的な民主主義こそが究極の政治体制、すべての社会が最終的に到達すべき「終わり」の政治体制である――と。

フクヤマ氏の宣言から3カ月後の89年11月、ベルリンの壁が突然崩壊した。2年後にはソビエト連邦も解体された。第2次大戦後の世界を二分した民主主義と社会主義の冷戦は、民主主義の一方的な勝利で幕を閉じたのである。

ソ連解体を目の前にして私を含む多くの人は次の展開を予期した。中国についてである。78年に鄧小平氏が改革開放路線を導入して以来、中国は着実に経済発展の道を歩んできた。 低賃金労働を武器に先進諸国から大量の資本を引き寄せ、世界の工場として奇跡の成長を始める。

実はフクヤマ氏の論文はいわゆる近代化理論に大きな影響を受けていた。それは米国の社会学者シーモア・リプセット氏の「豊かな国ほど民主主義を維持できる可能性が高い」という言葉に要約される。経済発展は中産階級の成長を支え、政治参加や民主的統治を促すという理論である。

だが12年に中国に習近平政権が登場すると、国外では地政学的な拡大姿勢を鮮明にした。それと同時に、国内では個人活動の監視や民間企業の規制を強化し始めることになった。

中国はフクヤマ氏の言う「終わり」が西洋文明にとっての終わりでしかないと主張し始めたのである。近代的民主主義は地理的にも歴史的にも限られた西洋固有の価値にすぎない。中国は自らの歴史に根ざした固有の価値を保持し「中華民族の偉大な復興」という終わりを目指すべきだ、と。

ソ連解体後のロシアでも同様のことが起こり始めていた。2000年にプーチン氏が大統領に選出されると資源価格高騰に助けられ経済は急成長する。だがロシアも近代的な民主主義に向かうことはなかった。中国と同様、それは西洋に固有の価値にすぎないと主張し始めたのである。それに代えてロシア正教、家族、祖国愛など独自の価値を保持し「偉大なロシアの復活」という終わりを目指すことになった。

近代的民主主義は、個人の自由を最低限確保してくれる政治体制である。それは必然的に到達する「歴史の終わり」ではなく、不断に目指し続けなければならない「歴史の目的」なのである。

・・・岩井先生は、日本の世界史的使命は、近代的民主主義社会であり続けること、その事実を世界全体に向けて語り続けることだ、という。

さて、元日NHKBS「欲望の資本主義」にも「近代化理論」の話が出ていたのだが、大雑把に言えば、近代化理論というのは経済決定論だろう。マルクス的に言えば、下部構造が上部構造を決定する。これもまた経済決定論であり、資本主義が瓦解すれば共産主義社会が実現する。しかし、冷戦終結と共に社会主義のイデオロギーも誤りとされ、冷戦後は逆に、資本主義が発展すれば民主主義が育つと説かれた。だが中国、ロシアは経済力が向上しても、自由な民主主義社会にはならなかった。結局、近代化理論も誤りであり、必然的法則としての経済決定論が成り立たないとしたら、残るのは、地政学的な要因が決定的であるという身も蓋もない現実だろう。

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2025年1月 5日 (日)

淀城跡

1月3日のNHK番組ブラタモリ「東海道五十七次」の再放送を流し見して、伏見や淀は、結構重要な場所だなと思った。淀の宿場町には、淀城というお城があって徳川の威光を示していた。ということで、伏見城模擬天守と合わせて、淀城の石垣を見に行くことにした。

京都駅からJR奈良線に乗り、一つ目の東福寺駅で乗り換えて、京阪本線の淀駅へ。駅の南側には、ブラタモリでも紹介された大きな競馬場がある。淀城跡は、駅の西側すぐのところにある「駅前物件」。天守台と本丸の石垣が残っている感じで、辺りは公園になっている。写真上は、城跡に隣接する駐輪場から見た石垣。写真下は、その駐輪場の隣にある駐車場から見た石垣。

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ブラタモリでも紹介された石清水八幡宮は、淀駅の一つ隣の駅から行ける。八幡宮のある山の向かい側には、川を挟んで天王山があり、周辺の大山崎は明智光秀と羽柴秀吉の決戦の地だ。なるほど淀も含めてこのエリアは、大阪方面から京都に向かう際の関門になる場所だなと実感。

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2025年1月 4日 (土)

「伏見桃山城」

昨秋視聴済みのブラタモリ「東海道五十七次」(五十三次プラス伏見、淀、枚方、守口)の回が昨日3日に再放送されていて、流し見していたら、伏見宿は伏見の城下町を「居抜き」して作ったとか、徳川家康は伏見にいた期間が長かったとかの話をしていた。そうかぁ、確かに豊臣秀吉の死後、関ヶ原の戦いまでの権力闘争の主な舞台は伏見城という印象があるしなぁ・・・などと思って、「伏見に行っておくか」という気になり、寒い中、京都まで行ってきた。写真は「伏見桃山城」の模擬天守。

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この「お城」は遊園地内の施設として建てられ、閉園後もそのまま残されたという代物。耐震基準の問題で、内部への入場も不可とされて、今は巨大な置物と化している。もともと伏見城は歴史的資料が乏しい(豊臣時代の初代は地震で倒壊、同じく二代目は関ヶ原の前哨戦で焼失、徳川時代の三代目は一国一城令により廃城)ようなので、このお城の外観もほぼ想像の産物、いわゆる「あやしい天守閣」だというのは、大方周知済みなのではないかと思う。

ところで、今月から始まるEテレ番組「3か月でマスターする江戸時代」のテキストに、江戸時代は「伏見幕府」から始まったとあるのを見て、「おおっ」という感じがした。以下にメモしてみる。

江戸幕府はずっと江戸城に政権があった、というイメージをおもちの方もいるでしょう。しかし、幕府発祥の地は、意外にも京都郊外の伏見城でした。徳川家康・秀忠・家光が将軍宣下を受けたのも、最初の武家諸法度が公布されたのも、この伏見城なのです。初期幕府を〝伏見幕府〟と呼ぶこともあるほど、伏見は江戸幕府の成立を考える上で重要な地なのです。

・・・伏見の地において、豊臣から徳川へ政権が移行した。言い換えれば、豊臣末期と徳川初期の政権が重なる地が伏見、という認識になるのだろう。

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2025年1月 3日 (金)

「マルサの女2」とバブルの時代

バブル時代の空気感を知りたければ、「マルサの女2」を観ればいい。というのが自分の確固たる意見。地価が限りなく上昇していく時代の真っ只中、1988年1月に公開された伊丹十三監督の映画「マルサの女2」は、後にバブルの時代として振り返ることになる当時の空気感を、見事にパッケージした作品になっている。以下に、日経電子版の2日付発信記事(土地とカネの高揚再び 「マルサの女」が描いた欲望)からメモしたい。

大音量の音楽、ほえる大型犬、鳴りやまない電話——。地上げ屋の顔も持つ宗教法人の巨額脱税と、国税局査察部(通称マルサ)との攻防を描いた映画「マルサの女2」。1988年に公開された同作の地上げ風景は、当時の人々には決してフィクションとは言い切れなかった。

故三国連太郎さんが演じる男は、マルサの取り調べに「俺は国のために地上げやってるんだよ」とすごむ。東京を世界の金融センターに成長させるためには、世界中の企業を集める必要があると説いた。

故伊丹十三監督が、マルサの女で掲げたテーマは「日本人とお金」。映画の製作発表記者会見では、「金銭をめぐる人間の欲望のむなしさを表現したい」と語っていた。

・・・記事は、バブル崩壊と共に土地の値上がり神話も泡と消えたが、近年、「地面師」の活動など、土地とカネを巡る事件が再び起きている、と述べる。最近の配信ドラマも話題になったということだが、かつてのバブル時代は熱に浮かされたような危うさが感じられたのに対して、最近の事件には得体の知れない暗さがあるようだ。いずれにせよ、土地取引絡みの事件が目立つようになるのは、時代が病んでいる兆候でもあるように思う。

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2025年1月 2日 (木)

「近代化論」の見込み違い

冷戦後、アメリカは中国を世界経済に組み込めば、中国の民主化が進むだろうと考えていた。元日のNHKBS番組「欲望の資本主義2025」を見て、そんな話もあったなぁと思った。番組によれば、この前提にあるのは「近代化論」という考え方で、経済が豊かになるのに伴い、政治体制はより民主的になっていく、というもの。

実際、中国は今や世界第2位の経済大国となっている。ところが、政治体制は相変わらず共産党の独裁が続いている。かつて社会主義という実験は失敗に終わり、冷戦も終了したのだが、グローバル経済の中で、旧社会主義国の経済が豊かになり、政治体制も民主化するという「近代化論」も、現実とはならなかった。結局残ったのは、中国は(ロシアも)ユーラシア大陸の「帝国」であるという、身も蓋もない地政学的現実ということのようである。

現在の権威主義国家対西側諸国という現実は、20世紀冷戦時代と余り構図が変わらないので何だか妙な感じがする。ただかつての社会主義と資本主義のイデオロギー対立のように、最終的に決着を付けようという、そこまでの敵愾心は無いようなので、まだマシかとも思う。

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2025年1月 1日 (水)

日本近代史の40年サイクル

日本近代史には約40年のサイクルがあるのではないか、と言うのは、元日銀副総裁の藤原作弥氏。「中央公論」1月号(特集「昭和100年、令和への教訓」)掲載のインタビュー記事から以下にメモする。

日本近代史は4期に分けることができます。1868年の明治維新から1905年の日露戦争勝利までの約40年が第1紀のサイクルで、第2期はそこから敗戦まで。軍事大国を目指して欧米へのキャッチアップを図り、最終的に失敗した時代です。第3期は45年の敗戦から85年のプラザ合意で、第4期はそこから現在まで。今度は経済大国を目指して成長を遂げ、80年代に一応の達成を見たけれども、40年経ってどうも具合が悪くなってきている、というのが現状です。

第1・第2期の主役が軍隊を中心とする国家部門ならば、第3・第4期の主役は企業部門になりますが、いずれも組織であり、肝心の「個人」が軽視されている点では同じでした。しかも4期ともに原動力となったのは黒船や敗戦といった外圧です。次の40年は外圧ではなく、個人の内なる力で、日本という国を生活文化中心に盛り上げていくべきではないか。

・・・今年のジャーナリズムの一大テーマは「昭和100年」であるらしい。上記の40年サイクルを前提とすれば、「明治100年」は上昇トレンド40年、下降トレンド40年、上昇トレンド40年の前半20年のサイクルで、近代化と戦争、高度成長を経て経済大国化を成し遂げた100年。「昭和100年」は下降トレンド40年の後半20年、上昇トレンド40年、下降トレンド40年のサイクル。昭和恐慌から始まり、敗戦後の高度成長、さらに石油ショックを乗り越えて、バブル経済のピークからバブル崩壊後の長期停滞を経験した100年。サイクルの順番で行けば、次は40年の上昇トレンドとなり、今はその入り口にいるはずだけど、さてどうだろうか。

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