「ウェブ2.0」のまぼろし
『パーティーが終わって、中年が始まる』(幻冬舎)の著者であるphaさんは、京大卒の元「日本一有名なニート」。1978年生まれのphaさんが本書の中で語る、「ウェブ2.0と青春」からメモする。
ウェブの空気感の変化というか時代の変化というか、自分の中でひとつの時代が終わったのだ、という感慨がある。一体何が終わったのだろうか。それは、二十年近く前に「ウェブ2.0」という概念がもてはやされた頃に自分に刻み込まれた、「ウェブを利用してよりよい自分やよりよい世界を目指していくべきだ」という思想だ。
(ウェブ2.0が流行した頃、)とにかく、ここから新しいものが始まっていく、これからどんどん人類の社会は進化していく、という希望に満ちた雰囲気があったのだ。僕自身も、その雰囲気に大きく影響を受けた一人だった。会社を辞めて上京したのも、インターネットでいろんな人とつながって、インターネットにすべてを発信していればなんとかなる、と思っていたからだった。
ネット以前の人間は、会社や家庭などの限られた数の人間としか交流を持てなかった。でも今のわれわれは違う。ネットを使うことで、数千、数万の人間とつながることができる。ネットにつながり続けることで、どんどん自分が拡張していって、どこまでも行けるような気がしていた。
その後、ゼロ年代の後半にツイッターとスマホが普及し、情報の発信はますます誰でもできる手軽なものになっていく。一部の新しいもの好きだけが使うインターネットから、誰もが使うインターネットへ。
それから十数年が経った。当時よりさらにテクノロジーは進んで、ネットは便利になった。しかし、今のネットはいつも争いや炎上があふれていて、とても疲れる場所になってしまった。
結局、ウェブ2.0が描いていた理想というのは、性善説に基づいていたということなのだろう。ネットが一般化して、ユーザーが大衆化した結果、現実世界と同じように、善意だけでは秩序を守れなくなった。
・・・phaさんは、人と深い関係を結ぶことが苦手で、大切なのは一人で気ままに生きていくことだと言う。この気分は小生と同じだ。でも、phaさんはシェアハウスを経営して、インターネットで知り合った仲間と30代まで楽しくやってきた。これは小生とは全く違うところだ。小生は、ゆるい関係の仲間を作るのすら、ダルいという感じがする(苦笑)。phaさんはウェブ2.0と自らの青春を重ね合わせて、そこに無限の可能性を見ていたようだ。ここは世代の違いを強く感じるところだ。インターネットの可能性を現実化する手段の一つが、シェアハウスだったのかもしれない。
40代半ばになったphaさんは、30代後半が人生のピークだったと感じており、今は自分の衰退をじっくり味わってみたい気分のようである。確かに、衰退を味わうのも人生であるとは思う。
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