ミニシアターの危機
昨日21日付日経新聞文化面「転機のミニシアター㊤」から、以下にメモする。
名古屋市千種区のミニシアター、名古屋シネマテークが7月28日に閉館した。倉本徹代表らが71年に始めた自主上映団体を発展させて、82年に開業。地方のミニシアターの先駆けとなった館だ。
閉館の理由は経営不振だけではない。倉本代表は「見たい映画を自ら上映して見る。そんな初期の精神が失われていった」と語る。「デジタル技術によって映画が容易に作れる時代になり、質が伴わない作品が増えた。上映したいと思える作品がなくなっていった」。ミニシアターの理念自体が揺らいでいるのだ。
京都市南区の京都みなみ会館も9月30日に閉館する。大阪市西区のシネ・ヌーヴォは7月15日から劇場存続のための支援と寄付を募り始めた。景山理代表によると経営の重荷は、デジタル映写機の更新に伴う数百万円のコスト負担。
10年代初めにフィルム映写機に代わって一斉に導入されたデジタル映写機は、どの劇場でも更新期を迎えている。札幌市中央区のシアターキノは900万円を借り入れたうえ、9月からクラウドファンディングで残る470万円を募る。倉本氏、景山氏と共にミニシアターの第1世代である中島洋代表は「ミニシアターの役割は変化している。映画館が選んだ1本をじっくり見てもらう時代はとうに終わった。多様な作品をできるだけ上映し、観客が自分で選ぶ時代になった」と語った。
・・・ミニシアターと聞けば、東京だとちょっとお洒落な感じだが、今池にあったシネマテークは雑居ビルの中にある試写室みたいな感じで、お世辞にもお洒落とは言えない場所ではあった。とはいえ東京でも一年前、ミニシアターの老舗である岩波ホールが閉館。図らずも、ミニシアター閉館ドミノ倒しの起点となった感がある。
確かに、もはやミニシアターが輝きを放つ時代ではないのかもしれない。今の映画は単なる娯楽作品ばかりになり、いわゆる「作家性の強い」作品は余り目に付かなくなった。隠れた傑作、埋もれた名作を見つける「目利き」の出番も無くなりつつあるのだろう。作品を自分で選ぶ時代になったのかも知れないが、「タイパ」という言葉もあるように、大量の作品がビデオや配信で流通する中で、時間を有効に使うため作品を早送りして見る=消費することを強いられるような環境の中で、一つの作品にじっくり向き合う姿勢は失われつつあるように思う。映画館で観るという、経験としての映画鑑賞は否定されつつあるようにも感じる。
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