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2023年8月11日 (金)

「天下布武」印判の謎

織田信長の「天下布武」印判は、天下統一の意思を示したものとして知られている。でも本当にそうなの?と疑問を示すのは在野の研究者、乃至政彦。戦国武将をテーマとするコラム集『戦国大変』から、氏の考察をメモする。

織田信長の印判《天下布武》の解釈が揺れている。これまでこの印判は「天下に武を布く」と読まれ、「日本を武力で統一する意思表示だ」と評価されてきた。

だが、従来説だとおかしいことがある。信長はこの《天下布武》の印判を、上杉輝虎や小早川隆景など、ほかの群雄への書状にも使っているのだ。これだと受け取った大名が警戒する恐れがある。多くの識者が頭を悩ませてきた。そこからひとつ有力な説が生まれた。「《天下布武》とは、信長が五畿内(天下)に幕府を再興する(布武)という表明だ」という新解釈である。

そもそもの話をしよう。「みんな信長の印判の意味を、そこまで深刻に考えてどうするの?」と思っている。まず信長時代における戦国大名の印判をよく見渡してほしい。そこに自分の政治目的または公約をはっきりと言葉にして書き記した大名が、ひとりでもいるだろうか? 私は思い浮かばない。(武田信玄の「龍のイラスト」、上杉謙信の「軍神の名前」等々)

政治理念を明確に主張するものは見当たらない。戦国大名には、印判をそんなことに使う発想自体がなかったといっていいだろう。それなのになぜ信長の印判だけ、そのように解釈するのだろうか。

信長の《天下布武》は、信玄の龍朱印と同じく、カッコいいから選んだのだろう。印判にスローガンが刻まれることはない。原則、デザインが優先である。たしかに当時の信長には幕府再興の志があった。しかしそんなものがなくてもこの印判を使っただろう。

・・・印判を使い始めた後の信長の行動から見て、「天下布武」もスローガンであると捉えられてきただけで、実はたまたまデザイン的に採用しただけだった、ということかと思う。この観点から考えると、歴史博物館等で販売されている「天下布武」Tシャツも、信長の意図に適ったアイテムなんだろうな。

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