りそな実質国有化から20年
2003年5月17日に、りそなグループへの公的資金注入決定。それから20年が過ぎた。当時の小泉政権の金融担当大臣だった竹中平蔵・慶大名誉教授のインタビュー記事(17日付日経新聞)から以下にメモする。
バブル崩壊後に日本経済が低迷したのは、当面の需要拡大のみを行ってバランスシート調整をしっかりやらなかったからだ。
私がやったのは大胆なことではなく普通のことだ。資産査定をしっかりやって不良債権がどれだけあるのかを明確にしたうえで、資本不足なら増強してもらう。それができない金融機関には、場合によっては公的資金の注入も選択肢だった。銀行の信用不安が連鎖すれば、預金をしている企業や個人が困る。金融システムを守るには、公的資金の注入が欠かせなかった。
不良債権処理を終えたのに低成長が続くのは、政府、企業、銀行の全員に責任がある。政府は成長産業を規制し、企業は長引くデフレで投資を避けた。銀行も融資の際にいまだに担保を求める。これでは起業したくてもできない。改革疲れというが、そもそも疲れるほど改革していない。
・・・1990年代の日本経済はバブル崩壊の後始末に追われた。公共投資中心の経済対策が繰り返し実施され、銀行は不良債権処理で毎年巨額の赤字を出した。「失われた10年」と呼ばれた90年代。しかし経済論議は活発に行われた。日本型経済システムあるいは日本型資本主義の修正、日本的経営の見直し等々がテーマだった。そして2001年、小泉構造改革が始まる。90年代の経済論議がようやく政策として実行される。経済学者の竹中先生が大臣になって、経済改革の司令塔になるというのは、その象徴的な出来事だった。2003年のりそな国有化は、90年代の「泥沼」にようやくケリを付けた政策的達成だった。
その後、失われた20年とか30年とか言う声も聞かれるが、余り簡単に「失われた」と言ってほしくないような気もする。90年代はともかく、21世紀に入ってからは、小泉構造改革やアベノミクスが実行された。結果は別にしても、少なくとも前向きにジタバタしてきた。おそらくこれからも、日本経済はジタバタし続けるしかない。
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