適応への意志
世界史好きの経営者として知られる出口治明氏。2018年から立命館アジア太平洋大学学長を務めていたが、2021年1月に脳卒中を発症。治療とリハビリ後も右半身麻痺や言語障害などが残り、電動車椅子利用者となるも、2022年3月に学長職に復帰。『復活への底力』(講談社現代新書)は、氏の復職に至るまでの記録だ。氏は、「自分の身体に障害が残った事実をありのままに見つめ、その変化に適応するだけ」と考えて、リハビリに前向きに取り組んだ。同書からメモする。
ダーウィンの自然淘汰説は、生物に関する最高の理論だと僕は考えています。要するに、何が起こるかは誰にもわからないし、賢い者や強い者だけが生き残るわけではない。ただその場所の環境に適応した者が生き残る。
将来何が起こるかは誰にもわからないのなら、川の流れに身を任せるのが一番素晴らしい。人間にできるのは、川に流されてたどり着いたその場所で、自分のベストを尽くすことぐらいです。なにより明確なゴールに向かってただ真っすぐに進んでいく人生より、思いもよらない展開のなかで一所懸命生きていくほうが面白いに決まっています。人生は楽しまなければ損です。
人間は常に病気や老化、死と向き合って生きています。不幸と呼ぶべきか、宿命と呼ぶべきか、これらの避けられぬものと、いかに向き合って生きていくか。哲学や宗教は、人間が生きていくための知恵を探し出すことから出発したといえなくもありません。生きていくための知恵は、不幸といかに向き合っていくかの知恵ともいえます。
ニーチェは、歴史は永劫回帰している、と考えました。歴史は直線的に進歩するのではなく、永劫に回帰する円環の時間なのである、という考え方です。時間も歴史も進歩しない、そのような運命を正面から受け止めてがんばっていく人間。この強い人間をニーチェは「超人」と呼びました。ニーチェは人間が強く生きていこうとしたとき、何を一番大切な理念としているのかといえば、それは力への意志であると考えました。強くありたい、立派でありたい、そのように生きたいと目指すことです。ニーチェの「超人思想」は、あくまでも、人間はこの大地で現実の生そのものに忠実となり、運命を受け入れて、強い意志を持ち生きていくことが重要だと説いているのです。
・・・おのれの身体条件も含む環境が大きく変化しても、それを受け入れ適応しようとする強い意志を持って生きること。出口氏の困難に対する適応への意志は、まさしく超人的だと思う。
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