人生を意味あるものにする
『世界一しあわせなフィンランド人は、幸福を追い求めない』(ハーパーコリンズ・ジャパン発行)は、書名は何だか北欧ファン向けの読み物っぽいが、内容は、著者であるフィンランド出身の哲学者、フランク・マルテラが人生の意味を考察する「哲学書」。以下は自分なりの内容まとめ。
自分はただ、偶然にこの世界に生まれただけで、生きていることに特別な意味など何もない。人間の人生は、この広い宇宙の中では本質的に何の価値もないのだと気づいてしまったら、後戻りはできない。
かつては、人生を賭けるに値するような目的があると思えたのだが、今では幸福が人生の最大の目的となった。「今を楽しく生きる」という考えは、もはや強迫観念に近い。ただ困ったことに幸福は結局、単なる感情だ。人生に永続的な意味を与えてくれるものではない。
西洋哲学においては、1000年以上にわたり「人間の目的とは何か」が問われてきた。古代から中世までの哲学者たちは、人間の目的や根本的な存在理由を探求した。しかし科学的世界観の普及と共に、その問いは重要でなくなった。代わって「人生の意味とは何か」という問いが始まった。
「人生に意味はあるのか」と問う時、人は普遍的な意味、つまりあらゆる人の人生に共通する意味を知りたいと思っている。だが、人生にはもう1つの「意味」がある。それはもっと個人的な意味だ。自分の人生を「意義深い」と感じさせてくれるもののことである。自分が今、何に、どうすることに価値を感じているかを知り、常に新しく何かを学び、さらに成長を目指す。それこそが、意味のある人生を歩む道だろう。
人生そのものに普遍的な意味はないが、一人ひとりが自分の人生を意味深いものにすることはできる。そのためには、自分の存在を他人にとって意味あるものにする必要がある。自分の存在が他人にとって意味があると感じられた時、私たちは自分の人生に価値を見出すことができる。
他人とのつながりも大切だが、同じくらい自分自身とのつながりも大切だ。自分自身とつながる、というのは、自分自身の選んだとおりに生きる、自分自身で選んだ行動を取るということだ。自分に正直になり、自分の価値観や関心に従うことが、真に活き活きと生きることにつながる。
人生を意味にあるものにする方法は2つ。1つは他者とつながること、もう1つは自分自身とつながることだ。自分自身とつながるとは、自分らしく生き、能力を高めることである。他者とつながるとは、他者と緊密な関係を築き、その人に良い貢献をすることだ。大切なのは、たとえ今、どこで何をしていたとしても、自分に正直でいること、自分の価値観、関心に忠実でいること、他者と良い関係を築くことだ。それが人生に意味を与えてくれる。
普遍的な人生の意味を考えるのではなく、自分自身の人生に個人的な意味を与えることを考える。自分の人生を――そして愛する人たちの人生を――どうすればより意味深いものにできるかだけを考える。単純すぎるようだが、意味ある人生を送るにはそれ以外に方法がない。
・・・誰にでも当てはまる人生の意味は無い。しかしあなたにはあなたの、私には私の、人生の意味がある(だろう)。かつては、宗教や共同体が人間に人生の意味を与えていたかも知れない。しかし今や人間は宗教や共同体から解放されているので、人生の意味をそこから受け取ることは望めない。良くも悪くも自由になった人間は、何だかんだ言っても実存的に生きるほかない。だから、自分の人生の意味も自分で設定するしかない。そこで忘れてはいけないのは、おそらく人間は自分だけのために生きていくようにはできていない、ことだ・・・こんな具合につらつら思う私は、マルテラ先生の言うことに概ね同意するものです。
付け加えると、この本の最初と最後にカミュの言葉が置かれているのは、自分的には至極当然に思えた。このテーマを率直に語る際に援用される作家として、おそらくカミュほど相応しい人物はいないだろう。
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