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2012年11月30日 (金)

障害者手帳を取得

先日、身体障害者手帳を取得した。下肢機能障害、等級は5級。

4年前に脊髄腫瘍(硬膜内髄外腫瘍)の切除手術を受けたのだが、症状の改善は殆ど見られず、左足先の麻痺は残り、左脚の筋力低下が続いた。結局、病変を認識して手術をするのが遅かったということらしく、手術をした整形外科医からは「受け入れ難いでしょうが(もうこれ以上良くなりません)」と宣告された。しかし患者としては簡単に「はいそうですか」という気分になれるわけもなく、とりあえず別の医者に相談してみたところ、ある医者から障害者手帳の取得を勧められた。言われるまで全然考えなかったことだが、どうやらそれが現実かなあと思って、アドバイスに従った。

ということで、残りの人生は障害者の端くれとして送ります。障害者手帳と共に都営交通のフリーパスをもらいました。年末調整の書類は「一般障害者」で申告しました。映画は1000円で見ました。携帯電話料金も割り引きしてもらうつもりです。

それにしても、自分の経験では医者というのは変な奴ばかりだ。なるべく医者とは関わりを持たない方が良いというのが実感だが、なかなかそうもいかないし。

そういえば、あのiPS細胞研究の山中伸弥教授は、はじめ整形外科医を志した後、研究者に転じたという話だけど、ノーベル賞も取ったし、山中先生は切った張ったの外科医なんてヤクザな道に入り込まなくて、本当に良かったと思う。

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2012年11月28日 (水)

みやぎの明治村

先日、ランチタイムに会社近くのビストロで手渡された宮城県の観光パンフレット。その中で目に付いたのが、「みやぎの明治村」。場所は仙台のさらに北、登米市登米町(とめとよままち)。こんな所があるんだなあと、殆ど衝動的に行くことを決めた。

現地を訪れたのは今週月曜日。前日に東京から新幹線で仙台に入り一泊。翌朝、仙台駅前から高速バスに乗り2時間(運行スケジュールは1時間30分だが、仙台市内の交通事情により遅延)で「とよま明治村」に到着。あいにく雨の降りやすい天候の中、教育資料館、水沢県庁記念館、警察資料館を見学した。

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教育資料館は、旧登米高等尋常小学校校舎。明治21年の木造洋風建築、重要文化財。コの字型の校舎の真ん中に作られたバルコニーが特徴。

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水沢県庁記念館も重要文化財。明治8年まで水沢県庁舎、その後小学校や裁判所として使用。水沢県は、宮城県と岩手県の間に位置していた県。廃藩置県は明治4年(1871)の開始後、しばらくは県の統合や改称など流動的な時期が続いていた。

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警察資料館は明治22年の建築、昭和43年まで登米警察署。重要文化財。

見学後はバス停前の「つか勇食堂」で、はっと汁と油麩丼、両方ミニサイズのセット(700円)を注文。地元料理で、まあ素朴な味と言う感じでしょうか。

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2012年11月27日 (火)

中高年が支える音楽CD

音楽のCDなどソフト市場を支えているのは、中高年層とのこと――本日付日経新聞総合面からメモ。

音楽ソフト市場が14年ぶりに拡大することが確実になった。

11、12月はソフト販売が最も活況になる時期で例年、生産金額が500億~600億円に上る。11年通年の生産金額は2818億円だったが、12年は2900億円台を回復しそうだという。

市場全体がプラスに転じているのは、12年連続で減少していたアルバムが7%増と復活したことが大きい。アイドルのほか、桑田佳祐さんや山下達郎さんらがベスト盤を発売し、中高年層の需要をとらえた。「中高年が来店するきっかけにもなっており、他の商品の購入につながった」(タワーレコード)。11月にも松任谷由美さんがベスト盤をリリースし、市場が活気づいている。

音楽ソフトは若者の音楽離れやインターネットを通じたデジタル配信の普及、ネット上の違法ダウンロードの影響で、低迷が続いてきた。だが消費市場で存在感を高める中高年にスポットをあてれば、今後も伸びる余地があるとみられている。

・・・中高年者である自分は、自慢じゃないが音楽のダウンロードってしたことない(苦笑)。音楽を聴く時は、もっぱらCDをCDプレイヤーに入れて聴く。旅行の時はウォークマン。で、聴くのは結局、自分の若い頃に聴いた音楽やミュージシャンだったりする(苦笑)んだが、何にせよ自分もCDをもっと買って、文化的市場を支えようかな。

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2012年11月17日 (土)

小熊VS湯浅

小熊英二の『社会を変えるには』、湯浅誠の『ヒーローを待っていても世界は変わらない』、湯浅本は全部、小熊本は半分くらい(苦笑)読んだ私としては、雑誌「atプラス」14号掲載の両者の対談(社会運動のつくり方)は興味津々、という感じ。湯浅氏の「調整」という言葉を巡る部分からメモする。

小熊:湯浅さんが本の中で、面倒くさくても「調整過程にコミット」するのが民主主義だ、とおっしゃっておられる部分は、どうしても引っかかる。それは民主主義だろうか。調整というのは、政府のエリートとか、圧力団体のリーダーとかがやることで、「すべての人が参加する」という意味での民主主義とは、あまり関係ないんじゃないか。

湯浅:私は、小熊さんは自民党の調整型政治のイメージで私の「調整」という言葉を受け取っておられるのではないかと思います。
私は活動家というものが世間一般とは隔絶しているとは考えていません。よく私は「活動家というのは場づくりをする人だ」と言っていますが、場をつくるというのは、みんなが自分でやれることです。そういう意味では、みんなが活動家になる、逆に言うと活動家というものが特別にならない状況をつくっていきたいわけです。
あまり「調整」という言葉に引きずられないでいただきたいのです。「対話」と言ってもいいし、「合意形成」と言ってもいいんです。

小熊:私は、行政にしても代議制民主主義のあり方にしても、いまの日本のしくみは、もう限界だと思います。日本のしくみは、明らかに中央政府主導で開発政策をやっていくための制度であって、もう時代錯誤です。

湯浅:「現実に合わないしくみが問題なんだ」ということは、私もこれまでさんざん言ってきました。そして、たしかに着実に変わってはいるんです。貧困問題だって、いままで自己責任だと言っていたのが、社会問題だと認めるようになってきた。
でも、その変化のプロセスの中で自動的に制度の修正が図られていくかというと、必ずしもそうはならない。やはり地道な調整をやっていくしかないんだというのが、私の現時点での結論なんです。

小熊:社会運動は、ある程度楽しくないと人は参加しない。でも、湯浅さんのおっしゃる「調整」というのは、どうもあまり楽しそうでない。
湯浅さんは本の中でそれを「面倒なこと」と書かれていましたよね。私は面倒なことは承知した上で、たぶんみんなが忘れかけていたであろう運動の「楽しさ」を強調したほうがいまはいいだろう、と思って本を書いたつもりなんです。

湯浅:私は民主主義についても、その「面倒くささ」を認めたうえで、「投げ捨てたくなるけど引き受けていこう」と考えているんですね。

小熊:湯浅さんはやっぱり、真面目で人間を信じている方だと思いました。私のほうが、人が悪いのかもしれないですね(笑)。

・・・湯浅氏の「調整」という言葉を、小熊先生のように受け取る人はあんまりいないような気がする。「調整」なんて言葉は、会社の中でもフツーに使われてるしなー。

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2012年11月13日 (火)

総理ヨシヒコ、勇者たるべし

野田佳彦首相が年内の衆議院解散を決意、と報道されている。本日付日経新聞からメモしてみる。

12日の衆院予算委員会で、首相は「ダラダラと政権の延命を図るつもりはない。環境が整えば国民に信を問う」と強調。衆院解散に向け赤字国債法案と衆院小選挙区の「1票の格差」を是正する法案の成立、社会保障制度改革国民会議設置への協力を呼びかけた。

首相は「自分の言った言葉は重たいと強く自覚している」と、8月に自民、公明両党首と合意した「近いうち」解散を履行する意志を強調した。

首相周辺は「うそつきと言われ続けるのが首相は最も嫌だ」と語る。

自公の解散要求に沿う「話し合い」に近い形をとれば、衆院解散後に民自公の3党協調路線を進めやすいとの読みもある。衆院選で民主党が負けても、参院は現状で民主党が第1会派で、自公の議席だけでは過半数に届かない。首相は次期政権が「決める政治」を目指すには衆院選後も民自公の3党協調は避けられないとみて、その一翼を担いたい考えとみられる。

・・・「うそつき」と言われるのが嫌、というのは野田首相はやはり「いいひと」なんだろう。大体、政治家はうそつきで当たり前って感じがするわけだから。政権支持率の低迷から、民主党には解散を避けたい向きも多いのは無理もないが、まあ大衆民主主義における支持率というのは、「人気」と余り変わらない感じもするので、全体的に地味な野田政権の支持率が盛り上がらないのも分かると言えば分かる。

しかしながら野田首相は何だかんだ言って、消費増税など政策課題を地道に着実にこなしてきているわけで、社会保障改革の道はいまだ遠いにしても、政権の実行力は相当なものだと評価できる。現時点では「解散」をテコに、ほぼ「大連立」状態を作っているのも、手順の進め方や段取り力に長けている政治家という感じがするし。目先の決めるべきことを決めた後、「約束」通り、堂々と国民の審判を受けるつもりであるならば、それは実に男らしい、勇者の行いだと言えるだろうな。

漢字は違うけど、自分と同じヨシヒコという名前なので、個人的には野田首相をポジティブに評価したくなる。まだ早いが、総選挙後の国政においても、野田佳彦という政治家には主要なポジションで能力を発揮してもらいたいね。

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2012年11月10日 (土)

ライプニッツ!

最近復刊された『ヨーロッパ精神史入門』(坂部恵・著、岩波書店)の中で、ライプニッツは、「千年単位の天才」と破格の評価を受けている。「盛期のスコラ哲学の思考に立ち返り、その精神を継承しようとしている」彼の哲学は、「『近代』をまるごと相対化する深さをそなえている」とのこと。同書から、ライプニッツの「個体」「力」「表出」についてメモする。

ライプニッツの個体把握の独自性は、彼が、それを盛期スコラの個体把握をめぐる議論、とりわけドゥンス・スコトゥスのそれと結びつけて、その延長上であらためての展開をはかったことにあります。

ライプニッツ流の個体把握では、そもそも個と普遍が分断されていないので、個と普遍のかね合いのありかたについて、さまざまな形の多元論的な思考が可能となる。

完結した小宇宙という個体概念と、「このもの性」にきわまる盛期スコラの「実体形相」の概念を重ねるところに、あらたな焦点を結んだこの個体把握。

ライプニッツが考えていた「力」は、たしかに形而上学的原理ではありましたが、曖昧で神秘的なところなどすこしもなく、現象(の変化)を生み出しあるいは生成する原動力あるいは原理を意味する以外の何ものでもなく、ある種の現象については数学的に定式化することが可能なものでした。

ライプニッツのいう「表出」とは、「表出するもの」と「表出されるもの」の間に両者をともに生成する一般規則が書けるような関係があることを意味する。ライプニッツが実体は「力」であるというとき、このような生成規則による諸現象の生成を考えていたとおもわれます。アリストテレス以来の「形相」の概念をも、ライプニッツは、間違いなくこうした生成規則と重ね合わせて理解していました

・・・「力」といえば、ハイデガーは、ニーチェの「力への意志」とライプニッツの「モナドロジー」を重ね合わせて読もうとしていたとか、アリストテレスとライプニッツとニーチェの中に西欧形而上学克服の試みを見出そうとしていたとか、そんなことが『ハイデガー拾い読み』(木田元・著、新潮文庫)に書いてあるけど、何かライプニッツって凄い人に思えてきた。(苦笑)

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2012年11月 9日 (金)

「歴史」の要らない社会?

歴史というものは、人間の社会にとって、本当に必要なのだろうか。こう自問するのは、ほかならぬ歴史学者の與那覇潤。今週の「週刊東洋経済」(11/10号)掲載、同氏執筆のエッセイからメモする。

個人的には、ことの始まりは3年前である。2009年、幕末の横浜開港から150周年を機に、同市では「開国博」を謳って大イベントが打たれたが、これがまったく盛り上がらない。逆に盛況をきわめたのは、なんと「機動戦士ガンダム」30周年の方で(TV初放映が1979年)、ついに日本ももう、「歴史」なんて要らない社会に入ったのかな、と思った。

(「リアル歴史」よりも「架空歴史」の方が日本人の心をつかむ現状に対して、例えば日本と中国や朝鮮の間に「歴史問題」が存在することを強調する人もいるだろう) 

しかし、東アジアのどの国でも遅かれ早かれ、「戦争体験者がいない時代」は来る。自分自身の体験ではないという意味では、「リアル歴史」といっても誰もが、公教育のテキストであれ民間の小説やドラマであれ、なんらかの「物語」を媒介としてのみ追体験し、語り継いでいるにすぎないという世界は、遠からず出現するのだ。

その時に私たちは、享受に当たって痛みを伴う「リアル歴史」の方を、それでも選んで生きるべきだといえるだけの基盤を持っているのだろうか。むしろ、国家単位での歴史の語り継ぎが、国際的な「歴史問題」を引き起こすなら、そんなものは捨ててしまうのが一番の解決策ではないか。

ひよっとするともはやこの国は、トラブルの種にしかならない「歴史」を捨てたがっているのかもしれない。

・・・いろいろと考えさせられる話だと思う。もう20年以上も前になるが、「歴史の終わり」という言葉が言論界でちょっと流行ったことがあった。自由な民主主義社会が人類の目標であり、それが実現された社会は「歴史の終わり」に到達したという認識だ。

歴史という考え方は、人類の進歩を牽引するという西欧近代の自意識の産物でもある。そういう意味ではポスト近代社会とは脱歴史の時代に入った、歴史を「不要」とする社会であると考えることもできる。

もとより「史実」なるものも、多かれ少なかれ解釈の産物である。過去から離れれば離れるほど、確かな史実として言えることは少なくなり、解釈や物語の占める部分が多くなるのは避けられない。そして脱歴史社会は、歴史を「物語」として消費する。

思うのは、トラブルの種になるのは「歴史」というよりも「国家単位での歴史の語り継ぎ」であり、むしろ「歴史」ではなく「国家」を捨てることができれば、問題が起きることもなくなるのではないか・・・とか。

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2012年11月 8日 (木)

秀吉、「世界征服」の野望

去る11月4日は四国に遠征。JR徳島駅近くの徳島城博物館で、特別展「唐入り」の時代を見学した。展示は、「大陸出兵の顛末」に加えて、西国大名(島津、毛利、小早川、宇喜多、蜂須賀)と「唐入り」の関わりという、大きく2部に分かれる構成。比較的コンパクトで見学者も少ないし、じっくり回れた。展示品の所蔵先で目に付くのは、佐賀県立名護屋城博物館や大阪城天守閣など・・・まあそれはそうなりますね。

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当日行われた学芸員さん(森脇崇文氏。若い。30歳くらいに見える)の講演も聴いてきた。聴講者は40人くらいか。思ってたよりも多い感じ。

先月の桐野作人講演でも同様だったが、学問的な歴史研究の話の中心は史料読解。森脇学芸員の講演で取り上げられたのは、豊臣秀吉の朱印状(天正20年5月18日付、豊臣秀次あて)。

天正20年(1592)4月13日、小西行長軍の釜山攻撃により、「唐入り」開戦(文禄・慶長の役)。日本軍は破竹の進撃を続け、5月3日には朝鮮の都である漢城(現ソウル)に入城した。首都陥落の知らせは、5月16日に肥前名護屋城にいた秀吉に届いた。秀吉はおそらく非常に高揚した気分で、秀次あて書状を認めたと思われる。

書状の前半は秀次に対する出陣準備の指示、後半で明国征服後の政権構想を述べている。それによれば、後陽成天皇を北京に移し、日本では新帝を即位させる。天皇を補佐する関白も明と日本に一人ずつ置いて、秀次は明の関白とする。朝鮮と九州も、豊臣一門で支配する。

しかし結局「唐入り」は挫折し、秀吉の国家拡張計画は実現することなく終わった。

・・・秀吉自身は、明の征服後は天竺も支配するつもりだったらしいから、当時としては「世界征服」の野望を燃やしていたと言っていいんだろうな。まあ後世から「誇大妄想」と見なされても仕方ない面はあるけど、明治維新以前に対外戦争を仕掛けた唯一の権力者である豊臣秀吉は、やはり日本史上並外れた人物だったと改めて思う。

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2012年11月 7日 (水)

「標準家族」社会の崩壊

配偶者と子どもを持ち、経済的に安定した生活を送る。そういう「標準家族」を作れる人は少数派になっていくと、山田昌弘・中央大学教授は考える。本日付日経新聞「経済教室」(「標準家族」の維持は困難)からメモ。

国立社会保障・人口問題研究所の予測では、今の若者(35歳未満)の4人に1人は、生涯未婚と推計されている。2010年の時点で、50歳男性の未婚率は既に20%を超えている。そして、結婚しても3分の1は離婚に終わる(11年には結婚約66万組に対し、離婚約24万組)。おおざっぱにいって、結婚して離婚せず子どもを育て老後を迎える若者、つまり、これから標準家族を形成・維持できる若者は4割程度と推計できる。さらにその中で、夫が正社員で安定した経済基盤を持つ家族は一層少なくなる。
そして今後、標準家族を形成・維持できなかった人々が年をとり、徐々に中高年に突入するというのが、日本の人口減少社会の姿である。

今急速に増大しているのは、中年の親同居未婚者というグループである。総務省統計研修所の西文彦氏の推計によると、35歳から44歳までの人のうち、親と同居している未婚者は、10年の時点で295万人、同世代人口の16%に達している。
中年の親同居未婚者の経済状況は良くない。彼らの失業率は11.5%(同世代では4.5%)と高い。非正規雇用の割合も高く、年収も低い。
彼らの両親は70歳前後、年金受給している年齢である。つまり、親の年金に支えられて暮らしている未婚者が増えているのだ。
20~30年後、両親が亡くなったときに、問題は顕在化する。

今の社会保障・社会福祉制度、雇用慣行などは「標準家族」をつくれることを前提に構築されている。しかし今後、標準家族を形成・維持できる人は少数派に転じる。標準家族から外れても、安心して老後を迎えられるシステムの構築を早急に進める必要がある。

・・・以前からパラサイト・シングル、希望格差社会など山田先生の分析は、自分にとって常に参照するべき、社会の分かりやすい見取り図でありました。

結局、高度成長期に作られた制度システムの改革は遅々として進んでいないのが現状だろうから、50歳超未婚者の小生としては、経済的基盤だけは確保して老後に備えたいと思う。(苦笑)

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2012年11月 4日 (日)

医者は患者の味方ではない

たまたま旅先で買った週刊誌「サンデー毎日」(11/11号)のある連載エッセイを読んで、共感するものがあった。同誌「牧太郎の青い空白い雲」からメモする。

病気のデパートのような当方、月に2度、3度と大学病院に通っているが、お医者さんが(悪意ではないが)「凶器の言葉」を弄んでいる。
何気ない医師の言葉が、患者を叩きのめし、病気を悪化させ、死に近づけている。
同じ言葉でも、医師から言われるのと、他の人間から言われるのとでは大違い。医師は「凶器の言葉」の近くにいる。
それに、ヤブ医者(今の若い医師)は気づかない。
ヤブ医者が吐いた「凶器の言葉」を列挙しよう。

「年齢だから致し方ない」
「僕にどうしろっていうんですか?」と言う医師に、患者は何も言えず、立ち往生する。
「忙しいから、もうこれでいいですか」と言われたり「専門外なので」と突き放される。
「気に入らなければ他の病院に行ってもいいんですよ」
「医者に教える気か!」
「精神科で診てもらったらどうですか」
 

いつでも、「言葉」は命取りだ。

・・・自分の経験からも、医者は鈍感というか、得体が知れないというか、人格が歪んでいるというか、良い印象を持つことは殆ど無い。最近改めて痛感したのは、医者は患者の味方でも何でもない、ってこと。彼らの責任は、やると決めた手術や治療を大過なくやりとげることで、その結果病気が治ろうが治るまいが、患者が生きようが死のうが、知ったことではないのだ、極端に言えば。とにかく、あらゆる意味で医者とは関わりを持たない方が良い・・・んだけど、なかなかそうもいかないので困る。はあ。

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2012年11月 2日 (金)

「桐島」、ロングランだってよ

映画「桐島、部活やめるってよ」が、8月の公開以来ロングランしているとのことで、いまどきの若者を描いた映画というのはどんなものかなあと、昨日見に行った。原作は朝井リョウの同名小説。

とりあえずお話としては、学校のスターらしき桐島君(画面には出てこない)が親友にも彼女にも理由を告げず突然、所属するバレーボール部を止めて学校に来なくなる。親友のグループ、彼女のグループ、バレー部の人間、それぞれに心理的な波紋が広がる一方、もともと桐島に無関係の映画部の人たちは、自分たちの作品作りに熱中している。その桐島の関係者と無関係者が、最後に学校の屋上で「激突」するのが映画のクライマックスになっている。

で、「う~ん、これはよくわからんな」というのが、正直な感想。何でこれがロングランなんだ?・・・ていうか、俺、スプラッター描写嫌いで、クライマックスの「妄想」シーンを見るのが辛かった。(冷や汗)

自分の気持ち的には文化系の映画部の人々に近いんだけど、何しろ彼らが作ってるのがゾンビ映画だからなあ・・・(苦笑)。とりあえず雑駁な気分を言えば、今さらながら「学校って、くだらないところだな」という感じがした。学校の中で周囲に一目置かれようと思ったら、勉強、スポーツ、モテ、のどれかで目立つしかないわけだし。まあそれは大部分の人間には関係ないというか、勉強もスポーツもできないモテない多数派は、とりあえず自分の好きなことを楽しむ方向で生きていけば良いんだけどさ。

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