天国に行くための反乱
週の初めにテレビの歴史バラエティで島原の乱(1637年)を取り上げていたと思ったら、天草四郎のマンガ(「週刊新マンガ日本史」)が出ていたのを見つけて、今週は天草四郎ウィークかいな、と妙な感じ。
マンガはページ数少ないし、コマも大きいし、すぐ読み終わる。でも結構余韻の残る出来だった。結局、天草四郎と3万人以上の民衆はパライソ(天国)に行くために反乱を起こしたのかなあ・・・と思って、何だか切ない気持ちがした。
反乱の理由としては、キリスト教の弾圧、重い年貢の厳しい取り立て、そして飢饉の発生が挙げられている。マンガ・ストーリーの中には、「かつて禁教に屈した元キリシタンたちは、いまの苦しみが信仰を捨てた罰だという罪悪感にさいなまれていた」という説明がある。『宗教で読む戦国時代』(神田千里・著)によれば、人々は「現在の悲惨な、救われない事態を、神による最後の審判が下されるような終末の前兆」であり、「その救われない事態が、キリシタンを棄教したことに起因すること、言い換えれば、棄教の罰である」と受け止めていたという。この世に未練が無くなるほどに追い込まれた人々の、絶望的な反抗が巨大な力となって爆発した・・・と思うと、酷く痛ましい気持ちになる。
ところで一揆勢の中には関ヶ原の戦いの経験者もいた、とされているがホントか?
関ヶ原って、島原の乱の37年も前の話だけどなあ。大坂夏の陣だと22年前。これくらいの時間差ならば、戦いの経験者がいたというのも、まあありえるかなあと思えるけど、関ヶ原っていうのはどうなんだろうか。
戦いに手こずる幕府はオランダ船に頼んで、一揆勢の立て籠もる原城に対して海上から砲撃を加えた。オランダはプロテスタント国であることから、カトリックの教えを信じる一揆勢への攻撃を了承したということらしい。ヨーロッパにおける新教旧教の対立紛争が、ちょこっとではあるが日本にも持ち込まれたのだな。
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