2017年2月 2日 (木)

吉祥寺人気に陰り

「住みたい街」の代名詞と言えば吉祥寺・・・だったはずだが、その人気にも陰りが見えてきたようで。朝日新聞デジタルの本日付配信記事からメモ。
 
首都圏で賃貸で住みたい駅は目黒、荻窪、武蔵小杉の順で人気が高く、ランキング上位の常連だった吉祥寺は2年連続で11位以下に転落・・・。不動産情報を扱うオウチーノ総研が、オウチーノの賃貸サイトへの2016年のアクセス数を基にランキングを発表した。
 
1位 目黒駅  2位 荻窪駅  3位 武蔵小杉駅  4位 赤羽駅  5位 池袋駅  6位 恵比寿駅  7位 大泉学園駅  8位 北千住駅  9位 三鷹駅 10位 中野駅
 
ランキングを始めた12年の首位は吉祥寺で13~14年も2位だったが、15年からトップ10圏外に転落。代わって14年に圏外からトップに躍り出たのが目黒で、15年も2位につけた。
一方、15年から4位に急浮上したのが赤羽。清水菜保子・主任研究員は「家賃が手頃なのに加え、漫画やドラマの影響もあるのではないか」と言う。
清水さんは「吉祥寺は駅前が発展しすぎて、駅近の物件が少なく、休日の混雑などからも住む街としては魅力が下がったのでは。通勤の利便性なども含め、幅広い選択肢の中から自分に合った街を選ぶようになっているようだ」と分析している。
 
・・・トップ10のうち、目黒と恵比寿はシングル向け家賃の相場が15~16万円台とのことで、「住みたい」けど「住めない」街だな。(苦笑)
 
自分が吉祥寺にある大学に通っていたのは、もう40年近く前のこと。随分昔だなと自分でも唖然とするが。昔の吉祥寺の雰囲気は賑わいと落ち着きが程よくブレンドされていたと思うのだが、今では開発されすぎたという感じかも。上記トップ10に荻窪と三鷹が入っているのを見ると、中央線ライフを楽しむなら荻窪か三鷹に住んで、吉祥寺に遊びに行くというイメージが浮かぶ。どうやら吉祥寺は「住みたい」街ではなく、「遊ぶ」街に変わってしまったようだな。

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2016年4月23日 (土)

ビール純粋令500年

今日の日経新聞を開いたら、「2016年4月23日ビール純粋令500周年」との文字が目に飛び込んできた。1516年にドイツで制定された「ビール純粋令」、すなわちビールの原材料は「麦芽、ホップ、水、酵母のみ」と定めた法律を守るビールを提供しています、との某外食企業が出した全面広告でありました。

16世紀のドイツは、領邦と呼ばれる地域国家の連合体「神聖ローマ帝国」の時代。件の広告を見て、ああそういえば、と思い出したのが朝日カルチャーセンター講座(皆川卓先生)で聞いた話。以下はそのレジュメ資料から。

帝国屈指の有力な領邦君主であるバイエルン公ヴィルヘルム4世(1488~1550)は、ビールが多く造られるバイエルン公国の君主であったが、都のミュンヘンが田舎の城下町から大都市に変わっていく中、ビールに安い混ぜものがされることが原因で起こる業者と消費者のトラブルを数多く抱えていた。そこでバイエルン公は、1516年にミュンヘンをはじめバイエルン全土で、水・大麦・ホップ以外の材料をビール製造に使うことを禁止する法律を出した。

おりしも1530年にアウクスブルクで開かれた帝国議会では、一般住民の経済や生活にかかわる法律を一括して出す計画が進められていた。そこで帝国議会に出席したバイエルン公は、この法令を手本にする提案を行った。同じトラブルに悩まされていた皇帝カール5世や他の領邦君主、自由都市も納得し、新しい帝国法にこのビール純粋令(Reinheitsgebot)を盛り込んだ。

この法令は、添加物によらず自然の温度や湿度を利用して味も色も全く異なるビールを作り出す技術を生み出し、ドイツ連邦にもドイツ帝国にもドイツ連邦共和国にも引き継がれて、現在に至るまでドイツビールの質を最高水準に保っている。

・・・500年も前に作られた法律を今も頑固に守り続けているのがドイツらしいと思える一方、そういう制約があったからこそ様々な工夫が生まれたとも考えられるわけで、それもまた研究熱心というか道を究めるドイツ人気質の現われなのかと。

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2016年3月 6日 (日)

「させていただく」の由来

最近割とよく聞く、何々させていただく、という言い方には、それなりの由来はあるらしい。司馬遼太郎の約30年前の文章(『司馬遼太郎『街道をゆく』近江散歩(用語解説・詳細地図付き)』)から以下にメモしてみる。

日本語には、させて頂きます、というふしぎな語法がある。

この語法は上方から出た。ちかごろは東京弁にも入りこんで、標準語を混乱(?)させている。「それでは帰らせて頂きます」。「あすとりに来させて頂きます」。「そういうわけで、御社に受験させて頂きました」。「はい、おかげ様で、元気に暮らさせて頂いております」。

この語法は、浄土真宗(真宗・門徒・本願寺)の教義上から出たもので、他宗には、思想としても、言いまわしとしても無い。真宗においては、すべて阿弥陀如来―他力―によって生かしていただいている。三度の食事も、阿弥陀如来のお蔭でおいしくいただき、家族もろとも息災に過ごさせていただき、ときにはお寺で本山からの説教師の説教を聞かせていただき、途中、用があって帰らせていただき、夜は九時に寝かせていただく。この語法は、絶対他力を想定してしか成立しない。それによって「お蔭」が成立し、「お蔭」という観念があればこそ、「地下鉄で虎ノ門までゆかせて頂きました」などと言う。相手の銭で乗ったわけではない。自分の足と銭で地下鉄に乗ったのに、「頂きました」などというのは、他力への信仰が存在するためである。もっともいまは語法だけになっている。

・・・さすがに今は他力本願の教義は意識されていないにせよ、「させて頂く」、とりあえず「お蔭様で」の意味を含んだ言い回しとして多用されていると思われる。しかし何でもかんでも「させて頂く」を使われると、それも何だか違和感あるけどね。

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2015年4月27日 (月)

アイスコーヒーはクールだ

演出家・鴻上尚史の新刊『クール・ジャパン!?』(講談社現代新書)は、自身が司会を務めるNHK・BS番組「cool japan」の中で、外国人に聞いた日本のクールなものあれこれについてまとめた本。その冒頭に置かれたのは「アイスコーヒーはクールだ」という話。以下にメモ。

「どうして『アイスコーヒー』がクールなの?」と素朴に訊くと、イタリア人が「私の国にはなくて、日本に来て初めて飲んで感動したから」と答えました。番組に出ていた他のヨーロッパ人やブラジル人、ロシア人がうなづきました。
彼ら彼女は口々に「日本に来て、夏、暑い時にアイスコーヒーを飲んで本当に美味しかった。自分の国ではどんなに暑くても、コーヒーはホットしかない」と言いました。
僕は本当に驚きました。
調べてみれば、「アイスコーヒー」は、どうも日本発のもののようでした。
ヨーロッパやブラジルの人たちがアイスコーヒーを発想しなかったのは、「コーヒーは香りを楽しむものだ」という絶対のルールがあるからです。冷たくしてしまうと、香りを楽しめなくなると思っているのです。
とにかく、日本人は熱いコーヒーに氷を入れて、アイスコーヒーを作った。それがやがて、アジアに広がり、そして世界的にも知られ始めている、というのが現状です。
「アイスコーヒー」は、日本人の知らないところで、「クール・ジャパン」なのです。

・・・この話を読んで、鴻上氏同様、僕も本当に驚いた。この本の中には他にも、日本人には当たり前のものが外国人にとってはクール、という事例が多々挙げられていて、いろいろと「発見」がある。ちなみに、外国人100人に聞いたアンケート結果による「クール・ジャパン」ベスト20は、ウォシュレット、お花見、100円ショップ、花火、食品サンプル、おにぎり、カプセルホテル、盆踊り、紅葉狩り、新幹線、居酒屋、富士登山、大阪人の気質、スーパー銭湯、自動販売機、立体駐車場、ICカード乗車券、ニッカポッカ、神前挙式、マンガ喫茶、とのことです。

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2015年2月 5日 (木)

バイト敬語は誤りでもないとか

日経新聞2/4付電子版記事(「よろしかったでしょうか」実は正しいバイト敬語)からメモする。

「よろしかったでしょうか」「お弁当のほう、温めますか」「1万円からお預かりします」――。ファミリーレストランやコンビニエンスストアなどの店員がしばしば使い、「バイト敬語」とも呼ばれるこれらの表現。「間違った日本語」などと批判されることが多いが、日本語の専門家に意見を聞いてみると、意外にも「間違いとはいえない」という声が目立つ。 

敬語に詳しい同志社女子大学の森山由紀子教授によると「よろしかったでしょうか」を「よろしいでしょうか」の誤りと断じることはできず、相手に直接YES・NOを迫るのを避けるという意味で「聞き手への気配りによって生じた表現」なのだという。 

「お弁当の方」という表現についても、日本語の歴史に詳しい二松学舎大学の島田泰子教授は「ピンポイントで対象を指さないことによって、丁寧な表現とする方法の歴史は古い」と指摘する。
また「1万円からお預かりします」は、1万円から「何を」預かるかを言わないので奇妙な印象を与えるが、「省略と考えれば間違っているとはいえない表現」(島田教授)だという。
 

日本フランチャイズチェーン協会の調査によると、ファミレスとコンビニの店舗数(直営店も含む)は90年代に急増しており、新聞紙上などでバイト敬語が批判されるようになった時期と重なる。ファミレスやコンビニの急速な普及に伴って、仕事に不慣れな若いアルバイト店員が増え、接客の場面でこれらの(敬語を過剰に使用したり従来とは違った使い方をしたりする)表現が頻繁に使われるようになったと考えられるわけだ。

相手への敬意を表すための敬語も、使い方によっては相手に不快感を抱かせることさえある。日本語というのは何とも難しい。

・・・上記の「敬語」のほかにも、「~になります」や「~させていただきます」とか、何かヘンだよなあと思われた言い回しも結局いまや割とフツーに使われていたりして、そういうものかと思いつつもやっぱり何か釈然としないんだけどね。

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2014年7月29日 (火)

土用丑の日

本日付日経新聞コラム「春秋」から以下にメモする。

四季のそれぞれの終わりの18日間を土用という。ふつう、立秋までの夏土用を指す。季節のめぐる日本らしく、この変わり目をとらえた言葉は多い。土用干しは衣類や本に風を通して虫がつくのを防ぐこと。土用掃きは大掃除。何かに区切りをつける様子が伝わってくる。

きょうは土用の丑の日。この日に滋養のあるものを食べる習慣には、困難に直面しても元気に克服できるようにとの願いがありそうだ。ウリやうどんなど「う」のつくものが食されてきた。ウナギ人気は江戸中期から。売れずに困っている鰻屋に平賀源内が、「本日丑の日」の貼り紙をするよう助言したのが始まりという。

・・・昔の季節感だと、夏の終わりのへばった身体に精を付けるためウナギを食べるという感じだな。今では夏の真っ盛りに食べるものとなったウナギも、絶滅の危機に瀕しているということで、牛丼屋で出すうな丼ですら結構なお値段。なので、自分がウナギを食べる時は大概「宇奈とと」の500円うな丼。しかし夏が終わるまでの間に一度は、うな丼ダブル1000円を食べておきたいなあと。(苦笑)

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2014年4月 2日 (水)

和食とは何ぞや、と考える

カレーライスやラーメンは和食に入るのか?・・・ヤフーニュースにピックアップされていた「アエラ」3/31号記事からメモする。

寿司にとんかつ、てんぷら、カレーライス・・・・・・日頃食べている料理の、どこまでが和食なのか。

『和食と日本文化』(小学館)などの著書がある国士舘大学教授の原田信男さんは、「日本人が作り出した日本にしかない料理」と定義する。独自の発展を遂げたカレーライスやラーメンも、和食に入るという。
原田さんは、「和食の原型が完成したのは室町時代」と言う。中国から精進料理が入ってくると、素材を加工し昆布出汁をベースに味付けして出すようになった。江戸時代後期になると、上流階級の食文化が庶民にまで広まる。
1871(明治4)年、天皇の「肉食再開宣言」後、西洋料理、中国料理が積極的に取り入れられ、和食と組み合わせる折衷料理が発展し、現在に至る。
「和食の内容は時代によって違うし、文化は様々な国や地域との相互関係の中で発展
するもの」(原田さん)

一方、和食にカレーやラーメンを入れるかは微妙、と言うのは、『家庭料理の近代』(吉川弘文館)などの著書がある東京家政学院大学名誉教授の江原絢子さん。江原さんが考える和食とは、ご飯に汁やおかずを合わせる料理だからだ。
「歴史の中で一番長く続いてきたのが、コメなど穀類を炊いたご飯を主食にする文化です」(江原さん)
近代を、西洋料理や中国料理をいかにご飯に合わせるか工夫した時代と位置づける。

・・・自分は、カレーライスやラーメンを「和食」とは呼べない。「日本食」とか「国民食」なら、オッケーなんだけど。定義のことで言えば、自分は江原さんに近い。要するに和食とは「伝統的な日本食」であり、「近代的な日本食」であるカレーやラーメンは和食ではない、と思う。

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2013年7月24日 (水)

「銭湯富士」はユートピア

昨日23日付日経新聞の東京版記事「粋な銭湯富士 100年の歴史」からメモする。

JR水道橋駅近くのビルに「銭湯に初のペンキ絵」と記した千代田区の銘板がある。1912年、この地にあった銭湯の主人に頼まれ、静岡県出身の画家が描いた絵が銭湯富士の最初とされる。

都内の銭湯は現在約720軒。銭湯研究の第一人者、庶民文化研究所(東京・目黒)の町田忍所長によると、このうち約230軒にペンキ絵があり、その大半が富士山の絵だ。町田さんは「やはり日本一の山。末広がりなのもいい」と話す。

銭湯富士の季節は春~初夏で、手前に海や湖、川を描くのが基本だ。富士山で清められた水が湯船を満たしている設定だという。町田さんは「銭湯に行くことは、突き詰めれば霊峰富士の水でみそぎをすることを意味する」と解説する。

銭湯で「これはどこから見た富士山か」と思い巡らすのは野暮というもの。というよりナンセンスだ。富士山を能登半島の見附島(別名軍艦島)や日本三景の宮城・松島と一緒に描くなど、あり得ない構図が多い。「壮大な虚構」こそが銭湯ペンキ絵に通底する「粋」なのである。

・・・銭湯のペンキ絵は、富士山という現実の存在に依拠しながら、どこにもない場所(ユートピア)を描いている。現実の富士山は世界文化遺産に認定されたが、銭湯の「富士山」も庶民的「文化遺産」と呼びたくなる。

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2013年3月17日 (日)

カレーにジャガイモの由来

今月15日付日経新聞電子版記事「日本のカレーはなぜジャガイモを入れるのか」からメモする。

カレー研究の第一人者、カレー総合研究所の井上岳久所長によると、ジャガイモはタマネギ、ニンジンと並んで「カレー三種の神器」の1つ。明治時代から定番食材となっていたらしい。なぜ、ジャガイモが選ばれたのか。

カレーが日本に伝わったのは明治初期。英国から上陸したといわれている。実は、当初はカレーにジャガイモは使われていなかった。「英国のカレーはもともと肉を食べるためのソースだった」(井上所長)からだ。

小菅桂子著「カレーライスの誕生」(講談社)によると、1896年(明治29年)、カレーの材料として「芋」が登場する。1903年(明治36年)には雑誌に作り方が出ており、「わさびおろしですりおろす」とある。レシピには小麦粉はなく、ジャガイモでとろみを付けていたようだ。

徐々に使われ始めたジャガイモだが、まだ定番食材ではない。どうして「三種の神器」とまで呼ばれるようになったのか。

「海軍のメニューとして取り入れられたのが大きかった」。カレー総研の井上所長は歴史を振り返る。「ジャガイモとタマネギ、ニンジンは保存性があり、長期の航海にも耐えられる。これらを使った作り方が軍隊経験者を通じて全国に広まり、家庭で作るカレーの定番となった」

家庭では当たり前となったジャガイモ入りカレー。ただし好みは分かれるようだ。地域差もある。東日本では煮崩れしやすい品種「男爵」が中心だが、西日本では煮崩れしにくい「メークイン」が好まれる。カレーの種類も影響する。欧風をうたう専門店のカレーにジャガイモは入っていないことが多い。インドカレーも同様。やはりジャガイモを入れるのは日本風のようだ。

・・・やはり「海軍カレー」で、日本のカレーライスはほぼ完成されたのだな。半ば保存食でありつつ栄養のバランスも良い、日本のカレーは偉大な発明だと感じ入る。ちなみにジャガイモの好みを言えば、僕はイモをしっかり齧りたいのでメークイン派です。

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2013年2月14日 (木)

くまモン、東京出張中

Photo_7

今日の昼ごろ東京駅近くに、くまモンが現われた!

八重洲ブックセンターで営業活動するくまモンをひと目見ようと、女性ファン多数が集まる人気ぶり。公式サイトのスケジュールを見ると、結構東京に出張してるらしい。

ブックセンター店頭で、くまモンは熊本県を大いにアピール! ゆるキャラにしては意外とシュッシュッとした動きを見せて、みんなの笑いを誘っていた。何というのか、ひこにゃんの和む佇まい、カツオ人間のインパクトとはまた違った個性の強さを発揮してます。

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