2009年12月15日 (火)

ぺイリン、今も人気(らしい)

昨年の米大統領選挙で、共和党の副大統領候補に指名されたサラ・ペイリン。自伝本のサイン会には数千人のファンが押し寄せるなど、保守派のスターぶりは健在とのこと。本日付日経新聞国際面のコラム記事からメモ。

ワシントン・ポストの11月の世論調査で共和党を代表する指導者は誰かを聞いたところペイリン氏(18%)が最多だった。マケイン上院議員(13%)やハッカビー前アーカンソー州知事(7%)は昨年の大統領選の負け組。2012年の有力候補になりえない。

ペイリン氏の行動には、政治家として疑問符が付くものも多い。党のカネで高級服を買い集め、政策論は迷走。今年7月には、はっきりしない理由でアラスカ州知事職を放り出した。

ペイリン氏の品のない語り口は笑いのネタにされることが多いが、共和党の支持基盤でもある白人貧困層にはたまらなく魅力的らしい。決めせりふの「You betcha」は流行語になった。意味は「当然よ」だが、語感は「あたりめ~よ」だろうか。

自伝の題名は「Going Rogue(ならず者で行く)」。既成政治への反発を吸収するため、アウトサイダーを名乗るのはよくある手法で、オバマ大統領も使った。だが、いくらライフル銃片手にシカを狩るのが趣味とはいえ、これでは西部劇に出てくるアウトローだ。

2012年の大統領選へ突っ走るのか。米政界は彼女の動向に神経をとがらせている。

・・・女だてらに保守派の荒くれ者を標榜するペイリンちゃん。まあさすがに次の大統領、なんてことにはならないと思うけど、どこの国でも政治の世界というのは、部外者には理解しにくい動きや流れがあるもんだな。

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2009年9月 4日 (金)

そして自民党は「消滅」した

毎日「今日の民主党」「今日の鳩山さん」が伝えられて終わったような一週間。

報道は熱心とはいえ、そこから「政権交代」の熱気という程のものは感じられない。むしろ事態は淡々と進んで、国民は静かに見守っているという感じがする。

今回の選挙で違和感を覚えたのは、「財源」問題や「成長」戦略が問われたことだ。誰か頭の良い人が考え出したことなのだろうが、一般庶民には殆ど判断しようのないことに思える。庶民の一番の関心は「年金」や「医療」で、これが高齢化国家の現実だろう。

さて、「政権交代」実現により、政権選択の可能な二大政党制も確立された、と思いたいところではあるが、実態はどうかなあ。理念の違う政党が選挙を戦った結果というよりも、年寄りの政党が(相対的に)年若い政党に敗れたという、「世代交代」の意味合いが強いと思えるからだ(・・・それにしても政界的には「小娘」ばかり当選するのも何だかな)。本当の二大政党制になるためには、やはり理念を同じくする人が結集する政界再編が必要だろう。ただ、じゃあ何が対立軸になるのかというとよく見えない。二大政党制の本家である英米だって、例えば経済政策的には二大政党の違いは小さくなってきている印象だし。日本の場合は憲法改正が対立軸になるとも言われてはいたけれど、何かタイミングが過ぎてきている感じもする。後は外交政策になるのかなあ。しかし誰も対米従属で良いとは思ってないしね。

「冷戦」と「高度成長」を起点に成立した自民党は、とっくの昔に時代遅れの政党になっていた。高い支持率に支えられた小泉首相は「改革」を進めて、自民党を事実上「ぶっ壊した」。その結果、小泉改革後に方向性を見失った自民党には、もはや昔に戻るパワーも改革を受け継ぐ人材も乏しく、総理総裁が毎年変わるなど混乱と衰弱が続いた。そしてとうとう、小泉退陣後3年で自民党は事実上「消滅」してしまった(・・・党をぶっ壊した当人は引退してしまった訳で、良くも悪くも鮮やかな出処進退ですな)。自民党が復活するためには、単純に若返りと人材育成が必要だろう。しかし、それには時間がかかる。ということは、今度は民主党が長期政権を担うことになってもおかしくない。でもそうなると、結局二大政党制というのも形ばかりのものになっちゃうか。

それにしても細川首相の非自民連立政権から16年か。長かったなあ。

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2009年8月21日 (金)

政権交代というか世代交代

今日の日経新聞1面に「民主 圧勝の勢い」、ドンと白抜きの大見出し。

う~む、これが二大政党小選挙区制というものか。まさにシーソーゲーム。

今回の総選挙で起きようとしているのは政権交代、というよりは世代交代なのだろう。

8月12日付日経新聞掲載の武村正義氏のインタビューから。

「自民党が高齢化してきた。後期高齢党になってきた。自民党の諸君は直さなければいけないと気が付いているが、直せない。民主党が伸びてきたというより、自民党が老いて人々の関心が若い民主党に向かっている」

立候補者の平均年齢は、民主党が自民党より5歳ほど若いとのこと。
若い有権者が投票所に足を運んで、若い民主党の立候補者に投票すれば、政治家の世代交代が行われて、結果的に政権交代も実現することになるのだろう。

昔は新聞の選挙調査で例えば与党優勢が伝えられると、有権者が「バランス感覚」を発揮して野党に投票するということもあったと思うが、今回は「世代交代」の動きは変えられないだろうから、このまま民主党が勢いを持続することになるのだろう。何しろ今の自民党を見直そうとしたって、その余地は殆ど無いと思えるし。

それにしても国際政治構造の激変をもたらした冷戦の終焉から20年、ようやく日本でも本格的な政権交代、いや世代交代か。遅いね。遅すぎる。

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2009年5月30日 (土)

日本は独立国家なのか

先日、東京駅でサンライズ出雲に乗り込む石破大臣を目撃したからという訳ではないけれど、石破茂と小川和久の対談本である『日本の戦争と平和』(ビジネス社)から、日米同盟についての発言をメモ。

小川:20世紀に日本が結んだ主な同盟の三つめが、現在の日米同盟です。この同盟関係は45年8月15日に第二次世界大戦(太平洋戦争)に負けた日本が、アメリカに占領され、51年に独立を回復(講和条約に調印。発効は52年)していく流れのなかで結ばれました。これがそのまま今日に至り、結果として日本の国のあり方すべてを規定するようなかたちになっています。やはり私たちは、日本の国益から見て「同盟関係の選択」をどのように位置づけるかという地点に、立ち戻る必要があるのではないか。

石破:日本は同盟関係の選択というものを、国として、あるいは民族として、「これこれの理由で、日米同盟を選ぼう」と明確な意識を持って位置づけてきた、とはいえないのでは、というお話ですね。マッカーサーのアメリカに占領され、アメリカからさまざまな制度や仕組みを教わり、すっかり世話になった。その延長線上でというか、選択の余地もないままに、アメリカとの安全保障条約を結んだと。

小川:「まず最初に日米同盟ありき」という考え方はおかしいでしょう。日米同盟にはいくつか問題があるし、それをより健全化していく取り組みが必要です。アメリカとの同盟関係を日本国としてどう国益に生かすかという観点からは、同盟の中身を整理し、さまざまな取り組みをしなければならない。アメリカの利益も尊重しつつ、直すべきは直す方向に持っていかなければ独立国家ではない。戦勝国が、自分に都合のよい中身に持っていった同盟関係、具体的には日米安全保障条約や日米地位協定を、いまだに自分の国にとって望ましい方向に変えようとしない日本のあり方のほうが、歴史的にも例外に属することなのです。

石破:独立国でありながら、条約上の義務として他国の軍隊の基地を受け入れている。そして、その基地には治外法権のような部分もある、という国家は、日本以外にないはずなんです。それはアメリカにとってとても都合がいい。しかも、日本にとってもカンファタブル(心地よくて快適)で、とっても楽ちんなんです。防衛というものに正面から向き合わなくていいし、国の独立とは何だという問題にも正面から向き合わなくていいから。これは領土問題などにもすべて通じる話だと思います。日本人は竹島も北方四島もそうですが、不法に占拠されている状態に対して真剣に怒る人が少ない。自分の国によその国の軍隊を義務として受け入れていることに対する感覚のマヒと、領土意識の希薄さは、たぶん相通じるものなんでしょう。

・・・自衛隊の海外派遣や憲法改正を論議するよりもまずは、日本は独立国家としての在り方を確立すること。そのためには少なくとも、アメリカと対等のパートナーという立場でものを言える関係を築くことが大前提となるのだろう。

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2009年4月10日 (金)

オバマの核廃絶宣言

今週初めの出来事で北朝鮮のミサイル発射よりもインパクトがあったのは、オバマ大統領の「核廃絶」宣言。5日にプラハで行われた演説の一部をメモ。(アサヒドットコムより)

米国は、核兵器国として、そして核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として、行動する道義的責任がある。

今日、私は核兵器のない世界の平和と安全保障を追求するという米国の約束を、明確に、かつ確信をもって表明する。この目標は、すぐに到達できるものではない。おそらく私が生きている間にはできないだろう。忍耐とねばり強さが必要だ。

まず、米国は、核兵器のない世界を目指して具体的な方策を取る。
冷戦思考に終止符を打つため、米国の安全保障戦略の中での核兵器の役割を減らすとともに、
他の国にも同じ行動を取るよう要請する。
核弾頭と貯蔵核兵器の削減のため、今年ロシアと新たな戦略兵器削減条約を交渉する。
核実験の世界規模での禁止のため、私の政権は、直ちにかつ強力に、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を目指す。
次に、我々は核不拡散条約(NPT)を強化する。国際的な査察を強化するために(国際原子力機関に)さらなる資源と権限が必要だ。
今日私は、テロリストなどに狙われうるあらゆる核物質を4年以内に安全な管理体制下に置くため、新たな国際的努力を始めることを発表する。
米国は一年以内に核管理に関する首脳会議を主催する。

我々が平和を追求しなければ、平和には永遠に手が届かない。人類の運命は我々自身が作る。我々にはできるはずだ。

・・・アメリカの大統領が核廃絶を宣言する。在り得ないと思っていたことが現実になっている。かつてのベルリンの壁崩壊にも匹敵するインパクト。核廃絶は大統領選挙の時からの公約だったそうだが、やはり実際に大統領の言葉として語られたことの意義は計り知れない。「チェンジ」は単なるスローガンではなかった。変革に本気なのだと感じられるリーダーはゴルバチョフ以来という思いだ。どんな分野でもリーダーは自らの本気を伝えてこそ、リーダーとして支持される。言うまでもなく今の我が国にリーダーは不在だ。

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2009年3月25日 (水)

中国で北海道ブーム

今日の日経新聞市況欄コラム「大機小機」の冒頭は「おやっ」と思わせるものがあった。北海道を舞台にした中国映画が大ヒット、という話題を取り上げていたからだ。この映画の話は何かで見た覚えがあるなあと探したら、「週刊東洋経済」2月7日号の記事(P90~91)だった。何しろ、あの「レッドクリフ」をしのぐ大ヒットだというから、只事ではない。とりあえず以下に「大機小機」からメモする。

世界的な経済危機のなか、中国で北海道ブームが起きている。きっかけは正月映画として大ヒットした「非誠勿擾(フェイチェンウーラオ)」で知床や阿寒湖など北海道東部も舞台になったからだ。
映画の邦題は「誠実なおつき合いができる方のみ」。中国で結婚の相手を本気で募集するときの決まり文句である。中国版“婚活”のラブコメディーだが、銀幕の雄大で美しい大自然が評判となり、今年に入って北海道ツアーが急増しているという。経済が厳しさを増している北海道にとっては、中国映画が図らずも景気対策につながった。

日中両国の往来は1972年の国交正常化当時、年間1万人にも満たなかったが、既に500万人を超えている。日本の観光業はもはや中国人なしでは成り立たない時代に突入した。それどころか、中国人が世界中を巡る「大旅行時代」を迎えている。海外旅行者は昨年、前年比11.9%増の4500万人強に達した。中国人の海外旅行熱は世界経済の回復にも役立つ。

・・・内需の盛り上がらない日本としては、アジアの需要を取り込むためにも、輸出だけでなく観光にも本腰を入れて取り組まないといかんな。まあとにかく、この映画は必見だろう。日本公開が待ち遠しいのであった。

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2009年2月15日 (日)

オバマはムッソリーニか

オバマ大統領とムッソリーニには類似性がある、と見るのは著述家の佐藤優。中央公論3月号掲載、「新・帝国主義の時代」からメモ。

ベニト・ムッソリーニ統帥によって展開されたファシズムと、ドイツのアドルフ・ヒトラー総統が指導したナチズムを混同してはならない。ナチズムはドイツ人を中核とするアーリア人種の優越性という荒唐無稽な人種神話を基礎とする運動だ。これに対して、1920年代にムッソリーニによって展開されたイタリアのファシズムははるかに知的に洗練された運動だった。その目的は、マルクス主義に基づく社会主義革命を排除しつつ、自由主義的資本主義がもたらした失業、貧困、格差などの社会問題を、国家が社会に介入することによって解決することを提唱した。

イタリア・ファシズム研究の第一人者であるロマノ・ヴルピッタ京都産業大学教授が描くムッソリーニ像には、オバマ大統領と重なる部分がかなりある。
〈デマゴーグ的な側面があったとはいえ、彼(ムッソリーニ)は時代を先取りした、この世紀最初の現代的政治家であった。逆説的に聞こえるかもしれないが、彼は民主主義的政治家の一つのモデルであったとも言えるであろう。現代の政治家の特徴である国民との直接接触は、彼によって初めて大規模かつ徹底的に実施されたからである。彼はイタリアを隅々まで訪問し、絶え間なく大衆に政策を説き、目標を訴えて、国民に協力を呼びかけた。ムッソリーニは先天的な演説の才能に恵まれ、本能と理性をうまく使い分ける優れた演出家でもあった。彼は聴衆に《参加者》の意識を呼び起こし、国民共同体の歴史の重要な決定に主人公として参加しているという実感を与えたのである。〉

・・・オバマはムッソリーニと重なる、というのは面白くはあるけれど、マジに受け取れるかというと、ちと怪しい。差し当たり時代的社会的背景は別にして、ムッソリーニは大衆民主主義社会における政治家の理想的キャラであり、オバマもまたそうである、ということは言えるだろうけど。この論文の冒頭では、世界的不況が国家の「自己保存の本能」を刺激することにより、各国の「国家機能の強化」をもたらすと指摘されているのだが、オバマの国民動員力の強さを言いたいがために、ムッソリーニが引き合いに出されている感もある。ま、それはそれとして、最近の論者の中心テーマは、「帝国主義及びその発展形態であるファシズムの姿を等身大でつかむ」ことであるらしい。世界経済が急速に悪化する中で、過去の大恐慌から第二次大戦に向かった歴史を学ぶ必要はあると思うし、「帝国」とも呼ばれたグローバル秩序がひび割れた後に、世界がどのように変容するか関心が持たれているところで、この「新・帝国主義の時代」は一つの答えを提示しようとしていると思えるだけに、この「短期集中連載」は要チェック、だな。

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2009年2月13日 (金)

麻生太郎は明智光秀か

「怒るというよりもねぇ、笑っちゃうくらい、もぉ、ただただあきれている」。小泉純一郎元首相が憤懣をぶちまけた。麻生太郎首相の「郵政民営化に賛成じゃなかった」「4分社化を知っている人は殆どいなかった」等の発言は、さすがに腹に据えかねたらしい。

ネットで読んだ産経新聞記事には、こんなことが書いてある。

小泉氏は首相当時、小派閥の幹部だった首相を党政調会長、総務相、外相に起用し続け、「首相候補に押し上げた」(町村派関係者)いきさつもある。

平成17年8月、衆院解散を決める閣議の前、小泉首相(当時)は、別室に総務相だった麻生首相を呼び入れ、「麻生さん、まさか明智光秀にならないだろうね」と念を押した因縁深い関係でもある。

小泉さんは自他共に認める信長型リーダー。派閥の意向等に係らず人を登用した小泉さんからすれば、「俺が取り立ててやったのに」という感情もあるんじゃないかなと思う。天下を取った途端に裏切りか、と。麻生首相、まさに明智光秀。郵政解散当時は付き従ったものの、3年半の時を経て麻生光秀は小泉信長に叛旗を翻した。

天下を取った直後の光秀は、旧友の細川藤孝にも縁を切られるほど孤独だった。麻生首相にも「人徳」は無い。そのことは、福田康夫前首相選出時の自民党内の動きでも証明済だろう。しかしながら小泉さんも既に引退を宣言して、「自害」した信長のようなもの。ここで「羽柴秀吉」が現れて「決戦」を挑めば、政局は一気に流動化する可能性もある。が、はたして秀吉は登場するのか。とりあえず(中川)秀直はいるけどね。

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2009年2月 2日 (月)

ウェストファリア条約

「週刊東洋経済」の連載記事「知の技法・出世の作法」(執筆者は佐藤優)では先週から、高校教科書を使って国際政治を理解することをテーマにしている。今週号(2/7)で取り上げられているのは「国際政治の原点」ウェストファリア条約。以下にメモ。

国際政治について語る際に絶対に記憶しておかなくてはならない基礎知識がある。たとえば、近代国際政治の枠組みを創った1648年のウェストファリア条約だ。

〈1618年、オーストリアの属領ベーメン(ボヘミア)の新教徒が、ハプスブルク家によるカトリック信仰の強制に反抗したのをきっかけに、三十年戦争がおこった。三十年戦争は、宗教的対立をこえたハプスブルク家対フランスの戦いでもあった。三十年戦争は1648年のウェストファリア条約で終結し、ヨーロッパの主権国家体制は確立された〉(『詳説世界史 改訂版』山川出版社)

〈国際社会が形成されたのは、17世紀のヨーロッパからであるといわれる。ドイツ三十年戦争の戦後処理のために、ウェストファリア地方で開かれた講和会議(1648年)で、ウェストファリア条約が締結された。この会議には当時のヨーロッパのおもな国々の代表が集まり、たがいに平等で独立した主権を認め合った。一定の領土があり、そこに国民としての一体感を持った人びとが国民国家を形成し、政治的な決定をみずからの手でおこなうことのできる主権を持っていることが、近代国家の定義である〉(『詳説政治・経済』山川出版社)

21世紀の現在においても、国民主権システムの限界がいろいろ語られる。確かにアルカイダ型に国境を越えてテロ活動を行う分子は国家主権を尊重しない。しかし、このような国際テロリズムに対する措置も、基本的に国民国家の枠組みで行う。ウェストファリア条約で築かれた国際社会の基本的な「ゲームのルール」は今日でも有効である。

・・・グローバル時代を生きるビジネスマンの必読書は世界史教科書なのだ。

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2009年1月27日 (火)

「オバマ演説」の魅力

オバマ大統領の演説が人気だ。その魅力の秘密は何か。ベストセラー「オバマ演説集」の解説を担当した鈴木健・津田塾大学准教授の分析をメモしてみる。(本日付日経産業新聞記事より)

最初と最後が大事だ。「変化」「希望」と最初に分かりやすい概念を提示し、次に具体的に展開して、最後に決めのクライマックスを作る構成がうまい。ネット時代になり、人の注意が持続する時間はいっそう短くなった。簡潔な言葉を繰り返すのは的を得ている。

オバマ氏は「こう言います、願います、信じます」のように三回繰り返すテクニックも多用する。リズムが生まれ、聴衆の注意を引きつける。

主語の使い分けも戦略的だ。オバマ氏は「あなた」や「我々」を勘所よく使った。聴衆と同じ目線に立つ姿勢が共感を得ている。

・・・導入部は単純明快に、展開は具体的に、クライマックスまで持っていく構成を充分に整えておく。繰り返しの生み出すリズムの力を効果的に使う。要所要所で聴衆との一体感を盛り上げる。これらは、演説のテクニックという程でもない、基本的なハウツーとも思えるが、だからこそオバマ演説は、演説のお手本と言ってよいのだろう。とはいえ演説も人前で行うパフォーマンスである以上、話の内容に工夫が求められるだけではなく、やはり演説者その人のキャラも大きな要素。真っ直ぐに人々の心に届く演説を行う時の、オバマ大統領の勢いを感じさせる姿は、「絵になる」ということなのだろう。大統領選挙中、遊説するオバマ氏は「ロックスター」にも例えられたようだが、確かにロックのライブのように人々に感動と興奮を与えるのが、最高の演説ではないかと思える。

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