2016年4月20日 (水)

ブラキオサウルスを見よ

先週末、福井県立恐竜博物館に行った。最近、ブラキオサウルスの全身骨格が新たに展示されたという話を見つけたからだ。

もう30年以上も前、1984年の夏、東京・新宿駅南口に近い特設会場でフンボルト大学のブラキオサウルスの全身骨格化石が展示されたことがあった。実際に会場に足を運んで、その大きさに圧倒された覚えがある。今では大きさだけならブラキオサウルスを超える恐竜はいくつも発見されているだろう。しかしその特徴的な姿、前足の長い四つ足、さらに長い首を突き上げるように伸ばしたその高さに勝る恐竜を知らない。

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上の写真は、左手前ティラノサウルス、右奥ブラキオサウルスのツーショット。下の写真は、その2体を上のフロアから遠望したところ。こうして見るとブラキオサウルスの大きさが歴然とする。高さは11メートルを超えるとのこと。

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恐竜博物館に行ったのは本当に久しぶり。11年ぶりになる。当時自分は名古屋在住。記録によると「青春18きっぷ」で在来線を乗り継いでいったらしい。当時40歳代半ばだけど、今から思うと「若かった」と思ってしまう。(苦笑)

恐竜博物館は大体以前来た時のイメージのままだった。しかし、えちぜん鉄道が高架線路になっていたのにはびっくりした。福井駅はホームまで長い階段を上るのである(エレベーターもある)。勝山駅にはレトロ風のカフェもできてたし。どちらも最近出現したらしい。いや~久しぶりに行く場所には発見がある。結構変わるもんなんだなあ。

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2015年2月 6日 (金)

石油はまだまだ出る。らしい。

昔、そのうち石油はなくなるぞ、とか言われてた覚えがある。でも今も相変わらず石油は出ているなあ、とか思いつつ本日付日経新聞「ニュースな科学」の記事(「石油いずれ枯渇」どうなった)からメモする。

石油や天然ガスを「化石燃料」と呼ぶのは、大昔の動物や植物、プランクトンの死骸が地中深くの地層で分解され、圧力と高い温度の下で長い時間をかけてできたものと考えられているから。なかでも油田から得られるどろどろした液状のものが原油、気体の状態で存在するのが天然ガスだ。

石油のもとになる生物の死骸がとりこまれる「根源岩」、炭化水素が濃く集まった「貯留岩」、炭素水素が地表へ抜け出るのを防ぐ「帽岩」の3つの岩石がそろった場所を「炭化水素のトラップ」といい、化石燃料が存在するための条件とされている。

1990年代までは主に貯留岩にターゲットを絞り、石油や天然ガスを取り出してきた。今世紀に入ると、根源岩など従来は技術や経済的な問題で開発できなかったところを掘ることができるようになった。米国でのシェール革命もその一つ。

中南米など今まで手をつけなかった地域、海底など未開拓な場所も開発するようになった。国際エネレギー機関(IEA)によると、未開拓な場所に眠る石油の埋蔵量は現在確認されている量の推計4.7倍。技術革新が進めば需要を上回る供給量の確保はそう難しいわけでもなさそうだ。

・・・石油の可採年数(今の生産量で何年もつか)は50年。昔、「なくなる」って言ってた頃は30年だから、伸ばしてきているわけだ。開発技術の進歩も大したものだと思うが、あらためて地球資源の底知れぬ豊かさを感じる。地球って凄い。

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2013年7月27日 (土)

ティラノサウルス像の「進化」

世間が夏休みの時期に入ると、「恐竜」の文字を目にすることが多くなる。ニッポンの夏は恐竜の夏。ということで、雑誌「ニュートン」9月号のティラノサウルス関連記事からメモします。

1902年、アメリカ自然史博物館のバーナム・ブラウンは、アメリカ、モンタナ州で大型恐竜の化石を発見した。その化石は、その後、古生物学者ヘンリー・オズボーンによって「ティラノサウルス・レックス(Tyrannosaurus rex)」と命名された。ティラノサウルスは「暴君トカゲ」、レックスは「王」の意味である。 

名づけ親である古生物学者ヘンリー・オズボーンが発表したティラノサウルスの復元図は、体が垂直に近く、尾をひきずっており、ゴジラのような姿でえがかれていた。当時は、ほとんどの恐竜がそのような姿だと考えられていたのだ。 

その後、足跡の化石のまわりに尾をひきずったあとが残されていないことなどから、尾をひきずる姿勢がまちがいだとわかった。今では、尾が体に水平な姿で復元されている。 

恐竜は骨盤の形から大きく「鳥盤類」と「竜盤類」に分類される。代表的な鳥盤類はトリケラトプスやステゴサウルスなど、竜盤類はブラキオサウルスなどだ。ティラノサウルスは竜盤類で、なかでも「獣脚類」とよばれるグループである。 

現在、鳥類は小型の獣脚類から進化したと考えられている。ティラノサウルスは現生の爬虫類より鳥類に近いのだ。 

2012年4月、大型のティラノサウルス類に羽毛が生えていたことがはじめて明らかになった。新しく中国で発見された、体長9メートルのティラノサウルス類「ユティラヌス・フアリ」は、全身に羽毛がはえていたのだ。それまで、ティラノサウルスの仲間では小型の種でしか羽毛が見つかっていなかった。大型種での発見により、ティラノサウルスの仲間の多くに羽毛が生えていた可能性が高まったといえる。ただし、寒い地域にすむ仲間だけが、保温のために羽毛を持っていたのではないかとする説もあり、ティラノサウルス類すべてに羽毛が生えていたわけではないと主張する研究者もいる。

・・・ティラノサウルス・レックスの復元像の変遷を辿ると、科学的知見というものはどんどん更新されていくのだなあという感慨を持つ。今では、羽毛のあるティラノサウルス・レックスの復元図も出てきて、それが真実という可能性はあるにしても、見た目だけで言えば肉食恐竜の猛々しさや荒々しさが薄まるものだから、何だかビミョー。

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2012年3月27日 (火)

宇宙物理学という「存在論」

今週の「週刊東洋経済」(3/31号)に、『ざっくりわかる宇宙論』の著者・竹内薫のインタビュー記事が掲載されているので、以下にメモ。

(なぜ数学が自然現象を記述できるのか、)その解明は永遠の課題だ。偶然と言う人もいるし、一方、宇宙が数式の言葉で書いてあると考える人もいる。後者はキリスト教的な考え方だ。神が宇宙を作ったという発想が欧米にはある。人間がどう生きるべきかは聖書に書いてある。自然がどうなっているかについては、自然に書かれている。つまり宇宙そのものに書かれている。その言語は数式だという考え方だ。今でも欧米の科学者半数近くの人たちが何らかの形の神の概念を持って、神の考えを知るために自然現象を研究するという発想がある。そういう意味では、数学は神の言葉なのだろう。 

数学は単なる道具にすぎないと考える人は、実在論に対して実証論というまったく別の考え方になる。アインシュタインは典型的な実在論。実証論の人は近年ならスティーブン・ホーキングだ。単に数式に数値を入れて、予測をはじく。それと観測結果が同じならばいいと。実在論はそうではない。数式に込められている具体的な実在を考える。数学という言語で宇宙について語ろうとする。 

(超ひも理論の登場など)SF作家の想像力を超えたところまで現代物理学は行っている。

・・・なぜ数学が普遍性を持つのかは、デカルト以来の難題でもある。そして現代でも、キリスト教的背景を持つ欧米の科学者の多くは、神の創造の秘密を知るために宇宙の神秘を探究しているとすれば、科学者の基本的姿勢は近代科学の起こった400年前と殆ど変わらない、ってことになる。実在を意識しながら数式で宇宙の成り立ちを解明しようとする宇宙物理学は、現代における存在論という感じだ。

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2011年7月17日 (日)

ケプラーの宗教的情熱

惑星運行の法則を発見したケプラー(1571-1630)。その発見は後に、ニュートンの「万有引力」着想にもつながった。当時のヨーロッパは、宗教改革運動の進展に伴う混乱の最中にあり、ケプラーの晩年には、ヨーロッパ中を巻き込む大規模な宗教戦争である三十年戦争が勃発した。庇護者の死去により職を失い、母が「魔女狩り」にあうなど、公私ともに困難な状況の中で、天文学の研究を続ける意志を支えたのは、実は宗教的な情熱だった。『天才たちの科学史』(杉晴夫・著、平凡社新書)からメモしてみる。

これらの法則は惑星の運動を支配するばかりでなく、宇宙のすべての天体の運動を支配している。ケプラーは数学の力で、広大な宇宙を支配する法則を発見したのである。何という壮大な成功であろうか。

彼の驚嘆すべき情熱は天文学者、自然哲学者として、万能の神のご意志を天体の運行を通して知ろうとする願望によるものであった。

ケプラーは自然哲学者として、天体の運行を支配する法則を知ることにより、万能の神が大自然を創造されたご意志の一端を垣間見ることができたことに、著書のなかで手放しで感激している。

・・・ケプラーといえば、僕が思い出すのは昔の科学番組「コスモス」。ケプラーの生涯が再現映像で紹介されていて、最近DVDで見直した時も、この長編ドキュメンタリーの中で1、2位を争うくらい、印象的な場面だとあらためて感じた。そこでもやはり、神の創造した世界を探究するという意識が、ケプラーを突き動かしていたことが語られていた。

大ざっぱに言えば、キリスト教から科学と資本主義が生まれた。ケプラーは前者の、マックス・ウェーバーは後者のシンボル的な人物(または学説)だと思う。

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2011年6月 1日 (水)

日本の科学技術の強みとは

本日付日経新聞「経済教室」(異分野融合の強み生かせ)執筆者は、田中耕一・島津製作所田中最先端研究所所長。「ノーベルサラリーマン」田中さんの語る、日本の科学技術、ものづくりの強みについてメモ。

津波や地震のメカニズムはもちろんのこと、自然にはわからないことが数多くある。宇宙や地球の内部は当然、人間の内部ですら科学はその一部しか解き明かしていない。

にもかかわらず、我々にはもう学ぶべきことはないという過信や傲慢さがあったのではないか。

福島第1原発事故の背景には、技術への過信があったと思える。そもそも「絶対安全」な技術はあり得ない。

原発事故の拡大を防げなかった一因に、科学の異分野間コミュニケーション不足が挙げられる。歴史学者は約千年前に大津波があったことがわかっていた。異分野間の対話が十分であれば、少なくとも対策を考えていただろう。

今回の震災や原発事故を、科学技術が前に進むきっかけにすることが重要だ。そのときに強みになるのが異分野融合である。それはものづくりの現場で顕著である。
ものづくりの現場には、アイデアを出し合うという文化がある。様々な分野の人間が知恵を持ち寄ることで、新たな発想が生まれる。異分野の人々のチームワークから独創性が生まれるのである。(ノーベル化学賞を受賞したイオン化法は、電気の発想を化学に持ち込んだ成果である)

自然には未知の領域が限りなくある。化学は化学だけ、物理は物理だけというように各学術分野が研究するだけでは、未知の領域を解明しきれない。
裏返していうと、ものづくりの現場で異業種融合が進んでいる日本には強みがある。

今後、日本の科学技術にとって重要なのは、失敗を恐れないことだと考える。失敗しても挑戦し続けることが大切だ。

・・・いかにも「現場の人」らしい提言かと。

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2010年8月29日 (日)

生物の性と死

日曜夜7時からNHKニュースを見て、そのままほっとけば「ダーウィンが来た!」に突入する。この自然番組で多く出てくる場面は、鳥や獣の繁殖期にオスがメスに必死にアピールする姿。それを見るたびに、オスであることの悲哀を感じつつ、あ~この世に性って何であるんだろう、何だかメンドくさいよな~とか思う。

しかし、性がなぜあるかは、科学的にも謎らしい。『まだ科学で解けない13の謎』(マイケル・ブルックス著、草思社)には、「有性生殖をする理由が科学ではわからない」とある。同書はまた、「生物が死ななければならない理由が科学で説明できない」ともいう。そして、死と性は深い関連を持つ可能性が示唆されている。

死と性というと文学的なテーマという印象があるけど、死と有性生殖も科学的に大きなテーマであるようだ。死と性の関連は、『ヒトはどうして死ぬのか』(田沼靖一・著、幻冬舎新書)の中でも指摘されているのでメモ。

有性生殖で子孫を残していくシステムにおいて重要なのは、遺伝子が常にシャッフルされているという点です。
生物は生きている間、さまざまな化学物質や活性酸素、紫外線、放射線などの作用によって、日常的に遺伝子にキズを負っています。古い遺伝子には多くのキズが変異として蓄積します。
老化した個体が生き続けて若い個体と交配し、古い遺伝子と新しい遺伝子が組み合わされれば、世代を重ねるごとに遺伝子の変異が引き継がれて、さらに蓄積していくことになるでしょう。もしこのようなことが繰り返されると、種が絶滅して、遺伝子自身が存続できなくなる可能性もあります。
この危険性を最も確実かつ安全に回避する手段は、古くなってキズがたくさんついた遺伝
子を個体ごと消去することです。

「性」による「生」の連続性を担保するためには「死」が必要であり、生物は「性」とともに「死」という自己消去機能を獲得したからこそ、遺伝子を更新し、繁栄できるようになったのです。

生物の個体を通してしか存続できない遺伝子にとって、生物を環境に適応させていくには「性=遺伝子の組み換え」と「死=遺伝子の消去」を伴う仕組み以上によい方法はないのかもしれません。

・・・性と死は同時発生なのだった。なるほど生物の多くは繁殖期を過ぎると寿命が尽きてしまう、ということを見ても、性と死の密接な関係を感じるわけだが、ヒトは生殖期の後の寿命が長いという特徴がある。たぶん子育てに時間がかかるという事情も関係してるんだろうけど、まあ何にせよ不思議な生き物です、ヒトというのは。

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2009年11月22日 (日)

「CP対称性の破れ」の意義

現在日経新聞に連載中、ノーベル賞物理学者の益川敏英先生の「私の履歴書」。本日付第21回では、「CP対称性の破れ」の重要性が述べられているので引用したい。

その前に、そもそも「CP対称性の破れ」とは何か、ということについて、同連載第11回(11月12日付)から引用。

CPのCとは電荷(チャージ)のことで、C変換は電荷の種類が異なる粒子と反粒子をお互いに入れ替えることを指す。Pとは偶奇性(パリティ)のことで、P変換は物理現象を鏡に映した状態にひっくり返すことをいう。
このC変換とP変換を同時に行ったときに、物理の法則が不変であることを「CP対称である」という。もし不変でなく、何か違いがあれば「CP対称性が破れている」という言い方をする。
物理学者は長く、CP対称性が成り立っていると信じていたが、クローニンらは加速器による実験から、K中間子という素粒子で、わずかながらCP対称性が破れていることを発見した。これは物理学の研究の歴史において衝撃的な事実だった。

・・・何が何だか分からないけど、とにかくそういうことです。(苦笑)
で、続けて本日付第21回から引用。

CPの対称性、つまりC(電荷)やP(偶奇性)を逆転させたもの同士の対称性が成立せず、わずかにアンバランスが生じるという、この「破れ」なるものはどのような意味を持つのだろうか。それは、宇宙の誕生から今に至る時間の流れの中で、私たち人間を含め、この世界に物質が今のような形で存在するに至ったことを説明する、有力な根拠になるということだ。
宇宙の誕生においては、私たちになじみが深い粒子、あるいはそうした粒子からなる物質とともに、反対の性質を持つ反粒子、あるいは反粒子からなる反物質ができたはずである。粒子と反粒子、あるいは物質と反物質が出合えば、そこでエネルギーを放出してお互いに打ち消し合って消滅する。
だから、通常の物質からなる我々の世界ができるためには、通常の粒子や物質の方が、反粒子や反物質よりもたくさんできるような条件が必要となる。CP対称性の破れは、そのすべてではないが、一部を説明できる可能性がある。

・・・宇宙が、物質が、我々が存在するのは「CP対称性の破れ」によってである、のか。だとすれば、何だか凄いとしか言いようがない。(汗)

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2009年11月21日 (土)

「小林・益川理論」の誕生

日経新聞「私の履歴書」、現在の連載はノーベル賞物理学者の益川敏英先生。共同研究者の小林誠先生と、「CP対称性の破れ」に取り組むことになった経緯が、11月19日付の第18回に記されている。益川先生は1970年に京都大学に赴任してほどなく、CP対称性の破れの問題に本格的に取り組む時期が来たと思い始めた。

私と小林誠君の研究は、素粒子のクォークが6種類存在すれば、CP対称性の破れが起こせるということだが、その当時クォークは3種類しか見つかっていなかった。これに対して名大では素粒子の中でも基本をなすものは4つであるとする「4元モデル」が牧二郎教授らによって唱えられていた。69年には、グラショウ、イリオポウロス、マイアニという3人の学者が、弱い相互作用を考えるとクォーク4つのモデルが優れているとする研究を発表する。

そうなると、素粒子のクォークは3種類ではなくて4種類と考えたほうがよいのではないか。そのことを手がかりにCP対称性の破れの性質について予言できるのではないかと思った。

72年の春に京大にやってきた小林先生も、同じ問題を意識していたので、二人は自然に共同でやろうかという話になったそうだ。
そして、論文の誕生については本日付の第20回に記されている。理論を生み出す作業を始めてから約1ヵ月。

運命の日がやってきた。私はその夜に風呂の中で問題を考え続けていた。どう考えても4元モデル(クォークが4種類というモデル)で対称性の破れを説明できるものがない。この仕事を終わらせよう。そう決心して、湯船から立ち上がったところで別の考えが浮かんだ。「いっそのことクォークが4つではなく、6つのモデルを考えればいい」。

そして益川先生が草稿を作り、それを小林先生が英訳し構成を整えて、1973年、学術雑誌の2月号に掲載される形で論文発表となったのである。

・・・しかし19日付の話は、物理学の理論についていろいろ書いてあったけど、読んでも内容がさっぱり分からない「私の履歴書」というのは珍しいんじゃないかと。(汗)

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2009年10月13日 (火)

力石の死とジョーの「死」

12日に福岡・宗像市で行われたプロボクシングスーパーバンタム級10回戦で、サーカイ・ジョッキージム選手(タイ)がTKO負け後に急性硬膜下血腫のため死去した。19歳だった。(スポーツ報知)

「ボクシング試合後の急死」といえば、すぐ思い出されるのが力石徹。名作マンガ「あしたのジョー」の主人公・矢吹丈のライバルだ。フィクションの世界の人物ながら、その死が世間に与えた衝撃は大きく、「葬儀」まで執り行われた事はよく知られている。死因については、作中で「過酷な減量、ジョーが放ったテンプルへの一撃、ダウンの際ロープで後頭部を強打したことによる脳内出血」と説明されているのだが、「死体の巨匠」上野正彦先生の分析によれば、「脳内出血」ではなく、脳外の血腫による死亡である。上野先生の『死体を科学する』(アスキー新書、2008年)からメモ。

力石の死因が脳内出血とは考えがたい。一般に、脳内出血は外傷によっては引き起こされないものであり、この場合の力石の死に方には当てはまらない。
では、力石の死因はなんだったのか。
ここで浮上してくるのが、脳硬膜下血腫という症状である。力石は、脳「内」ではなく、脳「外」の出血で倒れたのではないか。
硬膜下出血の特徴は、外傷を負った後も意識状態は良好なまま、しばらくは活動できる点である。脳自体に傷がついているわけではないから、正常に活動ができるのだ。
ところが、時間が経つにつれ、硬膜と脳の間に血液がたまってくる。この血液が50mlを超えると脳が圧迫されはじめ、足もとがおぼつかなくなり、ちょうど酒に酔ったときのように千鳥足になる。
さらに時間が経過し、血液が150mlを超えると、脳は圧迫の極限に達する。脳は豆腐のような柔軟性のあるものだから、圧迫されれば死に至るのである。

・・・として上野先生は、力石の死は硬膜下出血が主因と推測する。今回起きたタイ人ボクサーの不幸は、この説を裏付けているように思われる。

ついでながら、真っ白に燃え尽きた矢吹丈は生きている、と同じ本で上野先生は書いている。以下にメモ。

人が意識を失った場合、身体のあらゆる筋肉が弛緩する。したがって、ジョーが死んでいるとするならば、この状態で椅子に座っていることができるはずはないのだ。腰は椅子からずり落ち、腕などをロープに引っかけてでもおかないかぎり、リングに倒れ伏してしまうだろう。同じように顔面の筋肉もゆるむので、このように柔和な笑顔を浮かべていることも不可能だ。ジョーは生きて、しかも意識を正常に保っているからこそ、椅子に座り、笑顔を浮かべていることができるのである。

・・・ジョーは生きている。ラストシーンのジョーは、自らの「ボクシング人生」を燃やし尽くして満足している、ということのようです。

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