2009年11月22日 (日)

「CP対称性の破れ」の意義

現在日経新聞に連載中、ノーベル賞物理学者の益川敏英先生の「私の履歴書」。本日付第21回では、「CP対称性の破れ」の重要性が述べられているので引用したい。

その前に、そもそも「CP対称性の破れ」とは何か、ということについて、同連載第11回(11月12日付)から引用。

CPのCとは電荷(チャージ)のことで、C変換は電荷の種類が異なる粒子と反粒子をお互いに入れ替えることを指す。Pとは偶奇性(パリティ)のことで、P変換は物理現象を鏡に映した状態にひっくり返すことをいう。
このC変換とP変換を同時に行ったときに、物理の法則が不変であることを「CP対称である」という。もし不変でなく、何か違いがあれば「CP対称性が破れている」という言い方をする。
物理学者は長く、CP対称性が成り立っていると信じていたが、クローニンらは加速器による実験から、K中間子という素粒子で、わずかながらCP対称性が破れていることを発見した。これは物理学の研究の歴史において衝撃的な事実だった。

・・・何が何だか分からないけど、とにかくそういうことです。(苦笑)
で、続けて本日付第21回から引用。

CPの対称性、つまりC(電荷)やP(偶奇性)を逆転させたもの同士の対称性が成立せず、わずかにアンバランスが生じるという、この「破れ」なるものはどのような意味を持つのだろうか。それは、宇宙の誕生から今に至る時間の流れの中で、私たち人間を含め、この世界に物質が今のような形で存在するに至ったことを説明する、有力な根拠になるということだ。
宇宙の誕生においては、私たちになじみが深い粒子、あるいはそうした粒子からなる物質とともに、反対の性質を持つ反粒子、あるいは反粒子からなる反物質ができたはずである。粒子と反粒子、あるいは物質と反物質が出合えば、そこでエネルギーを放出してお互いに打ち消し合って消滅する。
だから、通常の物質からなる我々の世界ができるためには、通常の粒子や物質の方が、反粒子や反物質よりもたくさんできるような条件が必要となる。CP対称性の破れは、そのすべてではないが、一部を説明できる可能性がある。

・・・宇宙が、物質が、我々が存在するのは「CP対称性の破れ」によってである、のか。だとすれば、何だか凄いとしか言いようがない。(汗)

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2009年11月21日 (土)

「小林・益川理論」の誕生

日経新聞「私の履歴書」、現在の連載はノーベル賞物理学者の益川敏英先生。共同研究者の小林誠先生と、「CP対称性の破れ」に取り組むことになった経緯が、11月19日付の第18回に記されている。益川先生は1970年に京都大学に赴任してほどなく、CP対称性の破れの問題に本格的に取り組む時期が来たと思い始めた。

私と小林誠君の研究は、素粒子のクォークが6種類存在すれば、CP対称性の破れが起こせるということだが、その当時クォークは3種類しか見つかっていなかった。これに対して名大では素粒子の中でも基本をなすものは4つであるとする「4元モデル」が牧二郎教授らによって唱えられていた。69年には、グラショウ、イリオポウロス、マイアニという3人の学者が、弱い相互作用を考えるとクォーク4つのモデルが優れているとする研究を発表する。

そうなると、素粒子のクォークは3種類ではなくて4種類と考えたほうがよいのではないか。そのことを手がかりにCP対称性の破れの性質について予言できるのではないかと思った。

72年の春に京大にやってきた小林先生も、同じ問題を意識していたので、二人は自然に共同でやろうかという話になったそうだ。
そして、論文の誕生については本日付の第20回に記されている。理論を生み出す作業を始めてから約1ヵ月。

運命の日がやってきた。私はその夜に風呂の中で問題を考え続けていた。どう考えても4元モデル(クォークが4種類というモデル)で対称性の破れを説明できるものがない。この仕事を終わらせよう。そう決心して、湯船から立ち上がったところで別の考えが浮かんだ。「いっそのことクォークが4つではなく、6つのモデルを考えればいい」。

そして益川先生が草稿を作り、それを小林先生が英訳し構成を整えて、1973年、学術雑誌の2月号に掲載される形で論文発表となったのである。

・・・しかし19日付の話は、物理学の理論についていろいろ書いてあったけど、読んでも内容がさっぱり分からない「私の履歴書」というのは珍しいんじゃないかと。(汗)

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2009年10月13日 (火)

力石の死とジョーの「死」

12日に福岡・宗像市で行われたプロボクシングスーパーバンタム級10回戦で、サーカイ・ジョッキージム選手(タイ)がTKO負け後に急性硬膜下血腫のため死去した。19歳だった。(スポーツ報知)

「ボクシング試合後の急死」といえば、すぐ思い出されるのが力石徹。名作マンガ「あしたのジョー」の主人公・矢吹丈のライバルだ。フィクションの世界の人物ながら、その死が世間に与えた衝撃は大きく、「葬儀」まで執り行われた事はよく知られている。死因については、作中で「過酷な減量、ジョーが放ったテンプルへの一撃、ダウンの際ロープで後頭部を強打したことによる脳内出血」と説明されているのだが、「死体の巨匠」上野正彦先生の分析によれば、「脳内出血」ではなく、脳外の血腫による死亡である。上野先生の『死体を科学する』(アスキー新書、2008年)からメモ。

力石の死因が脳内出血とは考えがたい。一般に、脳内出血は外傷によっては引き起こされないものであり、この場合の力石の死に方には当てはまらない。
では、力石の死因はなんだったのか。
ここで浮上してくるのが、脳硬膜下血腫という症状である。力石は、脳「内」ではなく、脳「外」の出血で倒れたのではないか。
硬膜下出血の特徴は、外傷を負った後も意識状態は良好なまま、しばらくは活動できる点である。脳自体に傷がついているわけではないから、正常に活動ができるのだ。
ところが、時間が経つにつれ、硬膜と脳の間に血液がたまってくる。この血液が50mlを超えると脳が圧迫されはじめ、足もとがおぼつかなくなり、ちょうど酒に酔ったときのように千鳥足になる。
さらに時間が経過し、血液が150mlを超えると、脳は圧迫の極限に達する。脳は豆腐のような柔軟性のあるものだから、圧迫されれば死に至るのである。

・・・として上野先生は、力石の死は硬膜下出血が主因と推測する。今回起きたタイ人ボクサーの不幸は、この説を裏付けているように思われる。

ついでながら、真っ白に燃え尽きた矢吹丈は生きている、と同じ本で上野先生は書いている。以下にメモ。

人が意識を失った場合、身体のあらゆる筋肉が弛緩する。したがって、ジョーが死んでいるとするならば、この状態で椅子に座っていることができるはずはないのだ。腰は椅子からずり落ち、腕などをロープに引っかけてでもおかないかぎり、リングに倒れ伏してしまうだろう。同じように顔面の筋肉もゆるむので、このように柔和な笑顔を浮かべていることも不可能だ。ジョーは生きて、しかも意識を正常に保っているからこそ、椅子に座り、笑顔を浮かべていることができるのである。

・・・ジョーは生きている。ラストシーンのジョーは、自らの「ボクシング人生」を燃やし尽くして満足している、ということのようです。

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2009年10月 7日 (水)

紅葉のしくみ

葉っぱはなぜ紅葉するのか? 雑誌「山と渓谷」10月号に、紅葉の仕組みについて記事があるのでメモ。

紅葉は、クロロフィル(葉緑素)、カロテノイド、アントシアニンの3色素の量比によって、その色調が変わると考えられている。クロロフィルは緑色、カロテノイドは赤色から黄色、アントシアニンは赤色から青色、紫色となる色素だ。

葉にはもともとクロロフィルとカロテノイドが含まれているが、通常はクロロフィルのほうが多いので緑色に見えている。クロロフィルは葉の細胞内の葉緑体の中にあり、太陽光エネルギーを光合成に必要な生化学エネルギーに変える働きをしている。

ところが、秋になって気温が下がると葉緑体の働き(光合成活性)が弱まる。光合成活性が弱まると太陽光から得る光エネルギーが過剰になり、やがて葉緑体で活性酸素が生じるようになる。この活性酸素が葉緑体の機能をさらに低下させクロロフィルを分解するため、葉は老朽化していく。

老朽化し始めると、葉を落とすために柄の付け根に、離層という細胞層が作られる。すると、枝から葉への水の供給がなくなると同時に、葉から枝への養分の移動も遮断され、葉に糖やアミノ酸が溜まるようになる。こうした状態になると葉の中にアントシアニンが形成され、やがて落葉する。つまり、このアントシアニン色素が葉を赤く染める、というわけだ。代表的な樹木は、カエデ類やウルシ類など。

では、イチョウやポプラなどはなぜ黄色に変化するのだろうか。黄葉になる樹木では、黄色の色素が新たに合成されることはない。気温が下がってクロロフィルが分解されると、それまでクロロフィルの緑色に隠れていたカロテノイド色素がめだってくるために黄色になる。アントシアニンが合成されない理由は一概には言えないが、合成する遺伝子の欠損、他の遺伝子による抑制作用などが考えられている。

・・・紅葉は木の葉の老化現象である。ま、人間も老いてなお鮮やかでありたいものです。(何かベタな締めだな)

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2009年9月10日 (木)

宇宙のはじまり

人類が生まれるための12の偶然』(眞淳平・著、岩波ジュニア新書)の第1章「この宇宙が誕生した不思議」からメモ。

今から約137億年前。より正確にいうと、137億年プラスマイナス2億年の昔。私たちの住むこの宇宙が誕生しました。想像するのがとても難しいところですが、それまでは文字通り何もありませんでした。そこに突然、極微の大きさの宇宙が生まれたのです。

宇宙誕生から10の33乗分の一秒前後に、ビッグバンが起きました。

現在の宇宙物理学では、まず宇宙の誕生があり、その後のインフレーションによる宇宙の転移相(物理的・化学的な条件の変化によって、物質などの形態が変わること)から、ビッグバンが起きたと考えられています。

その後も、宇宙の膨張は続きます。それと並行して、この宇宙のあり方を決定する重要なできごとがありました。「基本の四つの力」と呼ばれる力(「重力」「電磁気力」「強い相互作用」「弱い相互作用」)が生まれたのです。ここでいう「力」とは、物体に加速度を与えるもののことです。

もしも力が存在しなかったり、存在しても力の作用の仕方に一定の法則がなかったりした場合、物質は存在できず、宇宙自体も崩壊していたでしょう。宇宙は無秩序を好まず、誕生後すぐに秩序をつくりだしました。なぜかはわかりませんが、これは驚くべきことなのです。

宇宙を生み出す際には、重力や電磁気力など四つの力の値、中性子や陽子の質量といったさまざまな「自然定数」が重要な役割を果しています。多くの自然定数が現在の数値と少し違っていただけで、今の宇宙は存在しませんでした。そして、今の宇宙が存在するような自然定数が決まる確立は、ほとんどゼロに等しいのです。

現在の自然定数がなぜ決まったのか。この問題は今も多くの物理学者を悩ませています。

・・・およそ140億年前のある時点に宇宙が誕生し、その10の33乗分の一秒後にビッグバンが起きた。気が遠くなるような膨大な時間を遡った果てにある過去の極小の瞬間の出来事の結果、今この世界がこのようにある・・・もはや驚きを通り越して呆然とするほかない。この理論的現実は、これ以上「なぜ」と問う言葉を寄せ付けない感覚がする。

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2008年8月 2日 (土)

世界最大の翼竜展

夏だ。夏は恐竜を見に行く季節だ。(無理矢理)

という訳で、「世界最大の翼竜展」を見に出かけた。(分類学的には翼竜は恐竜ではない、という硬い話は置いといて)

場所はお台場にある日本科学未来館。開館時間の朝10時を少し過ぎた頃に到着したら、入館待ちの人の列が出来ていて、さすがは夏休みという感じだった。

P1020462 会場には様々な翼竜の化石が展示されているが、目玉はもちろん「世界最大の翼竜」ケツァルコアトルスの全身復元骨格。両翼の幅10メートル。くちばしも首も足も長い、翼竜の進化の最終到達点を示す巨大飛行生物だ。

でも、大きいことは大きいんだけど、翼竜なので翼の部分が長くて胴体はコンパクトだから、普通の恐竜骨格に比べると、迫力という点では物足りない感じ。

翼竜の小さいやつは小鳥くらいの大きさ。もし今も生きていたらペットにする人もいるだろうなと、しょうもないことを思った。

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2008年3月 2日 (日)

ウイルスは遺伝子の断片

雑誌「サピオ」(3/12号)が「新型感染症」について特集。ベストセラー『生物と無生物のあいだ』の著者である福岡伸一・青山学院大学教授の書いたレポートからメモ。

細菌などの微生物は言うまでもなく生物だが、ウイルスが何物であるかについては、生物学者のなかでも「生物か、無生物か」で定義が分かれている。

生物とは「自己複製するもの」との定義に立てば、確かにウイルスは生物だと言える。私の考えでは、生物とは絶え間なく分子の入れ替わりやエネルギーの入れ替わりのある「動的な状態」を持つものである。この視点に立てば、栄養を摂取することもなければ、呼吸もなく、一切の代謝を行なわないウイルスは無生物である。

もう一つ、ウイルスが無生物だと言える根拠は、ウイルスは、元をたどると、我々高等生物のDNAの一部が外に飛び出していったものなのである。
生物が細胞分裂する際、DNAも正確に2倍量コピーされて分かれるが、そこでは常に少しずつのDNA断片をつくり、つなげていくという作業が行なわれている。その過程は不安定で、DNAの一部がくるっとまとまって、どこかにひゅるひゅると行ってしまうことは、よくあることだ。その場合、DNAの一部は、体液に紛れ込み、唾液や呼気、尿、糞などとともに排泄されていく。
こうして、さまよえる遺伝子となったウイルスは常に我々の元に戻りたがる。再び生物の体に組み込まれれば、増えることができるからだ。

もちろん、大半の遺伝子断片は戻れないまま壊れていく。しかし、ごくまれに新しい宿主に移って断片が保たれたり、増殖できる状態にたどりつくケースがある。そして、さらにそこを飛び出して、別の宿主の元で増殖する。つまり、複製可能な遺伝子断片をウイルスと見ることができる。

細菌は殺すことができるが、ウイルスは生物ではないので殺すことはできない。ウイルスが我々自身の一部である以上、我々はウイルスとなんとか共存していくしか道はないのである。

・・・それにしても、DNAとは不思議なものよ、とあらためて思う。

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2007年8月11日 (土)

生命科学の目標とは

知られざる日本の恐竜文化』(金子隆一・著、祥伝社新書)から「生命科学の目標」についてメモ。

恐竜学は最後にどのような段階にまで行き着くのだろうか? 恐竜学に、終極的な目標というものはあるのだろうか?

これは要するに、生命というものを対象とするすべての科学の最終目標を問われているのと同じである。それはひじょうに遠大な、今のわれわれにはかぎりなく不可能に近い夢物語としか聞こえないものであろうが、それでも、要約すれば次のようなものになるだろう。

すなわち、すべての生命科学は、究極的には、地球の生命の全歴史を分子レベル、原子レベルで完全に記述し、自由自在に再構成できる段階に達した時、科学として完成したと言えるのである。別な言い方をすれば、われわれはその時、DNAという化学物質とそれをとりまく環境との相互作用を完全に理解したことになる。もし、十分な容量と演算速度のコンピュータさえあれば、われわれは地球最初の自己複製分子と代謝系の誕生から、一億種とも言われる今日の地球生命圏の全構成要素が成立するまでの過程を、完璧にシミュレーションできるようになるだろう。

むろんそのなかでは、既知のすべての恐竜ばかりでなく、いまだ見つかっていないが確実に存在したであろう恐竜までがゲノム・レベルで再構成され、その生態の謎もすみずみまで解明されるはずだ。

それを不可能とする原理的な理由が見当たらない以上、生命科学はいつの日か、必ずこの次元に到達するに違いない。その時、現生、絶滅を問わず、あらゆる生命の探究はひとまず幕を下ろす。

・・・生命科学の探究、その道のりの遥か彼方にある、しかし条件さえ整えば達成可能であると考えられる目標。何かもうただ唸ってしまうばかりである。

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2007年3月 4日 (日)

「コスモス」DVD

先月、映画「不都合な真実」を見た時、アル・ゴアの話の中に故カール・セーガンの名前が出てきたので、おやっと思った。セーガンといえば「コスモス」である。宇宙をテーマにした懐かしい科学番組だ。調べてみるとDVD(7枚組)が出ていた。輸入版ではあるが、日本語初め7ヶ国語の字幕付ということで、さっそく取り寄せてみた。

「コスモス」は全部で13のエピソードから成り、金星をテーマにしたエピソード4に追加された「アップデイト」の中で、セーガンは「温室効果」の深刻さは金星が教えてくれるとして、我々が何をしなければならないかについて語っている。それは、1.化石燃料を有効に使うこと(燃費のいい車の開発)、2.安全なエネルギー源の研究と開発(特に太陽エネルギー)、3.大規模な森林再生、4.地球上の貧しい国の人々を経済的に自立させる(人口増加の歯止めにもなる)。セーガンというと、核戦争後の地球を予測した「核の冬」理論が思い出されるが、地球温暖化についても提言していたのだと再認識した。

「コスモス」は様々な曲がBGMに使われているのだが、自分にはヴァンゲリスの「アルファ」の印象が強い。あらためて見ると、「アルファ」が全面的にフューチャーされている訳ではないのだが、自分は「コスモス」といえば「アルファ」が条件反射的に頭の中に鳴り響く。エピソード8、さらに最後のエピソード13でも、「アルファ」が生命進化の行進曲のように流れるのは、自分にとってはもう実に「コスモス」らしいシーンだ。

日本での放映は1980年秋ということで、正直内容は殆ど覚えていなかったが、それでもケプラーの場面は記憶の片隅に残っていて、あらためて見ても、やはりケプラーの話が印象的だった。最後の科学占星術師にして最初の物理天文学者ケプラー。16世紀のドイツに生まれ、幾何学を神の原理と信じ、コペルニクスの説を証明しようとしたその生涯はとても興味深い。ケプラーの話はエピソード3のテーマだが、最後のエピソード13でも、彼の言葉が引用されている。「鳥がさえずるのに理由はいらない。そのために生まれてきたのだから。それと同じように宇宙の神秘に悩む必要もない。宇宙の様々な現象はあまりに偉大で、人間の理解を超えるものなのだから」

宇宙と人間の係わりを軸に歴史、文明、進化、脳など幅広い分野を取り上げた「コスモス」。人間が宇宙についての認識を深めれば、自ずから人類のなすべきことは定まってくる、というセーガンの信念がひしひしと伝わってくる作品だ。

こちらのHPでいろいろ教わりました。やっぱ当時の吹替版が欲しいかな)

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2006年12月16日 (土)

トリケラトプス!

P1010679_1 トリケラトプスの組み立て式骨格モデルが本屋さんにあったので買っちゃった。

学研から新たに出された「恐竜骨格モデルシリーズ」、その第1弾に選ばれたのはトリケラトプス。35分の1スケール、全長約25cmの骨格モデルと解説書的なムックのセットで2,480円也。

トリケラトプスは草食だけど、その角で肉食恐竜も倒せる位強い、強いぞ、強いのだ。

新種の恐竜発見が続く中でも、ティラノサウルス、ブロントサウルス(アパトサウルス)、ステゴサウルス、そしてトリケラトプスの人気は、今後もおそらく不動の上位だろう。

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