2019年9月25日 (水)

「真鍋塾」出身者、恐竜学をリード

本日付日経新聞社会面記事「恐竜リバイバル②」からメモする。

世界的な研究者を輩出する日本の恐竜学が、盛り上がりをみせている。けん引役は「国産」恐竜学者の第1世代と呼ばれる若者たちだ。

3本の角を持つ「トリケラトプス」は歩き方がわからず、論争の的だった。トカゲのように「肘」を横に張り出すのか、ネコのように脚を下に伸ばすのか。謎を解いたのが名古屋大学博物館講師の藤原慎一(39)だ。パソコンで筋肉や骨の動き方を分析し、恐竜の体のしくみに迫る。トリケラトプスの「肘」の関節の筋肉がつく場所を再現すると、ネコやイヌのように脚を伸ばす筋肉が強かった。「肘を伸ばし、腹や腰の位置を高く保って歩いたことが分かった」。

藤原の弟弟子が、岡山理科大学講師の林昭次(38)だ。化石を切り刻む手法で、恐竜の暮らしや成長の過程に迫る。林は大型の草食恐竜「ステゴサウルス」の背中に生えた骨の板の謎を解いた。「肉食恐竜から身を守る防具だった」との説もあったが、決め手を欠いた。約20体の化石を切断して調べたところ、血管の穴が開いたもろい構造だった。「血液の熱を逃がす放熱板だった」。09年から成果を発表し、論争は決着した。

藤原らを排出したのが、国立科学博物館標本資料センターコレクションディレクターの真鍋真(59)が1990年代後半から開いた通称「真鍋塾」だ。閉館日に化石の測り方などを教えた。当時は大学に指導者がおらず「恐竜学の基礎を学べる場所が少なかった」(真鍋)。藤原もトリケラトプスの研究のヒントを真鍋からもらった。

・・・真鍋真先生は、あの未来的なイラストレーター真鍋博の息子さん。であることは去年読んだ『大人のための恐竜教室』(真鍋真と山田五郎の共著、ウェッジ発行)で知った。親子2代、異なる分野で才能が花開いているのを見ると、感嘆するばかりなのです。

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2019年7月14日 (日)

動物園は「絶滅危惧種」だらけ

先日、「絶滅動物研究所」展(名古屋市科学館)を見た。マンモス、ドードー鳥、リョコウバト、トキ、ニホンオオカミ、ニホンカワウソなど絶滅してしまった動物の復元模型や剥製、骨格標本などの展示が中心。これら絶滅動物の多くは乱獲(虐殺か)や開発など人間の振る舞いが絶滅の理由と考えられていて、それだけでも居たたまれない感があるわけだが、より深刻に思われたのは、今やゴリラやライオン、ゾウやサイなど、特に珍しくもない感じの動物も絶滅の可能性が結構あるという事実だった。

国際自然保護連合(IUCN)による「絶滅危惧種」の区分は以下の3種類。
CR(Critically Endangered、絶滅寸前)
ある生物種の個体数が極めて減少している場合、または今後個体数が激減すると推測される場合の分類
EN(Endangered、危機)
CRほどではないものの、近い将来野生下で絶滅する危険性の高い動物
VU(Vulnerable、危急)
「傷つきやすい」種であり、中期的にみて野生下で絶滅する危険性がある種

東山動植物園の人気動物ベスト10は、すべて絶滅危惧種だという。以下に人気第1位のニシゴリラから第10位のホッキョクグマまで、絶滅危惧種の区分を示す。

ニシゴリラ(CR)、コアラ(VU)、アジアゾウ(EN)、アミメキリン(EN)、ライオン(VU)、スマトラトラ(CR)、フンボルトペンギン(VU)、フクロテナガザル(EN)、ユキヒョウ(EN)、ホッキョクグマ(VU)

地球上の動物たちが滅んでいくという話は、自分も子供の頃から聞かされてるわけだが、その流れに歯止めがかかっていない印象。あらゆる動物が動物園でしか見られなくなるというのも、あながち想像で終わる話とはいえない感じがしてくる。

とにかく今後も、動物たちを保護し繁殖させる地道な努力が継続されるだろう。ていうか人間の数を減らした方がいいのかもと、つい思ってしまうけどね。

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2018年3月18日 (日)

ブロントサウルス、「復活」困難か

昔からの恐竜ファンには馴染み深い「ブロントサウルス」。しかし、先に発見された「アパトサウルス」と同種であるという認識が次第に浸透して、今では「ブロントサウルス」の名前は使われなくなってしまった。ということは自分も承知していた。でも、最近この2種は別種だという説が登場した。ということを自分は去年の夏頃に知って、ブロントサウルス「復活」を期待していた・・・わけだが、『大人の恐竜図鑑』(北村雄一・著、ちくま新書)の解説によると、どうもそれも難しいらしい。同書から以下にメモする。

2015年になってブロントサウルスはアパトサウルスと違う!という論文が出た。これが正しいのならブロントサウルスの名は有効となり、復活する。

自分がこの論文を読んでみた限り、ブロントサウルスが有効という根拠はどうにも弱い。論文によればブロントサウルスが有効である根拠は、胴体を支える背骨にある。その突起の先端がそり返っていること。この違いに基づけば、たしかにブロントサウルスはアパトサウルスとは違う。ブロントサウルスは有効となり、名前も復活する。

だが生物の特徴はしばしば相矛盾した結論を指し示す。例えば論文が併記するように、これに反する証拠があるのだ。彼らの胴体を支える背骨には、骨を強化する板のような構造がある。この特徴に基づいて考えれば、ブロントサウルスはやはりアパトサウルスとなってしまうのだ。

私が思うに、取りあえず現状維持で良いのではないだろうか。つまりブロントサウルスはアパトサウルスのままで良い。少なくとも証拠がもっと増えない限り、二つを区別する必要はないだろう。

・・・という、至極冷静な結論となっているが、個人的には少々落胆するなあ。ブロントサウルス、何とか復活してほしいんだけどなあ。

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2017年8月12日 (土)

ブロントサウルス、「復活」期待

ブロントサウルスといえば、かつては首の長い恐竜の代名詞的存在だったけど、実は先に発見されたアパトサウルスと同じ種類だったということで、その名前も今では正式には使われなくなってしまった。はずだったのだが、最近新たな動きが出てきたらしい。『ここまでわかった![図解]恐竜の謎』(三笠書房・知的生きかた文庫)から以下にメモ。

アメリカの古生物学者オスニエル・C・マーシュは1877年に数個の化石を見つけただけでアパトサウルスと命名。その2年後には、新しく発見した別の化石に新種としてブロントサウルスと名づけた。

ところが、1903年にアメリカのフィールド自然史博物館が調査を行ない、両者は同一種であるとする結果を発表した。ブロントサウルスはアパトサウルスの若い個体にすぎないという判断であり、学術界のルールにより先につけられたアパトサウルスの学名が生かされることとなったのだ。

しかし博物館の調査結果は一般にはあまり注目もされず、ブロントサウルスは子どもや恐竜ファンの間では高い知名度を誇るままだった。1970年代になり、別の専門家が両者の頭骨の酷似を改めて指摘、ブロントサウルスも本来はアパトサウルスであるとして、ようやく広まりだし、恐竜図鑑などからブロントサウルスの姿が消えていったのである。

しかしさらなるどんでん返しが。2015年、ポルトガルのヌエバ・デ・リスボン大学の古生物学者オクタビオ・マテウス氏らの研究チームが、両者は別種であるだけでなく、異なる属に分類されるほど似て非なるものだと発表したのだ。

ブロントサウルスは完全復活を果たすのか、現在も研究が続いている。

・・・今では発見された恐竜の種類も驚くほど多くなってるけど、それでもやっぱり自分のような昔の「恐竜図鑑」世代には、ブロントサウルス、ステゴサウルス、ティラノサウルス、トリケラトプスがいわば恐竜「四天王」であるわけで、ブロントサウルスには是非「復活」してほしいと思ってる。

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2016年4月20日 (水)

ブラキオサウルスを見よ

先週末、福井県立恐竜博物館に行った。最近、ブラキオサウルスの全身骨格が新たに展示されたという話を見つけたからだ。

もう30年以上も前、1984年の夏、東京・新宿駅南口に近い特設会場でフンボルト大学のブラキオサウルスの全身骨格化石が展示されたことがあった。実際に会場に足を運んで、その大きさに圧倒された覚えがある。今では大きさだけならブラキオサウルスを超える恐竜はいくつも発見されているだろう。しかしその特徴的な姿、前足の長い四つ足、さらに長い首を突き上げるように伸ばしたその高さに勝る恐竜を知らない。

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上の写真は、左手前ティラノサウルス、右奥ブラキオサウルスのツーショット。下の写真は、その2体を上のフロアから遠望したところ。こうして見るとブラキオサウルスの大きさが歴然とする。高さは11メートルを超えるとのこと。

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恐竜博物館に行ったのは本当に久しぶり。11年ぶりになる。当時自分は名古屋在住。記録によると「青春18きっぷ」で在来線を乗り継いでいったらしい。当時40歳代半ばだけど、今から思うと「若かった」と思ってしまう。(苦笑)

恐竜博物館は大体以前来た時のイメージのままだった。しかし、えちぜん鉄道が高架線路になっていたのにはびっくりした。福井駅はホームまで長い階段を上るのである(エレベーターもある)。勝山駅にはレトロ風のカフェもできてたし。どちらも最近出現したらしい。いや~久しぶりに行く場所には発見がある。結構変わるもんなんだなあ。

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2015年2月 6日 (金)

石油はまだまだ出る。らしい。

昔、そのうち石油はなくなるぞ、とか言われてた覚えがある。でも今も相変わらず石油は出ているなあ、とか思いつつ本日付日経新聞「ニュースな科学」の記事(「石油いずれ枯渇」どうなった)からメモする。

石油や天然ガスを「化石燃料」と呼ぶのは、大昔の動物や植物、プランクトンの死骸が地中深くの地層で分解され、圧力と高い温度の下で長い時間をかけてできたものと考えられているから。なかでも油田から得られるどろどろした液状のものが原油、気体の状態で存在するのが天然ガスだ。

石油のもとになる生物の死骸がとりこまれる「根源岩」、炭化水素が濃く集まった「貯留岩」、炭素水素が地表へ抜け出るのを防ぐ「帽岩」の3つの岩石がそろった場所を「炭化水素のトラップ」といい、化石燃料が存在するための条件とされている。

1990年代までは主に貯留岩にターゲットを絞り、石油や天然ガスを取り出してきた。今世紀に入ると、根源岩など従来は技術や経済的な問題で開発できなかったところを掘ることができるようになった。米国でのシェール革命もその一つ。

中南米など今まで手をつけなかった地域、海底など未開拓な場所も開発するようになった。国際エネレギー機関(IEA)によると、未開拓な場所に眠る石油の埋蔵量は現在確認されている量の推計4.7倍。技術革新が進めば需要を上回る供給量の確保はそう難しいわけでもなさそうだ。

・・・石油の可採年数(今の生産量で何年もつか)は50年。昔、「なくなる」って言ってた頃は30年だから、伸ばしてきているわけだ。開発技術の進歩も大したものだと思うが、あらためて地球資源の底知れぬ豊かさを感じる。地球って凄い。

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2013年7月27日 (土)

ティラノサウルス像の「進化」

世間が夏休みの時期に入ると、「恐竜」の文字を目にすることが多くなる。ニッポンの夏は恐竜の夏。ということで、雑誌「ニュートン」9月号のティラノサウルス関連記事からメモします。

1902年、アメリカ自然史博物館のバーナム・ブラウンは、アメリカ、モンタナ州で大型恐竜の化石を発見した。その化石は、その後、古生物学者ヘンリー・オズボーンによって「ティラノサウルス・レックス(Tyrannosaurus rex)」と命名された。ティラノサウルスは「暴君トカゲ」、レックスは「王」の意味である。

名づけ親である古生物学者ヘンリー・オズボーンが発表したティラノサウルスの復元図は、体が垂直に近く、尾をひきずっており、ゴジラのような姿でえがかれていた。当時は、ほとんどの恐竜がそのような姿だと考えられていたのだ。

その後、足跡の化石のまわりに尾をひきずったあとが残されていないことなどから、尾をひきずる姿勢がまちがいだとわかった。今では、尾が体に水平な姿で復元されている。

恐竜は骨盤の形から大きく「鳥盤類」と「竜盤類」に分類される。代表的な鳥盤類はトリケラトプスやステゴサウルスなど、竜盤類はブラキオサウルスなどだ。ティラノサウルスは竜盤類で、なかでも「獣脚類」とよばれるグループである。

現在、鳥類は小型の獣脚類から進化したと考えられている。ティラノサウルスは現生の爬虫類より鳥類に近いのだ。

2012年4月、大型のティラノサウルス類に羽毛が生えていたことがはじめて明らかになった。新しく中国で発見された、体長9メートルのティラノサウルス類「ユティラヌス・フアリ」は、全身に羽毛がはえていたのだ。それまで、ティラノサウルスの仲間では小型の種でしか羽毛が見つかっていなかった。大型種での発見により、ティラノサウルスの仲間の多くに羽毛が生えていた可能性が高まったといえる。ただし、寒い地域にすむ仲間だけが、保温のために羽毛を持っていたのではないかとする説もあり、ティラノサウルス類すべてに羽毛が生えていたわけではないと主張する研究者もいる。

・・・ティラノサウルス・レックスの復元像の変遷を辿ると、科学的知見というものはどんどん更新されていくのだなあという感慨を持つ。今では、羽毛のあるティラノサウルス・レックスの復元図も出てきて、それが真実という可能性はあるにしても、見た目だけで言えば肉食恐竜の猛々しさや荒々しさが薄まるものだから、何だかビミョー。

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2012年3月27日 (火)

宇宙物理学という「存在論」

今週の「週刊東洋経済」(3/31号)に、『ざっくりわかる宇宙論』の著者・竹内薫のインタビュー記事が掲載されているので、以下にメモ。

(なぜ数学が自然現象を記述できるのか、)その解明は永遠の課題だ。偶然と言う人もいるし、一方、宇宙が数式の言葉で書いてあると考える人もいる。後者はキリスト教的な考え方だ。神が宇宙を作ったという発想が欧米にはある。人間がどう生きるべきかは聖書に書いてある。自然がどうなっているかについては、自然に書かれている。つまり宇宙そのものに書かれている。その言語は数式だという考え方だ。今でも欧米の科学者半数近くの人たちが何らかの形の神の概念を持って、神の考えを知るために自然現象を研究するという発想がある。そういう意味では、数学は神の言葉なのだろう。

数学は単なる道具にすぎないと考える人は、実在論に対して実証論というまったく別の考え方になる。アインシュタインは典型的な実在論。実証論の人は近年ならスティーブン・ホーキングだ。単に数式に数値を入れて、予測をはじく。それと観測結果が同じならばいいと。実在論はそうではない。数式に込められている具体的な実在を考える。数学という言語で宇宙について語ろうとする。

(超ひも理論の登場など)SF作家の想像力を超えたところまで現代物理学は行っている。

・・・なぜ数学が普遍性を持つのかは、デカルト以来の難題でもある。そして現代でも、キリスト教的背景を持つ欧米の科学者の多くは、神の創造の秘密を知るために宇宙の神秘を探究しているとすれば、科学者の基本的姿勢は近代科学の起こった400年前と殆ど変わらない、ってことになる。実在を意識しながら数式で宇宙の成り立ちを解明しようとする宇宙物理学は、現代における存在論という感じだ。

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2011年7月17日 (日)

ケプラーの宗教的情熱

惑星運行の法則を発見したケプラー(1571-1630)。その発見は後に、ニュートンの「万有引力」着想にもつながった。当時のヨーロッパは、宗教改革運動の進展に伴う混乱の最中にあり、ケプラーの晩年には、ヨーロッパ中を巻き込む大規模な宗教戦争である三十年戦争が勃発した。庇護者の死去により職を失い、母が「魔女狩り」にあうなど、公私ともに困難な状況の中で、天文学の研究を続ける意志を支えたのは、実は宗教的な情熱だった。『天才たちの科学史』(杉晴夫・著、平凡社新書)からメモしてみる。

これらの法則は惑星の運動を支配するばかりでなく、宇宙のすべての天体の運動を支配している。ケプラーは数学の力で、広大な宇宙を支配する法則を発見したのである。何という壮大な成功であろうか。

彼の驚嘆すべき情熱は天文学者、自然哲学者として、万能の神のご意志を天体の運行を通して知ろうとする願望によるものであった。

ケプラーは自然哲学者として、天体の運行を支配する法則を知ることにより、万能の神が大自然を創造されたご意志の一端を垣間見ることができたことに、著書のなかで手放しで感激している。

・・・ケプラーといえば、僕が思い出すのは昔の科学番組「コスモス」。ケプラーの生涯が再現映像で紹介されていて、最近DVDで見直した時も、この長編ドキュメンタリーの中で1、2位を争うくらい、印象的な場面だとあらためて感じた。そこでもやはり、神の創造した世界を探究するという意識が、ケプラーを突き動かしていたことが語られていた。

大ざっぱに言えば、キリスト教から科学と資本主義が生まれた。ケプラーは前者の、マックス・ウェーバーは後者のシンボル的な人物(または学説)だと思う。

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2011年6月 1日 (水)

日本の科学技術の強みとは

本日付日経新聞「経済教室」(異分野融合の強み生かせ)執筆者は、田中耕一・島津製作所田中最先端研究所所長。「ノーベルサラリーマン」田中さんの語る、日本の科学技術、ものづくりの強みについてメモ。

津波や地震のメカニズムはもちろんのこと、自然にはわからないことが数多くある。宇宙や地球の内部は当然、人間の内部ですら科学はその一部しか解き明かしていない。

にもかかわらず、我々にはもう学ぶべきことはないという過信や傲慢さがあったのではないか。

福島第1原発事故の背景には、技術への過信があったと思える。そもそも「絶対安全」な技術はあり得ない。

原発事故の拡大を防げなかった一因に、科学の異分野間コミュニケーション不足が挙げられる。歴史学者は約千年前に大津波があったことがわかっていた。異分野間の対話が十分であれば、少なくとも対策を考えていただろう。

今回の震災や原発事故を、科学技術が前に進むきっかけにすることが重要だ。そのときに強みになるのが異分野融合である。それはものづくりの現場で顕著である。
ものづくりの現場には、アイデアを出し合うという文化がある。様々な分野の人間が知恵を持ち寄ることで、新たな発想が生まれる。異分野の人々のチームワークから独創性が生まれるのである。(ノーベル化学賞を受賞したイオン化法は、電気の発想を化学に持ち込んだ成果である)

自然には未知の領域が限りなくある。化学は化学だけ、物理は物理だけというように各学術分野が研究するだけでは、未知の領域を解明しきれない。
裏返していうと、ものづくりの現場で異業種融合が進んでいる日本には強みがある。

今後、日本の科学技術にとって重要なのは、失敗を恐れないことだと考える。失敗しても挑戦し続けることが大切だ。

・・・いかにも「現場の人」らしい提言かと。

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