2022年8月14日 (日)

アメリカ・サブカルチャーの歴史

最近、NHKBS番組『世界サブカルチャー史 欲望の系譜』アメリカ篇の1950年代から2010年代まで通して観た。70年代から90年代までの部分が本になって出ていた(祥伝社発行)ので、以下に90年代について語られる部分からメモする。

90年代のアメリカを表現する用語のほとんどには「ポスト」という接頭辞が使われていました。ポスト・産業(工業)社会、ポスト・フェミニズムの男女関係、ポスト・モダンの文化・・・すべてのことがポスト、ポスト、ポストだったわけです。ただし、それが何かの「あと」であることは分かっても、それが何であるのかを人々が分かっていたわけではありませんでした。(ブルース・シュルマン、歴史家)

90年代というのはまったく新しいものが生まれた最後の時代だったように思います。音楽も映画も文学も、すべてのカルチャーにおいて、世代を通して影響を与えうる大きなスケールと芸術性が同居するような作品は、どんどん少なくなってきているのが現実です。もはや、マイケル・ジャクソンは現れそうにない。90年代とは、みんなが同じものを見ていたと回顧できる最後の時代なのかもしれません。(カート・アンダーセン、作家)

・・・番組シリーズを通覧して了解したのは60年代末以降、カウンターカルチャーとして発展したサブカルチャー(番組では主に映画と音楽)は、やがてその熱気や勢いやエネルギーを失い、「産業化」「商品化」していくプロセスを辿ったということだ。おそらく、カウンターカルチャーとしてのサブカルチャーが終わりを迎え、多くの人々に影響を与えるようなパワーのある作品も出てこなくなったのが90年代、ということになるのではないか。

シュルマン教授は、1970年代のアメリカは多くの歴史学者から「空白」の時代と評価されているが、実はアメリカと世界が今日に至る種がまかれた、非常に重要な時期であると考えている。またサブカルチャーの観点から見れば、68年から84年までが「70年代」である、とも語っている。自分と同じ1959年生まれの教授の話は、どれもこれも腑に落ちる。

番組で紹介された70年代の映画、ゴッドファーザー、ジョーズ、未知との遭遇、ロッキー、ディアハンター、サタデーナイトフィーバー、クレイマークレイマー、タクシードライバー、地獄の黙示録、スターウォーズ等々は、いずれも時代を代表する作品と言えるし、娯楽作品といえども骨太な印象がある。今にして思えば、映画がとにかくパワフルだった時代に、自分は多感な(笑)ティーンエイジャーとして生きていたということだ。密かに感謝しよう。

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2021年10月16日 (土)

「ルパン三世」アニメ開始50周年

昨夜、「ルパン三世」アニメ化50周年企画として、シリーズ第1作などテレビアニメ4本が放映されていた。

自分所有のDVDによると、第1作「ルパンは燃えているか」の放映日は1971年10月24日。そうですか50年前ですか。もはや大昔と言えるが、それだけの時間が経った実感があんまりない。(苦笑)

自分は当時12歳。「ルパン」には何の予備知識もなく、「ギャグマンガかな」と思いつつ見たら、全然違ってた。しかも峰不二子!何か小学6年生男子の下半身がムズムズした覚えがある。(苦笑)
確か放送時間は日曜夜7時半。当時は、家族でテレビを見る時間だった。いやもう困惑なのである。(苦笑)

ルパン50周年か・・・当時の視聴者の生き残りとしては、60周年はまあなんとか迎えたいが、70周年は少し怪しいかもな、などと思ったりする。(苦笑)

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2021年7月31日 (土)

ウルトラマン俳優の「役者魂」

ウルトラマン不滅の10大決戦』(集英社新書)は、マンガ家のやくみつるとライターの佐々木徹が、ウルトラマンを演じていたスーツアクター古谷敏を迎えて、ウルトラマンと怪獣の名勝負、というか格闘そのものにフォーカスしつつ語り合うという企画。格闘として見どころが多いという観点から、やくの選出した「10大決戦」は、レッドキングもバルタン星人も登場しないという、ちょっと異色のランキング。しかしこの評価を補強するかのように、古谷さんからも、ダダやケロニアという「人型怪獣」との格闘は、自分も動きやすかったし自分の出す技も見映えがしたとの感想が。特にケロニア役者さんは、受け身が素晴らしく上手だったという話も(笑)。そして深い感銘を受けるのは、対話の中から見えてくる、ウルトラマンという「役」に向き合う古谷さんの真摯な姿勢。以下に古谷さんの発言からメモする。

僕なりに顔が出なくても、ウルトラマンのスーツの中で役者魂らしきものをたぎらせていたのは本当です。全39回の戦いにおいて、怪獣が現れた、ウルトラマンが派手に登場し、パンチやキックを見舞い、最後はスペシウム光線を決め、一件落着、空に飛び立つ――と形式的に考え取り組んだことは一度もありませんでした。

戦いひとつひとつに、なぜ怪獣は現れたのか、この怪獣は単に人類を苦しめるためだけに地上に現れたのか、他に目的があるのか、だとしたら、攻撃を受け止める自分(ウルトラマン)はどのように戦えばいいのか。

他にも、強い怪獣に対し、自分はなにを信じ、なにを願いながら戦うべきなのか。また、スペシウム光線で怪獣を倒すことが本当の終焉、地球の救いとなるのだろうか――たった3分弱の戦いでしかありませんでしたけど、その3分弱に、僕は演じる者のプライドや心意気といったものを奮い立たせ、本編の脚本を踏まえた上で、もうひとつの自分だけのストーリーを作り上げてから、怪獣との戦いに臨んでいたんです。

・・・小生は、やく氏と同じ1959年生まれ。ウルトラマン放映時の自分は小学一年生、たぶん初代ウルトラマンの記憶を持つ最も若いというか幼かった世代だと思う。もう50年以上も前になるわけだが、成田亨デザインの怪獣たちにコーフンしていた記憶は鮮明である。本当にあの頃の子供番組は、大人たちが多大な情熱とアイデアを注いで作り上げてくれていたのだと、あらためて思う。感謝、感謝、感謝のほかありません。ニッポンの子供で本当に良かった。

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2021年6月 9日 (水)

サスケ、お前を斬る!

現在NHKEテレの番組『趣味どきっ!』では、昨秋放送の「本の道しるべ」シリーズ全8回を再放送中。出演している文化人は知らない人ばかり(タレントの渡辺満里奈だけ知ってる 苦笑)なのだが、本と本屋さんをテーマにした番組ということで、先日とりあえず第2回(歌人の穂村弘が出演)を流し見していた・・・ら、穂村さんが突如TVアニメ「サスケ」冒頭ナレーションの部分を朗読したのに意表を突かれた。TVアニメの中にも「詩」がある、その事例として読み上げられたのは以下のナレーション。

光あるところに影がある。まこと栄光の影に数知れぬ忍者の姿があった。命をかけて歴史を作った影の男たち。だが人よ、名を問うなかれ。闇に生まれ、闇に消える。それが忍者の定めなのだ。――サスケ、お前を斬る!

何で?と思って穂村さんは何年生まれか見ると1962年。若く見えるけど自分の3つ下、概ね同年代。自分もなぜか「サスケ」が好きで、白土三平の原作コミックスは全15巻持ってたし、TVアニメ(昭和43年~44年放送、もう50年も前なのか)も毎週欠かさず見ていた。今も記憶に残る、哀愁感漂うBGMをバックに流れる名調子の語り。それを全く予期せぬ形で耳にしたものだから、滅茶滅茶意外感があった。正直自分は、短歌というジャンルには全く関心がないので、穂村さんのことも全く知らなかったけど、これで一方的に親近感がわいてしまった。

実は最近、たまたま思い立って、サスケの原作とTVアニメ両方の全巻を見直したところだった。昔、原作を読んだ時は、物語の後半3分の1は、子供心にも随分と暗い印象を受けたものだった。理由や都合は分からないが、TVアニメも原作の途中で終了し、物語の最後まではアニメ化されていない。原作は後半になると、サスケが敵と戦うよりも、人間同士の争いに巻き込まれるようになり、主人公としての印象もボヤける感がある。ので、少年忍者サスケの成長物語としては、TVアニメは程よいところで「完結」したと思う。

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2021年6月 7日 (月)

バルンガ!

最近、月曜日の深夜にNHKBSプレミアムで「ウルトラQ」(4K版)が放送されている。今夜は「バルンガ」だ。

バルンガ、知っている人は知っている「風船怪獣」。地球上のエネルギーを吸い上げて巨大化していく。人間を攻撃するでもなく街を破壊するでもなく、ただただ巨大化していくのだ。バルンガの「発見者」である奈良丸博士は、劇中で「バルンガは怪物ではない。文明の天敵というべきだ」と語る。

ラストシーン、知っている人は知っている。バルンガは太陽に向かっていく。「バルンガは太陽と一体になるのだよ。太陽がバルンガを食うか。バルンガが太陽を食うか」(奈良丸博士)

ラストの石坂浩二のナレーション、知っている人は知っている。「明日の朝、晴れていたらまず空を見上げてください。そこに輝いているのは太陽ではなくバルンガなのかもしれません」・・・ああ、何てぞくぞくする終わり方。

ウルトラQで好きな話は、バルンガ、ゴーガ、トドラの話。ゴーガとトドラの放送はもう少し先になるので、忘れないようにしよう。(もちろん怪獣造形的には、ぺギラやガラモンが普通に好きですけどね)

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2021年2月23日 (火)

明智光秀謀反の謎

今日の午後は、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」総集編を流し見していた。

明智光秀はなぜ謀反を起こしたのか。ドラマでは、織田信長と二人三脚で「大きな国」を作るため奮闘してきた光秀が、信長が横暴極まりない支配者になりつつあることに失望して、最終的に信長を無きものにすることを決意して本能寺の変を起こす――という描かれ方だった。
このストーリーは、ドラマの時代考証を担当する小和田哲男先生の「非道阻止説」に近いが、それほど説得的とはいえない。本当に信長が暴走気味の「非道」な振る舞いをしていたのならば、変の後、みなこぞって光秀に味方しただろう。

また、帰蝶の語る、斎藤道三と明智光秀が織田信長を作った、ならば作った者が始末をする、というセリフからは、イエズス会黒幕説の組み立て方に類似した印象も受ける。これは、当初信長を支援していたイエズス会が、コントロールできなくなった信長を光秀を使って滅ぼしたというトンデモ説ではあるが。
まあ何の説を取るにせよ、ドラマで光秀の謀反の理由を説得的に描くのは、そもそも難しいとは思う。ドラマを分かりやすくするためには謀反の動機を多かれ少なかれ単純化しなければならない。でもそうすると、謀反という一大事を決意する理由としては、いまひとつ弱いなあと感じてしまう。
まあそれもこれも、光秀本人の語った謀反の理由が残ってないから、どうしようもないけど。変の直後に人にあてた手紙の中では、「娘婿を取り立てるためにやった」とか「信長父子の非道は天下のためにならない」とか書いてるわけだが、それも人を味方に付けるために言ってるのだから、とても本音とは思えない。
結局根拠となる史料が乏しい中では、野望説も怨恨説も推測や憶測に近くなるし、様々な黒幕説も検証が一巡。最近は新史料発見から四国攻めとの関連が改めて注目されているが、それも決定的とはいえない状況。

思い出せば昔のこと、漫画日本の歴史(カゴ直利の画)で光秀の最期を見て、子供心に暗い驚きを覚えた。やがて、本能寺の変の原因が分からないと死んでも死にきれないと思うようになった。しかし年月が経ってみると、やっぱり分からない、分からないまま死ぬなあという感じになってきた。最近では、織田権力内部の動きに関連付けた説明にリアリティを感じてはいるけど、まあ状況証拠の積み重ねと合理的な推測により、謀反の動機を朧気ながら掴むというところで満足しなきゃならんかな、という感じである。

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2021年2月13日 (土)

明智十兵衛光秀の最期?

NHK大河ドラマ「麒麟がくる」最終回(再放送)を見た。7日の日曜日の放送は夜5時45分からのBSを見て、8時からの地上波も途中から見たので、さらに今日の再放送も見たから、これでラストシーンは3回見たことになる。
おそらく、明智光秀が主人公のドラマのラストとしては、これでいいのだなと納得する終わり方だった。
見る前の予想としては、主人公なんだし、史実通りの悲惨な最期を描くことはしないだろう、おそらく語りだけで光秀の死を告げる、いわゆる「ナレ死」で結ぶだろうなと思っていた。
実際、ドラマの最後近くで「光秀は敗れた」とナレーションが入り、やっぱりそうきたか(でも「死んだ」じゃないけど)と思っていたら、直後に「3年後」のエピソードが続いたのは予想外の展開。
そして最後の最後に、光秀らしき人物が馬に乗り大地を駆けていくシーンで「完」。
果たしてこの「光秀」は幻なのか、それとも・・・。
既にネット上では、光秀生存説、さらに天海僧正となり徳川を助ける未来を暗示、等々いろいろ言われてはいる。
まあ自分は単純に、光秀の魂は死してなお地上にとどまり、平和な世の到来を見届けようとしている、くらいに思ってますけどね。

でも最後の駒ちゃんの涙はよかった。何だかしらんが泣けた。架空人物の活躍についてはネット上でもあれこれ言われてはいたが、駒ちゃんはこのラストのためにいたと言ってもいいくらいだ。天下の謀反人が死んだ後に悲しむ人が誰もいないのでは、ドラマの終わりとしても余りにも寂しい。

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2020年12月20日 (日)

関ヶ原の西軍、幻の決戦計画

昨日19日夜のNHKBSプレミアム「決戦!関ヶ原」は、最近見直しの動きが盛んな関ヶ原合戦について、いろいろ考えるネタを提供してくれる番組だった。副題に「空からのスクープ 幻の巨大山城」とあるように、航空レーザー測量という方法を使い、樹木を取り払った姿で地形そのものを写し取る「赤色立体地図」により、関ヶ原周辺にある山城の全体像を把握。その結果、西軍の幻の決戦計画が見えてきた、というのが番組内容の骨子。専門家は小和田哲男先生、千田嘉博先生、外岡慎一郎先生がスタジオ出演。

「幻の巨大山城」の名は玉城といい、関ヶ原の西に位置している。今回その全貌がCG再現されると共に、西軍総大将である毛利輝元、さらには天下人である豊臣秀頼を迎え入れるための城だったのではないか、という見方が千田先生から示されていた。

(この玉城は、自分が最近目にした出版物では『歴史REAL 関ヶ原』(洋泉社MOOK、2017年)の中で、「玉の城山」という名称で紹介されている。同誌には城の縄張り図も掲載されており、大津城攻めや丹後田辺城攻めの軍勢の合流など、西軍大集結を想定した陣城とされている)

番組では、決戦当日の西軍の布陣についても、西から順に、玉城に石田三成が入り、松尾山の麓で大谷吉継が小早川秀秋の裏切りに備え、さらに南宮山の毛利勢が関ヶ原入り口で東軍を牽制する配置を提示。しかし毛利が敵の大軍との衝突を回避したため、東軍はやすやすと中山道を西に進み、決戦当日の朝、まず最前線にいた大谷を攻め、間もなく小早川も裏切り、その後西軍は壊滅したという。

・・・のだが、もし玉城に西軍主力(石田、小西、宇喜多、島津)が入っていたとしたら、戦いが半日で終わることはなかっただろう。三成は三河尾張国境、岐阜、大垣と、いくつかの防衛ラインを想定して戦略を立てていたという。だから決戦前日に大垣城から関ヶ原方面へ移動したのも、あらかじめ防衛拠点として築いていた玉城を目指していたと考えてもおかしくはない。でも戦いが短時間で終わったことから見ると、結局のところ玉城に達する手前の山中地区で、東軍の急襲を受けて西軍は崩壊したというのが、番組を見終わった後の自分のとりあえずのイメージ。つまり玉城は築かれたものの使われなかった城、だから文献にも出てこない「幻の城」になってしまった。という「残念な城」、かな。

番組では、白峰旬先生もビデオ出演して、史料から西軍は山中地区にある玉城に上ったと解釈できるとコメントしていた。でもそうなると、白峰先生が自説の根拠としている島津家の覚書(合戦の回想録)と話が違ってくるんじゃないかなあと思ったりして、番組内容に意図的に寄せたコメントではないかと感じる。
また、小和田先生は笹尾山は石田陣と見てよいとコメント。立体地図に陣跡が見当たらないのは、急いで布陣したからだと述べていた。まあ小和田先生も新しくできた関ケ原古戦場記念館の館長だしなあ。従来ストーリーを簡単には否定できない立場からの、ポジショントークのようにも聞こえてしまう。(苦笑)

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2020年5月11日 (月)

『国盗り物語』読書

普段、小説は読まないのだが、外出自粛のゴールデンウィークという今年の特殊事情から、この機会に長いものを読んでみるかと思い立って、選んだのは司馬遼太郎の『国盗り物語』。

この小説を原作とした1973年NHK大河ドラマ『国盗り物語』は、自分にとっては戦国ドラマの最高作。って、これ47年も前の作品なんだな。驚くなあ。とにかく自分にとっては、この作品は、その後の戦国ドラマを評価する際の規準になっている。が、結局今のところ、この作品及び同じ司馬遼太郎原作の1981年TBS大型ドラマ『関ヶ原』を超える戦国ドラマはない。と思っている。

今回、原作小説を読んでおくかという気になった理由は、もちろん今年の大河ドラマ『麒麟がくる』の内容と話がダブるということもある。しかし明智光秀が主人公だなんて、昔だったら考えられないな。でも『国盗り』も、明智光秀は準主役の扱いだったけどね。『麒麟』は今のところ、主人公は誰?みたいな感じだし、やっぱり光秀は『国盗り』くらいのポジションが良いのかな、と思ったりする。

小説『国盗り物語』では、明智光秀は室町幕府再興のために奔走する「志士」的人物として、また自らの能力は織田信長に劣らないと自負する、それゆえに信長に対する批評的視線も持つ人物として描かれている。そして本能寺の変に至る間接的要因として、信長の何事にも容赦のない性格、特に家臣を道具として使い切るという苛酷な態度が示され、さらに信長からの国替えの命令を直接的な要因として、光秀は謀反を決意することになる。

当初は斎藤道三の一代記を想定していた司馬だったが、道三の「弟子」である信長と光秀が本能寺で激突するところまで書けば、小説の主題が完結すると考えて、信長の話も書き継いだという。なるほど。とは思うのだが、個人的には道三というのは評価の難しい人物だなという感じ。最近では、美濃の国盗りも道三とその父、親子二代の仕事と見られているので、「油屋から一代で国主」という物語も、当時の研究レベルを前提に書かれたものと承知しておきたい。

昨日放送の『麒麟』では、斎藤道三が戦死した。本木雅弘の道三は割と評判が良いみたいだが、道三はやっぱり『国盗り』の平幹二朗だな。しかしヒラミキも故人かあ。『国盗り』の出演者で故人は宍戸錠(柴田勝家)、米倉斉加年(竹中半兵衛)、林隆三(雑賀孫市)、東野英心(山内一豊)などなど。林の孫市はカッコ良かった。原作の小説『国盗り』には出てこない人物で、同じ司馬作品『尻啖え孫市』の主人公。大河『国盗り』は、司馬の他の戦国時代作品もストーリーに取り入れて、ドラマを厚みのあるものにしていた。

小説『国盗り』の「あとがき」で司馬は、本能寺の変で光秀と袂を分かった細川幽斎について語り足している。「幽斎は、その一代で、足利、織田、豊臣、徳川の四時代に生き」た、「もはや至芸といっていい生き方の名人」であろう、と。そうか。大河ドラマも明智光秀じゃなくって、細川幽斎を主人公にして作る方が良かったんじゃないか。と思ってしまいました。

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2020年1月 3日 (金)

大和、武蔵、信濃

大晦日12月31日の午後、NHKBSでは、いずれも再放送で「巨大戦艦・大和」(2012年8月)、「戦艦武蔵の最期」(2017年1月)、「幻の巨大空母信濃」(2019年8月)の3本、合計7時間を一挙放送。しかし何で大晦日に、大和、武蔵、信濃なんだろ・・・と思いつつ、雑感を少々。

存命の元乗組員の年齢は80代後半から90歳台の超高齢者。でも元気な人はすごい元気。大和は沈没時乗組員3,300名超のうち生存者は1割以下の276名。武蔵は同じく2,400名のうち戦死が1,000名以上。生存者のうち640名はその後、地上戦に投入された。だから、存命の方の証言はとにかく貴重。(しかし大和と武蔵は同型艦なのに、沈没時の乗組員数にかなり差があるのはなんでだろう)

大和も武蔵も戦闘時、手足の千切れた死体が山となり甲板は血の海と化していた、という証言には身が震える思いがする。そんな話を聞いてしまったら、もう大和や武蔵のプラモデルは作れないな。

フィリピンのシブヤン海に沈む武蔵発見時(2015年3月)の映像記録の分析により、このドキュメンタリーが作られたわけだけど、あの武蔵を発見するプロジェクトって、金持ちの道楽にしてもケタはずれというか、よくやるな~と思う。何でやったのか、ちょっと不思議。

大和型戦艦3番艦から計画変更されて、空母として誕生した信濃。完成直後に、母港横須賀から呉に移動する処女航海の途中、米潜水艦の魚雷攻撃を受けてあえなく沈没してしまった「幻の巨大空母」だ。番組内では、横須賀で信濃について人に尋ねても、「知らない」という答えが返ってきていたが、確かにプラモデルを作る人くらいしか知らない船だろうと思う。(苦笑)

番組を見ると、とにかく信濃は突貫工事で「完成」させて、船体構造に不安を抱えたまま出港したことが語られていた。とはいえ、無事だったとしても、信濃が活躍する機会があったとは思えない。信濃が沈没したのは1944年11月。そのひと月前に武蔵が撃沈されたレイテ海戦では、神風特攻隊が初出撃していた。既に日本には、まともな航空兵力は残っていなかった。ハード(空母)を一生懸命作っても、ソフト(航空兵)が揃えられない状況だった。

沖縄を目指した大和が沈んだのは1945年4月。この時点で日本は降伏すれば良かったのに。と言ってもしょうがないけど。

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