2009年12月 8日 (火)

戦争を語るということ

昨日の夜、NHK「日米開戦を語る」を見た。この夏場に放送した「海軍反省会」を改めて題材にして、半藤一利、澤地久枝、戸髙一成の3氏の話を聞くという内容。

昭和55年から11年間、130回以上行われた「海軍反省会」について、「生き残りエリートの会議」と評した澤地さんが、番組の終わり近くで、「せっかく反省会をやったなら、もう少し人間的痛みがあって欲しい。死んだ人たちも辛いだろうけど、残された人たちの悲しみが、この人たちには伝わっていない」と苛立ちを滲ませながら発言したのが一番印象的だった。

夏の番組を3回とも見た自分も、当事者たちの「反省会」に何となくすっきりしないものを感じていたので、その証言内容の評価とは別の角度から、澤地さんの言葉に頷けるものがあった。自分的には戦争を情緒的に語るのは基本的にバツなのだが、この「反省会」に参加した(血も涙も無い?)エリートたちに対する批判としてはアリだな、と。

この「反省会」の内容には貴重な証言も含まれているのかも知れないが、雰囲気としては何処にでもある会社のOB会の茶飲み話と、それ程異なった印象を受けるものではない。「反省会」を開くこと自体は結構な事だろうけど、それも開戦から40年近く経ってから、というのはいかにも遅い。当事者たちがそろそろこの世を去ろうという頃になって、それぞれの言い分を語り残しておこうという感じが強い(大体「反省会」という名称がユルい。小学生か)。この会合は結局は非公開のまま終わった訳だが、それでも参加者の中には保身的姿勢を崩さなかった人もいたようだ。半藤さんは「日本の組織は失敗を隠す」と指摘して、「反省会」を行った事自体は評価するが、澤地さんは「オープンな反省会をやらないと、日本人はいつまでも同じ事を繰り返すのではないか」と懸念を示す。

「事実としての戦争」を記録する仕事をしている半藤さんは、戦争を知っている人が少なくなるにつれて、「物語としての戦争」が多くなってきていることを危惧している。これは確かに、どうしようもない現実であるとは思うが、とにかく戦争の記録を見たり聞いたり読んだりする側では、これは本当にあったことなんだと自分に言い聞かせるしかない。

そうか、半藤さんも澤地さんも自分の親の世代(昭和ヒトケタ生まれ)なんだな。
自分も、子供の頃は「戦争が終わって14年も経ってから生まれたんだ」と思っていたが、年月を経て戦後60年以上過ぎた今では、「戦争が終わって14年しか経ってない時に生まれたんだ」という感じが強くなってきている。(苦笑)

思えば、自分たちの世代であれば、戦争は「一般教養」だった。子供の頃、教室で学ぶとかではなくて、マンガ、映画、プラモデルで当たり前のように戦争について知った。そんな経験から、「物語としての戦争」から何とか「事実としての戦争」に辿り着く想像力は最低限、身に付けたような気もするが、その辺は今の若い世代はどうなのかな・・・。

どっちにしろ時間は経っていくので、残された記録からどれ程リアリティを感得できるのかという問題は、これからますます大きくなっていくのだろう。

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2009年11月29日 (日)

「天地人」終わったなあ

NHK大河ドラマ「天地人」、先週の日曜日(22日)で終了。人様のブログを読ませていただくと、史実的もしくは常識的観点から突っ込みを入れる人多数の一方、お話やイケメン武将を素直に楽しんでた人もいるし、その中間というのか、諦めもしくは割り切った境地から自分の楽しめるポイントを見出す人もいたりして、何というのか視聴者いろいろ、感想もいろいろ、でした。ということで、特に熱心に見てた人ではない自分も、感想を少し。(最終回の再放送は、いつもの土曜日と違って今日、日曜日の午後だった)

ラストシーン、日の当たる縁側で、妻のお船と一緒に紅葉を眺めながら、意識を失う兼続。死んだのか、眠っているのか。最終回だから生涯を閉じた、のかも知れないが、あれじゃあ死因不明だ。持病があったという話でもないし、老衰というほど年を取ってないし。死んだんだったら、お船はもっと取り乱しても良いだろうに。でも寝ているとしたら、お船が何で涙を流しているのかよく分からない。「あしたのジョー」のように、兼続は「燃え尽きた」ってことかいな。

毎週欠かさず全部見た、訳では無いのだが、自分には結局、直江兼続って何をした人なのか分からなかった。「愛と義」を掲げるのは結構だけど、その内実が何だったのかは、あんまり伝わってこなかった印象。

最終回では家康も世を去ったので、余計に、これは誰のドラマだったっけと、ちと思ってしまった。「天地人」の前半は確かに上杉の話だったと思うけど、後半になると秀吉、家康の存在がやっぱり大きくて、流れとしてはかなり普通の戦国時代のドラマになっちゃったような気がする。

その家康、松方弘樹が演じて、何か凄みのある家康だったけど、これはこれで面白かった。やはりベテランの俳優さんは「人物」を作るという感じ。兼続、三成、政宗、幸村のイケメン武将らは「キャラ」だな、「人物」というよりは。で、キャラとして「おお~」という感じだったのは、深キョンの淀殿。「美しすぎる淀殿」だよ、これは。

総集編は12月21日から4日間連続放映とのことだが、1回1時間、計4時間で、たぶんこのドラマは総集編を見れば充分、という感じになりそうだな。

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2009年9月12日 (土)

海軍軍令部の罪

8月のNHKスペシャル「日本海軍400時間の証言」(全3回)が今週再放送されたので、録画して見た。80年代に行われた「海軍反省会」における海軍関係者の議論の内容を中心に取材して、海軍軍令部の開戦から戦後にかけての組織的な動きをまとめたものである。

海軍の中で作戦立案を行うのが軍令部。艦隊はその作戦を実行する。海軍省は政府内で予算・人事を担当。

軍令部は天皇の統帥権をサポートする位置付けだが、皇族をトップに据えたり、「統帥権の独立」(出たよ)を盾にして自らの権限を拡大し、兵力量の決定権を手に入れて軍縮からの脱退を実現する。

海軍省は開戦に慎重だったが、軍令部は早期開戦を主張した。それは海軍が戦争に反対したら、陸軍や右翼に内乱を起こされて海軍が支配されるという恐れからであり、どうしても戦争をやらなければならないのなら、海軍という組織を守るためにも、少しでも勝ち目のある時にやるという思惑からだった。

昭和15年に、国家総力戦準備のための中枢組織として設立された第一委員会は、開戦半年前に報告書を作成し、その中で米英が石油供給を止めた時が武力行使の時であるとした。その主張の狙いは、米英との対立を煽ることによる軍事予算獲得にあった。しかし皮肉にも、報告書の分析通り米英の石油輸出禁止を契機に日本は戦争に突入した。

戦局の悪化に伴い、軍令部は特攻兵器の開発を進めた。回天(潜水艦)、桜花(飛行機)、震洋(ボート)等々。特攻は軍令部が組織的に進めた「作戦」だった。ちょっと驚いたのは、昭和20年1月の時点で「1億総特攻」の方針(最高戦争指導会議)が謳われていたこと。戦争指導者たちは敗北の責任を認めるのではなく、逆に国民全てを犠牲にしようとしていたのだ。

戦後も軍令部の関係者は、東京裁判において海軍上級者の極刑を避けるために動いていた。結局海軍も、陸軍ほどあからさまではなかったにしても、国家を守るのではなく自らの組織の利益のために行動していたことになる(海軍反省会の出席者は、「陸軍は暴力犯、海軍は知能犯」と表現していた)。

世の中にエリートは必要だ。彼らがいなければ世の中は回らない。しかしエリートたちが国家的使命を忘れ、社会的責任感を失った時に悲劇は起こる。それは戦時であろうと平時であろうと変わりはない。

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2009年8月30日 (日)

イケメン武将大会(天地人)

今日のNHK大河ドラマ「天地人」は、メインキャストの直江兼続および石田三成に加えて、真田幸村、伊達政宗と人気の高い武将も登場して、イケメン大会になっていた。

話の内容としては豊臣秀吉が死去して、徳川家康が野心を露にするという、いよいよ関ヶ原に向けて大名間の緊張が高まっていくという展開。

松方弘樹の家康は凄みありすぎ? でもこれはこれで面白い。かつて家康を演じた人では、津川雅彦のギョロ目の具合が家康っぽくて個人的には好き。

イケメン武将4人の中では、松田龍平の伊達政宗が気に入ってる。よく通る声がセクシーで、ちょっとチンピラっぽいところも妙にリアル。他の3人(特に真田幸村)は少し美男子すぎるんだわな。今回、黒を基調としたスタイリッシュな出で立ちの松田・政宗が、松方・家康の肩を揉みながら「戦の前のこの気分、血が騒ぐ」と語る場面は、マンガチックではあるけれど何ともサマになっていた。

主人公的にはいわゆる「直江状」がピークだろうから、やはり今年の大河ドラマは、関ヶ原に向かうここからが最大の見せ場だな。

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2009年6月21日 (日)

大河ドラマ、またも戦国

再来年のNHK大河ドラマは、徳川家光の母、江(ごう)を主人公とする「江 姫たちの戦国」であることが先日発表された。戦国一の美女といわれる「お市の方」を母に持つ江は3人娘の末っ子で、長女は茶々(後の淀殿)、次女が初。

という訳で、現在放映中の「天地人」同様、舞台は戦国時代となる。来年は「龍馬伝」だが、2006年の「功名が辻」以降、「風林火山」「篤姫」「天地人」「龍馬伝」「江」と、戦国、戦国、幕末、戦国、幕末そして戦国と続く訳で、戦国と幕末しかないのかいな、って感じ。まあ結局、日本史の中でドラマにしやすいのは戦国と幕末なのは否めないけど。

「江」の脚本は、「篤姫」を書いた人だそうで、「女たちの幕末」の次は「女たちの戦国」ってことらしい。まあ、今までも女性が主人公の戦国ドラマが無かった訳ではないけれど、例えば「ねね」「まつ」「千代」は、いずれも亭主が天下人や一国一城の主になって成功したといえる女たち。それに比べると、お江は落城を二度、結婚を三度(最後の相手が徳川2代将軍秀忠)経験した苦労人というのが異色ではある。

浅井長政とお市の方の娘たちのドラマということで、関連地域として盛り上がりそうなのが近江。3年前の「功名が辻」の時は長浜周辺で関連イベントが通年開催された。現在は長浜城歴史博物館で、直江兼続の盟友・石田三成の関連史料を展示。今後は、湖北町がすすめる「浅井三姉妹」の商標登録も含め、2年後に向けて当地をアピールする企画を練っていくのだろうな。

また戦国か、と思う反面、ちっとは期待したい気分もある。というのは、「天地人」は最近も兼続の上洛の話がうだうだ続くなど、ドラマの展開や演出がどうもかったるい感じだから。何よりやっぱり、ツマブキは戦国武将には見えない。「家老」の威厳などまるで無く、「わし」という言葉は全く似合わない。細面の涼しげな容姿に「愛」の兜は重たそうだ。あまり大した人物とも思えないのに、ドラマの中では、なぜか男からは認められ、女にも好かれる。見ている方は腹立たしいわい。

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2009年2月 8日 (日)

「ホウレンソウ」は基本

仕事の基本といえば「ホウレンソウ」、つまり報告、連絡、相談。とは思っているのだが、これってもしかすると何かひどく古典的というか、現代のIT全盛時代では古色蒼然かもと危惧していたところ、昨夜のNHK「めざせ!会社の星」(ビジネス・バラエティ?)がこのテーマを取り上げているのを見て、どうやら今でも「ホウレンソウ」は仕事の基本と思っていいのだと、少し安心した。以下に番組内容からメモ。

会社の中でホウレンソウの相手は上司、同僚、関係部署とあるが、悩むことが多いのは当然のように上司との関係。ホウレンソウのうまくできない理由として、「タイミングが難しい」「失敗やミスは報告しにくい」「ふだんから会話がない」が挙げられていたが、そうだろうなあと思われることばかり。

ホウレンソウの力をアップするにはどうしたらよいか。若手会社員が上司とのやり取りの中で努力の末に編み出したワザは、①上司のスケジュールを把握する(空き時間に報告する)、②短い文章を作っておく(事前に報告することをまとめておく)、③キーワードを書き出す(受け答えをスムーズにする)、だった。相手に伝わるように伝える(コミュニケーションの基本でもある)のが報告だし、そのための準備は必要、という感じ。

「ボス・マネジメント」を考えようという提案もあった。要するに、上司をうまく使え、という話で、たぶんこれも賢い部下なら実践している事柄だろう。番組の中で紹介された、上司のタイプ別「攻略法」は、

ワンマン上司(結論を急ぐ、頼られるのを好む)→選択肢を与える
分析上司(データ重視、計画的)→行動をうながす
大ざっぱ上司(楽観的で明朗、感覚的)→文書やメールも活用
なかよし上司(協調性重視、指示があいまいなことも)→はっきりモノをいわせる

とのことでありました。

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2008年8月 5日 (火)

石野真子、いいなあ

今夜のNHK歌謡コンサートは、一年前に世を去った阿久悠のヒット曲の数々を、歌った当人たちが昔と変わらぬ若々しさで熱唱。都はるみ、尾崎紀世彦、山本リンダ、石川さゆり、小林旭、五木ひろし、八代亜紀などのベテランのほか、若手ではジェロ、あややも登場して華やかなステージ。

尾崎紀世彦の「また逢う日まで」、山本リンダの「どうにもとまらない」、やっぱり凄い歌だなとしか言いようがない。ピンクレディーとジュリーはビデオ映像だったが、阿久悠自身の説明では、彼の中の「ディズニーランド」がピンクレディーの歌として、「ハリウッド」がジュリーの歌として現れたということらしい。なるほど。

北原ミレイの「ざんげの値打ちもない」。この歌は自分には、吉田秋生のマンガ「河よりも長くゆるやかに」の中に引用されていたので、名前を知っているという歌。今回、レコーディングはしていたがカットされたという「幻の歌詞」が歌われた。

いわゆる歌謡曲や演歌のほか、「宇宙戦艦ヤマト」や「ピンポンパン体操」も阿久悠の作詞というのは認識してなかったもので、あらためてその才能に感嘆するのだった。

出演者の中で驚かされたのは石野真子。40代後半というのに・・・チャーミングゥ~!
デビュー当時の映像も流れたが、何だかあどけない感じで、むしろ現在の方が雰囲気としてはイイ感じ。世の中のアラフォー女は石野真子を見習え!

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2008年7月15日 (火)

将棋棋士今昔

新聞のテレビ欄を見た時に、「内藤国雄“おゆき”」との文字が目に止まり、「むむっ」という感じがした。まさか、あの歌う将棋棋士内藤國雄が出演するのかねえと思いつつ、夜7時からのNHK「歌謡コンサート」を見たら、ホントに内藤先生が出てきて30年前の持ち歌である「おゆき」を唄ったのものだから、「先生、どうしたんですか」と何だか妙な気分にさせられた・・・(もう将棋は引退して歌手に専念ですか)。当時、歌手デビューした棋士として話題になった内藤先生、「歌と将棋とどっちが好きですか」と聞かれて、「勝ち負けが無ければ将棋の方が好きですね」と答えていたので、先生、それじゃ名人になれないよ、でもそこが好き、とか妙なファン心理を抱いていたワタシだった。

そんな自分は将棋については基本的にオールドファンで、現在の将棋界にはあんまり関心が湧かないのだけれど、何となく同じ夜10時からのNHK「プロフェッショナル」も眺めてみた。番組は、羽生善治と森内俊之のライバル対決となった今年の将棋名人戦を特集。盤上盤外の二人の表情や行動を映し出していたほか、番組スタジオで個別にインタビューする場面もあったのだが、話を聞いていると、才能や技術だけではどこかで停滞する時期が出てきて、そこから新たなステージに進むためには、やはり「人間的な成長」が必要になるのだなと、まあかなりベタな感想を持ちましたね。

羽生が若いときの驚異的な勢いを失ってきた時に、お手本にしたのが、還暦を過ぎても現役で指し続けて自分の将棋を極めようとする先輩棋士たち。という感じのナレーションが被せられる映像は、(名前は示されないけれど)中原誠、内藤國雄、加藤一二三という面々。中原や加藤、あと米長邦男も、名人戦の立会いや控え室に姿を見せていたけど、あー、やっぱり皆さん年取ったなあ。自分の若い頃の「アイドル」が老けると、自分も年を取るのはしょうがないかなと思える。(よく分からん感想)

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2008年6月30日 (月)

「セクスィー部長」を支持する!

テレビは余り見ない。見る時はニュースと天気予報か。他の番組でこの頃毎回見ているのは、土曜日のイロモネアと、日曜日のサラリーマンNEOだ。

昨夜のサラリーマンNEOには、久々にあのセクスィー部長が登場。活躍の場は休暇で来ていたハワイという設定で、セクスィー部長の出で立ちも、首にはレイ、下半身はハーフパンツにサンダルと、いつにも増してセクスィー?・・・でも、やることは当然のようにいつもと同じ。とあるホテルに女社長と女性部下2人がやって来て、従業員に無理難題を持ちかけると、突如ドラゴンアッシュの曲をテーマに現れる色香恋次郎、通称セクスィー部長。その色香で女たちを惑わして、「ビジネスと色恋は一緒になさらぬよう」と言い残して風のように去っていく。いつも同じパターン、お約束の展開で、超くだらないんだけど、ここまで馬鹿馬鹿しいと何度でも見たくなる、癖になるコントである。

サラリーマンNEOのコントは正直、面白いものもあれば今ひとつ乗れないものもあるけど、今どき作り込んだ努力の跡が窺えるお笑い番組は希少価値があると感じる。子供の頃、ドリフやゲバゲバなど練り上げられたお笑いを見て育った自分には、今のお笑いやバラエティと称する、芸能人がたくさん出てきてしゃべって騒ぐだけの番組なんか見る気にならないのだ。

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2007年6月 2日 (土)

男の薬指の謎

「ギターを弾く男の人の指を見るのが好き」という女性の御意見を、何度か目にしたことがある。ちょっと意外な視点だったので、頭の中に残っていたら、今夜10時のNHK「解体新ショー」は「なぜ女性は男の指に魅せられるのか」。ついつい見ることに。

初めて見る番組なんだけど、冒頭のテーマ音楽が金井克子「他人の関係」だったので、古い曲だな~(ということを知ってるワタシも古い人間)と思ってしまった。毎週コレなのかい?それとも今日は手がテーマ(金井の振り付けが印象的な歌)だから?

さて男の手の話。まず街頭アンケートで、女性が注目する男のパーツは第1位が顔、そして第2位が手であるという調査結果が示される。次に指摘されるのは、男の薬指は人差し指より長いのに、女の薬指と人差し指は同じ長さという事実。そんなこと言われるまで意識したことなかった。これは驚き。では男の長い薬指が何を意味しているかというと、それは男性ホルモンの多いこと、男性の身体能力を示しているという。イギリスの学者が調査研究を行い、サッカー選手の薬指が一般人男性の薬指よりもさらに長いことが確かめられたうえで、上記のような学説を発表したとのこと。

つまり女性は男の手指を見て、男性の能力が高いかどうかを検証しているらしい。それは無意識の行為である、とか言われるんだけど、スタジオに来ていた一般の方々(女性が多い感じ)は全員納得していたのだった。

無意識って説明もちょっとどうかと思うんだけど、やっぱり生物学的プログラムということなのかなと思う。男が若い女を、女が背の高い男を求めるのも、すべては良い子孫を残すためのプログラムであると。男の手指もまた、女性が良い子孫を残すために異性を判断する一つの手がかりなのかなと。

ギターを弾く指を見るのが好きだという女性も、やはりそこに男性能力の高さを感じているのかな?

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