2017年3月11日 (土)

野村證券と80年代バブル相場

野村證券 第2事業法人部』(講談社)の著者である横尾宣政氏は、野村證券の優秀な営業マンとして、80年代のバブルから90年代の損失補填問題、総会屋問題と、まさに野村の激動の時代を生きた人物。同氏が80年代バブル相場を語る部分からメモする。
(1985年9月22日の「プラザ合意」に始まる為替の急激な円高ドル安により、日本企業は危機的状況に陥った)
 
私は「日本の輸出産業もこれで終わりか」と、本気で考えた。
この窮地から日本企業を救ったのが株価の急騰、誤解を恐れずに言えば野村證券が描いた「トリプルメリット」「ウォーターフロント」のシナリオ相場である。 
円高、金利安、原油安を囃して86年から始まったトリプルメリット相場では、この3つの材料の好影響をもろに受ける東京電力、関西電力、中部電力などの電力会社、東京ガスや大阪ガスといったガス会社、それに関電工など電気設備・電力工事会社が買われた。トリプルメリット相場がある程度限界に達すると、ほぼ切れ目なく、再開発プロジェクトによって地価が高騰した東京湾岸に広大な土地を保有しているIHI、東京ガス、日本鋼管(88年6月にNKKに社名変更)を"御三家"とするウォーターフロント相場が始まる。
 
ところでこの当時、株式市場では「Qレシオ」(実質株価純資産倍率)と称する、株価を1株当たりの実質純資産で割って弾き出す指標が使われた。実質純資産とは純資産に、時価で計算した含み資産を加えたもの。「会社が保有する土地の含み益を考慮すると、その会社の株価は決して割高ではない」と主張するための材料だったが、事業の将来価値を軽んじる可能性があり、私はこの指標だけで株価を考えるのは間違っていると思った。
 
いずれにせよ、トリプルメリット相場やウォーターフロント相場に引っ張られて、日本の株価は暴騰していった。そこで起きたのがエクイティファイナンス(株式発行を伴う資金調達)の大流行だ。
80年代の後半の数年間は、エクイティファイナンスで調達した資金を使った生産設備の充実が図られ、技術開発が最も進んだ、日本の黄金時代だった。つまりプラザ合意後の産業界の危機的状況を救ったのは株式市場であり、野村證券が仕掛けたトリプルメリット・ウォーターフロント相場だったと、私は確信している。
 
・・・トリプルメリット、ウォーターフロントそしてQレシオ―――まさにバブル相場の熱気を帯びた記憶が甦える。東京電力、石川島(現・IHI)、新日鉄(現・新日鉄住金)など、大型株中心に売買が空前の盛り上がりを見せた、流動性相場の全面的大展開。あの頃、野村證券の存在感は圧倒的で、証券業界すべての人間が野村の動向に関心を寄せていた、と言っても過言ではなかったのだ。

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2017年1月17日 (火)

競争戦略の目的とは

今や企業経営者の主要な仕事とも言える「事業戦略」や「競争戦略」の構築。その目指すところは高収益。では、高収益を実現する王道とは何か。本日付日経新聞市況面コラム「一目均衡」(「競争戦略」とは何か)からメモ。
 
戦略とは何だろう。私見ではその会社ならではの「価値ある独自性」の追求である。横並びから脱却し、他では提供できない価値を顧客に届けることだ。それが収益力の源泉にもなり、社会貢献にもなる。
 
例えばベビー用品大手のピジョンを見てみよう。同社の売上高は1千億円に満たないが、営業利益率は15%を超え、日本のメーカーとしては例外的な高収益体質を構築した。何が原動力になったのか。山下茂社長は「生後18ヵ月までの赤ちゃんに的を絞ったことだ」という。この年齢の赤ちゃんの哺乳に関わる事項は世界共通であり、「いい哺乳器」を開発できれば、国籍を問わず通用する。
現に母国市場の日本が少子化で赤ちゃんの数が減っているなかでも、海外事業を大きく伸ばし、過去5年で全社の売上高を1.5倍に増やした。
 
見逃せないのは、「何をするか」が明確になれば、「何をしないか」もはっきりすることだ。ベビー服は哺乳器よりはるかに市場規模が大きいが、技術による差別化が難しく、かつ市場ごとに消費者の好みが違うので、参入しない。もっとも山下社長は「最初から明確な戦略があったわけではない。様々な失敗を経て、今がある。今後も試行錯誤は続くだろう」という。
 
・・・独自性の確立こそが事業戦略の目的であり、高収益への道である。しかしその道を見い出すためには、試行錯誤は避けられない。やはり失敗を恐れてはいけない、ということだな。

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2017年1月13日 (金)

グローバル経済か国内優先か

アメリカの経済学者ダニ・ロドリックは、グローバル化、国家主権、民主主義のトリレンマ(3つ同時に成り立たない)を唱えている。昨日12日付日経新聞「ニュース複眼」面掲載のインタビュー記事からメモする。
 
いま欧米で起きているのは、明らかにグローバル主義やグローバル化への反発といえる。
メッセージは「自分たちの問題に注意を払うリーダーが欲しい」ということだ。グローバルな組織や経済勢力を最重視せず、自国の問題に自国の政策で対応する。グローバル経済が自分たちを苦しめるのではなく、役に立つものになってほしい。言い換えれば、政策の優先順位の再調整だ。

具体的にはグローバルな組織や経済統治を改善する努力と、国内経済や社会を改善する努力を再調整することだ。摩擦を生むならグローバル化の優先順位を下げなければならない。
開かれたグローバル経済を繁栄させる最善の道は、国内経済を繁栄させることだ。国内経済がうまく機能しないのなら、健全なグローバル経済など望めない。その状況で自由貿易協定を締結し、より良い国際経済の協調体制をつくっても国内経済の助けにはならない。

市場がトランプ氏の政策に対する期待に沸いたことは意外ではない。選挙でたくさんの約束をするポピュリストが経済刺激への期待を生むことはよくある。

トランプ氏は国内政策の余地をつくろうとしているが、国内優先がすべて正しいわけではない。彼は権威を攻撃し中間層に寄り添うとアピールしながら、政権中枢に金融専門家や大富豪を据え、富裕層の減税を口にしている。(米国で進む)脱工業化の問題も、単にメキシコや中国からの輸入品に高関税をかけても対処できない。彼の政策は目標を実現するようには設計されていない。

・・・経済政策においては、グローバル対応と国内対応のバランスが大事。と言葉では簡単に言えちゃうが、本質的かつ有効な政策を作って実行するのは難しいよなあ~と思う。「我が国に工場を作れ」と、次期大統領がツイッターで強権的に?つぶやくだけで上手くいくのかどうか。

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2017年1月12日 (木)

新たな保護主義の時代?

フランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッドは、「先進世界では保護主義と開国、つまり自由貿易が代わる代わるやってきた。」「今始まろうとしているのは一つの時代だ」と指摘する。本日付日経新聞「ニュース複眼」面掲載のインタビュー記事から以下にメモ。
 
(米大統領選のトランプ氏勝利、英国のEU離脱決定について)これはポピュリズムではなく民主主義が正常に機能した結果だ。ポピュリズムから民主主義を守ると言っていたエスタブリッシュメントの人々は、実際は少数の権力者の代表としてみられるようになった。

私は資本主義に反対しない。大衆の利益を考慮したエリートが管理する合理的な資本主義に賛成だ。
 
グローバル化は特に英米で途方もない格差を生み、日仏独にもある。この格差は資本の移動の自由と、低賃金の労働力を使うことで生まれた。

自由貿易は絶対的な自由貿易しかない。しかし保護主義にはいくつもの種類がある。ばからしいものも節度あるものもあるのだ。
自由貿易が利益になる段階はあるが、行き過ぎると格差が生まれ、最先進国での工員の給与を抑制し、最終的に世界的な需要不足につながる。
行き過ぎた自由貿易は経済を停滞させる。ドイツや日本、韓国の低い出生率は自由貿易と関連がある。経済的な生き残りに必死になると、子供をつくる時間がない。

自由貿易は忘れねばならない。我々の前にあるのは良い保護主義と悪い保護主義の議論だ。給与水準を守ったり、内需を刺激したりする合理的な保護主義は貿易を活発にする。保護主義が国家間紛争になるというのは嘘だ。保護主義は協力的で敵対を意味しない。

・・・保護主義があれこれ取り沙汰される昨今。しかしグローバル化が進み相互依存が深まる世界の中で、そもそも保護主義なるものが可能なのか。何となく疑わしいんだけど。

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2017年1月10日 (火)

「老後」と宗教の無力化

宗教学者の島田裕巳は、「老後」というものが現代日本人の死生観を大きく変えた、と見ている。雑誌「アエラ」(1/16号)のインタビュー記事からメモする。
 
「老後」という言葉が朝日新聞に登場したのは1984年。戦後、第1次産業から第3次産業へと産業がシフトして都市化とサラリーマン化が進むなかで、「定年」という制度が生まれました。それまでは、基本的に死ぬまで働いていたわけですから、「生」と「死」の二分法でした。
ところが、戦後のサラリーマン世代が最初に定年を迎える80年代中盤以降に「老後」が誕生したことで、人生が3段階になった。老後に「死ぬまでの心配」をしなければならなくなったことは、大きな変化です。
 
同時に、家制度の弱体化も「死の意味」を変えました。日本人の死生観は「西方浄土」「極楽」という仏教的観念と家制度が結びついて醸成されてきました。「死んだら極楽浄土に行ける」「ご先祖様になって家や子孫を守る」と考えることで、「死」は意味を持ちました。
 
日本人には、「世の全てのものは移り変わり、いつまでも同じものはない」という無常観が根底にある。死が身近でいつ死ぬかわからないから、無常の世の中ではない「極楽浄土」に生まれ変わることを期待してきたのです。
 
だが、平均寿命が70、80歳と延びるにつれて、家の"新陳代謝"は滞り、核家族化や病院死の増加によって、死はどんどん遠いところへと追いやられていった。「極楽浄土」や「ご先祖様」という意味は見いだせなくなり、生きることが最大の価値になった。これが今の日本人の死生観なのです。
 
・・・昔は人間は簡単に死んだ。戦争、災害、伝染病、飢饉等々。だから昔の人の気持ちになれば、来世を信じないでやってられっか!というわけで、今生は来世や天国に行くための準備の時間と意味づけられる。しかし今では、新生児はほぼ無事に成人できるし、リタイアしてからの時間も延びた。要するに人間は長生きできるようになった。科学的知見の普及もあり、来世や天国を信じる切迫感は昔よりも大きく低下。これに伴い、人生から宗教的な意味というか目的(あの世の救済)も失われた。今では人生の目的というと「長生き」、加えて「金持ち」というところだろう。これが文明進歩の果てに人間の抱く願望なのか。それは違うぞと思うなら、自分で自分の人生の意味を見つけるほかない。そういう意味では実存主義は今でもそれなりに有効なのかなと思う。
 
しかし有象無象の人生に大した意味があるとは思えない。それこそアメリカ大統領くらいにならないと、自分の人生に意味があるとか言えないなあと。この頃そんな気がしているのであった。

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2017年1月 7日 (土)

経済停滞とポピュリズム

本日付日経新聞市況面のコラム「大機小機」(市場経済と民主主義の危機)からメモする。
 
2016年はポピュリズム(大衆迎合主義)が世界を席巻した。英の欧州連合離脱決定、トランプ次期米大統領の選出はもとより、フィリピン、コロンビア、ブラジル、イタリア、韓国で起きたことは市場経済や民主主義のあり方に波紋を投げかけた。

各国には固有の事情がある。だが貧富の差の拡大、中間層の没落、地方の衰退などの経済問題に対し、政治が無力であり、社会が分断されたままであることへの国民の失望が共通点として指摘される。
経済的苦境が続く一方で、社会的不公平や不公正が是正されず、社会正義が実現されないことに国民の怒りが爆発した。それがポピュリズムを台頭させ、反グローバリズムにつながっているといって過言ではない。市場経済と民主主義の危機で、それはそのまま今年に持ち越されている。

ポピュリズムを加速させたのはリーマン・ショック後の経済運営といわれる。各国は金融緩和の協調で金融システムのリスクを回避した。一方で緊縮的な財政政策を続けた結果、セーフティーネット(安全網)機能が低下した。さらに構造改革を先送りし続けたため、潜在成長率も低下した。そこに新興国の成長鈍化が重なり、世界的な景気低迷に拍車がかかった。

・・・どうやら「格差拡大、中間層没落、地方衰退」というのは各国共通の課題、特に先進国においては経済の「長期停滞」の原因でもあるような印象だ。市場原理に任せる新自由主義的な解決策である「トリクルダウン」の効果も特に認められない現状では結局、再分配政策の妥当性が問われることになるはずだが、既得権勢力に阻まれているのか、是正する動きも見えてこない。市場経済は失敗し民主主義も機能していない現状は、「最大多数の最大幸福」を実現する社会には程遠いと言うほかない。

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2016年8月29日 (月)

中立金利の低下

27日、各国の中央銀行首脳らが集う国際経済シンポジウム(ジャクソンホール会議)が閉幕。イエレンFRB議長の早期利上げの示唆発言が注目されたが、会議のメインテーマは中央銀行の「政策限界論」だったという。本日発信の日経新聞電子版記事から以下にメモ。

26日朝の開会時、イエレン氏は「利上げの条件が整ってきた」と述べ、市場の関心事に早速答えてみせた。ただ、それは冒頭のみ。その後は政策ツール論に入り「かつてのような利下げ余力を持つことは、我々はできないだろう」と漏らした。

「1965年から2000年、政策金利は平均7%以上あった」。イエレン氏はさらに続けた。「それが今では中長期的に3%までしか利上げできないとみている」

なぜ政策金利の天井は下がったのか。27日に講演したECBのクーレ専務理事は「中立金利の低下」をその理由に挙げた。
中立金利とは経済を冷やさず過熱もさせない金利水準のこと。経済の実力である潜在成長率と連れ立って動く。米国
では08年の金融危機前は2~3%あったが、成長率も物価も下がった「低温経済」の今は、先進各国ともゼロ近傍とされる。
インフレ率がゼロでも中立金利が3%あれば、政策金利を3%より下げれば緩和効果が出せる。逆にインフレ率も中立金利もゼロなら、政策金利をゼロにしても効果はない。日欧がマイナス金利政策を採用したのは、中立金利がゼロでも緩和効果を出すためで、FRBが利上げに出遅れたのも中立金利が低いためだ。

結局、潜在成長率を上げて中立金利を高めるしかない」(米ダラス連銀のカプラン総裁)。潜在成長率の低下は高齢化や投資不足などの構造問題だ。イエレン氏は「財政や規制緩和が重要」と中銀頼みの限界も吐露した。

・・・安易に金融政策だけに頼ってはいけない。中立金利の低下とは、潜在成長率の低下を意味する。まずは実体経済の立て直し、構造改革による潜在成長率アップに取り組むべきである。ということになるんだろうけど、「言うは易く、行うは難し」であるのも分かりきっているわけで。

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2016年8月 9日 (火)

「株主主権論」と「格差拡大」

本日付日経新聞「経済教室」、岩井克人先生の寄稿(「株主主権論」の誤りを正せ)からメモする。

米国の共和党大会で不動産王ドナルド・トランプ氏が大統領候補に選出され、英国の国民投票では欧州連合(EU)離脱派が過半数を制した。
この2つの出来事には多くの共通点がある。移民への反感、自由貿易への抵抗、金融自由化への反発。だがこうした反グローバル主義の底流にあるのは「格差」の拡大だ。グローバル化の中で巨万の富を得ているエリート層に対して、残りの非エリート層が異議申し立てをしているのだ。

格差批判は世界的な広がりを持つ。だが私が注目するのは、それが米英で最も先鋭的な形で表れたことである。両国での格差の急拡大こそ、米英型資本主義が旗印にしてきた「株主主権論」の破綻を意味するからにほかならない。

株主主権論とは、会社は株主のものであり、経営者は株主の代理人として、株主資本の収益率を最大化すべしという主張だ。だが株主主権論の旗印の下で実際に大きく上昇したのは、資本所得ではなく、経営者の報酬だった。

米国では最高経営責任者(CEO)と平均的労働者の報酬の比率は60年代には25倍だったのが、近年では350倍以上になっている。150億円という天文学的な報酬を稼ぐCEOもいる。経営者報酬の高騰こそ、米国での格差拡大の最大の原因だ。

なぜこうした逆説が生まれたのか。それは株主主権論が理論上の誤りだからだ。
株主主権論は、会社の経営者には会社に対する「忠実義務」という倫理的義務が課されていることに目を塞いでいる。会社は法人である。法律上の人でしかない会社を現実に人として動かすには、会社に代わって決定を下し契約を結ぶ生身の人が不可欠だ。それが経営者なのだ。もし経営者に自己利益の追求を許すと、会社の名の下に自分を利する人事決定や報酬契約を行うことが可能となる。それを抑制するのが忠実義務である。

ところが株主主権論は、経営者は株主の代理人だと称して、この倫理的義務を株式オプションなどの経済インセンティブ(誘因)に置き換えてしまった。まさにそれは、自己利益追求への招待状だ。そして実際、米英の経営者は自らの報酬を高騰させ始めた。その帰結が、トランプ旋風とEU離脱派勝利なのだ。

・・・1980年代末の社会主義の消滅以降、経済のグローバル化と共に、新自由主義あるいは株主資本主義が蔓延した。しかし今や冷戦終了後の時代の流れは、確かに曲がり角に来ていると思われる。その感覚から、「冷戦後」は終わった、という認識を導き出しても良いだろう。

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2016年7月13日 (水)

ガバナンス「改革」に異議あり

日本の企業統治指針に異議を唱えるのは、東レ社長の目覚昭広氏。本日付日経新聞のインタビュー記事(揺れる企業統治)からメモする。

「企業統治は経営者の倫理観だけの問題だ。指針は企業価値を上げるために、投資家が経営者にリスクをとって経営するよう監視しなさい、とうたっているが、全く間違っている。指針は企業経営の経験がなく、経営を知らない頭でっかちな有識者が作ったものだ」

「指針は企業価値を、時価総額や自己資本利益率(ROE)で定義している。時価総額はある種の人気投票だ。もっと地域社会や環境保全への貢献度合い、従業員の待遇も考慮して企業価値を考えるべきだ」

「(社外取締役を増やすことは)米国型の企業統治の形をまねをしてるだけで、日米間の社会の本質が違うことを理解していない。米国は金融資本主義で、時価総額や株価を上げることを目的化している」

「リスクをとって経営するのは、渡り鳥のように会社を渡り歩く『プロ経営者』と呼ばれるような人たちだ。本当のプロ経営者とは、現場を知り尽くした社長や最高経営責任者(CEO)を呼ぶものであって、渡り鳥経営者のことではない」

・・・まさに株主資本主義を培地とする米国流企業統治への異議申し立て。思えば、「現場主義」こそは「日本的経営」の別名でもあった。

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2016年5月31日 (火)

社外役員のパワー発揮

本日付日経新聞「経済教室」(これからの企業統治)の執筆者は、伊藤邦雄・一橋大学特任教授。伊藤先生といえば、セブン&アイの社外取締役として、役員人事を巡り「カリスマ経営者」と「立ち回り」を演じた?お人。先日の「騒動」に関連すると思われる部分からメモしてみる。

経営トップの選任・解任は、企業統治の一丁目一番地である。この点で、昨今設置が相次いでいる指名委員会の果たす役割は大きい。指名委員会は人事の透明性を高めるために設置されるものであり、取締役会の「諮問機関」にすぎない場合であっても、指名委員会の答申は取締役会で尊重されるべきものである。

指名委員会では、会社側が提出した人事案に対して社外委員から同意を得られない場合がある。その場合には、何らかの修正案を提出するような柔軟な姿勢や、内外の委員の間でより良い人事案にするための「すり合わせプロセス」も必要である。指名委員会で同意に達しなかったり否決されたりしても、それは提案した経営陣に対する不信任ととらえる必要は必ずしもない。冷静に統治プロセスとしてとらえるべきである。

会社法は取締役会の採決の具体的方法について規定していない。表決には挙手、記名投票、無記名投票がある。無記名投票に関しては異論を唱える向きもあるが、会社法369条5項に基づき「議事録に異議をとどめないものは、その決議に賛成したものと推定する」との規定がある。このため事実上は記名投票に近い。「経営者の根本的変更を生じうる場合、またはこれに類する場合」には、無記名投票が正当化されるというのが有力な法的解釈だ。

執行側と社外取締役はいたずらに対立の構造を醸成する必要はない。両者の関係は「緊張と協調」の関係であるべきだ。すなわち企業統治とは、双方がすり合わせをしながら、株主をはじめとするステークホルダー(利害関係者)に十分な説明ができるような透明な経営プロセスを築き上げることで、持続的な企業価値を創造していくプロセスである。

・・・コーポレートガバナンス。要するに公開企業は、外部に説明できない行動はできない。外部から見て意味不明の行動はできない。ってことだな。

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