2021年3月25日 (木)

アニマル・スピリッツ!

本日付日経新聞市況欄コラム「大機小機」(出でよ熱気ある起業家)からメモする。

英経済学者ケインズは80年前「将来の長期間を要するような、積極的なことをしようとするわれわれの決意の大部分は、血気の結果としてのみ行われる」(「雇用・利子および貨幣の一般理論」塩野谷祐一訳)と述べている。
ここでいう血気は原文では animal spirits で、将来の利益の数学的期待値(予測)ではなく、人間本来の楽観に基づく行動だ、とケインズは説明する。そして血気が鈍り、自生的楽観がくじけると、企業は衰え、死滅する、と明言している。

・・・冷静な計算だけでは何も生まれない。とりあえず楽観すること。そして強い信念を持つこと。普通に考えれば、過信は戒められるしかない。しかし自分を過信しなければ、リスクが取れるはずもない。まずはおのれを過信せよ。そこからすべては始まる。

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2021年3月 3日 (水)

定年後は「一兵卒」の心構えで

今野浩一郎・学習院大学名誉教授は、「生涯現役で働くことを考えるなら、ピークアウトという発想が重要だ」と強調する。日経新聞電子版の本日発信、今野教授のインタビュー記事(もともとは日経ビジネス記事)から、以下にメモする。

「某大手企業の部長だった私の友人が、定年後にあるベンチャーに移ったんですが、絶対マネジャーはやりたくないと言って、ヒラで働いていた。上司は20代後半か30歳ぐらいでしたが、彼が言うわけです。『今の働き方は楽でいい。部下の評価もしなくていいし、部門の成果責任を負わなくてもいい』って。そういう気持ちの切り替えをして、一兵卒で頑張ればいい。それができるかどうかですね」
「長く働き続けるにはどこかでピークアウトしなければいけない。生涯現役というのは、そういう働き方をしなければいけないんですよね」
「降りていくのには勇気がいる。人間いつまでもできると思いがちです。何か外的なきっかけを加えた方が降りる決断がしやすい。それが定年制だと最近、思っているんです」
「(定年を)節目にしてキャリアをもう一度転換しようということです」
「一兵卒に戻って、若い人間の下で働くのも別に構わない。長く働くというのはそういうことだ。こういう価値観というか文化をつくる必要があるんでしょうね」
「ピークアウトがあって、一兵卒になってもそれなりに頑張って働いて、徐々に引退に向かっていく。そんな世界にも例のない社会システムを、高齢化が最も進んだ日本で構築できれば、立派なことなんじゃないかと思っています」

・・・自分のことを言えば、もとからマネジャーつまり管理職になったことはないから、定年しても意識の落差というのは余り感じることなく働き続けているところです。(苦笑)
「一兵卒」と聞いて自分が思い出すのは、政治家の小沢一郎。小沢がしばしば使っていた「一兵卒として汗をかく」みたいな言い方は嫌いじゃない。というか、まさに定年後は、基本的にそういう意識で働くのがいいんだろうと思う。

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2021年2月10日 (水)

ガバナンス改革の理想と現実

昨日9日付日経新聞投資情報面コラム「一目均衡表」(社外取 本質かすむ「数合わせ」)から以下にメモする。

日本の企業統治を巡って周囲が騒がしい。今春に3年ぶりに改定されるコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)で独立社外取締役が3分の1以上と、現行の2人以上から引き上げられる。
2100社を超える東証第1部では、独立社外取締役が3分の1以上を超える比率が4割超にとどまる。指針の改定は6月の株主総会から適用される見通しで、「未達」の上場企業はあわてて社外人材の確保に動いているようだ。

社外役員の増員は不可避の流れだが、実態を探ると首をかしげる現実がある。「この会社では社用車はつくんですか」「3社ぐらい同時にやれたら経済的に助かるんだが」。候補案件を持ち込むヘッドハンターに対し、こう問いかける元経営者が少なくない。
上場企業側にも課題がある。社外役員の年収は800万~2000万円程度とされるが、ヘッドハンターには「年300万円で誰か探してもらえないでしょうか」といった相談も舞い込む。人物本位ではなく、いかにコストをかけずに社外役員を引っ張ってくるかが優先される。

問われるべきは量ではなく質なのは明らかだ。企業統治指針は2015年、日本の成長戦略の一環として適用された。低い収益性を改善し、企業価値を高めることが最大の眼目にある。社外役員に対して、経営者の暴走に歯止めをかける役割が求められる米欧とは成り立ちが違う。
日本企業が資本生産性で米欧勢に負けてきたのは事実であり、ガバナンス改革を稼ぐ力につなげる必要がある。
社外取締役自身のバリューアップをどう図るか。長い時間がかかるのは覚悟で数の議論を超えた本質論にまで踏み込まないと、理想と現実の溝は埋まらない。

・・・「攻めのガバナンス」により企業価値向上を図る。当時のアベノミクスの一環として始まったガバナンス改革ではあるが、コーポレート・ガバナンスとは本来、株主目線から企業価値の毀損を防ぐという「守り」の姿勢を基本とするように思う。仮に「攻めのガバナンス」という概念が成立するとしても、社外取締役の頭数を揃えるだけでガバナンスが改善し、企業価値の向上につながると素朴に考える向きは多くはないだろう。結局、ガバナンス改革が成果を挙げるかどうかは、個別企業の試行錯誤も含む努力の継続に懸かっているという感じだ。

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2021年1月27日 (水)

マイナス金利と構造改革

日経新聞「経済教室」では「マイナス金利政策5年」のテーマで論考を連続掲載。本日の執筆者は、加藤出・東短リサーチ社長チーフエコノミスト。結論部分から以下にメモ。

マイナス金利を含む超低金利政策とそれによる通貨高回避は、日本経済に痛み止め効果をもたらしてきた。超低金利がサポートする政府支出拡大も痛み止め効果を強めてきた。低収益企業は淘汰を免れ雇用は維持されてきたが、生産性は向上しにくくなっている。その結果、日本は今や「低賃金の先進国」になりつつある。賃金が伸び続けないとインフレ目標は達成できない。

経済協力機構(OECD)による賃金ランキング(購買力平価ドル換算)で、日本は1994年には13位だったが、19年には24位に下落した。製造コストは先進国間で比較すれば決して高くないのに、通貨安の継続を望む国になっている。競争力のある産業が減っていることがうかがわれる。こうした状況は痛み止め策のさらなる継続を求めるので、日銀はなかなか金融政策を修正できない。

対照的なのがスウェーデンだ。同国の中銀は19年12月にマイナス金利を削除した。同国ではデジタルトランスフォーメーション(DX)が戦略的に推進され、IT(情報技術)系企業が顕著に増えた。製造業でも北欧ブランドの成功により付加価値向上を実現している。

つまり日本で円安誘導が好まれ、政府・日銀がそれに応える状況が続いているのは、経済の新陳代謝が一向に進んでいないことの表れといえる。現在のコロナ禍を契機に、構造改革を推進していく戦略が求められる。

・・・低金利通貨安環境の中に安住することなく、構造改革を進めなければいけないはずの日本経済・企業。でももう何だかんだで30年くらい、同じようなことが繰り返し言われ続けてきたような気がする。

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2020年12月10日 (木)

ステークホルダー資本主義

米地域社会や従業員など全ての利害関係者に配慮する「ステークホルダー資本主義」が、世界的な潮流になりつつあるという。本日付日経新聞経済面掲載の、マーティン・リプトン弁護士のインタビュー記事から以下にメモする。(企業法務の大家であるリプトン氏は長年、「短期的な株主利益の追求(株主第一主義)」からの脱却を訴えてきた)

米経営者団体『ビジネス・ラウンドテーブル』が2019年8月に株主第一主義からステークホルダー資本主義に転換した。短期的な利益の追求が格差や社会不安を生んだ。あらゆるステークホルダーの利益に配慮した経営が資本主義を守る、との認識が広がり、実際の行動につながっている。

私が考えるステークホルダー資本主義とは、個々の利害関係者を等しく扱うのではなく、株主価値の最大化を目指すなかで、従業員や顧客、取引先、環境、地域社会に配慮する経営だ。企業と主要株主が合意して、持続可能な成長戦略を進める必要がある。

企業があらゆるステークホルダーに利益をもたらそうとする動きについては、政府は(情報開示ルールなど)基本的な指針を定めるだけにとどめ、実際の行動は当事者に委ねるべきだ。
ただステークホルダー主義のあらゆる側面を包含した開示基準を作るのは難しい。気候変動問題や人材の活用、経営者の報酬など個別事案ごとに企業の行動を見ていくべきだ。

・・・ステークホルダー資本主義は、株主を含む全てのステークホルダーを等しく扱うわけではない。企業経営の基本はあくまで、株主価値の最大化である。これが行き過ぎて様々な弊害を生んだのが、短期的な利益極大化を目指す株主第一主義。これに代わるものがステークホルダー資本主義及び企業経営ということで、そのコーポレート・ガバナンスは、あらゆるステークホルダーに配慮しつつ、中長期的な企業価値の向上を目指す。とはいうものの、そんなことができる企業は、いわば余裕のある企業なので、数もそんなに多くはないだろうな。

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2020年5月30日 (土)

少子化対策、日本の失敗

1989年の出生率数値が社会に与えた「1.57ショック」により、少子化対策が日本の重要課題として認識されたものの、結局、平成の30年間は少子化に歯止めがかからないまま過ぎた。「パラサイトシングル」や「婚活」などの言葉の産みの親でもある山田昌弘先生は、この少子化時代の批判的伴走者として提言を続けてきた社会学者だ。新刊『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社新書)で山田先生は、日本の少子化対策を「総括」。対策失敗の原因は、日本社会に特徴的な3つの意識を考慮しなかったことだという。以下にメモ。

将来の生活設計に関するリスク回避の意識
現代の日本人の多くは、将来にわたって中流生活を維持することを至上命題にしている。そして、将来にわたって中流生活を送れなくなるリスクを避けようとする。
日本人の強い「世間体」意識
若者は、結婚、子育て、そして、老後に至るまで「世間から見て恥ずかしくない生活」をしなければならないと考えている。それが、日本の少子化に大きく影響している。
強い子育てプレッシャー
「子どもにつらい思いをさせたくない」という感情がリスク回避と世間体と合体して、子どもを持たない方向に作用している。

日本社会は、高度成長期を経て、多くの人が自分を中流だと思う社会となった。つまり、「世間並み」の生活を送っていることが、当たり前と見なされる社会となっている。「世間並み」の生活を送れないことは、世間に顔向けできない、つまり、親戚、職場の仲間、学校の同窓生などから下に見られることになる社会になっている。

日本では、「世間並みの生活」から転落する可能性を避けようとする意識が強い。これを「中流転落不安」と読んでおく。その「中流転落不安」が、結婚だけでなく、男女交際まで控えさせている。

現代の日本の少子化の根本原因は、経済格差が拡大しているにもかかわらず、大多数の若者は中流意識を持ち続け、「世間並みの生活」をし続けたいと思っていることにある。ということは、若者の将来にわたる経済状況、もしくは、中流生活を期待する意識、そのどちらかを大きく変える政策をとらなければ、少子化は解消されない。

・・・中流意識社会を生んだ高度経済成長は既に過去のものであり、そのような経済状況の再来は望めない。とすれば意識を変えるしかない。中流生活に拘らない。世間体を気にしない。そもそも「世間並み」という言葉に確固とした内実はない。「中流」や「世間体」という意識と、自分が結婚し子どもを持つという意思をリンクさせないこと。もっと言えば、つまらない価値観=幻想に縛られずに、日本人は個人が自分自身の生きるリアルをもっと自由に追求するべきなのだ、ということかも知れない。

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2020年4月18日 (土)

「不要不急」の消費で経済は回る

本日付日経新聞オピニオン面のコラム記事(経済は「遊び」 自粛を糧に)から以下にメモする。

新型コロナウイルスの感染が拡大してから、よく耳にした言葉の一つが「不要不急」だろう。そこでふと疑問が浮かんだ。日本経済の中で、不要不急とはどれぐらいの経済規模なのかと。

阪神タイガース優勝やオリンピックなどの経済効果を算出することで有名な、関西大学の宮本勝浩名誉教授に聞いてみた。「実は過去に積算を試みたが、線引きが難しく、数値を出しづらかった。ただモノ・サービスの大半は不要不急で、逆に医療、交通、食品など必需品の方が限られてくる」

政府が緊急事態宣言を出して以来、スーパーや商店街などの小売店以外、静まりかえった東京。改めて日本経済が不要不急の世界で回っていたことを実感する。

分け方にもよるが、最大の産業が余暇だ。レジャー白書によると2018年で約72兆円に及ぶ。アウトドア・ランニング用品やフィットネスクラブ、ゲームセンター、カラオケ、観光、音楽・動画配信などで構成される。これだけでも約300兆円の個人消費の約4分の1を占める。

経済が成熟化すると、生活必需品や社会インフラ費用の割合は低下する一方、不要不急の消費の比率は高まる。誤解を恐れずに言うと、経済はほぼ「遊び」でできているのだ。ホモ・サピエンスはホモ・エコノミクス(経済人)であり、ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)でもある。

・・・遊びをせんとや生まれけん。今の経済の主役は「不要不急」のモノやサービス。豊かな社会とは、「不要不急」のモノやサービスがあふれかえる社会である。そのことが、今回のコロナ・ショックでよくよく分かった。コロナ後の経済が変わるのか変わらないのか何とも言えないが、ひとまずは「不要不急」のモノやサービスを享受する自由を速やかに取り戻せたら良いなと思う。

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2020年1月24日 (金)

「不機嫌な時代」は終わらない

『不機嫌な時代―JAPAN2020』(1997)などの著作があるピーター・タスカ。長年、日本市場をウオッチしてきたストラテジストは、この先の日本をどうみているか。日経新聞電子版1/22発信のインタビュー記事からメモする。

景気低迷で閉塞感に満ちた日本の90年代を「不機嫌な時代」と表現しました。現在はどうでしょう。
「不機嫌な時代は終わるどころか、世界的な流れになってしまった。90年代は日本だけの問題だったが、いまや先進国経済は総じて長期停滞に陥り、多くの国で政治の内向き傾向が強まっている」
「大きく3つの原因がある。まずは人口成長の減速。次に将来への不安だ。IT(情報技術)や人工知能(AI)の普及で、いまやホワイトカラーの労働者も職が奪われる懸念を抱いている。3つ目が若い世代の価値観。モノの所有ではなく共有が一般的になり、消費の伸びが抑えられている。不機嫌な時代から抜け出るのは容易ではないだろう」

2045年にかけて日本が直面するリスクは。
「『失われた20年』に逆戻りする可能性が否定できない。アジアや世界で経済・金融危機が起きれば、超円高が進んで再びデフレに陥る恐れがある。引き金を引く可能性が相対的に高いのが中国だ。デレバレッジ(過剰債務の圧縮)が一気に進んで、景気が腰折れするリスクがある。そうなれば影響は世界に広がる」

日本の強みを生かし、変革を促す原動力は何でしょう。
「労働力不足への対応が成長へのドライバーとなる。労働者の効率的な活用が不可欠になるし、自動化に向けた設備投資も高水準で続くだろう」

・・・『不機嫌な時代』の刊行された1997年は、山一証券や北海道拓殖銀行が破綻するなど、日本の金融危機のピークの時期に当たる。それだけに当時は日本が混乱から衰退に向かう見通しにリアリティがあり、2020年のイメージは「灰色」としか思えなかった。そして今、あの頃の未来である2020年にぼくらは立っている。オリンピックへの期待もあり、思ったほど状況は悪くはないみたいだ。とはいえ、人口が減少する日本の大きなトレンドは衰退方向であるという印象も変わらない。もはやトレンドを大きく転換させるのは難しいとしても、日本は出来る限りの手を尽くして、国民の生活水準や利便性を一定以上のレベルに維持していくべきであり、それはまた可能だと考える。

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2019年11月29日 (金)

築地本願寺の「ドラッカー経営」

今年定年になった自分は、独り者ということもあり、いわゆる「終活」という感じで、既に自分の骨を納める場所を確保している。その「墓地」は、築地本願寺境内にある「合同墓」。自分は築地の聖路加病院で生まれたので、人生の初めと終わりは同じ場所にするか、という自分でも納得できるようなそうでもないような理由付けもしている。

その築地本願寺、昨夜のテレビ番組「カンブリア宮殿」が特集していた。MCの村上龍、小池栄子が迎えたのは、お寺のトップである宗務長の安永雄玄氏。

いま、築地本願寺はとにかく商売熱心なお寺になっている。共同墓のほか、展開する「ビジネス」はカフェ、グッズや書籍の販売、カルチャー教室、本堂利用の結婚式など多岐に亘る。これらのビジネスを推し進めている安永氏のキャリアの出発点は銀行。そこからコンサルタント業に転じ、多忙な日々の中、通信教育により50歳で僧侶の資格を取得。これが2005年のこと。そして2012年から築地本願寺の経営に関わり、2015年に宗務長に抜擢されたという、フィクションでも思いつかないような展開だ。

安永氏の目指す経営は「顧客主義」。ドラッカーの言う「顧客創造」と「イノベーション」の実践だという。多くの人をお寺に呼び込んで縁を結ぶ(顧客にする)ためには、顧客が何を望んでいるかを見極めてサービスを提供しなければならない。まさに、お寺の経営にビジネス感覚を持ち込んだという感がある。そこにはまた、「檀家制度」が崩壊している中でお寺が昔のやり方を続けていると、築地本願寺でさえ消えてなくなる、という強い危機感がある。

今のお寺には今の時代に相応しい役割があるだろう、と自分も思う。築地本願寺のビジネス展開は、現代社会におけるお寺の在り方を追求する試みでもある。その事業展開と経営力がどのような成果を挙げるのか、とても気になる。

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2019年11月12日 (火)

「こんまり」と低金利

オーストラリアの政策金利は過去最低の0.75%。豪中銀のロウ総裁は「消費の見通しが引き続き不確実だ」と説明している。地元紙のコラムによれば、この低金利環境は、「こんまり」の愛称で知られる片付けコンサルタントの近藤麻理恵氏が間接的に影響している。らしい。本日付日経新聞市況欄コラム「市場点描」(豪の低金利「こんまり」が一役?)からメモ。

ここ数年、オーストラリアのテレビではミニマリズム(必要最小限まで減らす考え方)をテーマにしたドキュメンタリー番組や「ウォー・オン・ウェイスト(無駄との戦い)」といった番組がはやっている。火付け役は「ときめく」か「ときめかない」かで、不要なものを捨てることを勧めるこんまりだ。

(地元紙の)コラムでは「安価な商品の輸入に支えられた大量消費時代が終わりを告げようとしている」と指摘。安い家具や食べ物などが過剰な時代は、よく熟慮された消費主義にかわろうとしているという。こんまりが広める考え方は、あながち景気減速と無関係ではないのかもしれない。

・・・「こんまり」が世界に広がりつつあるとすれば、世界の低金利環境も続くことになるのかな。それにしても、こんまりが欧米人にも受け入れられているのは、ちょっと不思議な感じがする。不要なものにキスして「さよなら」と告げる。モノにも命があるかのようにふるまう、こんまりの流儀は、いかにも日本的アニミズムを感じさせる。欧米人の文化のベースにあるキリスト教の考え方では、創造主と被造物をはっきり区別するから、モノはあくまでモノと見ている。と自分は理解していたので、アニミズム的なこんまりが欧米人にも広まるのは何でだろう~何でだろ、と思うのだ。

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