2018年8月11日 (土)

うなぎの「イチビキ」

名古屋でうなぎというと、「イチビキ」が人気店らしい。と聞いて、一回行ってみるかと思って調べたら、朝10時からお昼の分の整理券を配る(開店は11時30分)という。で、納屋橋近くにあるお店に先月数回、10時台に行ってみたら、毎回「整理券配布終了」という目に遭った。こりゃあ10時にはすぐなくなるんだなと了解して、本日は9時15分頃にお店の前に到着。既に20人程が並んでいた。やはりみんな早くから来るんだなと納得しつつ、列に加わった。

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10時になり整理券を渡される。24番、12時30分の予約だ。もちろん自分の後ろにも人の列。やはり10時に整理券はすべて配布終了という状況だった。
入店まで2時間半の間、QBでヘアカットしたり、本屋に行ったりして時間を潰す。予約時間の10分位前にお店に入った。お店からは白煙がもうもうと出ていて、辺りにはうなぎを焼く匂いが漂う。
注文したのはうな丼2,500円。今日も暑いので、ビールの小瓶もいただく。ちなみに上丼は3,000円、特上丼は3,800円。焼くのに時間がかかるとも聞いていたが、注文してから10分程で出てきた。なるほど肉厚のうなぎである。食べ応えあり。

とりあえず「イチビキ」のうなぎ、体験して満足しました。次は上丼や特上丼を食べてみる・・・かどうかは分からないが、行く時は9時台から並ばないとアカンですね。

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2018年8月 5日 (日)

スパイシーマサラ(京都駅)

今日は所用で京都まで出かけた。京都に行くと食べたくなるのが、駅の中にある「スパイシーマサラ」のカレーライスだ。いわゆるスタンドカレー店で、新幹線乗り場から在来線連絡口を抜けてすぐの、少し奥まったところにある。この入口の反対側(改札の外)からも、入れるようになっている。

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京都まで行ってカレーを食べるのもアホみたいだが、京都に行くと何となく食べてしまう。この手のカレー屋さんとしては、かなり良い味だと思っている。東京の新宿とかにあるC&Cよりも好きな味である。

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2018年8月 3日 (金)

名古屋、最高気温40度

本日の名古屋、最高気温40度達成!

灼熱の日射しを受ける街の空間を熱風が吹きぬける。

ここは砂漠の中の都市なのか?

いつの日か「俺は最高気温40度の名古屋にいたことがある」と人に自慢できるだろうか。

(そんなの自慢にならんだろー。 笑)

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2018年7月16日 (月)

母の命日に

(どこかにあるのかも知れない母上様の魂に向けて)

母上様のいない世界を25年間、どうやらこうやら生きて参りました。

やはり人生は無意味です。結局のところ自分の人生に大した意味は無い。

いや、生まれたことに文句を言ってるんじゃありません。

大した意味の無い人生ではあるけれども、

母上様から受けた愛情のおかげで、ここまで自分は生きてこれたのだと。

そしてこれからも、母上様の愛情の記憶により、自分は生きていけるのだと。

母上様の愛情、もったいのうございました。

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2018年1月 3日 (水)

平成30年の初詣は日泰寺

名古屋で迎えた平成30年のお正月。近年自分は初詣スルーが続いていたけど、環境が変わったせいなのか、何となく初詣に行くかという気持ちになり、東山線沿線にある覚王山日泰寺に出かけてみた。
午前中に行ったら、参拝客は少ない。たくさん人がいるのも疲れを覚えるが、あんまり人がいないのも初詣の雰囲気としては物足りないものだなと思った。

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日泰寺は明治37年(1904)建立の、歴史的には新しいお寺。何でも宗派を超えた仏教寺院とのこと。タイ国から寄贈された仏舎利を境内に収めており、日本とタイから名前は日泰寺。また覚王とは、お釈迦様のことだそうです。

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2017年12月23日 (土)

メリークリスマスだぞっ

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メリークリスマス!ということで、写真は「名古屋クリスマスマーケット」会場のクリスマスツリー。場所は栄の久屋大通公園、ツリーの後ろに見えるのはテレビ塔です。検索してみたら、東京でも日比谷公園で同様のイベントをやっているのだな。オクトーバーフェストやクリスマスマーケットがイベント化されるなんて、日本は徐々にドイツ化しているのだろうか。んなわけないよな。

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2017年11月25日 (土)

消えゆく半チャンラーメン

もう30年も前、神保町にある小さな出版社に勤めていたことがある。なので、ラーメン屋の「さぶちゃん」閉店のニュースが目に入った時は、感慨めいた思いを抱かざるを得なかった。看板メニューは、ラーメンとチャーハン半分のセット、半チャンラーメン。21日付東洋経済オンライン発信記事(執筆者はラーメンライターの井手隊長)から以下にメモ。
 
東京・神保町で長らく愛されてきた老舗のラーメン店が、ひっそりとその看板を下ろした。「さぶちゃん」。熱心なファンを獲得しており、行列が目立つお店として有名だった。
 
「さぶちゃん」が閉店してしまったのは、「半チャンラーメン」というメニューを提供してきた「町中華」の凋落を象徴しているようでもある。
 
「町中華」は今、店主の高齢化や後継者問題に悩んでいる。
厚生労働省が2011年に発表した「飲食店営業(中華料理店)の実態の経営改善の方策」によれば、個人経営の中華店の店主の年齢は50歳以上で72%。5年以上前のデータなので、今はさらに高齢化が進んでいるだろう。
このうち営業時間が10時間以上の個人店は30.8%。閉店時刻も「21時以降」が73.9%を占め、長時間営業が当たり前となっている。そして、「後継者がいない」と答えたお店は何と全体の62%に上った。
 
店主の高齢化が進み、後継者探しも難しく、長時間労働となると閉店もやむなし。実数を把握できないが、「町中華」は確実に町から減ってきている。おのずと「半チャンラーメン」を出すお店も減ってきているということだ。
 
・・・「町中華」の減少のほか、糖質制限ブームの逆風、調理工程は多いのに価格設定は抑えめ、というのも半チャンラーメン衰退の理由という。
 
日本の中小零細企業が抱える、経営者の高齢化と後継者難という問題から、町中華も逃れることはできない。それが現実だろうとは思う。でも、このまま町中華そして半チャンラーメンが消えていき、町のラーメン屋はチェーン店だけになってしまったら、それも何だか味気ない感じがする。

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2016年5月22日 (日)

「団地」を巡る雑感

サラリーマン引退後は、古ーい安ーい公団住宅にでも住もうかと思い始めた。公団住宅、要するに団地、今でいうUR賃貸住宅である。昔は「空き家募集」というのが年4回行われていたが、今はどこでも空き部屋があれば、いつでも入れる。一人で申し込めるのは1DKとか1LDKという制限も今は無い。保証人も不要だから自分のような一人もんには好都合だし、更新料がないのも有り難い。

ということで、今年初めから物色をぼちぼち始めたところ。今は会社に比較的近い場所、東京都区部の東の端っこに住んでいるが、引退すれば通勤時間とか関係ないので、東京都内の西の方に移ろうと思い、パンフレットやサイトで主に西武線沿線の団地の情報を眺めている。

改めて思い出すと、自分も団地に結構長いこと住んでいた。高校生の頃の江東区南砂住宅を振り出しに、数か所の公営住宅に結局、通算18年余りの居住経験がある。南砂に5年間のほか、西葛西駅近くの江戸川区清新町住宅の居住も9年間と長かった。

そんな感じで団地のことを考え始めたら、雑誌「東京人」6月号の特集が「東京なつかしの団地」ときたので購入。特集の中の、是枝裕和(映画監督)、重松清(小説家)、原武史(政治学者)の鼎談記事を読み、そこから重松と原、両氏の対談本『団地の時代』(新潮選書、2010)も読み、今日は是枝監督の最新作「海よりもまだ深く」も観てきた。

映画の舞台は西武線沿線の団地。阿部寛演じる主人公は、別れた妻子との関係やら仕事やらギャンブル癖やら、いろいろこじらせている中年男。そのお母さん役の樹木希林が面白い。自然で味わい深い演技、何気なさが凄すぎる。主人公と掛け合い漫才風に語らいつつも、それとなく諭します。失われたものや叶わぬ夢を追いかけるのは諦めないと、幸せにはなれないよ。みたいな感じで。

『団地の時代』については、西武と東急の戦略の違い、というか西武の戦略不在?と東急のブランド化推進により、沿線イメージに大きな差が開いた、というような感じの話が面白かった。

自分の団地経験は高校生以後、町中の工場跡地や埋立地に建てられた団地に住んでいたというもので、新しいライフスタイルとして2DKが持て囃されたという郊外団地に子供の頃住んでいた人との経験とはかなり違うこともあり、団地に対して懐かしいという感覚はない。でも、確かに団地は日本の社会を映す鏡の一つであるとは思える。国土交通省は、URの大型団地の医療福祉拠点化を進める(今年1/19付日経新聞)とのことだが、これからの団地がどのように変わっていくのか、注目しておきたい。

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2016年1月21日 (木)

障害と闘う勇気に教わる

僕は身体障害者の端くれである。障害者等級は5級。左足に麻痺部分があり、充分に力が入らないので歩行は少し不安定である。原因は脊髄腫瘍(硬膜内髄外腫瘍)。手術はしたが症状は改善しなかった。

そんなこともあって、最近は障害に関わる話に何となく関心が向くのだが、NHK・EテレでハートネットTVという障害者福祉系の番組がある。この番組では去年、ナチスの障害者抹殺政策の話をやっていた。何となく見たのだが、障害者抹殺はユダヤ人虐殺よりもナチスの恐ろしさを示しているようにも感じた。つまり、ユダヤ人排除にはヨーロッパの歴史的背景も無視できないのに対して、障害者抹殺は健康至上主義というナチス独特の思想から来ているということ。

そのハートネットTVで、昨日今日と神足裕司氏が出演していた。神足氏は現在58歳。80年代、マルキン・マルビを流行語にしたコラムニストである。2011年くも膜下出血に襲われて奇跡的に一命を取りとめたが、左半身マヒ、高次脳機能障害など重い後遺症が残った。それでも奥さんの助けを得ながら著述活動に取り組む姿が伝えられた。

このほか最近、たまたまテレビで見たのは、外食企業ダイヤモンドダイニングの松村厚久社長。現在48歳でパーキンソン病、身体の動きが不自由な状態であるが、昨年東証1部上場を果たし、さらなる事業拡大に向けて走り続ける。これは10日の日曜日夜「ミスターサンデー」で紹介されていた。それから17日の日曜日夕方「夢の扉」で見たのは、24歳で重度の身体障害者でありながら会社を経営する佐藤仙務氏。佐藤氏は脊髄性筋委縮症という難病で身体が殆ど動かせない、自称「寝たきり社長」。同じ障害を持つ仲間と会社「仙拓」を作り、IT系の事業を営んでいる。

彼らの示す勇気に教わった。病や障害は関係ない。生きている限り、自分のできることをやる。それが一番大事なのだと。

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2014年12月21日 (日)

ALS患者に教えられること

今日の午後、難病ALSの番組(テレビ朝日)を見た。患者の富川さんという女性は、この8月に46歳で死去。テレビ朝日の富川悠太アナウンサーの従姉であるとのこと。

ALSは発症すると神経が侵されて全身の筋力が低下。身体が動かなくなり、最後は呼吸困難になって死亡する。原因は不明、現在のところ治療法もない難病である。

呼吸困難に陥った時、人工呼吸器を喉に付ければ延命できるが、発話能力を失い、コミュニケーションは容易ではなくなる。富川さんは、自分を介護する両親の負担も考えて、人工呼吸器を拒否したという。

今年はNHKの番組でも、ヒロさんという30代男性の患者を見た。人工呼吸器を付けたヒロさんは、文字盤を使ってコミュニケーションする。ブログや本を書くなどの活動も行っている。まだ若いので、闘病する意志や気力があるのだろうと推測する。

夏場にちょっと話題になった「アイスバケツチャレンジ」も、ALSの治療・研究を支援するための寄付を求めるイベントだった。

ALSとは別の話だが今年、安楽死の意志をネット上で公表して、11月に予告通り死去した若い米国人女性がいた。脳腫瘍を発症して余命宣告も受けていたのだが、論議を呼んだのは記憶に新しい。これはいわば「病苦による自殺」だろうから、周囲の人が自殺幇助罪に問われなければ、選択肢として認められてもいいような気がする。

富川さんの場合は、無理に延命しない尊厳死ともいえるのだろうが、結局自分の身体のことは自分ひとりで引き受けるほかないのが現実なので、当人の意志を尊重するしかないと思われる。このような不治の病に冒された患者の辞世の覚悟の在り方は、当然ながらいずれは死すべき我々にも無縁のものではない。

いずれにせよ患者さんたちは、動かなくなっていく身体を抱えながら、自分にできること、自分のやるべきことを見定めて、人生を全うしようとしている。そのような患者さんたちのことを想うと、左足に軽い障害のある自分も、もっと根性出して生きなければ、と思う。

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