2009年12月 5日 (土)

ブログは続くよだらだらと

最近、人様のブログで「ブログが終わる時」という記事を読んだ。
あるブログは、「自分の才能のなさに絶望した」とひとこと記されて、程なく更新が止まる。終わってしまうブログには、それぞれに窺い知れない背景や事情や理由があるのだろうなあとしみじみ感じた。

自分は名古屋在住時にブログを始めてから5年が過ぎた。
名古屋で2年半、東京で2年半と、丁度半々になったところ。
何となく続いているのは、基本的にメモだから。
自分のようなただのサラリーマンに大した考えも文章力もない。
(自分の才能の無さにはとっくに絶望してらあ)
人様のものの見方を引用して集めているだけのブログである。
まずはとりあえず自分の備忘録であるということ。
それが検索などで偶々誰かの役に立つことがあればマイプレジャである。
今年の春頃に脊髄腫瘍のエントリで、同じ病で手術を受けるという若者とコメントのやり取りをした。
自分の経験をブログ記事にしたことで、少しは人の役に立てたかも知れない。
そういう気持ちを持てたことは自分には有り難いことだった。
それはそれとして彼は元気なのだろうか。時にふと気になってるぞ、ヒロ君。

基本的に人様の意見のメモなので、書くことが尽きることはない。
どんな分野にも専門家がいて、世の中にはいろんな意見が溢れているので。
逆にいえば、いろんな意見に自分の感受性が反応できなくなったらお終いだけど。
そうならない限り、能動的に止めようと思うことは多分ないだろう。
そんなゆるいスタンスで、これからもだらだら続くと思う。

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2007年1月 7日 (日)

「ウェブ幸福論」とか

年を取ると、ものの考え方が単純になってくる。例えば「幸福とは何か」と問われたら、若い時はあれこれカンネン的に考えをひねくり回したかも知れないが、中年になった今ではごく単純に思う。幸福とは、周囲の人々に恵まれることだよな・・・。で、そんなワタシが『ウェブ人間論』(梅田望夫と平野啓一郎の対談、新潮新書)を読めば、以下のような梅田氏の発言をメモするのも当然の成り行き。

ある人が、仕事の時間も含めて心地よく生きられるコミュニティを発見して、そこで長い時間過ごすことって、幸福という観点からとても大切だと思うんです。たまたまリアル世界で充実していて幸福な人はいいですよ。でもそうでない環境にいたら、そこに留まっていてはいけない。新しい情報によって動いて、行動して、自分の居場所を見つけていく人だけが幸せに生きることが出来る。ネットという新しい道具を使って自分の居場所を探すんですよ。

ブログを書くということがつい最近始まったわけですが、不特定多数に向けて何かを表現することがきっかけになって、人間が変容していくことがあると思うんです。たとえばブログではプロフィールを求められますね。自分の特徴、自分の趣味や好きなものを考えたり、自分をアイデンティファイする必要に迫られる。

アイデンティティが固定化されると、同じことを考えている人との共振があって、そのコミュニティの充足を目指していく。それを僕はかなり肯定しています。人間がそう変容していくというのは、今までよりもずいぶん幸せな選択なのではないかと思います。自分とは何ぞや、と考えてみて、結局わからなくても、誤解であれ何か規定しながら少しでも生きやすく、ハッピーな時間が続くという生き方を、選んでいけばいいんじゃないかと思う。

・・・自分の考える幸福すなわち「周囲の人々に恵まれる」、その「周囲の人々」の概念を、ネットは大きく拡げる可能性を持っているだけに、ウェブ社会の中で生きる人間は幸福になる機会も大きくなっているのではないか、と思う。まあ何にせよ、自分の居場所を見つけるとか、作り出すというのも、そうカンタンではないのだけれど。

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2006年12月 8日 (金)

山川健一のブログ作法

多くの人が自分のブログを持つ昨今、職業作家の書く「ブログ文章読本」の類が求められているのではないかなあ、と感じていたところに、山川健一の『「書ける人」になるブログ文章教室』(ソフトバンク新書)が出た。以下にメモ。

ブログはしょせん「日記」にすぎないという意見をよく聞く。しかし、じつは「日記」文学や随筆こそは日本に独特な、豊かな文学の母体ではないかとぼくは思うのだ。

ブログ上の文章で、もっとも具体的な文章が記事だ。記事という素材があり、これに「私」をミックスするとコラムになる。コラムという形式を厳密に定義することはできないが、「比較的短い文字量で、何かの対象について私的な視点を持ちながら独特な世界を描く文章」ということになるのではないか。この形式は、まさにブログ向きだ。

コラムの次にくるのがエッセイとか随筆とか呼ばれる文章だ。いわば身辺雑記的なもので、これを面白く読ませるのはなかなかたいへんだ。参考になるのが、『枕草子』や『方丈記』、そして『徒然草』のコンセプトである。

季節の移り変わりなどをベースに好きなものについて書いていく。その合間にさり気なく自己主張を隠しておいたり。これが『枕草子』コースだ。日常的な体験や風景を描写し、それが無常観とは言わないまでも、自分なりの人生論や哲学につながっていく。これが『方丈記』コースである。そして、オヤジのグチの『徒然草』コースである。オヤジのグチも「あやしうこそものぐるほしけれ」までいけば立派なものである。

作家は、多くのブログが「記事」「コラム」「エッセイ」のどこかのカテゴリーに入るとして、ブログに取り組む際に、文章のスタイルやカテゴリーの設定を考えることは非常に有効だ、と提言。コラムならあくまでもシャープに、エッセイなら『枕草子』『方丈記』『徒然草』、3つのコースのどれかを選べばいい、とアドバイスする。

作家はまた、自分の想いを感じてみることは、文章の技術的習得以上に大切なことだ、と言う。そして、文章を書くという行為は「自分はどんな人間なのだろう」ということを不断に問い続けることではないか、と記すのである。

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2006年10月18日 (水)

ウェブ新時代と作文力

昨日10月17日付日経新聞のコラム「大機小機」によれば、ウェブ2.0時代には作文力が求められる、らしい。ウェブ新時代においては、「個はこれまでのような単なる情報受信者としてではなく、創造的な情報発信者としても行動し始める」として、分かりやすい例はブログだと言う。市況面にあるコラムとしては、少し毛色の変わったことが書いてあるので、一部をメモ。

優れたコンテンツを有するブログは、リンクを張られ増殖し社会に絶大な影響を与える。そのコンテンツは作文力が決め手で、知識以上に知恵が必要となる。

おりしも安倍新内閣は教育改革を政策重点項目に掲げているが、「知識より知恵」の教育の一環として、作文力養成を考えるべきではないだろうか。

魅力的なエッセーを創作するうえで、必要なのは洞察力・直観力・創造力などに裏付けられた知恵であり、さらに、読者の心をつかむには、チャーミングな人間味あふれる要素が加味されなくてはならない。気の利いたジョークや適切なメタファー(隠喩)などである。

・・・ということで、チャーミングな文章なんて書くの難しいわ、うふふ。ってな感じもする(何じゃそりゃ)が、基本的には同意します。理想は、内容は何でもいいから、あの人の書いたものが読みたいと思わせる文章、と思ったりする。そうなると文章というか文体だな。チャーミングな文章とは、チャーミングな文体=スタイルということ。いまどき流行らないかも知れないが、ブログ向けの「文章読本」なんてものが求められるのでしょうか。

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2006年5月29日 (月)

「ウェブ2.0」の時代

「ウェブ2.0」という言葉が一般ビジネス誌にも登場するようになってきた。「週刊ダイヤモンド」(5/20号)に続き、今週の「週刊エコノミスト」(6/6号)も「ウェブ特集」を組んでいるが、同誌掲載の梅田望夫氏(『ウェブ進化論』著者)のインタビュー記事からメモしてみる。

変化の核心は、情報の「送り手」と「受け手」の区分がはっきりしていた「1.0」時代と違い、“不特定多数無限大”とも言うべきネット利用者が生み出す情報(ブログ、ソーシャル・ネットワーキングなど)こそが、ネットコンテンツの核心になったことだ。

これまで自己表現の手段を持たなかった膨大な数の人々が表現行為を行う「総表現社会」の到来は、社会を大きく変えていくだろう。特に「エリートと大衆」の間に、かなり質の高い「第三の層」(日本でいえば500万人から1000万人くらい)が台頭することが大きいと思う。潜在的な能力が高く、見識もあるけれど、別に今、社会に向かって何かを発言する立場にはないという人がたくさん世の中にはいる。そういう人たちが、ネットを使ってそれぞれ言葉を発していけば、世の中はずいぶん良くなっていくのではないか。

ビジネスの変化としては、組織内でのオープンな情報共有が進み、組織外に対してもオープンな組織が生産性を著しく向上させていく。例えば、若い技術者が経営する小さな企業では、すべての社員が、社員全員に向けて情報を発信しながら仕事を進めており、そういう組織の生産性は著しく高い。一方、失うものの多い大組織は、情報漏洩リスクなどに過剰に反応し、組織内で情報共有するどころか情報隠蔽の方向に向かい、生産性をないがしろにしている。その差が顕著に表れてくるはずだ。

政府主導のプロジェクトや大手IT企業の研究の中から、グーグルのような会社が生まれることはないだろう。ミクシィの笠原健治社長やはてなの近藤淳也社長に代表される、75年生まれ以降の若い世代の起業家精神によってのみ、そういう可能性が生まれる。

・・・中年のワタクシとしては、若いネット起業家たちが変えていく世の中に、何とかついていくことを心がけるしかないな。

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2005年11月 1日 (火)

サラリーマン・ブロガーがゆく

「アルファブロガー」(翔泳社)の中に、サラリーマンブロガーは「隠れキリシタン」なの?という題のコラムあり。

サラリーマンの書いたと思われるブログを30件ほど見てみると、実名と思われる名前が掲載されているのは2件のみ。所属している会社や組織まで公開しているブログは皆無。サラリーマンブロガーは、まるで「ブロガーであることを隠している」ようです云々。

うーん。決して隠している訳じゃないと思うんだけど。本名や会社名をわざわざ書く必要は無いっていう感じがする。(しかし、最初ハンドルネームって使うの、ちと恥ずかしかった。もう慣れちゃったけど)

日経新聞10月29日付の記事には、会社員がトラブルに巻き込まれるなどブログで失敗しないための5ヵ条として、匿名が無難、守秘義務を守る、著作権やプライバシーなど他人の権利を侵害しない、職場の備品・設備は使わない、公開前に反響を考える、とある。当たり前やな。まあ要するに、この記事の見出しにあるように、最初から「仕事の話題は避けよう」ということで済む話ではある。大体、自分の仕事の話なんか書く気するか?自分の専門も無いただのサラリーマンは、ひたすら趣味の話を書いてりゃいいのだ。

そしてとりあえず続けることが大事、ですね。自分もほぼ一年続けているが、中年単独者はブログするのに向いている、と言えなくも無い。とりあえず昔話というネタはあるし、平日の夜と土日は全て自分の時間ということでヒマもあるし。良いことか悪いことか解らんけど。

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2005年10月31日 (月)

『アルファブロガー』に学ぶ

人気ブロガー11人へのインタビュー集である『アルファブロガー』(翔泳社)から、自分の参考になった言葉をメモしてみる。

ブログを書く作法というか心構えについては、渡辺千賀氏(On Off and Beyond)のインタビューを読むのが良いと思う。以下に引用。

(ブログとは)「自己表現」です。自分が面白いと思ったことを、自分が面白いと思うように書くことにしています。
(気をつけていることは)否定的なことは極力書かない。あと、自分の思いや感想だけ書く、というのもあんまりしません。そうではなく、自分の考えを裏付けるような事実があったときに、その事実を淡々と記述するようにしています。要するに「自分のアンテナに引っかかったことを書く」ということなんですが。

渡辺氏のインタビューの中には、「たくさんの人に読まれる」というのと「自分が伝えたいことを受け止めてくれる人が読んでくれる」というのは違うことなんだなぁ、という人気ブロガーならではの洞察もある。たぶんそういうことなんだろうなぁ、と小生も推測する。

橋本大也氏(Passion For The Future)も、「基本的にはネガティブなことは書かないようにしています」と語っている。これ、結構大事なことかな、と思う。その方が上品だしね。それから、ブログを書く人へのアドバイスとして多く挙げられているのは、「続けること」。

最低でも半年とか一年は続けないと効果は見えてきません。(コグレマサト氏、ネタフル
「無理をしないこと」だと思います。続けることによって生まれてくる価値があると思います。(田口元氏、百式
自分を見失わず、続けていくことだと思います。(finalvent氏、極東ブログ
やはり自分にとって無理のないスタイルを作ることだと思います。(梅田望夫氏、英語で読むITトレンド

・・・ということで、継続は力なり、ですかね。とにかく、無理のないペースで続けて自分のスタイルを作る、そして自分のスタイルを作れば無理なく続けられる、って感じですか。

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2005年6月30日 (木)

Musical Baton

近頃、音楽ブログの間でMusical BatonだかMusic Batonなるものが、やり取りされているらしい。その質問内容に対する答えを、とりあえず自分も作ってみる。

1)コンピュータに入っている音楽ファイルの容量
 何ですかこの質問は。自分はパソコンで音楽聞いてません!・・・もっぱらCDやDVDを聞いたり見たりしてるとです。こんな質問を見ると、何だか自分がひどく年寄りになったような気がするとです・・・。

2)今聞いている曲
 さっき聞いたのはイングヴェイ・マルムスティーンの「イヴィル・アイ」

3)最後に買ったCD
 メガデス「ザ・システム・ハズ・フェイルド」

4)よく聴く、または特別な思い入れのある5曲

・ディープ・パープル「紫の炎」
 友人に聞かせられて、ロックの道に迷い込むことになりました。

・レッド・ツェッペリン「アキレス最後の戦い」
 ネブワースのライブ映像がとても好きだ。

・フォーカス「悪魔の呪文」
 ヤン・アッカーマンのギターがイイと思う。

・ブルー・オイスター・カルト「死神」
 ドナルド・ローザのギターがイイと思う。

・キング・クリムゾン「暗黒(スターレス)」
 (当時の)後期クリムゾンこそが最高のクリムゾンだ。

最近はバンド名や曲名を英語で書く人が多いのかな・・・ま、いいや。

5)バトンを渡す5人
 この「千種通信」は特に音楽ブログという訳でもないし、コメントやトラックバックしてない所にいきなり送るほど大胆でもないので5人は無理だよ~。とりあえず地元のaces_highサンに送ります。以上。

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2004年11月23日 (火)

ブログなるものを我もしてみんとてするなり

東京から名古屋に来て一年が過ぎた。40年以上も生きてきて、転職や会社合併は経験していたのに、転勤は初めての出来事だった。単身赴任ですかと問われて、あのーもともと「単身」なんです、と答える自分であった。名古屋に移った当初は「(東京を離れて)さびしいですか」などと聞いてくる知り合いもいたが、もともと友達も少ないので、「別に」という感じだった。というか一人暮らしも長くなると、さびしさというのも余り感じなくなってくる(気分はすでに独居老人?)。実際、東京から名古屋に物理的に住む環境が変わっても、一人者の生活パターンが変わるというものでもない。

しかし一人者というのは会社に行く平日はともかく、休日は会話がないのだなあ。しゃべらないとボケが早く来るのではないかと結構まじめに恐かったりする。どこへ行くにも概ね一人、そのことを余り人に話す機会もないということもあって、「文庫手帳」なるものに、その日自分のしたことをメモしたりしている。

というようなことで、人と雑談する機会に乏しいならば、少なくとも書くことぐらいはしようかなというのが、このブログなるものを、ITに決して強いとはいえないワタシ(自分の年代、40代はITにやたら詳しい人とそうでない人が極端に分かれるような印象がある。自分は後者)がやってみるという、そのきっかけになっています。

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