2023年11月27日 (月)

Within Temptation、健在

オランダのシンフォニック・メタル・ロックバンド、ウィズイン・テンプテーションが先日、新アルバム「BLEED OUT」を発表。国内盤は出てなくて輸入盤を買って、久しぶりな感じで聴いてみたら、割と良かったので、バンドの最近のニュースをネットで探して見た。すると、今年の夏のヘルフェスト(フランス)のライブ・ステージが公開されていたので、これも観た。ボーカルのシャロン・デン・アデルが、大きなウクライナの国旗を振り回しながら歌う場面もあり、何だか妙に感動した。やはりヨーロッパでは、相変わらず大人気であるようだ。

今、日本での人気はどうなんだろう。新譜の国内盤が出てないところを見ると、前作のセールスは良くなかったのか。でも、ヘルフェストのライブを見る限り、今も魅力的で強力なロックバンドであるという印象だ。まあどうしても、シャロンとそのバックバンドみたいな感じではあるんだけど。(苦笑)

バンドが日本に来たのは、2014年のラウド・パークのステージが最後。単独ライブの来日は、2007年の一度きり。そのステージはDVDで観ただけなので、また何とか来日してくれないかなあ。

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2022年11月26日 (土)

ロバート・フリップ「音楽は一つだ」

「ギター・マガジン」12月号、ロバート・フィリップのインタビュー記事から、以下にメモする。

スコッティ・ムーア、あとはチャック・ベリー、ジェリー・リー・ルイスから生粋のパワーを感じたのは・・・私が11~12歳頃のことだった。
だが、13歳になった頃からジャズに興味が湧いてきた。
やがて17歳を迎えた頃には、いわゆるクラシック音楽というやつの、修練を要する側面に惹かれるようになった。これは何も特別なことじゃない。ビートルズだって、60年代のイギリスのロック・インストゥルメンタルだって、当たり前のようにクラシックから影響を受けている。

リッチー・ブラックモアのアウトロウズを観たのも17歳の時だったが、彼のギターは驚異的だったね。あの時のリッチーはわずか18歳だが、すでに熟達していて、音楽面でもプレイの技術面でも、ただただ圧倒された。

私はバルトークの「弦楽四重奏曲」とストラヴィンスキーの「春の祭典」からクラシックを聴き始めた。ほどなくして見出した❝音楽は一つだ❞という結論が、私の音楽性、そしておそらく価値観、および人生観のターニング・ポイントとなったよ。
「春の祭典」やバルトークのクラッシュ・コードはどうやって生み出されたのだろう? ジミ・ヘンドリックスの「Purple Haze」やビートルズの「A Day In The Life」「I Am The Walrus」が、すべて冒頭の一小節目から信じがたいパワーで私を釘付けにするのはなぜだろう? そんなことを、一つの音楽という大きな枠組みで境目なく考えるようになった。

私は大勢の若手プレイヤーから、時にはすでに地位を確立したギタリストからも、❝結局自分はクラプトンのようになりたかっただけなんだ❞と打ち明けられた経験がある。私がこの発言に引っかかる理由はわかるだろう? 私は彼らとは違うところに目標を据えていたからだ。・・・最終的に、私の中でこの問題は、想像の世界へと昇華していったけどね。❝もしヘンドリックスがバルトークの「弦楽四重奏曲」を演奏したらどうなっただろうか?❞というような。

・・・若きロバート・フィリップが若きリッチー・ブラックモアのギタープレイに圧倒されていたというのは、70年代ティーンエイジャーにとってはとっても興味深い話。
そしてまた、とっても単純に考えると、ジミヘンがバルトークを弾いたらキングクリムゾンになった、と思っていいのかもしれない。

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2022年11月 6日 (日)

「レインボー」トリビュート・ライブ

昨日5日、東京・六本木のEXシアターで開催されたのは、「レジェンド・オブ・ロック」と銘打たれたトリビュート・ロック・ショウ。昼はディープパープル「ライブ・イン・ジャパン」再現、夜はレインボー「オン・ステージ」楽曲中心の演奏、という二本立て。とりあえず自分は夜の公演を見た。

演奏曲目はキルザキング、ミストゥリーテッド、虹をつかもう、銀嶺の覇者、スターゲイザー、バビロンのアーチ、スティルアイムサッド。そしてアンコールのロングリブロックンロールまで2時間弱のライブ。写真は終演後のステージ。

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しかしディープパープル初来日から50周年ですか。はあ~。自分はディープパープル第2期には間に合わず、レインボーは何回かライブを見て、再結成ディープパープル(第5期)も見たという年代。ディープパープルについては第2期至上主義者でもなく、レインボーもロニー・ジェイムズ・ディオでなきゃ絶対イヤだ、という程でもない。だから一つのバンドでも、メンバーの異なる様々な時期を再現するライブを見てみたいなと思ってる。第3期ディープパープルでも、グラハム・ボネットのレインボーでもOK。90年代のレインボーも、リッチー・ブラックモアのハードロック・キャリアの集大成という感じで、銀嶺の覇者も紫の炎もスモークオンザウォーターも、まとめて聴けるのは単純に楽しいと思う。そういやあ、2016年にレインボーが復活したっけ。あれも既に6年前の出来事かあ。もはやレジェンドのハードロックをライブで聴こうと思ったら、トリビュートバンドもしくはユニットに頼るしかないという感じだな。

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2021年7月30日 (金)

M・フリードマンの語る70年代ロック

雑誌「レコード・コレクターズ」8月号の特集は「70年代ハード&ヘヴィ」。アルバム(スタジオ盤のみ)100枚のランキングの他、マーティ・フリードマンのインタビュー記事もある。日本でハードロックといえば、レッド・ツェッペリンとディープ・パープルが二大バンドということになりそうだが、マーティによれば、アメリカでは事情が異なるらしい。以下にマーティの発言からメモする。

アメリカでは、ディープ・パープルが〝二大〟だったことはないんじゃないかな。僕が子供の頃は〝レッド・ツェッペリン&エアロスミス派〟と〝ブラック・サバス&キッス派〟に分かれていて、僕は〝サバス&キッス派〟でした。

・・・この組み合わせの違いというのは何だろう――前者がよりストレートなロックで、後者はキャラの演出が入っているロック? 何と言ったらいいのか分からないけど、それはともかく確かに日本でのディープ・パープル人気は格別のものらしい。昔、典型的な日本人のロックの好みはディープ・パープルとキング・クリムゾンとかいう話を聞いたことがあるし(その点は自分も典型的日本人)。さて、キッスが好きでツェッペリンやパープルには興味がないというマーティも、パープルの演奏力には圧倒された経験があるという。引き続きメモする。

ちなみに、僕にとっての最初のアリーナ・ツアーは、ハワイでディープ・パープル(再結成)の前座を務めた時でした。84年頃ですね。正直に言えば彼らに対する興味はなかったんですけど、聴いてみたら演奏が素晴らしくて衝撃を受けました。パープルは凄く大きなヴォリュームなのに、音がキレイで演奏も完璧で、これぞ〝プロ〟って感じでした。それで彼らの音楽が好きになったということはないんですけど(笑)、パープルの演奏力には憧れましたね。

・・・パープルのライブ・バンドとしての力量は、彼らのファンでなくても認めるほかない、のだなあ。大したもんだなあ。

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2021年1月 4日 (月)

年末年始はベビーメタル

大みそかの紅白歌合戦は、とりあえず「鬼滅の刃」主題歌を聞けばいいと思って見ていたら、ベビーメタルが紅白初出場!で「イジメ、ダメ、ゼッタイ」を歌っていたものだから、「おおっ」という感じがした。

ベビーメタルはもう6年も前、2014年末のNHK特集番組が印象深かったけど、特に追っかけてたわけでもなく、個人的には「久しぶり」という感じもしたが、とにかく紅白初出場良かったねと思った。

で、ベビーメタルのライブを何か見たくなって、アマゾンにライブDVDを注文(一番安かった「ライブ・アット・ウェンブリー」)。2日後には届いたので、すぐに鑑賞。もう5年近く前のライブだけど、観客の放出する熱量は圧倒的だし、とにかくショーとして完成されているなあという印象。

さらに1月3日夜のNHK音楽番組「ソングスオブ東京フェスティバル」にもベビーメタルが出演したので見た。「PA PA YA!!」という歌を披露していた。何か昔のモーニング娘。の歌で似たような曲があったような気がした(笑)。ということで、なぜかこの年末年始はベビーメタルばかり見たのだった。(苦笑)

スーメタルさんは歌も上手いし実にカッコイイ。しかし6年前も思ったことだけど、メンバーが成長していくと「ベビーメタル」という看板でやっていけるんだろうか。結成10周年だそうだけど、激しいダンスができるのも若いうちだろうし、この先ユニット名はそのままにメンバー全員が入れ替わることもありうるような。あるいはユニット名を「カワイイメタル」にでもするか。

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2019年6月22日 (土)

「やさしくなりたい」

年を取ると、はやりの音楽にとんと疎くなる。なので、たまたまある曲を「発見」すると、それがかなり前の歌だったりすることにも気づいて、こんな曲があったんだ~と今さらながらに感心してしまうという、いささか間抜けな経験をするわけだ。

自分が最近気に入っている曲で、斉藤和義の「やさしくなりたい」という歌がある。これは2011年に出た歌だそうだ。何でこの曲を今頃になって知ったのかというと、今月DVD及びブルーレイが発売された桑田佳祐の「ひとり紅白歌合戦」の中で取り上げられていたのを聞いた、という案配だ。

とにかく何かよく分からんけどカッコイイ曲だな、と思って斉藤和義のCDも何枚か買って聞いてみた。基本的に日本のロックという印象なのだが、何かこの歌だけテイストが違う感じがある。ドラマの主題歌ということも知らなかったのだが、余計な印象抜きで曲そのものを聞けたのは良かったかも、と思う。

この歌を「ひとり紅白歌合戦」のセットリストに入れた桑田さんにサンキューである。

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2019年5月31日 (金)

アルカトラス名古屋公演

昨日30日夜、アルカトラスの名古屋公演(今池ボトムライン)に行った。グラハム・ボネットは近年、ちょくちょく来日しているみたいだが、自分がグラハムを見るのは12年ぶり。2007年のジョー・リン・ターナーとのジョイントライブ(東京・渋谷)だった。さらに昔話をすれば、84年10月のアルカトラスのライブを東京・新宿で見た。ギタリストはスティーブ・ヴァイだった。そこから数えると35年かあ。いやあ~何か不思議な感じです。

今回のライブは、ファーストアルバム「ノーパロールフロムロックンロール」の曲と、グラハムの参加したレインボー、マイケル・シェンカー・グループ等の有名曲が中心。グラハムは「ナイト・ゲームス」を歌った後、西城秀樹に言及。彼が亡くなって非常に悲しいと言ってた(と思う)。グラハム・ボネット・バンド名義で昨年出した最新アルバム「ミーンホワイル、バックインザガレージ」からも、自分が分かった曲では「ロング・アイランド・ティー」が演奏された。なんとかかんとかアウトサイド!ってガナる歌である。思えば新アルバムは全体的に出来がよかったと思う。結構現役感出てたし。

大昔そのルックスは「横山やすし」と呼ばれていたグラハム(本人はジェームス・ディーンのつもりなのに)だが、最近は髪のボリュームも減って「タモリ」化している。でも絶叫型のボーカルは健在。そのパワーの源はおそらく、バンドメンバーでありパートナーである巨乳女性ベーシストのベス・エイミーなのだろうなあ・・・。

4年前、再結成UKのライブを東京・中野で見た後、おそらくロックのライブに行くことはもう無いような気がしていたのだが、今回行ってしまいました。この後、来たら見る気になるバンドが何かあるかなあ・・・。

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2019年5月 4日 (土)

歌謡曲は偉大なのです

4月30日のNHKBS「桑田佳祐大衆音楽史ひとり紅白歌合戦」を見た。先の地上波放映時も見た番組だけど、面白いなあと思っていたので、この「再放送」も見た。

何しろ桑田さんの「ひとり紅白歌合戦」という企画が驚異的。人間ワザとは思えません。平成20年、25年と行われて、昨年平成30年の3回目でひとまず完結したという。番組は「ひとり紅白」で歌われた170曲以上の一部を紹介しつつ、歌謡曲、フォーク、ニューミュージック、Jポップの歴史の記憶をたどっていく。桑田さんとほぼ同年代の自分には、「シャボン玉ホリデー」の魅力や、クレイジー・キャッツやドリフターズの影響を語る部分も面白かった。以下に番組中の桑田発言から一部をメモします。

洋楽を聴くにつれて一周回ると、どうしても歌謡曲にたどり着くというか・・・洋楽並みの事をちゃんとやっているし、洋楽を聴いた耳だと理解できるし、歌謡曲は偉大じゃないか。自分の体の中ににしみこんでいる、血肉となっているんじゃないかと気づいて唖然とする。っていうか感動すらあるんですけども。それで「これを自分が表現したい」という風になりまして、「ひとり紅白」に行き着いたんだと思います。

「ひとり紅白」をやっていて、すごくいい体験になるな、勉強になるなっていうのは、ぼくら洋楽を経験して自分で楽器を覚えてアレンジをしたりっていう経験値の中で、はじめて50年近く前のグループサウンズの曲を歌うとね、「こんな宝物か」って思うぐらい、音楽の素晴らしい重要なエキスがすごいつまっている。単にいい曲っていうだけじゃなくて驚きもあるんですよね。

(フォークの流行について)あの当時、何か揶揄するような意見もあったじゃないですか。「四畳半フォーク」って言い方があって。そういう了見の狭い時代でもあったの。今思うと大きな勘違いでね。

(ユーミンの曲を歌ってみて)名曲っていうのは、もちろん聴いて良しだけど、歌ってもっていかれるっていうかね。歌という入れ物をお借りして、入れ物の中を自分の心が自由奔放に動き回れるっていうかね。大きな何か大事な器を与えてもらうような感じでね。

(昨年末の紅白歌合戦出演で)何かものすごく今後頑張れる気持ちにもなりましてね。ぼくらもよく悩むんですよ、いろいろ。「ホントにこれでいいんだろうか」とか。生きてるとクヨクヨするんだけど、「頑張ればなるようになるんじゃないかな」っていうのを、みなさんに以心伝心教えていただいたような気がしましてね・・・夢のような紅白でしたね。

・・・歌ってみて分かる歌謡曲の偉大さ。なるほどね。しかし桑田さんもクヨクヨ悩むのかと妙に安心する。と感じるのも我ながらヘンですが。

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2019年3月24日 (日)

『メタル脳』

脳科学者中野信子が愛する音楽は何とヘヴィメタル。「社会的な存在である人間のネガティブな部分に向き合う」メタルは、「愛とか恋を叫ぶ歌よりも」「音楽として本源的でまっとうだと感じた」とのこと。ここでいう「ネガティブな部分」は、「非社会的な部分」と言い換えても良い。人間(ホモ・サピエンス)は自らの生存戦略として、社会を作ること、社会性を獲得することを選んだ。しかし個人レベルでは、社会性を発揮するのが上手な人とそうでない人がいる。そしてメタルファンの多くは後者ではないか、という。彼女が愛を込めてメタルを分析する『メタル脳 天才は残酷な音楽を好む』(KADOKAWA発行)からメモする。

一般的にメタルは「反社会的」なものとして認知されていると思われますが、わたしは「非社会的」という言葉のほうが合っていると見ています。「社会的であること」は生存競争において長らく人間の最強の武器でした。しかし、じつは近年その傾向が変わってきています。それは現代では、それまで必要なはずだった人間関係を持てば持つほど、そのことがリスクになる世の中になりつつあるということです。わたしたちにはまったく新しい戦略が求められていると感じます。そのひとつになり得るのが、社会から抜け出そうとする「非社会的」というアプローチだと考えています。

外向性の高さとは、要するにまわりを日和見る能力です。逆に言えば、「非社会的」な人は日和見の能力が低いわけで、「日和らない」基準を持った人と言うこともできます。外からの視線が判断基準にならず、自分の感情や経験に忠実であり、ていねいに思考を積み重ねることもできます。「ここだけは譲れない」という、自分だけの基準をつくりやすい人たちなのです。繰り返しになりますが、内向性の高さが、同時に社会からの影響の受けにくさであるなら、それはこれからの社会を生きるうえで強力な武器となるでしょう。なぜなら、いまの時代というのは社会そのものがリスクだからです。

メタルは、社会通念を打ち破ってくれそうな期待感を抱くに足る音楽です。一般的な人たち、「社会的」な人たちが信じているきれいごとの世界のことを社会と呼ぶならば、それに対して「ちがう」という意思表示をすることがメタルです。欺瞞に満ちた社会に対して、暴力によらずに音楽の力で強烈な一撃をくらわすこと、それこそがメタルの存在意義なのです。

・・・中野信子が論じると、メタルが知的な音楽に思えてくる。(苦笑)

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2018年7月22日 (日)

グラハム・ボネット、健在だあ。

グラハム・ボネット・バンドの新作「ミーンホワイル、バック・イン・ザ・ガレージ」を購入した。CDプラスDVDの「デラックス盤」である。DVDは今年1月にニューヨークで収められたライブ盤。まあ新曲に期待する気持ちがあるとは言えないので、グラハムが有名曲を歌うライブDVD目当てに買ってしまうわけではある。

場所はホールではなく、こじんまりした感じのライブハウス。オーディエンスは着席して飲食している前で、グラハムの熱唱が続く。アルカトラス、レインボー、マイケル・シェンカー・グループ・・・いずれもハード・ロックの名曲といってよい楽曲のオンパレードだ。グラハムの声量、シャウトの迫力、歌の安定感は、とても70歳の人のものとは思えない。でも、足下に何枚か紙が並べられているのは例の?歌詞カンペなんだろうか。それもまあご愛敬ですけど。

しかしグラハムさん、本人はヘヴィメタルは嫌いだと言いつつ、結局ハードロックで商売している不思議な人だ。まあ結局、グラハムさんに求められるのはハードロックということなんだろう。人から求められることで商売するのはノープロブレムだし。実際自分も30年以上前に聴いていた曲を、今でも好んで聴いてしまうわけだし。ということは、何だかんだ言っても、リッチー・ブラックモアやイングヴェイ・マルムスティーンは大したもんだ、ということにもなるんだろうね。

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