2009年10月17日 (土)

ラウドパーク09に行く

3年ぶり会場を千葉・幕張に移して開催されたラウドパーク。夕方から出動して、メガデスとジューダス・プリーストのライブを見た。

P1030270_2 自分がラウドパークに行くのは2度目。最初に開催された3年前、当時名古屋在住だったけど、幕張まで遠征して参加しましたです。その時もメガデス見ました。今回、来日としては2年ぶり、ラウドパーク登場は3年ぶりのメガデス。演奏曲はニューアルバムから「ヘッドクラッシャー」「1,320」の2曲。後はもう代表曲のオンパレード。

ジューダス・プリーストのライブに接するのは、自分は30年ぶり。このバンドは初期のハードロックの頃は聴いていたが、ヘヴィメタル路線になってからは関心が無くなってしまった。でも最新作の「ノストラダムス」は、なかなか良かったと思う。今回は自分の知ってる曲、要するに古い曲をやるのかどうかというのが自分的なポイントだったが、ライブ中盤に「切り裂きジャック」が飛び出して、ようやく目の前(といっても50メートルくらい先のステージ)にいるバンドがジューダス・プリーストなんだな、と実感した。他には「ビクタム・オブ・チェンジイズ」「ダイヤモンド・アンド・ラスト」が聴けた。お~古い曲もやるんだ、感心感心。ドラムの人の雰囲気がちょっと故コージー・パウエルに似てたな。

しかし昔はロック的には「30過ぎた奴は信用するな!」とか言ってたのに、今や40代、50代のロッカーは当たり前になっちゃいましたね。(苦笑)

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2009年9月26日 (土)

メガデス『エンドゲーム』

メガデスの2年半ぶりの新作『エンドゲーム』、最初に聴いた時は、ボーナストラックの「ワシントンイズネクスト」(ライブ)という前作の曲が印象に残ってしまったが(苦笑)、何度か繰り返し聴いているうちに、どの曲も一定水準以上の作品で、なかなかよろしい、と感じた。(それにしても「ワシントンイズネクスト」って、歌詞の量が多い曲だな。だから「インテレクチュアル・スラッシュ」なのかね)

特に後半、タイトル曲の「エンドゲーム」から「ヘッド・クラッシャー」までの3曲の流れは、いかにもメガデスらしい緩急に富んだ展開。その次にくる「ハウ・ザ・ストーリー・エンズ」も、アルバム中もっともメリハリの効いたリフが襲ってくる曲でインパクト強い。全体的に「走る走る、刻む刻む」って感じで結構快感なアルバムに仕上がっている。

来月、メガデスは3年ぶり「ラウドパーク」(場所も3年前と同じ幕張)のステージに立つ。東京では単独公演はやらないし、やっぱり幕張まで行ってみるか。

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2009年6月 7日 (日)

ハードロックとクラシック

先日、音楽評論家の黒田恭一氏が亡くなった。小生はクラシックはホントにたま~にしか聴かないため、氏の本業における功績がどれほどのものか正直言って分からない。が、氏はハードロックとクラシックの接点を語れるという、その一点だけでもう充分すぎるほど記憶に残る評論家なのであった。月刊のロック雑誌「BURRN!」に「クラシックボックス」というコラム記事を20年以上、連載。ロックファンへのクラシック「啓蒙」に多大な功績があったのではないかと思う。以下のメモは、企画ものCDとして(もう20年も前になるのか)製作された「クラシックス・フォー・ヘヴィメタル・キッズ」解説書掲載の酒井康との対談から。

酒井:様式的にヘヴィメタル(HM)とクラシックって、近い所があるような気がするんですが、先生いかがですか?
黒田:うん、近いと思いますね。このクラシックス・フォー・ヘヴィメタル・キッズのシリーズで取り上げられた曲目は、これといった傾向というのは必ずしもない訳ですけれど、敢えて言えば、モーツァルトとかハイドンといった優雅な音楽っていうのは彼等の中に残り難いんじゃないかって気がしますね。逆にバッハなんかはすべての音楽の骨格みたいなものですから、どういう風にやっても音楽になるっていうことで残り易いと思う。
HMで持ってくるクラシックの音楽というのは、HMと同種類の熱狂を内にはらんだものが多い訳です。一番いい例が「威風堂々」ですよ。これ、ロックにはうってつけの音楽だけれど、HMにはエネルギーの噴出が必要不可欠な訳で、クラシックのレパートリーの中には、それと近いものがたくさんあると思いますよ。

酒井:先生は何でHMに肯定的なんですか? 普通、クラシックの評論家の方はHMなんて聴くことありませんよね。
黒田:肯定的っていったって、否定的になる理由なんてないし・・・・・・。ひとつだけ誤解のないよう言っておきたいんだけれど、ぼくはHMにクラシックの引用があるから好きなんじゃないですよ。確かにクラシックのファンの方はクラシック以外、何も聴かないっていう人も多いけれども、ぼくの場合、酒井さんにACCEPTっていうバンドを聴く機会をつくっていただいたっていうこともあって、クラシックで味わうのと同じ種類の熱狂をHMに見つけることが出来た訳ですよ。これはやはり、HMとクラシックが音楽の魅力として共通するものを多く持っているっていうことなんじゃないかな。

・・・来月の「BURRN!」誌には、おそらく追悼記事が出るのだろうな。小生も哀悼の意を表したい。

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2009年5月 1日 (金)

オーヴァー・ザ・レインボー

オーヴァー・ザ・レインボーの公演を見てきた。場所は新宿の厚生年金会館(久しぶりに来たけど、ここもだいぶ古ぼけた感じのホールになってきた)。ジョー・リン・ターナーがレインボーの元メンバーを集めると共に、ギタリストにはリッチー・ブラックモアの実の息子であるユルゲン・ブラックモアを迎えて、思いっきりレインボーの曲を演奏しちゃうというプロジェクト。それ程のレインボーファンでもないワタシは、見ようかどうしようか迷い、結局チケットを買ったのは公演の一週間前。席は二階の後ろの方である。

オープニングのタロットウーマンから、アンコール最後のオールナイトロングまで、レインボーの各時代から万遍無く選定された楽曲が次から次へと演奏されたステージは、特に意外な展開もなく2時間弱で終了。

自分がジョーを見るのは2年ぶり。前回はグラハム・ボネットとのジョイントライブ。5年前のヒューズ・ターナーも行ったから、最近ジョーが来ると何となく見に行ってるなあ。声量とか声の伸びとか、そんなに衰えを感じさせないのは大したもんだ。しかしジョーが、ロニー・ジェイムス・ディオやグラハム・ボネットの時代の曲を歌うと、どうも物足りない感じがする。やっぱりスターゲイザーはロニーの歌だなあと思うし、アイズオブザワールドもグラハムのダミ声でないとやや迫力に欠ける印象。ドゥギー・ホワイトの歌った曲は、ジョーの声でも違和感は無かった。

やはりレインボーの歌の印象は、その時代のボーカリストと分かち難く結びついているなあと改めて感じる。今度来る時があれば、ロニーとグラハムも連れてきて、曲によってボーカルをチェンジしてもらいたい。(笑)

しかし20年も30年も前の音楽をやるバンドのライブにたくさんの人が来て、演奏するバンドの方でもギタリストが親の音楽を継いでいる訳だから、ロックも確実に伝統芸能化しているような気がする。(苦笑)

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2008年7月27日 (日)

第3期パープル「Live in London」

夏だ。夏はハードロックを聴く季節だ。(無理矢理)

といって今さらディープ・パープルかよと、さすがに自分でもどうかと感じるのだが、たまたま「ディープ・パープル・ライヴ・イン・ロンドン」のリマスタリング盤(2枚組)が「完全版」との触れ込みで登場したので、いちおう買ってみた。

内容はディープ・パープル第3期、あのカリフォルニア・ジャムから一ヵ月後の1974年5月ロンドンにおけるライヴで、オープニングのMC、ジョン・ロードのメンバー紹介MC、スペース・トラッキンがノーカットで収録されている。

自分がこの音源を初めて耳にしたのは、NHK・FMの番組、渋谷陽一の「ヤング・ジョッキー」で、エアチェック(死語)した覚えあり。放送されたのは、このCDでいえば1枚目の紫の炎から始まる5曲(ただしスモーク・オン・ザ・ウォーターは最後のグレン・ヒューズのボーカルの途中でフェードアウト)。その後LPやCDを買ったけど、このライヴのスペース・トラッキンは自分は初めて聴いた。さすがに30分は長いぞ。グレンのボーカルが入りすぎだな。しかしイアン・ペイスのタフなことに感心。ユー・フール・ノー・ワンも20分もあるし、延々と演奏を繰り広げる、この辺はいかにも70年代的。

レイジーのイントロを奏でてから、スモーク・オン・ザ・ウォーターに入るとか、ユー・フール・ノー・ワンの途中で例の間奏的なブルースを弾くとか、そんなリッチー・ブラックモアのライヴにおけるパターンは、レインボーの初期にも踏襲されて、ライヴでは銀嶺の覇者に入る前にレイジーが、曲の途中でブルースも演奏されていた。また、スペース・トラッキンのインプロビゼーションの一部は、第4期のゲッティン・タイターのライヴ・バージョンにも引き継がれている。スリリングな構成や展開で楽曲に新たな命を吹き込む演奏の巧みさは、ライヴ・バンドとして他を引き離すディープ・パープルの力量を示している。

ジョン・ロードはMCで「私はリック・エマーソン」と自己紹介?している。CD解説によると、リック・ウェイクマンとキース・エマーソンを合わせた冗談だったということだが、一番最初に聞いた時に「あれ、この人ジョン・ロードじゃなかったの?」といささか混乱した覚えがあるので、今回やっと疑問が氷解したという感じだった。(・・・30年以上も経ってから分かってどうすんねん)

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2008年6月29日 (日)

メタル叙事詩「ノストラダムス」

ジューダス・プリーストの新譜「ノストラダムス」は、かの大予言者をテーマにした2枚組の大作。プログレならいざ知らず、はたしてヘヴィメタルのコンセプト・アルバムは成り立つのかと思われたが、実際に聴いてみれば相当の水準を保っている作品。しかし全体的に何となくイメージしていた通りというか、音だけ聴いていると時に何かのサントラみたいな感じもしてしまうのだが、まあ英語の歌詞が分かれば、コンセプト・アルバムのコンセプト・アルバムたるゆえんをもっと深く了解できるのだろうな、とも思う。

P1020391 自分がジューダスを聴いていたのはバンドのごく初期の頃。1978年の初来日コンサートも中野サンプラザに観に行った(・・・今年は初来日から30周年か。凄い長い時間が経ってるもんだな)。当時の公演パンフレット(写真)を眺めてみると、ブリティッシュ・ハードロックの伝統の後継者または救世主といった言葉が目につく。そう、時は70年代後半、イギリスではパンク・ニューウェイブの嵐が吹き荒れ、オールド・ウェイブ扱いされたハードロックには、目ぼしいバンドが出てこない状況に陥っていた。そんな中で、ジューダスは殆ど唯一の「希望の星」と見なされ、伊藤政則は「評論家生命を賭ける」と息巻いていたのだった。

そんな具合で当初はハードロックのバンドだったジューダスだが、いつの間にやらヘヴィメタルの先導者、「鋼鉄神」に変貌。ハードロックとヘヴィメタルはどう違うのか、とはしばしば問われるところだが、ブリティッシュ・ハードロックは、ブルーズやジャズやクラシックなど様々な音楽の要素を取り込んでいたのに対し、パンク以後に現れたヘヴィメタルはもっぱら攻撃性を前面に押し出して音楽を組み立てていたと思える。つまり、おんなじように見えても音楽性はハードロックの方が全然上だったよな~という印象を持っているのだワタシは。で、ジューダスについては当然のようにハードロックの頃は聞いていたが、ヘヴィメタルに転じた後はまともに聴いていない。今回アルバムの解説書にあるディスコグラフィーでは、3枚目(背信の門)が「ブリティッシュ・ハードの名盤」、4枚目(ステンド・クラス)が「ブリティッシュ・ハード・ロックからヘヴィメタルへ劇的転身」と紹介されている。そしてまさに「メタル・ゴッドの地位を確立」した5枚目(殺人機械)までは自分も買ったが、後は見送りとなったのであった。それが今回超久しぶりにアルバムを買ってみたのは、コンセプトアルバムということで、何となくハードロックのジューダス復活を期待していたところがあるのだが、その予感は裏切られなかったなという感じ。とにもかくにも、ジューダスのドラマティックな本質が強く現れた作品じゃないだろうか。

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2008年4月 8日 (火)

マーティの「Jポップ愛」

日本語ぺらぺらのロック・ギタリスト、マーティ・フリードマン。彼が雑誌等に連載したJポップ批評(ていうか賛歌?)を中心にまとめた本が『いーじゃん!J-POP』(日経BP社)だ。Jポップというと90年代、小室ファミリーとカラオケブームが一体になっていた時がピークという印象が個人的には強くて、この本に取り上げられている今時のミュージシャンやアーティストの半分以上は聞いたことも見たことも無いというごくありきたりの中年男であるワタシだが、かつてはメガデスのギタリストだったマーティが、Jポップのどこにそんなに惹きつけられるのか知りたくて読んでみた。

で、結論的には、「いろんな音楽のおいしいところを、絶妙のバランスで取り入れるのがJ-POPのよさ」ってことらしい。そこには「昔の歌謡曲の味」「ヘタウマの味」「ギターの存在」「ポップソングのハッピーさ」「メタルの激しい味」「テクノのレイブミュージックの味」、もう何でも入ってる、そのことにマーティは心から感動したそうだ。このJポップのよさは、日本文化に共通するセンスのよさでもあるという。以下に引用してみる。

日本の音楽って、洋楽のテイストを取り入れるときに、もろにマネするんじゃなくて、一番おいしいところだけを選んで、それを絶妙なバランスで歌謡曲のメロディーに取り入れるのが得意じゃん。音楽以外のことにも共通するけど、そういうセンスのよさって日本の文化の特徴だと思うし、すっごく尊敬しちゃいます。

確かに、いろんなものを外から取り込んで洗練された文化を生み出すのが日本という国であり、こと音楽に関しては、ヘビメタでもテクノでもR&Bでも、あらゆるジャンルを飲み込んで「歌謡曲」化してしまうのが日本だ、とは言えるような気がする。まあとにかく、マーティのJポップへの愛は尽きることを知らない。彼の夢を聞いてみよう。

僕にとって究極の夢は、この素晴らしいJ-POPの世界をアメリカの音楽シーンに教えてあげて、そのよさを世界中の人に発信することです。どんな形になるかは分からないけど、その「架け橋」の役目を果たすために、これから絶対に何かをすると思います。

日本語や日本文化に関心を持つ外国人って、やっぱヘンな外人じゃん、とか思ったりするけど、同時にそういう人ってとっても有難い存在だよね~とも思う。だけど、Jポップを本気でやりたいと思ったことが、メガデス脱退のきっかけにもなったと聞くと、個人的にはちと複雑な気分。まあ結局メガデス=デイブ・ムステインなんだし、マーティは自分のキャリアの新展開を求めた訳だから、それはそれでいいんだけどさ。確かに、Jポップはレベルの高い、というか洗練されたジャンルである、それは認めてもいい。でもねマーティ、俺はJポップよりメガデスの方が好きだぜ!

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2007年12月18日 (火)

ツェッペリンよりもパープル

大人のロック』最新号の特集は、「レッド・ツェッペリンVSディープ・パープル ハードロック頂上対決」ということだが、冒頭に置かれた大貫憲章の文の中に、昔から渋谷陽一が強調してきた意見に同調する形で、「ツェッペリンはハードロックとかメタルとかというジャンルでくくることは不可能な存在」であると書かれている。

そういう前提からすれば、パープルよりもツェッペリンの方が、ロックバンドとしては遥かに格上の存在であることを認めつつ、それはそれとして自分が好きなのはパープルなんだよね、と思う。

レッド・ツェッペリンは偉大な存在だとしても、同時にかなり「特殊イギリス的」なバンドでもあると感じる。ブルースとかフォークとか、あるいはケルトでもいいんだけど、そういう音楽的ベースを膨らませて、ダイナミックなロックを展開していったのがツェッペリン。
逆にディープ・パープル(いわゆる第2期以降)は、クラシックの楽曲構成やジャズ的アプローチを取り込みながら、あくまでもハードロックという枠組みの中で、その音楽的普遍性を最大限明快に提示してみせた、と言えるだろうか。

プロデューサーの役割も兼ねたジミー・ペイジの元、ツェッペリンはアルバムを出す度に、バンドの音楽的方向性を常に意識的に打ち出してきたという印象が強いのに対し、パープルはリッチー・ブラックモアはじめ能力の高い職人が集まり、お互いの持てるものをぶつけ合ってその都度作品が生まれたというような感じ。だからツェッペリンの方が組織的にバンドの運営がなされていたと言えるのに対し、パープルは音楽性を変える時はメンバーチェンジ、ということになったのだと思える。結果的に、パープルはバンドというよりも、ユニットの性格が強かったのかも知れない(このユニット的性格は、リッチーのレインボーにおいて、より一層甚だしくなる)。

先日、『ブラック・ナイト リッチー・ブラックモア伝』を購入した。400ページ近い研究書とも言えるような体裁で、お値段も2940円ナリ(こういうのも「大人買い」なんだろうな)。同書の末尾辺りにも記されているが、ごく最近、第3期パープル再結成のアイデアを元メンバーが語っていたということで、個人的にはツェッペリンの再結成よりも、第3期パープルの方が見てみたいかな、と思う。

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2007年11月 1日 (木)

メガデス公演2007

このところ毎年恒例?となったメガデスの来日公演。
自分も05年新栄ダイアモンドホール、06年ラウドパーク&ZEPP・NAGOYAと見てきたが、今年は東京で迎え撃つことになり、東京公演3日目となる本日のチケットを取得。

開演は夜7時だが、今回は前座のバンドがあるということで、人様のブログで情報収集、メガデス登場は8時か、ならいったん帰って着替えて行くか、と思って早目に退社。ウチに戻り、背広ネクタイを脱ぎ捨てて、会場であるSHIBUYA-AXに向けて再出動。

少しモタモタしてたら8時にも遅刻しそうになったが、ぎりぎりセーフ。初めての場所なんだけど、余り落ち着いて見渡す暇もなく、メガデスのライブがスタート。音量というか音圧は強いが、音のバランスそのものは良かった。スリープウォーカーから始まり、ウェイクアップデッド、ワシントンイズネクスト、アトゥールモンド、インマイダーケストアワー、ハンガー18、悪魔島、狂乱のシンフォニー、審判の日、ピースセルズ他が、殆ど途切れる間もなく演奏され、アンコールのホリーウォーズまできっかり1時間半のステージがあっという間に過ぎたという感じ。観客の反応はすこぶる良く、デイブ・ムステインは日本語で「サイコーダゼ・・・スコシキチガイ」と語りかけるなど、ご機嫌うるわしい様子であった。

やはり現役のハードロックorヘヴィメタルでは、メガデスは来れば見ておきたいと思わせるバンド。例えば、いくら現役とはいっても今のディープ・パープルを見たいとは思わない訳で、ただ活動を続けているだけでなく、実際に今のロック・シーンに活気を与えていることが大事。何よりムステインはまさに現役のロック・スターだし。

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2007年10月22日 (月)

『わが青春のロック黄金狂時代』

1970年代の音楽雑誌と言えば、「ミュージック・ライフ」と「音楽専科」。70年代ティーンエイジャーだったワタシは、限られたお小遣いではLPを際限なく買うこともできず、とりあえずこの2つの月刊誌のうちどちらかを買って読み、ロックに対する知識欲をそれなりに満足させていたという覚えがある(それゆえにレコード・レビューを読んだだけで、聴いた気になってしまったバンドも多かったけど)。で、その「ミュージック・ライフ」編集長だった東郷かおる子さんが『わが青春のロック黄金狂時代』(角川SSC新書)という本を出した。もちろん、レッド・ツェッペリン、サンタナ、エリック・クラプトン、ロッド・スチュアート、デヴィッド・ボウイ、ミック・ジャガーなど彼女が関わったミュージシャンたちのエピソード満載である。個人的にはロッド・スチュアートの話す英語は訛りが強烈(スコティッシュ)というのが「へぇ~」だった。「アイムセクシー」な伊達男が「~だべ」とでも話す感じだろうか。よく分からんけど。

で、「ミュージック・ライフ」といえばクイーン。この本の中でも、70年代の「ミュージック・ライフ」においてクイーン、エアロスミス、キッスが3大人気バンドであり、彼らの功績は日本のロック・ファンの底辺を広げたことであると語られる。まあこの辺が、何となく「ミュージック・ライフ」はガキ向け、という印象につながっているのだな、ワタシは・・・。クイーンのスタイルは「少女漫画の世界観」にも一致していたということだが、クイーンの後もジャパン、チープ・トリック、ボン・ジョヴィと、「ミュージック・ライフ」は「少女漫画」路線?を強力にサポートし続けたのでありました。

さて80年代以降ロックは巨大産業化し、70年代の「熱気」は次第に薄れていく。東郷さんは90年に会社を辞める。そして98年に「ミュージック・ライフ」は休刊した。

本書の冒頭「オヤジ・ロック・ブームに想う」から引用。

(1960年代から70年代の)あの頃は良かったと私が自信を持って言えることが実は、ひとつだけある。良かったと言うよりは「あの頃は面白かった」と言った方がいいかもしれない。それはロック・ミュージックと出会い、その成長と発展と共に自分が青春時代を送ったことが幸運だったと思えることだ。
今、人生の折り返し点に立ち、あの時代を素直に「面白かった、楽しかった」と笑顔で言える、かつてのロック少年は多分、幸せな人だ。昔ほしかったギターを手に、ディープ・パープルの「ハイウェイ・スター」を絶叫するオヤジもまた、幸せな人なのだ。

本当にロックについては自分もまた、素直に「面白かった」と言える「幸せな人」なのだと思う。

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2007年10月21日 (日)

UKのライブCD

えっ! こんなの発売されてたのか。
UKのライブCD。それも結成当初の4人編成による演奏(1978年9月)。「U.K.ライヴ・イン・ボストン」、先月出てたようです。

昔からブートでも出回っていた音源らしいのだが、自分にはUK4人組のライブがあるなんて迂闊にも初耳。秋の夜長はプログレを聴くのがよろしい、ということで早速購入。

で、やっぱりビル・ブラフォードのドラムが良い。短いオープニング曲「アラスカ」の後、2曲目の「タイム・トゥ・キル」から走り出すドラムスがたまらない。ジョン・ウェットンとビル・ブラフォードのリズム・コンビは、当然のようにクリムゾン・テイストが感じられる。これにアラン・ホールズワースのギター、エディ・ジョブソンのキーボードとバイオリンが絡んで展開されるインプロビゼイションも、見事にプログレの典型だな~。

コンサート終盤に演奏される「イン・ザ・デッド・オブ・ナイト」は、あのイングヴェイ・マルムスティーンもカバーしている曲で、確かにハードロック的なうねりもある。興味深いのは、アンコールの「シーザーズ・パレス・ブルース」などセカンドアルバムに収められる曲が3曲、既に演奏されていること。もう最初っからかなりたくさん曲を作ってたのね。

解説書には、ファーストアルバムは高く評価されたが、当時のパンクとニューウェイブが席巻するイギリスでは、セールス的には芳しくなかったとある。振り返ればハードロックとプログレッシブロックが一時代を築いた後の70年代後半、ブリティッシュロックにはあんまりいい時代じゃなかった。イギリスのミュージシャンが、高い税金を嫌ってアメリカに移住、という記事もよく目にした覚えがある。今から思えば、サッチャー革命前夜、いわゆる「英国病」が極まっていた時期だ。

環境の逆風の中、4人編成から3人編成になったUKは、テリー・ボジオの力強いドラム・スタイルもあって、バンドとしてはよりタイトになった印象が強いのだが、やはりブラフォードとウェットンの組み合わせは維持して欲しかったな・・・(いまさらですが)。ざっくり言って、暗く重いクリムゾン、暗く軽いUK、そして明るく軽いエイジアへと時代は移り変わっていったのだが、しかしプログレが明るくてどーする。ジョン・ウェットンに望むのは、エイジアなんて止めて、せめてUKをやってくれよおおおっ!ってことだな。

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2007年9月 2日 (日)

キャメル・ライブDVD

先月、「Burrn!」誌に小さくレビューが載っていたのを見て、キャメルのライブDVD「トータル・プレッシャー」が3月に出ていたことを知り、ネットで取り寄せた。品物が着くまでやや時間がかかったけど、内容は1984年のライブで見たことがあるものだったし、プログレを聴くのは秋が良い(と自分は思う)ということもあるので、特に観るのは急いでいなかったが、妙に涼しくなっていきなり秋めいてしまったので、観ることにした。(変かな)

叙情派プログレッシブ・ロックの雄とも呼ぶべきキャメル。しかし正直言うと、自分はこのバンドの良いファンではない。はっきり分かる曲としては「レディー・ファンタジー」しかなくて、アルバム作品をきちんと聴いた覚えも無いので。フォーカスの「悪魔の呪文」もそうだけど、インストゥルメンタル主体、アンサンブル重視のバンドの曲の中に、とんでもなくキャッチーなメロディーまたはリフの曲があると、それが強ーく印象付けられてしまって、そのバンドといえばもうその曲だけ、みたいになってしまうのであった。できればバンドの音楽性全体を受け止めないといけないのに、申し訳ない話ではあります。まあ、聴く側の身勝手として許してもらいましょうか。

で、やっぱりアンコールの最後に演奏される「レディー・ファンタジー」が良いのだ。お世辞にもハンサムとはいえないギタリストのアンディ・ラティマーが、情感たっぷりに美しいメロディーを奏でる姿は、ぞくぞくするような妙な感動を誘う。変幻自在なギターの音色に引き込まれて、ひどく切なく胸苦しい感情を呼び起こす「レディー・ファンタジー」1曲を聴けるだけでも、このDVDを持っている価値があるというものだ。

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2007年5月31日 (木)

グラハム・ボネット参上!

グラハム・ボネットがアルカトラス名義で来日、ジョー・リン・ターナーとジョイント・ライブということで、本日東京公演2日目のステージを観た。場所は渋谷O-EAST。初めて行ったけど、渋谷のホテル街という変な場所にあるライブハウス。スタートの夜7時直前に会場に入ると、それ程大きくもないハコは既に人がぎっしり入っていた。

P1020034_1 自分がアルカトラスを見たのは1984年10月。随分昔だね。場所は新宿・厚生年金会館。バンドはギタリストにスティーブ・ヴァイを加入させていた(写真は公演パンフ、見開き)。青いスーツ姿のグラハムは、ライブの進行と共に上着やシャツを脱いで「ストリップ」、上半身裸で熱唱。ジェイムス・ディーーーン!とか歌ってたけど、やはりハードロックらしい曲は、イングヴェイ・マルムスティーン在籍時のアルバムに集中しているという感じ。

さて第1部はアルカトラス。定刻の7時過ぎにステージに登場したグラハムは、トレードマークのサングラスをかけて服装は上下とも白、開襟半袖シャツのラフな出で立ち。オールバックの髪の毛ぺったんこで、横山やすしというよりは、タモリになってしまったと思った。アイズオブザワールドでスタートしたライブの演奏曲目は、トゥヤングトゥダイ・トゥドランクトゥリブ、ジェットトゥジェット、ナイトゲームス、アイランドインザサン、オールナイトロング、シンスユービーンゴー、ロストインハリウッドなど。中盤に、このバンドの曲の中で一番好きなクリーナクリーとヒロシマモナモールを、メドレー風にやってくれたので、もう充分という気持ちになってしまった。往年のシャウトは健在。背筋をピンと張って、鳥が首を絞められたような姿(声じゃありませんよ)でシャウトするのが、凄いんだけれども、妙に可笑しいというか、笑いを誘うんだよねえ。

1時間20分程でアルカトラスのステージが終了。15分程のインターバルを経て、第2部のジョー・リン・ターナーがスタート。演奏したレインボーの曲は、デスアリードライバー、アイサレンダー、ストリートオブドリームス、パワー、キャントハプンヒア、スポットライトキッドなど。最後はロングリブロックンロール。こちらも1時間20分程のステージだった。

グラハムとジョーリン、どっち目当ての人が多かったんだろうか。印象としては、ジョーのレインボーソングに対する反応が良かったような気がするけど。グラハムさん、アルカトラスを名乗るなら、キーボードプレーヤーを入れてくんなきゃ。まあバンドの再結成というよりは、復活プロジェクトみたいな感じがするし、ジョー率いる梶山章以下日本人ミュージシャンを、そのまま借りても良かったかもね。

まあこれで7000円なら(ドリンク代別)お得かな。でも3時間立ちっぱなしだけど。(疲)

自分はこの春名古屋から東京に移ったので良いけど、名古屋公演が無いのは解せない(札幌はあるのに)。ジョーリンは好物の手羽先を食べに行かないのか。(あの手羽先屋さんは東京にもあるとはいえ)

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2007年5月13日 (日)

メガデス、新作&ライブ盤登場

4月下旬にメガデスのライブDVD「ザット・ワン・ナイト」、そして5月に入り新アルバム「ユナイテッド・アボミネイションズ」が出た。

「ザット・ワン・ナイト」は、2005年10月9日のアルゼンチンはブエノスアイレスでのショーを収めたDVD。当時、ツアー終了後はソロ活動を予定していたデイブ・ムステインが、当日のライブでメガデス名義での活動継続を決心したという。確かに観客の熱狂振りが凄い。2万5,000人という、大観衆というか群衆に近いというのか、広大な会場を埋め尽くした人々がメガデスの音楽に合わせて歌い、飛び跳ね、腕を振り上げ、喚声を上げ続ける様は圧倒的で、時にサッカーの熱狂的なサポーターを思い起こさせる。これだけ大量の熱狂的なファンを前にしたら、誰だってバンド活動を続ける決心をするよな。

新作「ユナイテッド・アボミネイションズ」は、全体的に割りとすーっと流れていくような感じ(もっと八方破れな曲展開を希望)で、印象に残るのが旧作のア・トゥー・ル・モンドのリメイクと、ボーナス・トラックのレッド・ツェッペリン曲のカバー(アウト・オン・ザ・タイルズ。曲の終わりにモービィ・ディックとカシミールのフレーズが重ねられるのがちょっと嬉しい)だったりするのも、ちとどうかという気はするが、自分としては作品の出来うんぬんよりも、ムステインが活動していてくれればそれで良いのだ。

自分がメガデスを聴くようになったのはごく最近のこと、旧作のリマスター盤が出てから、つまり一度解散した後のファンです。何しろ基本的にアメリカのバンドは趣味じゃなかったので、リアルタイムではまるで聴いてなかった。しかしたまたまムステイン復帰後のインタビュー(Burrn!誌)を読んで関心を持ち、復活後の来日公演は3回(05年ツアー、06年ラウドパークそして名古屋単独)足を運んだのであった。

自分はメガデスの歴史を実感していないので、過去のアルバムでどれが良くてどれがダメかとか、あの時のメンバーが最高だったとか、そういうことはどうでもよい。いまやムステイン=メガデスであることは明々白々だし、個々の作品の中からカッコイイ曲をステージで演奏するバンドの姿を見に行くことができれば、それでもう充分だ。

新アルバムに再収録されたア・トゥー・ル・モンドは、「ジャイガンツアー」CDでも選曲されていたし、もちろんライブDVDでも聴ける。「別れを告げる」歌であるこの曲へのこだわりは、ムステインがロック・ミュージシャンとしての「晩年」を意識していることを示しているのかも知れないが、もしそうだとしても、その「晩年」が長く続くことを願いたい。

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2006年12月17日 (日)

平原綾香、栄でライブ

P1010682 今日の夕方5時過ぎから、栄・オアシス21のイベント会場に平原綾香が出演。正味30分程の「クリスマス・ライブ」を行った。伴奏はキーボードのみというシンプルなスタイルで、クリスマスソングや「Jupiter」「明日」などを熱唱。やっぱ歌上手いなこの人。今日でデビュー3周年とか言ってた。何しろまだ圧倒的に若いし、今後もじっくりと自分の音楽に取り組んでもらいたいものだ。

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2006年12月 7日 (木)

ヘビメタは燃えているか

今週初めの日経MJ(流通新聞、12月4日号)に、「ヘビメタ 派手に再燃」との記事あり。ヘビィメタル、略してヘビメタの人気に復活の兆しとして、CD売上の好調、ロックフェスティバルの開催、ヘビメタをテーマにした映画やマンガの登場などを取り上げているのだが、ヘビメタ再燃の背景としては、若い頃にヘビメタを聴いた30代以上のファンが戻ってきているとか、過激でスピード感のある音楽性が若者にはかえって新鮮、といった程度のことしか書かれていないので、正直いまなぜヘビメタなのかはよく分からない。

とはいえ、記事にもあるロックフェスティバル「ラウドパーク」(10月14・15日の2日間、千葉・幕張で開催、観客数延べ2万9000人を動員)には、ワタシも行ったわけですけどね。しかし70年代ティーンエイジャーであるワタシは、ハードロックの信奉者でありまして、ヘビィメタルは正直一段下に見てるのだな(自分はパンクロック以前以後でハードロック、ヘヴィメタルを分けてます。一つのバンドで、ハードロックからヘビィメタルへの音楽的変遷を体現したのが、ジューダス・プリーストだと思う)。とりあえずヘビィメタルではメガデスが良い。今回の来日では、ラウドパーク出演も名古屋での単独公演も見てしまった。

で、今月のロック雑誌『BURRN!』(2007年1月号)では、ラウドパーク特集が組まれている訳だが、当日のメガデスのライブについては、「クールでシニカルでテクニカルでインテレクチュアル」と評されている・・・というと知らない人には高級な?音楽に思われそうだが、まああくまでヘビィメタルというジャンルの枠内において、ということで。名古屋単独公演でのエピソードも書かれていて、ライブ終了後の打ち上げではデイブ・ムステインはじめメンバー、スタッフ共に、某有名店で手羽先を山のように食べたとか。手羽先好きロック・ミュージシャンはジョー・リン・ターナーだけではなかったのだな~。

(同誌の読者投稿欄を見たら、北海道在住50代の女性が大阪ラウドパークに参加、ディオのライブをレポートしていたのに妙に感動。ロックおやじ、ロックおばさんに幸いあれ)

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2006年11月28日 (火)

ヤン・アッカーマン公演

ヤン・アッカーマン(元フォーカス)がいまだ現役で来日もするという情報は、ロドリゴさんのブログで知った。最近は年のせいか?CD発売やライブのスケジュールをマメにチェックすることもしないので、ロックを専門的に扱うブログに教えてもらうことが多いです。

で、最初それ程見に行きたいという気持ちは起こらなかった。だって、フォーカスはインストゥルメンタルが多いせいもあって、はっきり名前の分かる曲って「悪魔の呪文」だけなんだもん。(おいおい)・・・アッカーマンのソロ・キャリアも全くチェックしていないし。

とはいえ、ヤン・アッカーマンのギターって凄く巧いと思う。よくあるギタリスト人気投票の類で上位には来ないんだけど、個人的には凄いなと思っているのは、ドナルド・ローザー(ブルー・オイスター・カルト)と、アッカーマンだ。二人とも現役なのは喜ばしい限り。

しかし結局、ジョン・ウェットンを見る(10月25日ウェットン/ダウンズ)ことに決めた時点で、ならばアッカーマンも見ないといかんだろうと勝手な義理立てをして、行くことにしました、本日のライブ。昨日はロバート・フリップも見た(つまんなかったけど)から、連日のプログレ漬けというか、もろ70年代の幻影を追う中年ロック・ファンだな。

夜7時30分スタートの直前に会場の今池ボトムラインに入る。あれ?フロア全面に丸テーブルと椅子が用意されてる。そうですか。なるほど客の年齢層も高いことだし。

野球帽を被って登場したアッカーマン。バンドはギター、ベース、ドラムス、キーボードの4人編成。ギターからあの流れるような旋律が奏でられると、ああ、アッカーマンの音だと思う。時に激しく、時に軽快に、音が次々に積み重ねられていく。まさしく変幻自在。

で、ライブの内容はというと、意外とフォーカスの曲が多くて、ライブ盤「アット・ザ・レインボー」に収められた、いわば代表曲の旋律の数々が目の前で甦るのを耳にすることができた。何しろソロ・キャリアの方がはるかに長い訳だし、もはや大昔の?フォーカスの曲はあまりやらないのではないかと危惧していたので、良かった~という感じ。

あの「悪魔の呪文」(HOCUS POCUS)のリフが聴こえてきた時には、いや~もう鳥肌が立つというか、思わず涙ぐむというか。タイス・ヴァン・レアーのヨーデル部分もギターで表現していたのはさすが。

1時間程演奏した後、15分の休憩を挟んだものだから、やはりトシか?と思ったら再開後も演奏は延々と続き、アンコールの終了したのが10時20分頃。何と正味2時間半のライブだった。す、すげ~。

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2006年11月27日 (月)

ポーキュパイン・ツリー公演

最近はブログから情報を得ることも多い。ロバート・フリップの来日は「治療不可之會」で知りました。えっ、フリップってキング・クリムゾンでの来日じゃなくて単独なのかな、と思いつつ調べてみると、ポーキュパイン・ツリーというバンドのサポートでの来日とのこと。ポーキュパイン・ツリーという変な名前のバンドも初めて知った。何でもフリップ絶賛のメタル・プログレバンドということで、まずCD「デッドウイング」を聴く。なるほど。最近のキング・クリムゾンで、「ヌーヴォ・メタル」を目指すフリップが褒めたというのも分かる気がする。クリムゾンは少し音をいじり過ぎている感があるので、「メタル」としてはむしろポーキュパインの方が効果的な音や曲の作り方をしているような印象。

次にライブDVDを見る。バンドのリーダーであるスティーブン・ウィルソンは全体に華奢な感じ、ブロンドでサラサラの長髪、メガネという文学青年またはオタク青年という雰囲気のルックスで、今どきはこんなロック・ミュージシャンもありかいなと、ちょっと意外。

そして迎えた本日のポーキュパイン・ツリー&ロバート・フリップの名古屋公演。場所は新栄・ダイアモンドホール。7時開演のほぼ定刻にステージに現れたのは、ロバート・フリップのみ。観客にお辞儀をして、一人でマシンを使いながらギター演奏を始める。広大な宇宙空間に誘うような、しかしあまり起伏のない曲を延々と30分聴かされる。正直退屈だった。演奏終了後、フリップ氏のマシンの片付けなどでインターバルの時間が取られる。約20分後にポーキュパイン・ツリーのライブがスタート。ステージ後方のスクリーンには、DVDにも出てきたイメージ映像が流される。登場したメンバー5人は全員黒のTシャツ。名前を覚えていた曲では、ラザルス、オープン・カー、アライヴィング・サムホエア・バット・ノット・ヒア、ザ・スタート・オブ・サムシング・ビューティフル、ヘイローが演奏された。アンコールも含めて1時間40分程のライブ。結局ロバート・フリップはポーキュパインの「前座」だった。フリップ氏がバンドに絡むのかと勝手に思っていたので、何かつまらん。これだったら初めからポーキュパインのみのライブで良かったなと思う。

ライブDVDにも入っていなかった「デッドウイング」。今日もやらなかった。何でだろう。この曲を聴いた時、なぜか「アキレス最後の戦い」を思い出したのだが、書き込みした「治療不可之會」から、スティーブンはレッド・ツェッペリンの「プレゼンス」が好きなのだと教えてもらった。感謝。自分の感覚も理由のないことではなかったのかな、と。

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2006年11月12日 (日)

雑誌『おやじロック』

その名も『おやじロック』(ソニー・マガジンズ)なる雑誌が出てしまった。既に『大人のロック!』(日経BP社)、『アエラ・イン・ロック』(朝日新聞社)と、いい年した男女向け?のロック雑誌が出てはいるのだが、それでも新雑誌が創刊されると、やっぱり自分も年齢的には「おやじ」年代であるから、何となく買ってしまうのだな。

で、とりあえず巻頭特集はディープ・パープルの「ライブ・イン・ジャパン」。その製作の舞台裏などが関係者の証言で語られるが、そこでおやっと思ったのは、「ブラック・ナイト」が名古屋で大ヒットしたという話。なぜ名古屋で火がついたのかは関係者も覚えていないらしいが、このヒットが1972年のディープ・パープル初来日につながった、ともいう。

あらためて「ライブ・イン・ジャパン」に入っている福田一郎氏の書いたライナー・ノーツを見ると、なるほど名古屋で「ブラック・ナイト」が売れたという話が書いてあった。「深夜放送の人気ディスク・ジョッキーたちが、この曲に惚れ込んで、かけ狂ったというのが、真相のようであるが、とにかく、「ブラック・ナイト」の意外なベスト・セラーが、ディープ・パープルの日本公演を実現させてしまったと断言できるようでもある」。何しろ30年以上も前のことなので、実際はどうだったのか結局はよく分からないが、名古屋でのヒットがディープ・パープル来日を実現させ、さらに「ライブ・イン・ジャパン」を生んだということならば、ナゴヤのパワー、あなどれないものがある。

・・・しかし自分のパープルおよびロック体験の始まりは、同級生に聴かされた「紫の炎」(Burn)だったせいもあるのか、いわゆる第2期、あるいは「ライブ・イン・ジャパン」に対して、個人的にはそれほど強い思い入れがあるという訳でもなかったりする。「紫の炎」を生み出した第3期パープルの来日が、75年夏に予定されていたものの、リッチー・ブラックモアの脱退で幻に終わったということらしいので、余計に残念に思うところもある。

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2006年10月25日 (水)

ウェットン/ダウンズ公演

ジョン・ウェットンとジェフリー・ダウンズ来日のニュースを聞いて初めて、彼らがユニットを作って活動していたこと、そしてエイジアが再結成したことを知った。エイジア、ふ~んである。昔、エイジアのモスクワ・ライブのCDを買ったことがある。ウェットンがキングクリムゾン在籍時に歌っていたスターレスが入っていたからである。しかし演奏されたのは曲前半の歌の部分だけ、後半のインプロヴィゼイションは省略という短縮バージョンだったので少々失望。まあエイジアだから仕方ないのか、と。それはさておき、ウェットンが過去のキャリアを復活させるのは歓迎したいんだけどエイジアねえ・・・クリムゾンとまでは言わないがせめてUKではどうなんだろうとも思うが、現実的にはそうなるんだろうなということで特に感慨なし。とはいえ腐っても(腐ってるのか?)ジョン・ウェットンである。本日の名古屋公演を見に行くことにした。(とりあえず最近出たライブCDを聞いて予習)

場所は栄の名古屋ブルーノート。ジャズ系のライブを中心にやるところで、テーブル席も置かれてお酒や食事など頂きながらお洒落に音楽を聴くという感じ。ステージは午後6時30分からと午後9時15分からの2回制。会社から歩いて3分程の場所にある店に午後6時過ぎに入ると、ほぼ満席なのでちょっと驚く。定刻にライブがスタート。

メンバーがステージに現れたとき、最初に思ったのがジョン・ウェットン太ったな~である。タレ目なのは変わらないが。自分がウェットンを見るのはUK来日以来だから27年ぶり。演奏曲目はドントクライ、時へのロマン、孤独のサヴァイヴァー、ヒートオブザモーメントなどエイジアの楽曲中心に、新曲も披露しながら、およそ1時間10分程のライブだった(ちょっと短いな・・・)。エイジアの曲は時に哀愁も漂うけど、全般的に透明感のある明るい印象というのは、自分のプログレ基準からするとどうもね・・・。良い曲が揃っているとは思うけど、あんまり後を引くことはないのが物足りなかったりする。それでもバンドの演奏自体は安定感があってなかなか良かった。プログレとはいえ、そこはやはりロックということか、ライブになると適度にハードでヘヴィになるので結構ノリが良くなるし・・・(そうなると席に座って聞くブルーノートは、ロックにはちょっと制約がある場所だな)。これならばエイジアで来日しても、見に行ってもいいかも知れないと思った。もう単純に。

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2006年10月17日 (火)

メガデス来名、単独公演

ロック・フェスティバル「ラウドパーク」(千葉・幕張、大阪)に出演したメガデスが、13日の川崎に続き、本日名古屋で単独公演。ラウドパークのチケットを先に購入していたものだから、名古屋公演の予定が発表された時にどうしようかと思ったけど、場所が昨年春にできたZepp Nagoya、新しいハコに行ってみたいということで、結局単独公演も見に行くことに決めた。

名古屋駅から南に徒歩10分程のささしま地区にあるZepp Nagoya。夜7時の開演直前に到着。先月は仕事量が無茶苦茶多かったが、今月はそうでもないので、会社からいったんウチに戻って着替えてくる余裕あり。ヘヴィメタルなので黒のTシャツです。ただし「天下布武」なんてプリントしてありますが。Zepp Nagoya、もっと広いかと思いましたがそれ程でもなかった。でも天井がやたら高い。

7時を10分程回ったところでライブがスタート。メガデス、名古屋には1年半ぶりの登場です。オープニングは前回ツアー、そして3日前のラウドパークと同じ、ブラックメールザユニバース。当たり前だけど、ラウドパークの大会場よりはるかに間近に、デイブ・ムステインがそこにいる。バンドはウェイクアップデッド、シーウルフ、狂乱のシンフォニー、ハンガー18、ピースセルズ等々、お馴染みの曲を次々に繰り出していく。ラウドパークで聞けなかったインマイダーケストアワー、あるいはラウドパークでもラストに持ってきたホリーウォーズによく現れているように、一つの楽曲の中で緩急自在の場面転換を展開するのが、このバンドの真骨頂のように思える。そんなことも、メガデスの音楽はそこら辺のメタルバンドとは大違いだと自分が評価する理由になっている。

ライブは正味1時間半程で終了。ラウドパークでは1時間余りだったので、今日は2時間くらいやって欲しい、とか思ったりしたのだが。まあ今回のメガデス来日では単独公演をやってくれただけでも、名古屋のロックファンには良かったと言えるだろう。

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2006年10月14日 (土)

ラウドパークに行く

昼前に名古屋を発ち、千葉・幕張まで遠征、ヘヴィメタル中心のロック・フェスティバル「ラウドパーク」の見聞に出かけた。14日15日と2日間のイベントだが、自分はとりあえずメガデスの出る初日のみ見る。自分の年齢を考えると我ながら物好きだなとは思うが、とりあえずロック・フェスの雰囲気を肌で感じたいというのがひとつ、それから夏場のウドー・フェスティバルがコケちゃったらしいので、こっちはどうなんだろうというという好奇心もある。

P1010617 とりあえず夕方からのアングラ(スタート6時30分)、アンスラックス(同7時40分)、メガデス(同8時50分)を見るつもりで、6時前に会場の幕張メッセ展示場ホールに入る。3つに区切られたホールのうち、真ん中は食べ物屋台とスポンサーブースが並ぶスペースで、写真は夜7時半頃の様子。概ね20代と思われる若者中心に来場多数の盛況。ヘヴィメタルのTシャツって黒が基本?ということで、黒い身なりの人が多いです。このスペースの左手にあるホールにはステージが2つ、右手にあるホールには1つ用意されていて、入れ代わり立ち代わりバンドが出演し、通常は展示場として使われる会場内は、轟音が鳴り響く巨大ライブハウスと化していた。2つステージがある方にはスクリーンも設置されていて、ホント、結構大掛かりだったもんで、ちょっと驚いた。

アングラはスピード感と力強さに溢れ、アンスラックスは重戦車のようにガンガン押しまくる。初日のトリであるメガデスの荒々しくもタイトな演奏が終了したのが夜10時過ぎ。「デイブ、ナゴヤで待ってるぜ」と(心の中で)言い残し会場を後にする。東京駅まで戻り、そこから夜行バスで帰名。

しかしヘヴィメタルって、よく知らないバンドのライブだと、演奏する曲がみんな同じに聴こえてくるな・・・(苦笑)。で、何となく思いついたのが、しばしば単なる呼び方の違いと言われるハードロックとヘヴィメタルの違い。極論としてハードロックは音楽だが、ヘヴィメタルは音楽じゃない。もう少しマイルドに言うと、ハードロックは音楽性を感じられるが、ヘヴィメタルには音楽性と言う程のものはない。ブルースから始まり、ジャズやクラシックなど他ジャンルの音楽を巻き込みながら、発展してきたロックの歴史の集大成のひとつが、ハードロックだったのではないかと思う。その歴史をいったん断ち切ったのがパンクだった。そしてその後に現れたのが、攻撃性を強調するヘヴィメタルというジャンルである。音楽性という意味では、むしろ後退していた感がある。

次は生き残りのハードロックバンドを集めて「ラウドパーク」やってくれないかな~。あるいは70年代ロックのコピーバンド祭りでもいいんだけど。

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2006年7月26日 (水)

「水の上の煙」

本日付日経新聞1面のコラム(春秋)の書き出しはこんな具合。

もう僕らには時間がない。誰か愚かな連中が火を放った。水面の上を煙が漂う。空に炎が燃え上がる――。往年のロックバンド「ディープ・パープル」が1972年に代表作「水の上の煙」を作ったのは、スイスのレマン湖の畔だった。

「デイープ・パープル」で「おっ」、「水の上の煙」で「あれっ」と思った。おそらく字数の制約があるのだろうけど、「スモークオンザウォーター」じゃなくて「水の上の煙」だもんなあ。直訳ロックの「王様」か?てな感じで苦笑。(王様って今どうしてるのか)

コラム氏は「スモークオンザウォーター」の歌詞を紹介しながら、同じスイスのジュネーブで開かれたWTOの閣僚会合が決裂、世界の自由貿易を深める交渉が凍結されたことに話をつなげる。

すべてが終わってしまったら僕らは別の場所を探さなければならない。スイスでは時間切れだ。僕らは皆、競争に負けちまったようだ――。WTO交渉が止まれば、米欧や中国など大国は自分だけの貿易相手を探して独自の競争に走り出すだろう。仲間を囲い込むだけの戦いの真の勝者はいない。

以下はスモークオンザウォーターの歌詞の該当部分。

When it all was over

We had to find another place

Swiss time was running out

It seemed that we would lose the race now

コラム氏の訳し方のニュアンスはビミョー、特に「競争」の使い方がやや無理矢理っぽいけど、後のWTOの話につなげるためには仕方ないか・・・。というか、コラム氏はむしろこのロックの名曲について主に書きたかったような気配もある。こんな文章もあるし。

事故の情景を歌った単純な内容だが、下腹に響く冒頭のギターの旋律が思わず口を突いて出る40代以上の男性は多いのではないか。

2週間前の「春秋」は、怪獣デザイナーとして著名な成田亨を取り上げていたし、どうも今の日経新聞のコラムは、自分と同年代の人が書いている感じがするね。

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2006年5月12日 (金)

ホワイトスネイク名古屋公演

ホワイトスネイクは特に好きだというバンドではないのだが、最近のツアーでは初っ端にデイビッド・カバデールが「紫の炎」(Burn)を歌うというので、新しく出たライブDVD「インザスティルオブザナイト」による予習も済まして、本日の名古屋公演に出かけた。

場所は金山の名古屋市民会館。席は2階の最前列(最初からチケット購入時に、立たなくても済む場所を指定。若くないです、はい)。初めて来た所だけど、天井も高いし結構大きなホールなのだな。で、オープニングは「紫の炎」。予定通りで良かった。これをやってくれないと来た意味が無くなる。曲の途中に「嵐の使者」を挟むのはDVDと同じ。自分の知らない曲もあったが、とりあえず「イズジスラブ」「クラインインザレイン」「ハートオブザシティ」「ギミーオールユアラブ」「ヒアアイゴーアゲイン」は演奏した。で、アンコール2曲目に「スティルオブザナイト」をやってコンサートは終了。正味1時間半位でDVDより少し短めのライブだった。

生でカバデールの歌うBurnを聴くのはこれが初めてだ。思えばこれまでいくつかのライブでBurnを聴いてきた。再結成ディープ・パープル(ジョー・リン・ターナー)、復活レインボー(ドゥギー・ホワイト)、ヒューズ・ターナー・プロジェクト(グレン・ヒューズ)・・・。カバデールはオリジナルを歌った本人なのだが、若い頃のように太い声ではなくなっているので、どうもいまいち迫力に乏しい。まあそれでも生で聴いたということで良しとしよう。

バンドは自らの80年代後半当時のアプローチである、アメリカン・ハードロック的なスタイルで演奏を続け、見た目は若々しいカバデールもやたらと叫びまくる。その姿を眺めながら、自分がカバデールに求めているものは少し違うなと感じていた。最近、第3期ディープ・パープルのアルバム「Burn」を聴き直したのだが、かつて余り気に止めなかった「セイル・アウェイ」が印象的に聞こえるなど、やはりカバデールのブルージーな歌唱があってこその「名盤」なのだと、あらためて思った。今回のライブでは、ドラムスのトミー・アルドリッジがどんな曲でも全力で叩きまくるもんだから、ブルーズソングである「ハートオブザシティ」ですら、いかにもハードロック然とした演奏になっていた。自分にとっては、初期のライブアルバムで聴けるような、カバデールの歌い上げるボーカルを中心とする演奏スタイルの方が、ホワイトスネイクらしい感じがする。ディープ・パープルから派生した2つのバンド、中世ムードを纏ったレインボーも、ブルーズの匂いを漂わせたホワイトスネイクも、70年代終わりから80年代にかけて結局はアメリカナイズされて、それなりに売れたわけだけど、何か釈然としないんだよな。昔のことをぶつくさ言っても仕方ないけど。

それにしても・・・ディープ・パープルとキング・クリムゾンの好きな典型的な日本人のロックファンである自分には、70年代半ばまでに、第3期DPと後期クリムゾンが来日しなかったのは残念なんだよな~。(だから昔のことをぶつくさ言っても仕方ないんだってば)

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2006年4月26日 (水)

ブルー・オイスター・カルト、ライブDVD

へぇ~、こんなの出てたんだ、と思ったのがブルー・オイスター・カルトの新しいDVD、今年の2月に発売されていた「ア・ロング・デイズ・ナイト」。その内容もごく最近のライブ、2002年6月21日シカゴでのデビュー30周年記念ツアーを収めたもの。アメリカのハード・ロック・バンドである彼らの全盛期は70年代、その後一時解散というか活動を停止していた時期もあったはずだが、何となく?続いていたらしい。解説によれば今年も年初から全米ツアーを行っているということで、このDVDはバンドのいまの姿を伝えてくれる、BOCファン(日本にはあんまりいないと思うけど・・・よく日本盤が作られたもんだ)には有難いアイテムといえるだろう。

バンドの中心メンバーであるエリック・ブルーム、ドナルド・ローザー、アラン・レニアーは健在だが、エリックは多少肉付きが良くなり、アランも少々ジジむさくなるなど、容貌の変化にさすがに年月を感じる。特にドナルドはかつてロン毛に髯というルックスだったものが、髯を落として髪の毛もベリー・ショートで同一人物には見えない。しかし歌声やギター・テクニックは昔どおりだった。ドラムスのボビー・ロンディネリは昔レインボーにいた人だが、こちらも何だか太ったな。

曲目は「E.T.I.」「ハーベスター・オブ・アイズ」「バックス・ブギー」「炎の街」「ME262」などが次々に演奏され、クライマックスは「ゴジラ」そして名曲「死神」(ドント・フィア・ザ・リーパー)。アンコールに「優越と服従」「赤と黒」と、(メタリカもカバーしている「アストロノミー」が聴けなかったのは残念だが)彼らの代表曲がほぼ網羅された構成。

DVDを見るとアメリカには熱心なBOCファンが多いみたいだ。自分がBOCの東京・中野サンプラザ公演に足を運んだのは1979年5月のことだが、いま日本でコンサートをやっても多分客は集まらないだろうな。それでもオリジナル・メンバー3人のいるBOCは長く続けていって欲しいと思う。引き合いに出すのもなんだが、もうすぐ来日する(ジョン・ロードとリッチー・ブラックモア抜きの)ディープ・パープルよりは、生で見たいと思わせる、ずっと活動していて欲しいバンドだ。

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2006年2月 9日 (木)

伊福部昭、死去

8日夜、作曲家の伊福部昭氏が東京都内の病院で死去。91歳。

伊福部氏は独学で作曲を学び、数多くの映画音楽を手がけた現代音楽家である(というと、変な連想だけど、10年前に亡くなった武満徹が思い出される)。で、伊福部昭といえば、どうしてもゴジラ映画の音楽ということになる(申し訳ないけど、他の作品を知らない)。怪獣映画に魅せられた記憶のある元男の子なら、映画館の「音がガンガンと響きわたる場末の暗闇の中で、あの悪魔の様に独創的な音楽を耳にし続けた少年の感性は、無意識の内にも、どれ程強い影響を受けてしまったか」(井上誠・CD「ゴジラ伝説」解説から)、という思いは共有できることだろう。

映画「キングコング対ゴジラ」から、伊福部昭・作詩作曲「巨大なる魔神」の詩。

ア シ アナロイ アセケ サモアイ

ア シ アナロイ アセケ サモアイ

ケー ケレテナ ケー ケレテナ

イ ナ マン ファナドロ サーグーティーア

イ ナ マン ファナドロ サーグーティーア

ケー ケレテナ ケー ケレテナ

シクナ ファナドノ オナサー ヌナファ

シクナ ファナドノ オナサー ヌナファ

ア シ アナロイ アセケ サモアイ

ア シ アナロイ オナサー ヌナファ

マー グー ヌー ニトゥ マー グー ヌー ニトゥ

シクナー マリカン シクナー マリカン

マー グー ヌー ニトゥ マー グー ヌー ニトゥ

ラオー ラオー ラオーーー

何しろ全く意味不明なんだけど、聴いてるうちに頭の中で何度も何度も繰り返し流れてしまう、まさに呪術的な力を持つ音楽ではないかと。

「ゴジラ・ファイナルウォーズ」から1年余り、ゴジラが永い眠りについたのを見届けて、伊福部昭も世を去った。合掌。

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2005年12月25日 (日)

「レインボー・ライブ1977」DVD

かつてNHK「ヤングミュージックショー」で放送され、海賊版ビデオも出回っていたレインボーのライブ(ミュンヘン、1977年)が、30年近く経ってからオフィシャル映像作品としてDVDで発売されるとは、思わず声を上げてしまうような驚き以外の何ものでもない。

実は個人的にはレインボーに思い入れはない。NHKの番組も海賊版も見ていない。ディープパープルの方が好きだもんね。もう少し早くロックを聴いていれば、第2期DP来日に間に合ったかも知れないが、聴き始めた頃にやってきたのは第4期DP・・・パス。という訳で自分のリッチー・ブラックモア体験はレインボーから。1976年末、そして1978年初めの来日公演に足を運んだ。78年のメンバーは、リッチー(ギター)、ロニー・ジェイムズ・ディオ(ボーカル)、コージー・パウエル(ドラムス)など、このライブDVDと同じ。札幌公演(1月27日)でステージに押し寄せた客の中から死者が出たため、自分の観た最終の東京・武道館公演(2月3日)では、警備の人が多数配置されて、アリーナ席を立つことも許されない何とも窮屈な雰囲気のコンサートだった。(昔話)

で、このライブ・イン・ミュンヘン1977ですが、もうひたすらリッチー、ロニー、コージーのパワーに、こちらの目も耳も釘付けとなります。この時期のレインボーは一番人気があるのも当然か。

レインボーは、ロニー・ジェイムズ・ディオがボーカルだった前半と、ジョー・リン・ターナーになった後半で、これが同じ名前のバンドかよというくらい違う(リッチー以外のメンバーはどんどん変わったんだから当たり前か)。ロニーの時はドラマチックで骨太のロックを展開したのに対し、ジョーの時はより洗練されたものの少しまとまりすぎの感も強くなった。男のファンが多かったレインボーに、ジョーが入ったら女性ファンが流れ込んできた、なんて話もあったっけ。

でも、ロニーとジョーに挟まれて、結果的に過渡期的な感じのグラハム・ボネットも悪くはないよね。何しろあの「モンスターズ・オブ・ロック」フェスティバル出演(1980年)もあるし。「ミュンヘン」が出るんだから勢い、これもオフィシャルで頼むよという気分になるのも無理はないのだ。

さらに言うと、積極的に認めるファンは多くないであろう復活レインボー(ボーカルはドゥギー・ホワイト)も割と好きだったりする。特にライブ(来日公演は1995年11月)は、リッチーのハードロック・キャリアの集大成という感じでね。スポットライトキッド、ロングリブロックンロール、銀嶺の覇者、スモークオンザウォーター、パーフェクトストレンジャーズ、紫の炎、みんなまとめて聴けるんだから。地味な曲では、テンプルオブザキングがちょっとプログレ風な味わいで意外に良かったな。当時ライブ会場の中で、ここにいるハタチの人は、リッチーが最初にレインボーを作った時に生まれたんだよな~と思って感慨深かったりした。ま、できればこのレインボーのライブもオフィシャルで欲しいな。これもまたドイツはデュッセルドルフ公演の海賊版があることはありますけどね。

しかし思い入れがないと言いながら、結構レインボー好きなのか俺は?・・・正確に言うとやはり、リッチー好きってことだな。

関連サイトをリンクしました)

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2005年12月12日 (月)

イングヴェイ Live2005

イングヴェイ・マルムスティーン名古屋公演に行った(新栄・ダイアモンドホール)。当初行くつもりは無かったのだが、「Burrn!」最新号の記事にある最近の公演のセットリスト、というカタカナ語はどうも苦手だな・・・演奏曲目に古い曲も入っていたので、まあちょっと見ておきますか、という気になった。名古屋公演はスタンディング・・・つまり立ち見なので、直前にチケットを買っても何の問題もないし。

自分がイングヴェイを見るのは9年ぶり3度目。前回は「インスピレーション」ツアー(ボーカルはマーク・ボールズ)で、ライブはカバー曲や80年代に作った曲を中心に構成。今回のツアーのボーカルはドゥギー・ホワイト。この人は復活レインボーのライブで見たことがある。それも10年前だよ。何か年取ると時間が経つのが速いな。

イングヴェイは一時期、お前は関取か?と言いたくなるほど膨張していた(2003年の「G3」DVDを見ると気持ち悪い位だ)が、今は贅肉を落としてロックスターらしさを取り戻している。ショーはライジングフォース、ジョー・リン・ターナーの歌った古い曲からスタート。続いて新しい曲がいくつか演奏された後、イングヴェイお得意のパガニーニのバイオリン協奏曲第4番~アルビノーニのアダージョ、そしてファービヨンドザサンへ。ところが曲の途中でギターの音が出なくなり、ドラムソロを入れてつなぐ場面が。おいおいしっかりしてくれよ~。このほか演奏された古い曲はドリーミング、本編最後にユードントリメンバー・アイルネバーフォゲット。そしてアンコールではおおっ、ヒロシマモナムールだ。自分がスティーブ・ヴァイの入ったアルカトラスでこの曲を聴いたのは1984年、もう21年も前だよ。何か昔のことばかり思い出すな。アイルスィーザライトトゥナイトで約2時間のショーが終了。

今年出たアルバム「アンリーシュ・ザ・フューリー」も、ライブに行く前に聴いてはおいたが、やっぱイングヴェイは古い曲の方がイイな。

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2005年11月30日 (水)

ロックバーFace(新栄)

「大人のロック!」(日経BP社)の別冊、「ロック酒場!」が出ている。とりあえず名古屋で紹介されているのは、HeaVen's DOOR(錦)、FILLMORE30(錦)、MILEHIGH(錦)、MOVE(栄)、Dandelion(東桜)、RAKUEN(東桜)、ZERO(今池)、BAR TAP(筒井)、四軒家ロックSudder(森孝東)、TERRAZZO(那古野)の10軒。

自分も新栄にあるFaceをあらためて紹介しときます。新栄の広小路通り交差点から、南西に入る路地を終わりまで歩いて、右手のビルの2階。70年代~80年代のロックが中心、ブリティッシュ、アメリカン、ハード&ヘヴィメタル、プログレッシブと、いろんな種類のレコードやビデオがたくさんあります。ブログ「名古屋鯱ホコ通信。」でも紹介記事を見つけたので、横着にもリンクさせてもらいました。

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2005年10月28日 (金)

クイーン・復活ライブDVD

復活クイーンの日本ツアーが進行中。地元では11月1日にナゴヤドームでコンサートが行われる予定だが、チケット代1万2000円也を支払う程のファンでもないワタシは、とりあえず来日と同時に発売されたライブDVD「リターン・オブ・ザ・チャンピオンズ」を買ってみた。

クイーンの熱烈なファンはどう思うのか知らないが、全体的な印象は意外と良かった。個人的には、クイーンは初期はともかく、ロックバンドというよりはハードポップバンドというのか、そういう感じで見ていたのだが、このクイーン(2分の1)+ポール・ロジャースは、よりストレートなロックバンドになっている。もちろんこれは、ルックスも含めたポールのボーカル・スタイルが大きく影響している訳で、ポールの参加がクイーンのよりロック的な本質を引き出したという感じもする。

自分にはクイーンの曲以上に、ポールの持ち歌であるバッド・カンパニーやフリーの曲(「ウィッシング・ウェル」は、B'zの松本孝弘もカバーしていたっけ)が何ともカッコよく聞けたのが収穫だった。

ポールは自分の持ち歌を紹介する時は実に楽しそうだな。ブライアン・メイって本当に感じのいい人だな。しかしロジャー・テイラー丸々しちゃったな。かつてのメンバーの中でも、日本の女の子には一番人気だったけど、見る影も無いぞ(・・・その昔、ロジャーの写真を表紙にしたら「ロッキングオン」の売上が伸びたと、渋谷陽一が言ってたっけ)。ドラムを叩きながら「アイム・イン・ラブ・ウィズ・マイ・カー」を歌うのは、なかなかカッコイイけど。

クイーンの来日は20年ぶりだという。そうだ、1985年の5月、時を同じくしてクイーンとディープ・パープルが日本公演を行っていた。その昔ポール・ロジャースのディープ・パープル加入、という話もあったっけ。リッチー・ブラックモアはもうハード・ロックをやらないだろうけど、ポールの健在ぶりを見ると、今度はリッチーと共演してもらいたくなる。

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2005年7月30日 (土)

トミー・ボーリンのこと

「アエラ・イン・ロックⅡ」に、ミュージシャン命日カレンダーというのが載っている。この50年で他界したミュージシャンの死亡年月日の一覧表で、ジミ・ヘンドリックス(1970年死亡、以下同様)、エルヴィス・プレスリー(1977)、ジョン・レノン(1980)、ジョン・ボーナム(1980)、フレディ・マーキュリー(1991)をはじめ約200人の名前が並ぶ。

個人的に一番印象が強いのは、トミー・ボーリンの死(1976年12月4日、ドラッグの過剰摂取)。リアルタイムでニュースを知ったこと、自分の好きなバンドであるディープ・パープルにいたギタリストであること、そしてなにより若くして死んだ(享年25歳)ということもある。

ボーリンといえば、悪名高き「ラストコンサートインジャパン」である。1975年12月に、第4期ディープ・パープルのメンバーとして来日したトミーの左手はドラッグのため満足に動かない状態で、コンサートの内容は惨憺たるものだった。よくもまあ、この時のライブが後にレコードになったものだと思う。(とはいっても私も買ったんですけど)

ボーリンのまともな状態の演奏は、カリフォルニア・ロング・ビーチでのライブ盤で聴ける。ボーリンが弾く「紫の炎」のギター・ソロ・パートも割と好きだし、ロング・バージョンの「ゲッティンタイター」もなかなか良い。ディープ・パープルはメンバーは変わっても、ライブバンドとしての力量は一定水準を保っていたことを窺わせる。

見るからにトミーと気の合いそうな感じがした、グレン・ヒューズ。「バーニング・ジャパン・ライブ」(1994)では、コンサート途中のMCで、「自分が若い頃、ある男と出会う幸運な機会があった。彼は俺の兄弟になった。しかし残念なことに神は彼を我々の元から連れ去ってしまった・・・。次の曲はトミー・ボーリンに捧げます」と語って、「ジス・タイム・アラウンド」のピアノ・ソロが始まる。・・・何か泣ける。親しい間柄にあった死者の記憶ほど寂しいものは無い。

第4期ディープ・パープルのただ1枚のアルバム、「カム・テイスト・ザ・バンド」も決して悪い作品ではない。むしろ、ファンキーな要素を取り入れて、個性的なハードロックを作ることに成功していると言ってよい。しかしそれは、「ディープ・パープルの」アルバムとしてはアウトだったということなのだろう。何かで読んだ覚えがあるのだが、ジョン・ロードも、リッチー・ブラックモアが抜けた後でディープ・パープルを名乗るのは間違いだった、という意味のことを述べていた。

1975年12月、第4期ディープ・パープル来日公演、翌年夏にディープ・パープル解散の正式発表、そして来日公演から1年後の1976年12月にトミー・ボーリン死去、奇しくも同時期にリッチー・ブラックモアズ・レインボーの初来日公演が行われた・・・この一連の出来事の流れは、当時10代半ばの自分には忘れ難いものとなった、のだ。

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2005年7月28日 (木)

洋楽ロック邦題への郷愁

「アエラ・イン・ロックⅡ」が本屋に並んでいる。「前号が大変好評」で「調子に乗って」(編集後記)出したという。結構な事であります。

その中にレコード時代におけるロックの「邦題」についての記事があり、あのユーライア・ヒープの日本デビュー作「対自核」のタイトルを考えたという人(当時日本コロムビアの洋楽ディレクターだった清水美樹夫さん)の話が書かれていた。原題は「Look At Yourself」だが、最初にひらめいたのはサルトル哲学の用語である「対自存在」。しかし企画会議で不評を浴びて、次の会議では、自分の核心を見つめるというイメージで「対自核」を提案、これで押し通した。ということで、あのちょっと意味不明ながら印象的な邦題が日の目をみたわけだ。

キッスを担当したビクター音楽産業の横田晶さんは、「地獄」という言葉で邦題をシリーズ化。初期のキッスを「地獄」イメージで統一した。

サンタナの名曲「哀愁のヨーロッパ」の原題は、ただの「ヨーロッパ」。当時の担当者であるCBSソニーの金弘和美さんは、「哀愁の、の一言で、あの泣きのギターがイメージできたと思う」と語る。

今では、原題をカタカナにしただけのタイトルが主流。清水さんは、「安直な直訳」は「発想力の欠如」と厳しい意見。邦題の衰退について、横田さんは、音楽誌の原題重視の傾向が影響している、とみる。金弘さんも、「邦題のついていたアルバムを再発する際、原題に修正するのだけは勘弁してほしい」と、控え目に抵抗感を示す。

自分も先日、ミュージカルバトンのエントリをいくつか読んだ時に、今どきバンド名や曲名は英語表記が多いのだな、とあらためて感じた。それで自分は古いロックファンであることを示すために、邦題やカタカナを使ってミュージカルバトンを書いたりした(・・・中年の屈折?)。その中で名前を挙げた、フォーカスの「悪魔の呪文」もイイ邦題だね。

キングクリムゾンの「21世紀の精神異常者」、いまは「21世紀のスキッツォイドマン」である。これにはそれなりの理由もあるのだろうが、個人的には実に噴飯ものだと思う。

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2005年7月10日 (日)

平原綾香コンサート

平原綾香がイイと思う。ていうか「Jupiter」という歌がとても好きだ。ということは吉元由美の作詞がイイということになるのか。ま、そういう訳で(どういう訳だ)、「The Voice」と銘打たれた平原綾香のファーストコンサートツアー、名古屋公演(2日目)に出かけた。公演場所の芸術創造センターに行くのは初めてだったが、天井が高く、客席の前と後ろの段差が大きく、自分の座った端の席からもステージが良く見える、コンサート向けとしては良いホールだと感じた。

自分は1枚目のアルバム「オデッセイ」は聞いたが、2枚目の「ザ・ボイス」は聞いていない。とりあえず「Jupiter」が生で聞ければそれでいい、というのが自分のスタンス。で、オープニングは「Jupiter」かと思いましたが違いました。さすがにもう去年の曲ということですかね。コンサートの前半は知らない曲が多かったので、前半が2枚目、後半が1枚目からの曲という構成だったのだろう(たぶん)。途中、井上陽水の「心もよう」などカバー曲も歌ったほか、「平原綾香への質問コーナー」も設けられて、客席のファンから飛んでくる様々な質問に答えていた。そのなかで、マイブームは?と聞かれて、ドクロマークのグッズ集め、と答えておりました。ちょっと変わってる・・・。

さて、「Jupiter」はコンサートの終盤に歌われたが、ややアップテンポでドラムスなどのリズムが強調されていたこともあり、CDで聞き慣れていたのとは少し趣きの異なる印象だった。アンコールの最後にも、もう一度「Jupiter」が、楽器はアコースティックギターとバイオリンのみ、英語バージョンで歌われた。・・・でも、やっぱり日本語の歌詞の方がいいよな、と思う。

正直、彼女の音楽の方向性がいまいちよく解らないが、そこはまだ若いということで、今後の才能の展開をじっくり待てば良いのかな。

(追記)名古屋公演の模様(初日)はこちらが詳しいですね。

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2005年7月 9日 (土)

シナモン(Zepコピーバンド)を見る

レッド・ツェッペリンのコピーバンドである、CINNAMON(シナモン)のライブを見に行った。場所は、大須エレクトリック・レディ・ランド。聞くところによると、地元名古屋のバンドということです。

「トレイン・ケプト・ア・ローリン」からショーがスタート、これはちと意外な出だしだった。特に熱心なZepファンではない自分は、「ロックンロール」で始まるものとばかり思っていたので。音はもうレッド・ツェッペリンです、当然のことながら。それで、えーと「ロバート・プラント」さんなんですが、歌はともかくルックスがちと貧弱なもんで、何かいまひとつ盛り上がりにくいですな~。とにかく音がレッド・ツェッペリンならそれでいいや、というものかも知れないが、どうもロックのライブというとそういう訳にはいかないんじゃないか、というのが正直な感想。

曲目は「胸いっぱいの愛を」「天国への階段」「ブラックドッグ」「ロックンロール」「コミュニケーション・ブレイクダウン」「移民の歌」など。ツェッペリン・オリジナルの曲ではなかったと思うが、ファーストに入っていた「アイムゴナリーブユー」が聞けたのは良かった。このほかアコースティックな曲もいくつか演奏されるなど、全体的にバランスの取れた構成で、2時間半近いステージを展開。

去年の秋、クイーンのコピーバンドであるKweenのライブを今池ボトムラインで見た。既にこの世に存在しないバンドの音楽を、実際に演奏してみせるコピーバンド。個人的には、その存在意義を充分に認めちゃうものです。偉大なロックバンドの音楽は、まさに「伝統芸能」として継承されていくんじゃないかと。

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2005年7月 3日 (日)

カッコいいぞ!相川七瀬

今夕、相川七瀬のライブを観に行った。場所は大須Electric Lady Land。特にファンというわけではないのだが、10年前には「恋心」を、男のくせにカラオケで喜んで歌っていた私です。もしかすると、織田哲郎の曲が好きということなのかも知れないが。

もう一つのポイントは、ギターのマーティ・フリードマン。元メガデス、近頃はテレビ「ヘビメタさん」に出てくる、日本語の達者なロック・ミュージシャンとして知られているらしい(名古屋ではこの番組やってない)。小生もメガデスをリアルタイムで聞いていた訳ではないけれど、4月のメガデス公演を見たこともあり、元メンバーが近所に来るなら見ておきたいな、と感じた次第。

あとは、ドラムスの真矢について知っていることは、えーと、LUNA SEAが「ヘイ!ヘイ!ヘイ!」に出演した時にはもっぱら浜ちゃんにイジられる役だったのと、奥さんがモーニング娘。の石黒彩だということ(しょーもない・・・)。その他の人は・・・すいません、知らないです。

開演の午後6時直前に着いたら、さして大きいとはいえないハコの中は人が溢れるような状態。一番後ろで壁を背にして見ることに。で、ライブはというと、思った以上にカッコいい。相川七瀬はゴシック・ロマン調の黒のスカートに、黒白模様のキャミソール風衣装(って、中年男が女性のファッションを言い表そうとすると、とんでもない見当違いをしてるんじゃないかと不安だ)で、頭に黒とピンクのゼブラ模様のテンガロンハットを被って登場。カッコいいうえに、なかなか可愛くて綺麗だ。「トラブルメーカー」や「夢見る少女じゃいられない」など有名曲もやったが、他の自分が知らない曲も、かなりロックしている。音のバランスも良かった。で、「恋心」はやらなかったが、この歌はより歌謡曲っぽいので、ロック色の濃い曲目の流れにそぐわないのかな、という感じ。でもちょっと聞いてみたかった気もする。

デビュー10周年、これからはナニワ魂でがんがんいく、とのことで、相川七瀬には日本を代表するロック・クイーンになってもらいたいぞ。

フリードマンもなかなか華のある人で、時に扇情的にギターを弾きまくる姿はいかにもロック・ギタリスト。「やっぱりナゴヤ最高じゃん」とか言ってました。しかし、国際化の世の中とはいえ、日本語のうまい外国人って、やっぱりヘンなガイジンじゃん、と思ってしまう。たまたま10年前の「別冊BURRN!炎」(この雑誌もいつの間にか消えたな)を見たら、酒井康の編集長雑記の中に、「フリードマンの場合、日本人の女性が最高であり、コミュニケートしたい気持が日本語を学ぶことに繋がったと言っていい」と書いてあった。ふ~ん、そうなのか~。

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2005年6月30日 (木)

Musical Baton

近頃、音楽ブログの間でMusical BatonだかMusic Batonなるものが、やり取りされているらしい。その質問内容に対する答えを、とりあえず自分も作ってみる。

1)コンピュータに入っている音楽ファイルの容量
 何ですかこの質問は。自分はパソコンで音楽聞いてません!・・・もっぱらCDやDVDを聞いたり見たりしてるとです。こんな質問を見ると、何だか自分がひどく年寄りになったような気がするとです・・・。

2)今聞いている曲
 さっき聞いたのはイングヴェイ・マルムスティーンの「イヴィル・アイ」

3)最後に買ったCD
 メガデス「ザ・システム・ハズ・フェイルド」

4)よく聴く、または特別な思い入れのある5曲

・ディープ・パープル「紫の炎」
 友人に聞かせられて、ロックの道に迷い込むことになりました。

・レッド・ツェッペリン「アキレス最後の戦い」
 ネブワースのライブ映像がとても好きだ。

・フォーカス「悪魔の呪文」
 ヤン・アッカーマンのギターがイイと思う。

・ブルー・オイスター・カルト「死神」
 ドナルド・ローザのギターがイイと思う。

・キング・クリムゾン「暗黒(スターレス)」
 (当時の)後期クリムゾンこそが最高のクリムゾンだ。

最近はバンド名や曲名を英語で書く人が多いのかな・・・ま、いいや。

5)バトンを渡す5人
 この「千種通信」は特に音楽ブログという訳でもないし、コメントやトラックバックしてない所にいきなり送るほど大胆でもないので5人は無理だよ~。とりあえず地元のaces_highサンに送ります。以上。

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2005年6月 9日 (木)

ユーライア・ヒープへの愛着

「大人のロック!」vol.3の表紙に、(小さい扱いだけど)「ユーライア・ヒープ」の名前が。かつて70年代前半には、ブリティッシュ・ハード・ロックの一角を占めていたバンドだが、今どき雑誌に取り上げられること自体珍しい。・・・といっても1ページの記事だけど。そんでもって「あの人はいま」的扱い。実際そうなんだから仕方ないですが。なにしろ記事によれば、国内盤CDは製造してないということで、店頭にあれば在庫はそれのみということらしい。

重厚でメロディアスなキーボードと、ハイ・トーンのボーカルを前面に押し出して、そこにコーラスが加わるといった、叙情的で陰影に富んだ独特のサウンドで知られるユーライア・ヒープ。バンド名は文豪ディケンズの小説「デイヴィッド・コパフィールド」の登場人物から取られたというのも、実にイギリスっぽいのである。

バンドはメンバー交代を続けながら、いまも音楽活動を続けている(らしい)が、その「黄金時代」は72、3年頃のごく短い時期(当時のメンバー5人のうち、既に2人が世を去っている)。その後75年にはキング・クリムゾンのジョン・ウェットン加入とか、87年12月には旧ソ連時代のモスクワでコンサートを行った(ライブ盤CDも出た)とかの話題もあったが、基本的に過去の幻影を引き摺りながら、冴えないまま現在に至っている(らしい)という感じ。

なんかクラいイメージのバンドで、今風でもないと思うが、ブリティッシュロック・ファンとしては、ちょっと愛着を感じるバンドではあります。

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2005年6月 4日 (土)

クイーン、ミュージカルになる

今日の日経新聞に、ミュージカル「ウィ・ウィル・ロック・ユー」が紹介されている。イギリスのロックバンド、クイーンのヒット曲で構成されたミュージカルで、東京・新宿コマ劇場で8月24日まで公演を行う。

未来の管理社会の中で、自由な音楽を求める若者たちの話ということで、何だか未来というより過去の話のような気もするが、クイーンの曲が20曲以上使われるなど、ミュージカルもできちゃうというクイーンの楽曲、その完成度の高さにあらためて感心する。

で、日経BP社から新しく出た「大人のロック!」vol.3にもクイーン特集が。ミュージカルはもちろん、ポール・ロジャースをボーカルに迎えた復活ツアーについてもレポート。近頃話題の多いクイーンである。

自分がクイーンでイイと思うのはごく初期。プログレッシブなハード・ロックという趣きの「クイーンⅡ」が一番好き。「オペラ座の夜」以降の「ヒット・ソング」メーカー路線には、余り関心を持てなかった。

「大人のロック!」の中にも、「最大の弱点だったライブという問題」云々という記事があるが、クイーンはライブが弱い、もうそれだけでロックバンドと言えるのかどうか、とも思ったりする。記事には、本人たちの技術的な進歩や機材の発達によって弱点を克服した、というようにも書かれているのだが、その頃にはバンドはハード・ロックからパワー・ポップへと路線を移していたわけで、やはりクイーンはロックバンドなのだろうかと、ちょっと疑問を感じたりもする。

思い出すままに書くと、フレディ・マーキュリーが死去したのは1991年秋。当時、東京株式市場ではガン・エイズ関連株が買われていた。フレディはエイズで死んだわけだが、このニュースに対して株式市場に目立った反応は無かった。一般的な感じ方とは逆かも知れないが、株売買の「材料」にならなかったことは、個人的にはむしろ寂しさを感じたことを覚えている。

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2005年5月10日 (火)

手羽先はロックな食べ物?

ロック・ボーカリストのジョー・リン・ターナー(元レインボー、ディープパープル等)の大好物は、何と名古屋名物、手羽先の唐揚だとか。

雑誌「BURRN!」6月号によれば、3月中旬に新しいアルバムのプロモーションのため来日したジョー、成田に到着早々、「名古屋で手羽先食べる時間あるかな」とお尋ねになったそうだ。そして名古屋でボーカル・クリニック、ラジオ収録や新聞取材などをこなした後、1時間ほど空き時間ができるやいなや、あの「世界の山ちゃん」に駆け込み、約30分で40本近い手羽先を食べたとのことである。

ジョーによれば、「いいか、世界で一番うまいもの、それはこの「山ちゃん」の手羽先だ!他の食べ物と比べてはいけない。もう違う星の食べ物だと思ってくれ!」、だそうです。

小生も、山ちゃんの手羽先はうまいと思う。いわゆるスパイシーな味で、ビールによく合います。しかし外国人、それもロック・ミュージシャンが手羽先をパクついている図、想像すると何ともおかしいです。

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2005年4月26日 (火)

70年代ブリティッシュ・ハード・ロック

「レコード・コレクターズ」5月号の特集は、70年代ブリティッシュ・ハード・ロック。70年代ティーン・エイジャーの私としては、買わなければなりますまい。で、自分が興味を持った意見をメモ。

初期のハードロックが持っていた毒や危険性とは何だったか。それを理解する一つの鍵は「反キリスト教」ではないか。はるか古くからキリスト教の教えやシステムが社会や日常の中に入り込んでいるイギリスにおいて、古い体制やシステムと対立していた若者の象徴であったロックが、アンチ・モラルやキリスト教の教えの根源にあるものへの疑問や否定へと歩を進めるのも当然ではなかったか。解りやすい例は、黒魔術をモチーフの一つとしたレッド・ツェッペリンやブラック・サバス。古い社会の構造や精神的な抑圧を背景に、イギリス独自のサウンドが生まれたような気がしてならない。(大鷹俊一)

アンチキリストですか。ハード・ロックとは、ニーチェ的なものなり?

キング・クリムゾンもピンク・フロイドもイエスも、ある意味では皆英国ハード・ロックである。同じ時代の空気を吸っていただけに、プログレッシブ・ロックの代表格として扱われてきたバンドもハード・ロック的な音楽を貪欲に吸収しており、その音楽の中にはハード・ロック的解釈、展開、重さ、スピード感が多様な形で散りばめられている。英国ハード・ロックの音の組み立て方には、英国的な構築性やヘヴィな本質が含まれていたからだろう。(石川真一)

ロバート・フリップは現在、「ヌーヴォ・メタル」を公言。自分が観た2000年の東京でのライブでは、古い曲の中から「レッド」を演奏していた。いまや「レッド」がクリムゾンの原点?

前にも書きましたが、好きなロックバンドがディープ・パープルとキング・クリムゾンである私って、日本人だよな~つくづく。

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2005年4月 8日 (金)

メガデス名古屋公演2005

メガデスのコンサート(新栄・ダイヤモンドホール)に出かけた。昨年、解散状態から2年ぶりに復活し、新アルバムを出すと共にツアーを開始。ただしバンドは、核となるデイブ・ムステイン以外は全くの新メンバーで構成され、メガデス名義としては「フェアウェル・ツアー」ということらしい。ということで実質的には、デイブ・ムステイン再出発の門出を飾るツアーということになるだろうか。

バンドはほぼひたすら演奏を続けるというスタイルで約2時間、攻撃的で激しい大音量サウンドを休む間もなく観客に浴びせる。客層もただもう騒いで踊りたいってな感じの若もんが多く、さすがは?アメリカのヘビィメタルバンド。とりあえず見るもんといえば、デイブ・ムステインしかないのだが、濃いグリーンのミリタリーシャツで登場した「ジェネラル」ムステインが、ブロンドの長髪を振り乱して演奏する姿は、いかにもロックスターのオーラに包まれている。演奏も、とりあえず「デイブ・ムステイン・バンド」としては手堅く纏まっていたと言えるだろう。

しかし正直、会場の音響も悪く、かなり喧しいライブではあった。ハードロックのコンサートは、ミュージシャン本人を見るという大きな魅力もあるにはあるのだが、音楽そのものを聴こうと思ったらCD、DVDで鑑賞する方がいいのかも知れないな・・・(年寄りの感想?)

しかしとにかく、そこいらのヘビィメタルバンドとは一線を画す楽曲を生み出し続ける、デイブ・ムステインのこれからの動きにも目が離せないな、と思う。

(追記)メガデスについて他の方が書かれたブログで面白かったのはこちらイラストがとっても上手。

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2005年3月30日 (水)

ゲバゲバ90分!

というバラエティ番組が昔あったなあ、と思い出したのは、キリンの新しい「ビール」である「のどごし生」のテレビコマーシャルで、山口智充の元気が漲るキャラクターと共に、はじけるような「ゲバゲバ90分!」のオープニング・テーマが使われていたから。

「巨泉・前武 ゲバゲバ90分!」は1969年10月7日~1970年3月31日、1970年10月6日~1971年3月30日、毎週火曜日夜8時~9時26分に放送された。90分の間にテンポ良く繰り出される短いギャグやコントはおよそ130~150本に上る。映像抜きに聞いても楽しい音楽を手がけたのは宮川泰と前田憲男。「ゲバゲバおじさん」なるアニメのキャラクターも、ゲバゲバ、ピー!の効果音と共に記憶に残る。メインパーソナリティの大橋巨泉と前田武彦のほか、萩本欽一、坂上二郎、ハナ肇、宍戸錠、朝丘雪路、うつみみどり、小松方正、熊倉一雄、常田富士男、藤村俊二、松岡きっこ、岡崎友紀、キャロライン洋子などがレギュラーとして出演。視聴率は26.2%という高い数字が残っている。

「ゲバゲバ」に、「ある異常な団体に起こった普通の出来事」というコーナーがあった。実は具体的な中身は覚えていないのだが、このタイトルは凄いと思う。集団というものは、大体異常なものなんだよな。

子供の頃に見た「ゲバゲバ」と「ドリフ」のおかげで、ギャグのない人生など考えられなくなってしまったな。

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2005年2月28日 (月)

アエラ・イン・ロック

俺って日本人だよなーとつくづく思うのは、好きなロックバンドがディープパープルとキングクリムゾンだということ。これって典型的な日本人の趣味なんだよなー多分。レッドツェッペリンは凄いと思うけど好きだという程ではない。イエス、EL&Pも以下同文。

アエラ臨時増刊「アエラ・イン・ロック」の中に「パープルとクリムゾン」と題された記事あり。1960年代中盤以降のロック音楽において、テクノロジーの進歩が大音量の演奏を可能とする。一方で、サイケデリア、ドラッグ・ムーブメントも到来して、ハードロックとプログレッシブロックという2つの流れが生まれてくる。その決定的な分岐点となったのは、ディープパープルとキングクリムゾンの登場。1969年10月「クリムゾン・キングの宮殿」、1970年1月「イン・ロック」は、それぞれ完璧な形でプログレッシブロックとハードロックのフォルムを完成させた作品だった・・・。記事は、2つのジャンルが時を経て、「プログレ」「ヘビメタ」に堕していく過程についても述べているのだが省略。結局残るのはジャンルではなく、バンドということだろうか。

自分と同世代の作家、松浦理英子の文章から適宜省略して引用。「70年代当時の気分に即して語るなら、家も学校も街も少しも面白い所ではなく、金銭的にも精神的にも貧しく惨めな状況にあっては、ロックのビートとともにある時こそほんとうに生きていると感じられた、ということになる」「私にはいまだに音楽を単なる教養として聴くのはいやだという気分が残っている」・・・70年代ティーンエイジャーならば共感するところ大でありましょう。

昨秋の第1号に続き第2号が出た「大人のロック」(日経BP社)同様、このアエラ増刊号にもロック・バーがいくつか紹介されている。名古屋で名前が挙げられているのは、錦にある「Heaven's Door」。あらためて小生も、新栄の「Face」を紹介しておきます。広小路通り交差点から南西に入る路地を進んで、小さなビルの2Fです。

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2004年12月28日 (火)

「Jupiter」、再びトップ10入り

平原綾香の歌う「Jupiter」が、再びオリコンチャートのトップ10に入ったという。素晴らしい!

何でも、11月23日放送のテレビ番組で「新潟地震の直後からリクエストが急増した」と報道されたことがきっかけらしい。人々が恐るべき困難を経験し、あるいは目の当たりにした時に、この曲が人々を励ます歌として求められたのだとしたら、歌の力とは何と素晴らしいものだろうか。12月24日のミュージックステーションにも平原綾香は出演していたが、歌そのものは短縮バージョンで不満が残ったとはいえ、クリスマスということもあり「現代の賛美歌」といってもいいような印象があった。「災」の字が与えられた年の瀬に、歌姫の声が響き渡り、人々は静かに勇気を取り戻す・・・いいなあ。

しかしながら、平原綾香には「久保田早紀」化の危険も感じられる。要するに結果的に「一発屋」になる可能性。しかし彼女は若い。音楽家の家系でもある。今回は曲はホルストさんのものであったが、地道に歌い続けていれば、いずれオリジナルで再び大ヒットを飛ばす時が来るだろう。

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2004年12月19日 (日)

70年代ロックが一番!

自分は70年代ティーンエイジャーである。そんな自分にとっての音楽とは、ロックである。フォークじゃありません。ジャズでもないです。ブリティッシュ・ハードロックそしてプログレッシブロックこそが音楽である。と、とりあえず断言しちゃいます。自分が今年行ったコンサートは、2月のヒューズ・ターナー・プロジェクト(今池ボトムライン)、3月のディープパープル(厚生年金会館)。ディープパープルを見たんだから、10月のブラックモアズ・ナイトも見るべきかと少し思ったが、ハードロックじゃないので結局パス。当日は名古屋に台風来襲、見に行った人は大変だったでしょう。11月のイーグルス(ナゴヤドーム)にも行った。ほんとはアメリカンロックのファンというわけでもないのだが、ナゴヤドームに行ってみたかったということもある。それから、名古屋ブルー・ノートにキース・エマーソンが登場する予定だったのだが、これは中止となったので見られず。あとクィーンのコピー・バンドであるKweenも、10月に今池ボトムラインで見た。このバンドは久々に見たのだが、ふれでぃ・えとうサン健在でしたね。

今年自分が「再発見」したバンドはメガデス。リアルタイムでは聞いていなかったバンドだが、「BURRN!」誌に載ったデイブ・ムステインのインタビューを読んで、へえこんなヤツがいたのかと思って(ロックミュージシャンのインタビューって面白い。おのれの腕と才能を頼りに生きている人たちの言葉だからだろうか)、今年出されたリマスター盤を買ったり、DVD「ラスト・ライブ」を見たりして、なかなかいいじゃないかと感じた次第。復活アルバムと共にツアーも開始したということで、名古屋に来ることはあるのだろうか。若い人のバンドでいいと思ったのは、「アメリカン・イディオット」を出したグリーンデイ。最初ちょっとうるさいと感じたが、結構哀愁も帯びたサウンドで感心しました。しかしメガデスの新アルバムもそうだが、アメリカがおっ始めた戦争の波紋はミュージシャンにも及んでいるのだな。

こんな具合にロックを聞きなおしているのは、名古屋で偶然ロックバーを発見したことがひとつの要因になっている。そのロックバーとは、新栄にある「Face」。70年代~80年代のロックを中心に流すお店。ロックバーに行くという経験は、もう10年以上前に新宿の「コモンストック」に一回行ったきりだった。「コモンストック」は、自分と同年代の人が一流銀行、商社を辞めて2人で始めた店で、開店にまつわる話を本にして出すなど、話題作りにも努めていたが、どうもいつの間にか無くなっちゃったらしい。それでも「大人のロック!」(日経BP)を見ると、東京でも大阪でもかなりの数のロックバーが、営業を続けているらしい。がんばれロックバー!

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