2009年10月17日 (土)

ラウドパーク09に行く

3年ぶり会場を千葉・幕張に移して開催されたラウドパーク。夕方から出動して、メガデスとジューダス・プリーストのライブを見た。

P1030270_2 自分がラウドパークに行くのは2度目。最初に開催された3年前、当時名古屋在住だったけど、幕張まで遠征して参加しましたです。その時もメガデス見ました。今回、来日としては2年ぶり、ラウドパーク登場は3年ぶりのメガデス。演奏曲はニューアルバムから「ヘッドクラッシャー」「1,320」の2曲。後はもう代表曲のオンパレード。

ジューダス・プリーストのライブに接するのは、自分は30年ぶり。このバンドは初期のハードロックの頃は聴いていたが、ヘヴィメタル路線になってからは関心が無くなってしまった。でも最新作の「ノストラダムス」は、なかなか良かったと思う。今回は自分の知ってる曲、要するに古い曲をやるのかどうかというのが自分的なポイントだったが、ライブ中盤に「切り裂きジャック」が飛び出して、ようやく目の前(といっても50メートルくらい先のステージ)にいるバンドがジューダス・プリーストなんだな、と実感した。他には「ビクタム・オブ・チェンジイズ」「ダイヤモンド・アンド・ラスト」が聴けた。お~古い曲もやるんだ、感心感心。ドラムの人の雰囲気がちょっと故コージー・パウエルに似てたな。

しかし昔はロック的には「30過ぎた奴は信用するな!」とか言ってたのに、今や40代、50代のロッカーは当たり前になっちゃいましたね。(苦笑)

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2009年9月26日 (土)

メガデス『エンドゲーム』

メガデスの2年半ぶりの新作『エンドゲーム』、最初に聴いた時は、ボーナストラックの「ワシントンイズネクスト」(ライブ)という前作の曲が印象に残ってしまったが(苦笑)、何度か繰り返し聴いているうちに、どの曲も一定水準以上の作品で、なかなかよろしい、と感じた。(それにしても「ワシントンイズネクスト」って、歌詞の量が多い曲だな。だから「インテレクチュアル・スラッシュ」なのかね)

特に後半、タイトル曲の「エンドゲーム」から「ヘッド・クラッシャー」までの3曲の流れは、いかにもメガデスらしい緩急に富んだ展開。その次にくる「ハウ・ザ・ストーリー・エンズ」も、アルバム中もっともメリハリの効いたリフが襲ってくる曲でインパクト強い。全体的に「走る走る、刻む刻む」って感じで結構快感なアルバムに仕上がっている。

来月、メガデスは3年ぶり「ラウドパーク」(場所も3年前と同じ幕張)のステージに立つ。東京では単独公演はやらないし、やっぱり幕張まで行ってみるか。

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2009年6月 7日 (日)

ハードロックとクラシック

先日、音楽評論家の黒田恭一氏が亡くなった。小生はクラシックはホントにたま~にしか聴かないため、氏の本業における功績がどれほどのものか正直言って分からない。が、氏はハードロックとクラシックの接点を語れるという、その一点だけでもう充分すぎるほど記憶に残る評論家なのであった。月刊のロック雑誌「BURRN!」に「クラシックボックス」というコラム記事を20年以上、連載。ロックファンへのクラシック「啓蒙」に多大な功績があったのではないかと思う。以下のメモは、企画ものCDとして(もう20年も前になるのか)製作された「クラシックス・フォー・ヘヴィメタル・キッズ」解説書掲載の酒井康との対談から。

酒井:様式的にヘヴィメタル(HM)とクラシックって、近い所があるような気がするんですが、先生いかがですか?
黒田:うん、近いと思いますね。このクラシックス・フォー・ヘヴィメタル・キッズのシリーズで取り上げられた曲目は、これといった傾向というのは必ずしもない訳ですけれど、敢えて言えば、モーツァルトとかハイドンといった優雅な音楽っていうのは彼等の中に残り難いんじゃないかって気がしますね。逆にバッハなんかはすべての音楽の骨格みたいなものですから、どういう風にやっても音楽になるっていうことで残り易いと思う。
HMで持ってくるクラシックの音楽というのは、HMと同種類の熱狂を内にはらんだものが多い訳です。一番いい例が「威風堂々」ですよ。これ、ロックにはうってつけの音楽だけれど、HMにはエネルギーの噴出が必要不可欠な訳で、クラシックのレパートリーの中には、それと近いものがたくさんあると思いますよ。

酒井:先生は何でHMに肯定的なんですか? 普通、クラシックの評論家の方はHMなんて聴くことありませんよね。
黒田:肯定的っていったって、否定的になる理由なんてないし・・・・・・。ひとつだけ誤解のないよう言っておきたいんだけれど、ぼくはHMにクラシックの引用があるから好きなんじゃないですよ。確かにクラシックのファンの方はクラシック以外、何も聴かないっていう人も多いけれども、ぼくの場合、酒井さんにACCEPTっていうバンドを聴く機会をつくっていただいたっていうこともあって、クラシックで味わうのと同じ種類の熱狂をHMに見つけることが出来た訳ですよ。これはやはり、HMとクラシックが音楽の魅力として共通するものを多く持っているっていうことなんじゃないかな。

・・・来月の「BURRN!」誌には、おそらく追悼記事が出るのだろうな。小生も哀悼の意を表したい。

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2009年5月 1日 (金)

オーヴァー・ザ・レインボー

オーヴァー・ザ・レインボーの公演を見てきた。場所は新宿の厚生年金会館(久しぶりに来たけど、ここもだいぶ古ぼけた感じのホールになってきた)。ジョー・リン・ターナーがレインボーの元メンバーを集めると共に、ギタリストにはリッチー・ブラックモアの実の息子であるユルゲン・ブラックモアを迎えて、思いっきりレインボーの曲を演奏しちゃうというプロジェクト。それ程のレインボーファンでもないワタシは、見ようかどうしようか迷い、結局チケットを買ったのは公演の一週間前。席は二階の後ろの方である。

オープニングのタロットウーマンから、アンコール最後のオールナイトロングまで、レインボーの各時代から万遍無く選定された楽曲が次から次へと演奏されたステージは、特に意外な展開もなく2時間弱で終了。

自分がジョーを見るのは2年ぶり。前回はグラハム・ボネットとのジョイントライブ。5年前のヒューズ・ターナーも行ったから、最近ジョーが来ると何となく見に行ってるなあ。声量とか声の伸びとか、そんなに衰えを感じさせないのは大したもんだ。しかしジョーが、ロニー・ジェイムス・ディオやグラハム・ボネットの時代の曲を歌うと、どうも物足りない感じがする。やっぱりスターゲイザーはロニーの歌だなあと思うし、アイズオブザワールドもグラハムのダミ声でないとやや迫力に欠ける印象。ドゥギー・ホワイトの歌った曲は、ジョーの声でも違和感は無かった。

やはりレインボーの歌の印象は、その時代のボーカリストと分かち難く結びついているなあと改めて感じる。今度来る時があれば、ロニーとグラハムも連れてきて、曲によってボーカルをチェンジしてもらいたい。(笑)

しかし20年も30年も前の音楽をやるバンドのライブにたくさんの人が来て、演奏するバンドの方でもギタリストが親の音楽を継いでいる訳だから、ロックも確実に伝統芸能化しているような気がする。(苦笑)

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2008年7月27日 (日)

第3期パープル「Live in London」

夏だ。夏はハードロックを聴く季節だ。(無理矢理)

といって今さらディープ・パープルかよと、さすがに自分でもどうかと感じるのだが、たまたま「ディープ・パープル・ライヴ・イン・ロンドン」のリマスタリング盤(2枚組)が「完全版」との触れ込みで登場したので、いちおう買ってみた。

内容はディープ・パープル第3期、あのカリフォルニア・ジャムから一ヵ月後の1974年5月ロンドンにおけるライヴで、オープニングのMC、ジョン・ロードのメンバー紹介MC、スペース・トラッキンがノーカットで収録されている。

自分がこの音源を初めて耳にしたのは、NHK・FMの番組、渋谷陽一の「ヤング・ジョッキー」で、エアチェック(死語)した覚えあり。放送されたのは、このCDでいえば1枚目の紫の炎から始まる5曲(ただしスモーク・オン・ザ・ウォーターは最後のグレン・ヒューズのボーカルの途中でフェードアウト)。その後LPやCDを買ったけど、このライヴのスペース・トラッキンは自分は初めて聴いた。さすがに30分は長いぞ。グレンのボーカルが入りすぎだな。しかしイアン・ペイスのタフなことに感心。ユー・フール・ノー・ワンも20分もあるし、延々と演奏を繰り広げる、この辺はいかにも70年代的。

レイジーのイントロを奏でてから、スモーク・オン・ザ・ウォーターに入るとか、ユー・フール・ノー・ワンの途中で例の間奏的なブルースを弾くとか、そんなリッチー・ブラックモアのライヴにおけるパターンは、レインボーの初期にも踏襲されて、ライヴでは銀嶺の覇者に入る前にレイジーが、曲の途中でブルースも演奏されていた。また、スペース・トラッキンのインプロビゼーションの一部は、第4期のゲッティン・タイターのライヴ・バージョンにも引き継がれている。スリリングな構成や展開で楽曲に新たな命を吹き込む演奏の巧みさは、ライヴ・バンドとして他を引き離すディープ・パープルの力量を示している。

ジョン・ロードはMCで「私はリック・エマーソン」と自己紹介?している。CD解説によると、リック・ウェイクマンとキース・エマーソンを合わせた冗談だったということだが、一番最初に聞いた時に「あれ、この人ジョン・ロードじゃなかったの?」といささか混乱した覚えがあるので、今回やっと疑問が氷解したという感じだった。(・・・30年以上も経ってから分かってどうすんねん)

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2008年6月29日 (日)

メタル叙事詩「ノストラダムス」

ジューダス・プリーストの新譜「ノストラダムス」は、かの大予言者をテーマにした2枚組の大作。プログレならいざ知らず、はたしてヘヴィメタルのコンセプト・アルバムは成り立つのかと思われたが、実際に聴いてみれば相当の水準を保っている作品。しかし全体的に何となくイメージしていた通りというか、音だけ聴いていると時に何かのサントラみたいな感じもしてしまうのだが、まあ英語の歌詞が分かれば、コンセプト・アルバムのコンセプト・アルバムたるゆえんをもっと深く了解できるのだろうな、とも思う。

P1020391 自分がジューダスを聴いていたのはバンドのごく初期の頃。1978年の初来日コンサートも中野サンプラザに観に行った(・・・今年は初来日から30周年か。凄い長い時間が経ってるもんだな)。当時の公演パンフレット(写真)を眺めてみると、ブリティッシュ・ハードロックの伝統の後継者または救世主といった言葉が目につく。そう、時は70年代後半、イギリスではパンク・ニューウェイブの嵐が吹き荒れ、オールド・ウェイブ扱いされたハードロックには、目ぼしいバンドが出てこない状況に陥っていた。そんな中で、ジューダスは殆ど唯一の「希望の星」と見なされ、伊藤政則は「評論家生命を賭ける」と息巻いていたのだった。

そんな具合で当初はハードロックのバンドだったジューダスだが、いつの間にやらヘヴィメタルの先導者、「鋼鉄神」に変貌。ハードロックとヘヴィメタルはどう違うのか、とはしばしば問われるところだが、ブリティッシュ・ハードロックは、ブルーズやジャズやクラシックなど様々な音楽の要素を取り込んでいたのに対し、パンク以後に現れたヘヴィメタルはもっぱら攻撃性を前面に押し出して音楽を組み立てていたと思える。つまり、おんなじように見えても音楽性はハードロックの方が全然上だったよな~という印象を持っているのだワタシは。で、ジューダスについては当然のようにハードロックの頃は聞いていたが、ヘヴィメタルに転じた後はまともに聴いていない。今回アルバムの解説書にあるディスコグラフィーでは、3枚目(背信の門)が「ブリティッシュ・ハードの名盤」、4枚目(ステンド・クラス)が「ブリティッシュ・ハード・ロックからヘヴィメタルへ劇的転身」と紹介されている。そしてまさに「メタル・ゴッドの地位を確立」した5枚目(殺人機械)までは自分も買ったが、後は見送りとなったのであった。それが今回超久しぶりにアルバムを買ってみたのは、コンセプトアルバムということで、何となくハードロックのジューダス復活を期待していたところがあるのだが、その予感は裏切られなかったなという感じ。とにもかくにも、ジューダスのドラマティックな本質が強く現れた作品じゃないだろうか。

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2008年4月 8日 (火)

マーティの「Jポップ愛」

日本語ぺらぺらのロック・ギタリスト、マーティ・フリードマン。彼が雑誌等に連載したJポップ批評(ていうか賛歌?)を中心にまとめた本が『いーじゃん!J-POP』(日経BP社)だ。Jポップというと90年代、小室ファミリーとカラオケブームが一体になっていた時がピークという印象が個人的には強くて、この本に取り上げられている今時のミュージシャンやアーティストの半分以上は聞いたことも見たことも無いというごくありきたりの中年男であるワタシだが、かつてはメガデスのギタリストだったマーティが、Jポップのどこにそんなに惹きつけられるのか知りたくて読んでみた。

で、結論的には、「いろんな音楽のおいしいところを、絶妙のバランスで取り入れるのがJ-POPのよさ」ってことらしい。そこには「昔の歌謡曲の味」「ヘタウマの味」「ギターの存在」「ポップソングのハッピーさ」「メタルの激しい味」「テクノのレイブミュージックの味」、もう何でも入ってる、そのことにマーティは心から感動したそうだ。このJポップのよさは、日本文化に共通するセンスのよさでもあるという。以下に引用してみる。

日本の音楽って、洋楽のテイストを取り入れるときに、もろにマネするんじゃなくて、一番おいしいところだけを選んで、それを絶妙なバランスで歌謡曲のメロディーに取り入れるのが得意じゃん。音楽以外のことにも共通するけど、そういうセンスのよさって日本の文化の特徴だと思うし、すっごく尊敬しちゃいます。

確かに、いろんなものを外から取り込んで洗練された文化を生み出すのが日本という国であり、こと音楽に関しては、ヘビメタでもテクノでもR&Bでも、あらゆるジャンルを飲み込んで「歌謡曲」化してしまうのが日本だ、とは言えるような気がする。まあとにかく、マーティのJポップへの愛は尽きることを知らない。彼の夢を聞いてみよう。

僕にとって究極の夢は、この素晴らしいJ-POPの世界をアメリカの音楽シーンに教えてあげて、そのよさを世界中の人に発信することです。どんな形になるかは分からないけど、その「架け橋」の役目を果たすために、これから絶対に何かをすると思います。

日本語や日本文化に関心を持つ外国人って、やっぱヘンな外人じゃん、とか思ったりするけど、同時にそういう人ってとっても有難い存在だよね~とも思う。だけど、Jポップを本気でやりたいと思ったことが、メガデス脱退のきっかけにもなったと聞くと、個人的にはちと複雑な気分。まあ結局メガデス=デイブ・ムステインなんだし、マーティは自分のキャリアの新展開を求めた訳だから、それはそれでいいんだけどさ。確かに、Jポップはレベルの高い、というか洗練されたジャンルである、それは認めてもいい。でもねマーティ、俺はJポップよりメガデスの方が好きだぜ!

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2007年12月18日 (火)

ツェッペリンよりもパープル

大人のロック』最新号の特集は、「レッド・ツェッペリンVSディープ・パープル ハードロック頂上対決」ということだが、冒頭に置かれた大貫憲章の文の中に、昔から渋谷陽一が強調してきた意見に同調する形で、「ツェッペリンはハードロックとかメタルとかというジャンルでくくることは不可能な存在」であると書かれている。

そういう前提からすれば、パープルよりもツェッペリンの方が、ロックバンドとしては遥かに格上の存在であることを認めつつ、それはそれとして自分が好きなのはパープルなんだよね、と思う。

レッド・ツェッペリンは偉大な存在だとしても、同時にかなり「特殊イギリス的」なバンドでもあると感じる。ブルースとかフォークとか、あるいはケルトでもいいんだけど、そういう音楽的ベースを膨らませて、ダイナミックなロックを展開していったのがツェッペリン。
逆にディープ・パープル(いわゆる第2期以降)は、クラシックの楽曲構成やジャズ的アプローチを取り込みながら、あくまでもハードロックという枠組みの中で、その音楽的普遍性を最大限明快に提示してみせた、と言えるだろうか。

プロデューサーの役割も兼ねたジミー・ペイジの元、ツェッペリンはアルバムを出す度に、バンドの音楽的方向性を常に意識的に打ち出してきたという印象が強いのに対し、パープルはリッチー・ブラックモアはじめ能力の高い職人が集まり、お互いの持てるものをぶつけ合ってその都度作品が生まれたというような感じ。だからツェッペリンの方が組織的にバンドの運営がなされていたと言えるのに対し、パープルは音楽性を変える時はメンバーチェンジ、ということになったのだと思える。結果的に、パープルはバンドというよりも、ユニットの性格が強かったのかも知れない(このユニット的性格は、リッチーのレインボーにおいて、より一層甚だしくなる)。

先日、『ブラック・ナイト リッチー・ブラックモア伝』を購入した。400ページ近い研究書とも言えるような体裁で、お値段も2940円ナリ(こういうのも「大人買い」なんだろうな)。同書の末尾辺りにも記されているが、ごく最近、第3期パープル再結成のアイデアを元メンバーが語っていたということで、個人的にはツェッペリンの再結成よりも、第3期パープルの方が見てみたいかな、と思う。

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2007年11月 1日 (木)

メガデス公演2007

このところ毎年恒例?となったメガデスの来日公演。
自分も05年新栄ダイアモンドホール、06年ラウドパーク&ZEPP・NAGOYAと見てきたが、今年は東京で迎え撃つことになり、東京公演3日目となる本日のチケットを取得。

開演は夜7時だが、今回は前座のバンドがあるということで、人様のブログで情報収集、メガデス登場は8時か、ならいったん帰って着替えて行くか、と思って早目に退社。ウチに戻り、背広ネクタイを脱ぎ捨てて、会場であるSHIBUYA-AXに向けて再出動。

少しモタモタしてたら8時にも遅刻しそうになったが、ぎりぎりセーフ。初めての場所なんだけど、余り落ち着いて見渡す暇もなく、メガデスのライブがスタート。音量というか音圧は強いが、音のバランスそのものは良かった。スリープウォーカーから始まり、ウェイクアップデッド、ワシントンイズネクスト、アトゥールモンド、インマイダーケストアワー、ハンガー18、悪魔島、狂乱のシンフォニー、審判の日、ピースセルズ他が、殆ど途切れる間もなく演奏され、アンコールのホリーウォーズまできっかり1時間半のステージがあっという間に過ぎたという感じ。観客の反応はすこぶる良く、デイブ・ムステインは日本語で「サイコーダゼ・・・スコシキチガイ」と語りかけるなど、ご機嫌うるわしい様子であった。

やはり現役のハードロックorヘヴィメタルでは、メガデスは来れば見ておきたいと思わせるバンド。例えば、いくら現役とはいっても今のディープ・パープルを見たいとは思わない訳で、ただ活動を続けているだけでなく、実際に今のロック・シーンに活気を与えていることが大事。何よりムステインはまさに現役のロック・スターだし。

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2007年10月22日 (月)

『わが青春のロック黄金狂時代』

1970年代の音楽雑誌と言えば、「ミュージック・ライフ」と「音楽専科」。70年代ティーンエイジャーだったワタシは、限られたお小遣いではLPを際限なく買うこともできず、とりあえずこの2つの月刊誌のうちどちらかを買って読み、ロックに対する知識欲をそれなりに満足させていたという覚えがある(それゆえにレコード・レビューを読んだだけで、聴いた気になってしまったバンドも多かったけど)。で、その「ミュージック・ライフ」編集長だった東郷かおる子さんが『わが青春のロック黄金狂時代』(角川SSC新書)という本を出した。もちろん、レッド・ツェッペリン、サンタナ、エリック・クラプトン、ロッド・スチュアート、デヴィッド・ボウイ、ミック・ジャガーなど彼女が関わったミュージシャンたちのエピソード満載である。個人的にはロッド・スチュアートの話す英語は訛りが強烈(スコティッシュ)というのが「へぇ~」だった。「アイムセクシー」な伊達男が「~だべ」とでも話す感じだろうか。よく分からんけど。

で、「ミュージック・ライフ」といえばクイーン。この本の中でも、70年代の「ミュージック・ライフ」においてクイーン、エアロスミス、キッスが3大人気バンドであり、彼らの功績は日本のロック・ファンの底辺を広げたことであると語られる。まあこの辺が、何となく「ミュージック・ライフ」はガキ向け、という印象につながっているのだな、ワタシは・・・。クイーンのスタイルは「少女漫画の世界観」にも一致していたということだが、クイーンの後もジャパン、チープ・トリック、ボン・ジョヴィと、「ミュージック・ライフ」は「少女漫画」路線?を強力にサポートし続けたのでありました。

さて80年代以降ロックは巨大産業化し、70年代の「熱気」は次第に薄れていく。東郷さんは90年に会社を辞める。そして98年に「ミュージック・ライフ」は休刊した。

本書の冒頭「オヤジ・ロック・ブームに想う」から引用。

(1960年代から70年代の)あの頃は良かったと私が自信を持って言えることが実は、ひとつだけある。良かったと言うよりは「あの頃は面白かった」と言った方がいいかもしれない。それはロック・ミュージックと出会い、その成長と発展と共に自分が青春時代を送ったことが幸運だったと思えることだ。
今、人生の折り返し点に立ち、あの時代を素直に「面白かった、楽しかった」と笑顔で言える、かつてのロック少年は多分、幸せな人だ。昔ほしかったギターを手に、ディープ・パープルの「ハイウェイ・スター」を絶叫するオヤジもまた、幸せな人なのだ。

本当にロックについては自分もまた、素直に「面白かった」と言える「幸せな人」なのだと思う。

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