2017年6月28日 (水)

将棋オールドファンの独り言

プロデビューから連戦連勝の将棋棋士藤井聡太四段。今週月曜日の対局で29連勝の新記録を達成。本日付日経新聞コラム春秋も、天才中学生棋士の活躍に寄せて書かれている。その一部を以下にメモする。
 
新星への期待は膨らむが、元神童が居並ぶ棋界である。作家、山口瞳さんが畏怖の念を込め「お化け屋敷」と称した天才、鬼才の集団は新参者にそう優しくなかろう。そこにまた伝説が生まれる。目が離せぬゆえんだ。

振り返れば、酒に溺れた棋士や病で早世した棋士、演歌を大ヒットさせた棋士など人生行路も棋風なみに様々である。それがまたファンを引き付ける。さて藤井四段。どんな勝負師に育ってくれるか。


・・・将棋名人といえば中原誠をイメージする自分、つまりオールドファンから見ると、山口瞳(故人)の言葉も引用されてるし、たぶんコラム氏は自分と年齢が近い人かな、と思う。だとしたら、文中の演歌棋士はもちろん内藤先生(國雄九段)だし、酒に溺れたのは多芸多才の芹沢博文(故人)、早世したのは打倒大山を掲げた山田道美(36歳で病死)、という感じがする。(若いファンならば、夭折棋士というと村山聖になるんだろうな)

今週初め、藤井四段の話題の影に隠れて?オールドファンには寂しいニュース、大内延介九段の死去が伝えられた。振り飛車穴熊を一つの戦法として完成させた棋士で、今や穴熊は居飛車振り飛車を問わず常に意識される戦法となっていることを思えば、その功績は非常に大なるものがあると思う。そして大内といえば、昭和50年中原名人に挑戦した名人戦の激闘が記憶に残る。最終第7局の終盤、先手大内の7一角が緩手。4五歩と指していれば必勝だったところ、後手中原の入玉から持将棋引き分けに終わり、指し直し局で大内はいいところなく敗れた。勝負の残酷さを感じさせる結末ではあったけれど、その一方で正直、名人は選ばれし人しかなれない、ということも感じたものだ。

ところで、今週本屋に行ってびっくりしたのは、雑誌「ユリイカ」の最新号の特集が「加藤一二三」だったことだ。ユリイカって詩とか文学の雑誌やろ?それがまた何で「ひふみん」なんやねん。しかしタレント「ひふみん」というのも、見てると何か居心地の悪い気分になるね、かつてその著書「振り飛車破り」で勉強させてもらったオールドファンとしては。

まあとにかく、思えば昔の棋士はキャラが立っていたということか。それでも当時(およそ40年前)から、棋士の「サラリーマン」化は言われていたと思う。今では学者タイプやオタクタイプの棋士も珍しくなくなった。棋士が勝負師だった時代は遠くなりにけり、だ。今を生きる棋士である藤井君も勝負師というよりは、AI機能を取り込んだ新人類のように見えるしね。

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2016年12月17日 (土)

プロ棋士の存在意義

「将棋界は今、未曾有の危機を迎えている」と訴えるのは、プロ棋士の橋本祟載八段。著書『棋士の一分』(角川新書)の中で、「ファン投票で出場者が決まる」新棋戦の創設や、トーナメントプロとレッスンプロの役割分担を明確にする、などの将棋界改革案を提示。以下に同書から、プロ棋士の存在意義について述べている部分をメモする。
 
プロ棋士がなぜ対局料をもらえるのかといえば、将棋というゲームの可能性をファンに見せて夢を与えていることへの対価なのではないだろうか。
しかし、将棋というゲームがもつ可能性は無限ではなく有限である。ボードゲームである以上、真相・真理があるのは絶対だからだ。
それでも、その有限を無限に見せることはできる。それまで誰も考えつかなかったような一手を指すことなどがそうだ。苦労を重ねて定跡をつくり、試行錯誤によってそれを塗り替えていく。長い歴史の中でそうした繰り返しがありながらも結論が出ないからこそ奥が深いと感じる人がいて、ゲームの虜になるのだ。
そこに計算機、コンピュータが入ってくれば、そうした魅力がなくなってしまいかねない。
見る価値がなくなり、お金を取れるものでなくなれば、プロ棋士も存在できなくなるのは必然である。
 
・・・上記のような見方を、オールド将棋ファンである自分も共有する。今回の竜王戦挑戦者の交代につながった「事件」が事実ならば、問題となった行いはプロ棋士の自己否定としか言いようがない。

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2015年3月13日 (金)

内藤九段、引退

まず本日付日経新聞記事を引用する。

「将棋の現役最年長の内藤国雄九段(75)は12日、大阪市の関西将棋会館で行われた竜王戦ランキング戦で敗れ、50年を超える現役生活にピリオドを打った。3月31日付で引退となる。最後の対局となったこの日の敗戦で、公式戦通算千敗を記録。千敗したのは加藤一二三・九段(1136敗)、有吉道夫九段(1002敗)に続き、史上3人目」

「文藝春秋」4月号にも内藤九段のエッセイがあるので以下にメモする。

「思い返してみると、昭和42年に27歳でAクラス、つまり棋士のベスト10になったときから、ひたすらに勝ちを追求する勝負師には向いてないなと思いながら盤に向き合ってきました。NHK杯に向かうために新幹線に乗っていたのですが、東京に〝勝ち〟に行くことが楽しいとは思えなかった。将棋をすることはこんなに楽しいのに勝負になるとなぜ、こんなにつまらなくなるのだろう。将棋は面白いゲームだから、勝敗が無かったらいいのに・・・、そう思っていました」

・・・昔、内藤先生が「おゆき」を歌っていた頃、「将棋と歌とどっちが好きですか」と問われて、「勝ち負けが無ければ将棋の方が好きですね」と答えていたのが印象的だった。先生、だから名人になれないんですよ・・・でもそこが先生の良いところ。才能も華もあるのに頂点には立たない。それも魅力ですね。

エッセイには、「私にとって将棋指しほど楽な商売は他にはありませんでした」とも。そりゃ先生ほど才能があればそうでしょう。(笑)

また、平成12年に一千勝を達成した時に、ファンから「今度は一千敗するまで頑張ってください」という手紙をもらったというけど、最後の対局で一千敗達成というのも、変に義理堅い結果ですね。(苦笑)

しかしとにかく内藤先生、お疲れ様でございました。あと加藤九段が引退すると、昔の将棋ファンとしては、馴染みのある棋士はいなくなるのだなぁ・・・。

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2014年12月27日 (土)

読書会がキテる。らしい。

「週刊エコノミスト」(12/30・1/6合併号)に「読書会ブームが来た!」との記事。ここ数年、全国各地で様々な読書会が開催されているという。紹介されているのは、「猫町倶楽部」(日本最大級の読書会コミュニティ)、「読んでから来い!」(書評家の杉江松恋さん主催)、「まちなか読書会」(山梨県甲府市の春光堂書店主催)など。

記事によれば、「かつては同好の士や研究仲間など、クローズドな知識集積の場だった読書会がよりオープンになり、参加者はその時に選ばれた一冊の本やテーマによって自由に参加したりしなかったりする。敷居の低さが好まれている印象だ」とのことで、今どきは自由参加型の読書会が盛んになっている模様。

最近の日経新聞も、「読書会の魅力」を取り上げていた(10/4付土曜日の別刷り)。記事によれば、各自が持ち寄った本を紹介し合い、その内容についてフリートーキングを楽しむ、そんな読書会が増えている、とのこと。

確かに、かつて読書会の参加者は友人や知人、そのまた知り合い程度の範囲で広がりは限定的だったと思うけど、今はネット、SNSの時代。昔よりも、人を集めるのは容易になっているので、読書会も自由参加型交流イベントのコンテンツとして見直されている面もあるのかも知れない。とはいえ、「単なる感想大会にせず、プラスアルファのディスカッションを深めてこそ、意義ある読書会になる」(日経記事)というのが理想ではあるだろうから、参加スタイルは自由で気楽な感じでもいいけど、内容は課題図書を読んで、できれば誰かがレジュメを作って、それを元に、みんなで意見をかわす、という従来型が基本というのは動かしがたいと思う。

読書会の大きな効用、それは「一人で読むより、多角的で広い視野を得られる」(日経記事)ことであるのは間違いない。自分も何か興味の持てる会が見つかれば、参加してみたい気もするけどね。

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2012年12月19日 (水)

5七銀とか5二銀とか

昨日、将棋棋士の米長邦雄死去のニュースが伝えられた。享年69歳。本日付日経新聞文化面に掲載された中原誠の書いた哀悼の文を読むと、なぜか名人戦で米長相手に自分の指した妙手「先手5七銀」について述べているのだった。(苦笑)

僕は将棋についてはオールドファン。何しろ一番熱心だった頃はもう30年以上も前のことで、まさに当時の将棋のタイトル戦は、中原―米長の対戦が繰り返されていた時代だった。

「先手5七銀」は歴史的な妙手。第何期の名人戦か調べる気も無いので記憶だけで書くと、たしか自陣の銀を4八から5七に動かして、相手の馬に取らせる手だった。狙いは馬の効き筋を変えるというものだったが、何しろわざわざ一手をかけてタダ取りさせる手である。記憶に残らないわけがない。

しかし駒をタダで取らせる手と言えば、NHKのテレビ将棋で、羽生善治が加藤一二三相手に放った「先手5二銀」の印象が強烈だ。盤上の駒を進めるのでなくて、持ち駒を敵陣に打ち込む、タダで捨てる手。取れば、相手の王様は即詰みという、まさに必殺の決め手。しかも録画のテレビ番組とはいえ、その「瞬間」を見ることができたのだから、それはもう目が覚めるような「体験」とも言える見ものだった。

そうそう、この羽生―加藤戦の解説者は米長だったな。「奇しくも」と言っていいのか、よく分かりませんが。

分野が全然違うんだけど、今年の夏に元ディープパープルのジョン・ロード(71歳)の死去を知った時と同じように、米長邦雄の死についても、自分のティーンエイジャーの頃の憧れの才人が鬼籍に入る時期がやってきたんだなという感慨がある。

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2011年4月21日 (木)

上田毅八郎画伯

昨日4月20日付日経新聞文化面に、上田毅八郎氏の文章が載っている。かつてのプラモデル少年にとって上田毅八郎といえば軍艦の画家。その絵は、そのまま第1級の資料になるほど緻密に描きこまれて、しかも美しい。ついでに書くと、戦車だったら高荷義之の絵が好きだ。一方、小松崎茂の絵は好きになれなかった。美しくないと思う。

上田画伯は、戦争中に従軍して利き腕の右腕を負傷し、戦後は左手で絵を描き続けた(と聞くと、やっぱり水木しげるを思い出す)。有名なのはもちろん、日本連合艦隊の艦船プラモデル「ウォーターライン」シリーズの箱絵だ。2000枚以上を手がけたという。日経掲載の上田画伯の文章から以下にメモ。

何よりもこだわるのは正確さだ。資料を徹底的に調べる。たとえば同型艦でも装備の違いがある。どんな装備をとっても、その機能を理解していないと描けない。砲座の形など、時期によって異なるものも再現する。
写真がないものは、図面から絵を起こす。国会図書館には昔の軍艦の設計図が残っていて、それを見れば構造がわかる。
ところによって海の色も空の色も違う。速度によってはき出す煙のたなびき方も違う。すべて経験しているから情景が再現できるのだ。

個人的に描き続けてきたのは私も乗船していた輸送船だ。民間の商船や客船を軍部が徴用したもので、あまり話題にはならないが、ろくな護衛も受けられず、多くの若い命が散った。

亡き戦友たちの慰霊と鎮魂のため、思い出を描きとめることが使命だと考えてきた。

・・・今年91歳の画伯は、今でも描きかけの作品が300~400点あり、健康を維持して、使命を全うしたい、と意欲を示している。ただただ敬服するのみ。

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2010年9月 9日 (木)

将棋王座戦大盤解説会2010

今日の夕方6時からの将棋王座戦(日経新聞主催)第1局の大盤解説会をのぞいてみた。場所は大手町・日経本社ビル2階。

将棋タイトル戦の大盤解説会に行ったことがあるという覚えは実はあまりない。概ね現地のほかは千駄ヶ谷の将棋会館というパターンなので、自分の住んでる所からは遠いと感じるのだが、今回は勤務先から近い場所なので行ってみた、という感じ。

新しい日経本社ビルに初めて足を踏み入れて、長いエスカレーターで2階に上り会場の「SPACE NIO」に入ると、既に200人以上?の人で満員状態。将棋ってこんなに人気あるのか、へぇ~って感じ。解説は渡辺明竜王。

戦型は先手・羽生善治王座の居飛車、後手・藤井猛九段の振飛車。藤井九段は角道を開けたまま四間飛車に構え、さらに後手から角交換、そして3四歩を3五に伸ばすという、私のようなオールド将棋ファンから見ると奇想天外、誠に破天荒な作戦。急戦調の展開から、夕食休憩時には既に終盤の入り口といった激しい戦いになっていた。

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昔は大盤解説というと、本当に大きな将棋盤と駒で解説していたが、今どきはデジタル画面でスイスイと指し手を進めていく。6時から始まった解説は30分程で一区切り付いて、「次の一手」予想の投票と休憩に入ったところで、立ち見の私は早々に退散した。

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2010年3月 6日 (土)

有吉九段の信念

先頃、引退が決まった将棋棋士の有吉道夫九段。74歳、現役最年長棋士でもある。3月3日付日経新聞夕刊のインタビュー記事からメモ。

将棋は頭脳スポーツでもあるから、瞬間の判断が勝敗に直結する。ただ、プロの対局には持ち時間があり、経験や勝負勘で補えるのではないかと思い、現役を続けてきた。若いころよりも60歳を過ぎてからのほうがよく将棋の勉強をした。それでも下り坂を止めるのは至難の業だった。

格好つけるなら、9年前に通算1000勝を達成した時が引退のしごろだった。ただ、自分の中では「将棋のことはまだ分からない」という思いがあった。クラスがどんどん落ちていくのは格好悪いが、「どこまでやれるか、自分が実験台になってやろう」という思いで続けてきた。

この年になると、自分ではできると思ってもできないことが多くなる。私がここまでやれたのは、修業時代の経験が大きい。伝統的な日本人の美意識には反するが、自分の信念でボロボロになるまで現役を続けてきた。信念を貫けたことには満足している。

・・・自分が将棋に熱心だったのは昭和50年代。その頃のA級棋士がいまどこのクラスか見てみると、A級及びB級1組にいないのは仕方ないとしても、B級2組では桐山九段が残留する一方、内藤九段と森九段は降級決定となっていた。降級先のC級1組には加藤一二三九段がいる。C級2組では有吉九段のほか、大内九段も引退決定だそうで、何か寂しさ混じりの感慨を抱いてしまう。有吉引退後は、内藤と加藤が70歳で現役最年長かぁ。お二人にも、最後まで順位戦を戦い抜く敢闘精神を期待しよう。

(追記)3月9日の順位戦最終局で有吉九段は敗れて、通算1000敗に到達。加藤一二三九段に続く2人目の大記録を残すことになった。

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2008年7月15日 (火)

将棋棋士今昔

新聞のテレビ欄を見た時に、「内藤国雄“おゆき”」との文字が目に止まり、「むむっ」という感じがした。まさか、あの歌う将棋棋士内藤國雄が出演するのかねえと思いつつ、夜7時からのNHK「歌謡コンサート」を見たら、ホントに内藤先生が出てきて30年前の持ち歌である「おゆき」を唄ったのものだから、「先生、どうしたんですか」と何だか妙な気分にさせられた・・・(もう将棋は引退して歌手に専念ですか)。当時、歌手デビューした棋士として話題になった内藤先生、「歌と将棋とどっちが好きですか」と聞かれて、「勝ち負けが無ければ将棋の方が好きですね」と答えていたので、先生、それじゃ名人になれないよ、でもそこが好き、とか妙なファン心理を抱いていたワタシだった。

そんな自分は将棋については基本的にオールドファンで、現在の将棋界にはあんまり関心が湧かないのだけれど、何となく同じ夜10時からのNHK「プロフェッショナル」も眺めてみた。番組は、羽生善治と森内俊之のライバル対決となった今年の将棋名人戦を特集。盤上盤外の二人の表情や行動を映し出していたほか、番組スタジオで個別にインタビューする場面もあったのだが、話を聞いていると、才能や技術だけではどこかで停滞する時期が出てきて、そこから新たなステージに進むためには、やはり「人間的な成長」が必要になるのだなと、まあかなりベタな感想を持ちましたね。

羽生が若いときの驚異的な勢いを失ってきた時に、お手本にしたのが、還暦を過ぎても現役で指し続けて自分の将棋を極めようとする先輩棋士たち。という感じのナレーションが被せられる映像は、(名前は示されないけれど)中原誠、内藤國雄、加藤一二三という面々。中原や加藤、あと米長邦男も、名人戦の立会いや控え室に姿を見せていたけど、あー、やっぱり皆さん年取ったなあ。自分の若い頃の「アイドル」が老けると、自分も年を取るのはしょうがないかなと思える。(よく分からん感想)

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2007年8月26日 (日)

闘い続ける加藤九段

22日に公式戦通算1000敗を記録した将棋棋士・加藤一二三九段。本日付日経新聞1面コラム「春秋」も加藤九段について取り上げていた。

コラムは加藤九段の伝説、例えば、将棋盤に強く打ちつけすぎて駒が割れたとか、一手に7時間長考した、カトリック信者で対局場でも賛美歌を歌う、対局中に相手の後ろに回って盤面を見下ろす、などの逸話を紹介するなどした後、神武以来の天才と称された大ベテランのなお続く挑戦に期待する、と結んでいる。

あらためてデータ(8月22日時点)を見ると、加藤九段の対局数は2262局で、あの大山康晴名人の2216局を上回り堂々の第一位。50年以上の長期に亘り現役で活躍していることはもちろん、基本的に強くなければ対局数は増えないわけだから、対局数にしても敗け数にしても恐るべき記録であることは間違いない。

ちなみに加藤九段の勝ち数は1261勝で、第二位の中原誠名人の1299勝に追いつく可能性は充分にある。で、勝ち数第一位は大山名人の1433勝で、まさに稀代の勝負師、その強さは驚異的というほかない。現役A級棋士のまま世を去ったことも含めて、まさに将棋界の巨人だったとの感慨を深くする。

将棋については自分は、昔は良かったという感想しか出てこない。大山、加藤をはじめ、中原、米長、二上、内藤、有吉、桐山、大内といった棋士がA級で活躍していた頃が一番良かったな~と思うばかりである。そんなオールドファンである自分もまた、加藤九段にはいつまでも闘い続けて欲しいと願う者であります。

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