2009年10月14日 (水)

難病ALSの悲劇は続く

今日の新聞の社会面を見て、はっとする記事があった。

妻(65)の首を包丁で刺して殺害した相模原市の男(66)が逮捕された。
2004年8月、妻は難病ALSの息子の求めで人工呼吸器を止めると共に、自殺を図った。05年2月に嘱託殺人罪で懲役3年、執行猶予5年の判決を受けていた。
男の供述によると、うつ病の妻が「死にたい」と言うので刺した、という。自宅からは妻の遺書らしき書き置きも見つかっている。

この判決の事は記憶にあった。このブログにメモしてたので。

お母さんは、息子を死なせた罪の意識に苛まれ続けていたのだろうか。余りに痛ましい。ただただ悲しい。

ALSは本当に残酷な病だ。身体は全く動かなくなるのに意識ははっきりしている。遺伝子レベルの病とのことで、研究は進められているが治療法はまだない。最近も何かのテレビ番組で、最後は瞼も自分で開けなくなるので、そうなったら死を希望するという患者の話を見た・・・いわゆる安楽死の議論が最も緊迫化する病だろう。

自分も去年、左足先の麻痺の原因が「脊髄腫瘍」と特定されるまでの間、もしALSと診断されたりしたら自殺しなきゃいかんかな、とか思って少し緊張した。(汗)

で、脊髄腫瘍だった訳だが、腫瘍っていうのも悪性と良性で大違いという事で、自分の母親が悪性腫瘍で亡くなっているものだから、ここでまた少し緊張した。(汗)

で、良性の腫瘍ということで手術をした訳だが、今でも左足先の力の入り具合は右足に比べて8割から9割くらいか。歩行に不安定感残る。プチ障害者という感じ。

大原麗子の死にも感じ入るものがあったけど、病、特に難病のもたらす孤独、絶望、恐怖を想像することは、自分の生に対して何かしらの覚悟をもたらすように思う。・・・といってもとりあえず、やりたいことは先延ばしするな、くらいの感じですかねえ。(苦笑)

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2009年8月28日 (金)

イルカ殺戮の不可解

和歌山の太地(たいじ)に行ったことがある。3年前のことだ。くじら博物館を見学した。館内には、雌の鯨の巨大な性器がどぉ~んと展示されていた。し、しかし・・・。(汗)

ので、太地といえばクジラの町、かつて捕鯨で栄えた地ということは知っていたのだが、26日付日経新聞の記事を見て、ぎくっとした。以下に一部を引用。

和歌山県太地町のイルカ漁を取り上げた米ドキュメンタリー映画「ザ・コーブ(入り江)」が米国で話題になっている。多数のイルカがモリで突き刺され、血の海が映し出されるラストシーンが観客に衝撃を与えており、米国内の映画祭で賞も受けている。

映画は「生け捕りされたイルカが世界各地の水族館などに輸出されているほか、大半は食用に回っている」などと指摘している。

「一般の日本人は自国のイルカ漁の存在を知らないことが驚きだった」と話すルイ・セホイア監督(52)は日本配給を目指すが、今のところメドは立っていない。

・・・イルカ? クジラじゃなくてイルカ?

ちなみにクジラとイルカの違いは、大きさの違い。大きいのがクジラ、小さいのがイルカ。ワシとタカ、カボスとスダチみたいなもんか。

日経に先行して他の新聞でも、この映画の内容や、その公開の波紋として、オーストラリアにある太地の姉妹都市が関係停止を決めたことを報じていた。

確かにイルカ漁(猟)なるもの、まったく知らなかった。で、ネットを見ると結構関連サイトが出てくる。このイルカの「追い込み漁」は、かなり以前から欧米諸国の非難を浴びているということで、そりゃあもっともだと思う。サイトをチラ見しただけでも、とにかく残酷だとしか言いようが無いのだ。非常に気持ちが悪くなる。何でこんなことをやってるのか、殆ど理解不能である。水族館に売り飛ばすのはまだ分かる範囲としても、野生動物を殺して解体して食用にするというのは、とんでもなく野蛮な行いに思える。

水族館向けのイルカ捕獲については、水族館の在り方も考える必要があるので何とも言えないが、殺して食べるというのは頼むから今すぐ止めてくれえ~。

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2008年9月10日 (水)

昔の将棋ファンは驚いた

自分はオールド将棋ファンである。今の将棋界の事には全くと言っていいほど疎い。たまにNHK杯トーナメントを見るとか、タイトル戦の話が何となく目に入るくらい。だから、草柳文恵が自殺したというニュースの記事を読んで初めて、元亭主だった棋士の真部一男が去年死んだことを知った。何だか二重に痛ましい気分になった。

実際、彼らの結婚生活は短いものだったし、結婚そのものがもう大昔のことではある。それでも当時は、文字通りの才媛である草柳さんと、若手有望棋士だった真部という、異色の美男美女カップルは、将棋界に華やかな話題を提供した記憶がある。だから自分のようなオールド将棋ファンには何年、何十年経っても真部一男といえば草柳文恵ということで、ずーっと印象が残っているのだ。

真部は病死、草柳さんも病を苦にしてのことという。二人ともまだ50代、しかも元夫が世を去って1年も経たないうちに元妻が逝くという展開には言葉を失う。自分の気持ちの中に、そこはかとなく無常観ってやつが流れるのを感じる。彼らの結婚と同様に、彼らの最期もまた、自分を含めたオールド将棋ファンの心に深く刻み付けられたに違いない。

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2007年1月18日 (木)

「家庭内殺人」の心理

殺人事件が起こるとしばしば、加害者の「心の闇」という言い方がされる。しかしそんなものは、誰の心の内にも潜んでいるのだと思う。昨年末に東京・渋谷で起きた妻の夫殺し、兄の妹殺しのような、様相としてはかなり異常に見える事件でも、殺人者の心理はおそらく一般人の心理の延長線上にあるのだろう。しかし犯行を実行するその瞬間、心理的な延長線上から大きく「跳躍」してしまうのかと思う。まあとにかく、「勝ち組夫婦」やら「エリート医者一家」やら、週刊誌的話題満載ではある(しかし週刊文春の付けた「のこぎり妻」って・・・サメかクワガタかよ)のだが、とりあえずその辺は置いといて、二つの「家庭内殺人」の心理的な考察というか、憶測でも少ししてみようかと。

傍から見れば、気に入らない人間が家の中に居ても、夫婦なら離婚もしくは別居すればいいし、兄妹だっていつまでも一緒に居る訳でもないのだから、何も殺さなくてもいいだろう、と第三者的には思う。で、頭に浮かんだのが「関係の絶対性」という言葉。この吉本隆明用語をとりあえず字面通りの意味で使うとして、やはり家族という生活の基盤となる関係性においては、他の関係性とは比べようも無く「関係の絶対性」が働くであろうから、当事者はそこから簡単には逃れられない、ということはあるのだろうと。

そして自分を否定されるということ。妻は夫が「自分を認めてくれなかった」と思い、受験生の兄は妹から「夢がないね」「医者になるのは人まね」となじられたという。いずれにしても、自分を否定されたことが殺人の重要な動機になっているのは確かなようだ。関係の薄い他人からの否定ならば、適当に受け流せるかも知れない。しかし、家族という逃れようの無い関係の中で自分を否定されれば、許せないという感情が相手に直接逆流することを押し留めるのは難しい。追い詰められていたのは加害者ではないだろうか。

人が最後の一線を超えて殺人者になる瞬間、そこにどういう要因が作用するのか。もちろん加害者の資質もあるだろう(例えば1980年に金属バットで両親を殺害した受験生には、精神的に未熟な印象があった)。しかし今回の「家庭内殺人」では、被害者の言動が大きなきっかけになっているように思える。夫は妻に直接暴力を加えていた。妹が兄に対して投げつけたのもまた、言葉の「暴力」だった。死者に弁明の機会は無いのだが、どうも被害者たちには思いやりの気持ちが欠けていたように見えてしまう。だからといって加害者の行為が正当化される訳ではないのだが。

相手を理解する気持ち、あるいは相手の言葉を聞き入れる姿勢に欠けている場面で争いは発生する。言葉の果てるところに暴力が噴出する。積み重ねられた言葉が行き場を失えば、むしろ暴力を先鋭化させるだろう。言って分からなければこうしてやる!

現実に生命の危機に晒される訳でも無いのに、言葉は深く人を「傷つける」ことが可能だ。自分は岸田秀「唯幻論」の支持者だが、根拠の見出せない言語によって組み立てられた世界の中で、喜怒哀楽していくのが人間の生きる「現実」ということ。そんな世界の中で自分と他者の関係を生産的な方向に運営していくためには、結局のところ想像力を働かせるしか無いように思える。

トルストイの小説にあるという「幸福な家庭は似たり寄ったりだが、不幸な家庭はそれぞれに違う」という言葉。まさしく、不幸な家庭の不幸とはいかなるものか、他人には理解できない。加害者たちも他人には分からない、分からなくていい、という覚悟の中で今は日々を生きているのではないか。

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2006年7月 2日 (日)

横井庄一記念館

P1010398 横井庄一記念館が先週の日曜日(6月25日)から一般公開されている。名古屋市中川区(千音寺バス停から北に徒歩15分)にある故横井庄一氏の自宅の一部を、毎週日曜日に無料で公開(午前10時~午後4時30分)するもので、グアム島で28年間を過ごした地下の洞穴も模型で再現展示されている。ということで、自分も訪ねてみました。(写真上は横井庄一記念館の外観、写真下は再現地下壕の内部)

P1010392 横井さんというと、「恥ずかしながら帰ってきました」というセリフが思い出されるが、正直ずっと隠れていた人が出てきたので「恥ずかしい」という程度の感じしか持っていなかったけど、横井夫人のお話を聞いて、そんなもんじゃなかったのだなあと、こちらが少し恥ずかしいと思った。当時の兵士は「生きて虜囚の辱めを受けず」、敵の捕虜になるのは非常に不名誉なことで捕まるくらいなら死ね、という教えを叩き込まれていたから、とにかく横井さんはひたすら敵に捕まらないこと、それだけを行動原理としてジャングルで暮らし続け、結果28年間過ぎてしまったということで、出てきた直後も「殺されるのではないか」と思っていたそうだから、やっぱり当時の軍国主義の呪縛の強さというのは、想像を絶するものがあるとつくづく感じ入る。

横井さんが発見されて帰国したのが昭和47年の初め。自分が小学校を卒業する年だったんだけど、卒業文集で「尊敬する人」の項目に、「横井さん」と書く同級生が何人かいたんだよね。

発見された日本兵といえばもう一人、小野田寛郎さんがいる。確か、かなりのエリート軍人で、ジャングルから出てくる時も、わざわざ当時の上官が現地に赴いて命令を下すという形を取ったという覚えがある。そういう意味では、小野田さんの方が格好としては良かったと思えるのだが、共感できるのはやはり「恥ずかしながら」出てきた横井さんの方かなあ。

(Wikipediaであらためて小野田さんの項目を読むと、何かコワイ人だな・・・)

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2006年4月22日 (土)

錦鯱まつり

P1010109 今日、栄の錦通りで「錦鯱まつり」(きんしゃちまつり)なるイベントがあった。お昼の11時から1時まで、大津通との交差点近くに名古屋城の金シャチ(複製)がドンと置かれ、錦通りの路上では、尾張7代藩主徳川宗春をはじめ家老や武家娘のパレード、和太鼓演奏などが行われた。聞くところによるとこのイベントは、戦前に錦通りでお祭りが行われていたことにちなみ、約70年ぶりに「復活」させたもの。かつて錦通りにはうなぎ屋が多く、大津通~本町通までは「蒲焼町」という地名だったことから、今日のイベントでもうなぎの蒲焼丼が400円で提供されていた。何でも昨年の愛知万博による地域活性化ムードの高まりが、祭りの復活につながった模様で、こんなところにも名古屋で万博効果が静かに持続していることが見て取れる。

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2006年4月 7日 (金)

民主党の停滞

民主党の新しい代表に小沢一郎が選ばれた。しかしこれで民主党が再建できると信じるのは小沢支持者だけだろう。

大体、小沢一郎にしても菅直人にしても、政治家としての「旬」は過ぎたという感じがしてしょうがない。小沢はやはり自民党で、そして非自民連立政権でも総理大臣を担ぎ上げた幹事長ということで、政権の内にある時にその「剛腕」が生きていたように思う。果たして野党党首でどれだけの力を示せるのか。

菅直人も自社さきがけ連立政権時に厚生大臣として薬害エイズ事件における国の責任を認めたことや、かつて「総理に一番したい男」という評価を得ていた(時の首相は小渕恵三だったからなおさら?)ことが記憶に残るとはいえ、しかしそれももはや過去の話だ。

民主党は若さと清新さを売り物にするべき政党に見えるだけに、良く言えばベテラン、悪く言えば「昔の人」に頼らざるを得ないというのは、余計に苦しい状況に思われる。

一方の自民党政権はライブドア事件やBSE問題などに大きく揺らぐこともなく、小泉純一郎首相の在職日数は昨日6日に1807日となり、中曽根康弘の1806日を抜いて戦後歴代3位(1位は佐藤栄作の2798日、2位は吉田茂2616日)の長期政権に。「自民党をぶっこわす」と宣言した小泉首相はその言動によって、自民党は変わったというイメージを国民に与えることに多かれ少なかれ成功したように思える。そうだとすると、昔の人が先頭に立つ民主党は、ますます逆戻りというか停滞イメージが強くなる恐れもある。若い人がしばらく表舞台に出て来れないまま、自民党総裁が本命視される安部晋三になると、民主党は一層苦しい状況に追い込まれそうな感じがする。

かつて次の政界再編が起きる時は憲法改正が争点になるのではないか、とも言われていたことがあるが、その点も大きな方向は定まりつつあるように感じる。そうなると政界再編の起こる理由としては、もはや理念やイデオロギーの相違ではなくて、「世代間対立」とか「世代交代」という、なんだか実も蓋もないことになるのかも知れない。民主党中堅以下の若手と、自民党「小泉チルドレン」が連携するとかね。

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2006年2月24日 (金)

カーリング、盛り上がる

トリノ・冬季オリンピックでの日本女子チームの奮戦により、カーリングへの注目度が一挙に上昇。熱を帯びるカーリング人気を、たとえば本日付日経新聞は以下のように伝える。

日本代表がメダル獲得に苦しむトリノ冬季五輪で、女子チームの健闘が光ったカーリング。四強入りは逃したが強豪を連破する活躍が呼び水となり、人気が急上昇している。

各地のスケート場で開かれるカーリング教室には五輪の女子一次リーグが始まった13日以降、参加申し込みが急増。「明治神宮スケートセンター」(東京都新宿区)など2ヵ所で、それぞれ月1回の教室を開く東京都カーリング協会では、各回約30人の定員が9月まで予約で埋まった。

トリノでの活躍に合わせるように、日本代表の小野寺歩選手(27)らについて、4年前のソルトレークシティー大会の代表チームとして奮闘した足跡を追った映画「シムソンズ」も18日から全国で公開され話題だ。

ということで、とりあえず小生も「シムソンズ」観てみました。北海道の小さな町で退屈な青春を過ごす女子高生たちが、ちょっとしたきっかけからカーリングを始めることに。チームは危機を乗り越えながら結束を強め、北海道大会で決勝に進出するが・・・なかなかこれは見てる方が少し気恥ずかしくなるような真っ正面からの青春映画だったりする。ま、とりあえずカーリングのルールは大体解りましたね。音楽の使い方は、もう少し抑え目にしても良かったような気がするけど。

話はカーリングから離れるが、主人公の母親役の森下愛子、その昔、ATG映画「サード」など鬱屈した感じの青春映画で陰影のあるムードを醸し出していた女優さんが、今は単純明快な青春映画でお母さん役というのも、時代の移り変わりを感じさせられます。しかし死んだ父親(の遺影)役の宇梶剛士は、あれで「(友情)出演」になるのかいな。

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2006年1月26日 (木)

証券規制の大転換(上村達男)

ライブドアが行った証券取引法違反の偽計取引について、上村達男・早稲田大学教授は「金融庁は形式的な法解釈によって問題を放置してきた」と指摘する。(本日付日経新聞「経済教室」)

この種の取引に対する捜索は本来、捜査権を有する証券取引等監視委員会が金融庁とも協力して実施し、検察に告発するというのが順序である。にもかかわらず、検察それも特捜部が直接乗り出したということは、金融庁の法運用姿勢に対するノーの表明以外の何者でもない。

今回の捜索を機に、証券規制は大転換を余儀なくされることであろう。それは、市場メカニズムを守り抜くために包括規定を活用し、市場阻害行為に対しては法制度の趣旨に反するか否かを経済的実質に即して判断し、果敢に排除するという法の運用姿勢の確立でなければならない。

今回の強制捜査は様々な局面でパニックを起こしているかにみえるが、もともと証券規制とは、安易なバブルの生成とその崩壊に伴って襲い来る無数の不幸と戦う法制でもある。今回のパニックを、日本人が証券規制の本質を学ぶ機会とするならば、その機会が来るのは予想外に早かったということになるだろう。

として、上村先生は、(日本版SECと呼んでも良い)強力な独立性の高い規制機関の創設や、政治家が金融・証券市場規制部門のトップにいる体制自体の見直しが必要、と唱える。

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2006年1月23日 (月)

ライブドア堀江社長逮捕

強制捜査からわずか一週間、堀江貴文ライブドア社長がスピード逮捕された。ニッポン放送買収劇からほぼ一年、諸行無常の響きあり?・・・とりあえずざっとした感想。

ライブドア事件は、2001年末に起きた米国エンロン社破綻との類似が指摘されている。エンロンはSPC(特別目的会社)を使い粉飾決算を行ったが、ライブドアは投資事業組合を利用した。どちらも時価総額(株価×株式数)増大を目指す経営が、やがて株価至上主義へと倒錯し、株価を上げるためなら不正会計や虚偽的情報開示に手を染めるのも厭わない方向へ暴走していった。

ライブドアの株式100分割というのは、理屈としては株式の価値に変化は無い(例えば100円の株1株→1円の株100株になるだけ)のだが、その株数が増える期日以降、新株が出来るまでの約2ヶ月の間に売りに出される株が減少して需給が一時的に締まるということ、それを狙う短期売買志向の投資家が買いを入れてくるという前提の下に有効だった株価の「吊り上げ」策(現在は株券のペーパーレス化によって、需給の締まる期間は消滅している)。ライブドアは、この株式分割に、投資事業組合とか風説の流布とかを加えた「合わせ技」によって「錬金術」を作り上げた訳だが、こういう仕組みを考えて実行するというのは、それはそれで相当な能力だな、とも思う。

しかしこういう企業犯罪が起きるのを見ると、良くも悪くも米国式の(株主)資本主義が想像以上に急速に日本にも浸透したのだなあと、変な言い方だが感慨深いものがあったりする。企業行動における資本効率優先が強調され始めたのが、金融危機の起きた1997年~98年の辺り(山田昌弘先生は、1998年を「希望格差社会」の始まりと位置付けている)。今言われる格差社会、二極化などはこの大不況の頃から企業が資本の論理を強化していった結果であり、小泉構造改革が弱肉強食社会を作り出したというのは、多分過大評価だろう。いずれにせよ、ホリエモンは格差社会の光と影を背負った、日本の変化の申し子であることは変わらないように思われる。

米国ではエンロン事件以後、不正会計問題の広がりを受けて、企業改革法(サーベンス・オクスリー法)が作られた。今後日本でも米国同様、企業統治をはじめ、企業の内部統制や情報開示について一段と厳格な運用が求められることになるのだろう。

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