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2024年8月10日 (土)

山崎元の「私の行動原則」

今年初めに亡くなった経済評論家・山崎元氏。その遺稿集とも言える『がんになってわかったお金と人生の本質』(朝日新聞出版)の第5章(お金より大事なものにどうやって気づくか)から、以下にメモする。

人の幸福感の99%以上は「(自分が)承認されている」という感覚でできている。私の場合は、自分で正しいと思うことを面白く多くの人に伝えて、感心されたり、自己満足したりしたいのだろう。

私のミッション・ステートメントは以下の通りだ。(1)正しくて、(2)できれば面白いことを、(3)たくさんの人に伝えたい。

私の場合、わざわざ他人に伝える価値があると思える正しいことは、主に資産運用の問題であり、時に経済・社会についてのあれこれだ。そして、自分の意見・発見・考案などを、できるなら論敵も苦笑いするような面白い形で伝えたい。皮肉なユーモアと共にズバリと正鵠を射ることができたら嬉しい。目標は「上機嫌なショーペンハウアー」である。

私がお金について言いたいことは非常にシンプルだ。それは、お金に感情を振り回されず、冷静に向かい合って欲しいということである。経済評論家をしながらも、お金の増やし方の細かなノウハウを提供していたわけではない。どちらかというと、金融商品の運用の仕組みを分析して落とし穴を分析したり、手数料が無料の証券会社のからくりを見破ったり、そういうことを面白がって評論家商売をしてきた。

「善意の愉快犯」でありたいというのが、私の経済評論家としての願いだ。その使命は、甘い言葉で個人にアドバイスをして、不要な商品を売りつけようとする輩の商売を邪魔することである。

・・・「善意の愉快犯」であろうとする「上機嫌なショーペンハウアー」。なかなかファニーな感じ。「上機嫌」という言葉は、山崎氏が母から、いつも機嫌よくせよとゲーテも言ってるよ、と示唆されたことに由来するらしい。その母は、山崎氏の亡くなる一週間前に急逝されたとのこと。山崎氏は、もちろん悲しいのだが、唯一ポジティブな側面は、親子の死の逆順が回避されたこと、と記している。何だか切ない。

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