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2024年2月 3日 (土)

ウルトラマン(古谷敏)の帰還

ウルトラマンのスーツアクターであり、ウルトラ警備隊のアマギ隊員役としても知られる古谷敏さん。自分の経営するイベント会社が1991年に倒産した後、清掃員の仕事で生計を立てていた。真摯な働きぶりが評価され、ビルメンテナンスの会社で大きな清掃の現場を任されるようになった。2007年秋、64歳のある日、ヒーローは再発見される。日経新聞電子版2月2日発信記事からメモする。

東京・霞が関の農林水産省に常駐し、50人ほどのチームを率いていました。そんなときたまたま新聞で、ウルトラマンをデザインした成田亨さんの原画展が開かれていることを知ったのです。東京・三鷹の会場に出向くと、僕が演じたケムール人やラゴン、そしてウルトラマンの原画が飾ってあるわけです。「ありがたいなぁ」という思いがこみ上げてきました。

成田さんはすでに亡くなっていて、奥さんの流里さんも不在でしたので、名刺を置いて帰りました。その夜、流里さんから電話がありました。「ビンさん、来てくれたんですね・・・」。涙声でした。栃木県足利市で開かれる次の展覧会でお会いする約束をして出かけていったら、会場に新聞や雑誌の記者がいました。それで見つかっちゃったんですよ。

やがて、「ウルトラセブン」でウルトラ警備隊のアンヌ隊員を演じたひし美ゆり子さんから電話がありました。「フルヤちゃん、私、20年探したのよ! やっと捕まえた」って。2008年、ひし美さんがセッティングしたサイン会が東京・北の丸公園の科学技術館で開かれ、元の世界に復帰しました。それから東京では月1回、地方にも年4、5回出かけて皆さんと交流する「巡礼の旅」を始めました。サイン会や撮影会のほか、ウルトラマン、セブンで共演した毒蝮三太夫さんを招いたトークショーなども開いています。

姿を消していた期間が20年近く。そのブランクをいま、懸命に取り戻しています。僕のためじゃありません。長い間、何もできなかったファンの方々へのお礼の気持ちとして、です。80歳になったいまも、国内はもちろん、海外のあちこちから毎年声をかけてもらえる。これからも「日本を代表して」という気持ちで、日本の総合芸術と言える特撮の素晴らしさを多くの人たちに伝えていきたいです。

・・・成田亨の原画展というのは、「怪獣と美術」展ですね。僕も観に行きました。あの場に古谷さんも訪れて、それがきっかけになって、世間に「見つかっちゃった」と。そうだったのかーという感じです。とにかく今でも、国内外から古谷さんに切れ目なくお呼びがかかる。それだけ偉大な作品を、僕も子供の頃に見ることができて、本当に幸運、幸福だったと思います。

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