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2023年11月28日 (火)

「させていただく」の違和感

日本をダサくした「空気」』(徳間書店)で、著者の中川淳一郎は、日本はダサい国である、それは情報発信における東京至上主義や、過剰なコロナ対策に現れている、と強調している。ダサい言葉づかいとして槍玉に挙げられているのは、「させていただく話法」だ。以下にメモする。

日本語の丁寧過ぎる喋り方というのも、日本をダサくする。何しろ、上下関係を明確に作るほか、「お客様は神様です」思想を強化してしまうのだ。

丁寧に言いさえすれば、裏にある怒りやら失望、さらには儲けたい気持ちは許されると考えるのが日本語の「させていただく話法」である。

日本という国は「丁寧であればあるほどいいだろう」という前提があったうえで、「クレームは回避したい」ということが行動原理になっている。これがダサさの根源にある。

・・・「させていただく」という言い方は、一種の丁寧語として今や当たり前のように使われているが、へりくだり感を出して自分のやってることを正当化するようなイヤらしさがある。

丁寧ということで言うと、日本の得意とする「おもてなし」とやらにも、「丁寧にしておけばよい」という感じがあって、それはむしろ安易な姿勢に見えるし嘘くさい感じがする。

中川氏の本の中に、謎のビジネスマナーの一つとして、「エレベーターホールでドアが閉まるまで互いに頭を下げ続ける」が挙げられていて、強く同意する。エレベーターの内と外でお互いにお辞儀している姿は、ひどくバカバカしい。というか、要するにカッコ悪い。自分は、自分がリードできる場合は、そのフロアの会社の出入口のところで「ではこちらで失礼します」と言って、エレベータホールまでの同行は辞退させていただく(笑)ことにしている。

いろいろと形式的で上っ面な嘘くさい部分のある日本社会は、「ダサい」と言われても仕方がないかもなあ。

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2023年11月27日 (月)

Within Temptation、健在

オランダのシンフォニック・メタル・ロックバンド、ウィズイン・テンプテーションが先日、新アルバム「BLEED OUT」を発表。国内盤は出てなくて輸入盤を買って、久しぶりな感じで聴いてみたら、割と良かったので、バンドの最近のニュースをネットで探して見た。すると、今年の夏のヘルフェスト(フランス)のライブ・ステージが公開されていたので、これも観た。ボーカルのシャロン・デン・アデルが、大きなウクライナの国旗を振り回しながら歌う場面もあり、何だか妙に感動した。やはりヨーロッパでは、相変わらず大人気であるようだ。

今、日本での人気はどうなんだろう。新譜の国内盤が出てないところを見ると、前作のセールスは良くなかったのか。でも、ヘルフェストのライブを見る限り、今も魅力的で強力なロックバンドであるという印象だ。まあどうしても、シャロンとそのバックバンドみたいな感じではあるんだけど。(苦笑)

バンドが日本に来たのは、2014年のラウド・パークのステージが最後。単独ライブの来日は、2007年の一度きり。そのステージはDVDで観ただけなので、また何とか来日してくれないかなあ。

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2023年11月26日 (日)

フリーレンとクラフトの対話

現在アニメ放映中のファンタジー『葬送のフリーレン』。その原作マンガ第3巻「第24話エルフの願望」から、主人公の魔法使いフリーレンと、武道僧(モンク)であるクラフトの対話。二人は、人間より遥かに長命なエルフという種族である。

フリーレン:クラフトはどうして女神様を信じているの?
クラフト:フリーレンは信じていないんだな。
フリーレン:天地創造の女神様は、神話の時代を除いて、この世界の長い歴史の中で実際に姿を現したことは一度もない。
クラフト:若いな。俺も昔はそうだった。だが今は心の底から女神様を信じている。いや、いてくれなきゃ困るんだよ。俺の成してきた偉業も正義も、知っている奴は皆死に絶えた。だから俺は死んだら天国で女神様に褒めて貰うんだ。よく頑張ったクラフト。お前の人生は素晴らしいものだったってな。わかるだろう。フリーレン。自分の生きてきた軌跡が誰にも覚えられちゃいないってのはあまりにも酷だ。俺達は長い人生を歩んでここにいるんだぜ。
フリーレン:クラフト。それはただのわたしたちエルフの願望だ。
クラフト:そうだな。

・・・確かに、自分だけ長生きしていると、自分を知っている人はどんどん死んでいなくなってしまう。だろうから、自分のやってきたことを知っている人がいないというのは、それはそれは寂しいものになるというのも想像できる。他者に自分の存在を認めてもらわずには生きていけない人間は、根本的に社会的存在であるのだろうが、エルフも基本的には人間と同じらしい。

クラフトの切実な思いについて、フリーレンは冷静に、それはただの願望だと告げる。つまり、いるかいないか分からない女神様に褒められることは期待していない。潔いと言うべきか。

ただ考えてみると、これは別に長命のエルフだけの思いではなく、短い生の人間でも同じような感覚はあるはずだ。自分の人生には、自分しか知らない、経験してない、味わっていない苦楽が、うんざりする程あって、それらはどう説明してみても、他人には共感できない、理解できないものであるだろう。自分の人生の行程の細部まで、誰かが認めて褒めてくれることは、現実には殆ど期待できない。仮に親だけが褒めてくれる人だとしても、通常は先に死んでしまうので、褒めてくれる人がいなくなった後も、生き続けていくしかない。それこそただの願望として言うなら、死んでからあの世で親に褒めてもらいたいと望むほかない。

これまで地球上に人類が何百億人生きていたのか知らないが、ほぼ100%に近い人々は忘れ去られているわけで、結局覚えている人はいない、いなくなるという前提で、誰もが自分の人生を生きなければならないのだろうと思う。

ところで、フリーレンの物語に出てくる、創造主が女神様であるというのは、当然キリスト教とは違うし、どっから来た話なのかなあと思う。それから、物語の中に結構ドイツ語が散りばめられているのだが、中世風ファンタジーというのは、やっぱりドイツっぽい雰囲気を纏うものなのかなあとも思ったりする。

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2023年11月25日 (土)

昭和40年代ゴジラ映画

雑誌「昭和40年男」12月号の特集は「俺たちのゴジラ」、副題は第二次怪獣ブーム世代の逆襲、とある。リアルタイムでは昭和46年の「ゴジラ対ヘドラ」から始まる「昭和40年男」のゴジラ観を考える。というものだが、昭和34年生まれ第一次怪獣ブーム世代の自分も考えてみたいテーマだなと思う。

自分が初めて観たゴジラ映画は昭和41年の「南海の大決闘」。翌年の「ゴジラの息子」も観た。ゴジラは襲来して都会を破壊する怪獣ではなく、南海の島にいる怪獣。43年の「怪獣総進撃」でも、ゴジラ始め怪獣たちは「怪獣島」に集められて、ひとまず人類の管理下にあった。11匹の怪獣が登場する「怪獣総進撃」は(第一次)怪獣ブームの総決算的作品とも言われた。

44年末から「東宝チャンピオンまつり」が始まったが、ゴジラ映画の新作「オール怪獣大進撃」は、ちょっとショボい印象だった。以後チャンピオンまつりは、春休み、夏休み、冬休みのプログラムに。自分は、昭和30年代「キングコング対ゴジラ」以降のゴジラ映画はチャンピオンまつりのリバイバル上映で観て、初期の「ゴジラ」「ゴジラの逆襲」はテレビで観た。やはりゴジラ映画の頂点は、「キングコング対ゴジラ」「モスラ対ゴジラ」だと思う。ゴジラの造形(いわゆる「キンゴジ」「モスゴジ」)も含めて、だ。

「怪獣総進撃」から3年後の46年、テレビではウルトラマンも帰ってきて、第二次怪獣ブームに突入。ゴジラも再び本格的に動き出す。小休止後の最初の相手は公害怪獣へドラ。異色の怪獣映画として知られる「ゴジラ対ヘドラ」だが、これが「昭和40年男」の最初のゴジラ映画体験だとすると、怪獣映画に対する感覚がおかしくなりそうだ(苦笑)。自分は小学6年生の時に観たわけだが、とにかく暗い印象だし、「水銀、コバルト、カドミウム~」(歌)だし、ゴジラが丸まって空を飛ぶし、戸惑い感は結構強くて、子供心にも低予算(逃げ惑う群衆が出てこないとか)だなと感じていた。続く47年の「ゴジラ対ガイガン」は、キングギドラとアンギラスも出てくるのは良いのだが、過去作品のフィルム利用とか、何かいまいちな感じだった。この年、自分は中学生になり、次回以降のチャンピオンまつりはパス。メガロやメカゴジラは見なかった。(その後54年日劇におけるゴジラシリーズの企画上映時に、「ゴジラ対メカゴジラ」は観た)

ヘドラについては昨年(2022年)初夏、「特撮美術監督井上泰幸展」を観た時に、改めて「ゴジラ対ヘドラ」公開当時について感じ入るものがあった。1971年のヘドラの後、東宝映画は73年から74年、「日本沈没」と「ノストラダムの大予言」で大ヒットを飛ばした。この破局的パニック映画の連発で、当時の少年少女は多かれ少なかれ終末観を持たされたのではないか(苦笑)。ヘドラは、その終末観ブームの先駆けだったとも言えるし、そういう意味でも「ゴジラ対ヘドラ」は特異な作品だったと思う。

昭和50年春「メカゴジラの逆襲」で、昭和40年代のゴジラ映画、人類に味方するゴジラのシリーズは終了。その約10年後、冷戦のぶり返しから核戦争の可能性が取り沙汰される時代の中で、ゴジラは再び核の化身として復活する(1984年版「ゴジラ」)。そして「平成ゴジラシリーズ」が、手を変え品を変え作られ続けたが、シリーズが進むにつれて、物語の輪郭がぼやけていった感がある。やはり、ゴジラは単なる「人類の敵」以上に、明確な脅威として具体的に性格付けられないと、ゴジラ映画の魅力も乏しくなるように思う。

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2023年11月23日 (木)

「ゴジラ」と「ゲゲゲ」がヒット中!?

映画「ゴジラ-1.0(マイナスワン)」も「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」も、最初観る気は無かったのだが、結構高い評価が目に留まり、予備知識は殆ど持たないまま、とにかく観てみることにした。

「マイナスワン」は、第1作「ゴジラ」の昭和29年よりも前の、終戦直後の時代設定。ゴジラに立ち向かうのは、元軍人や元兵士。彼らが撃滅作戦を計画、生き残った軍艦や飛行機を使って、大怪獣に戦いを挑む。

まあとりあえず7年前の「シン・ゴジラ」と比較されるんだろうけど、自分は「シン」の方が面白かった。「シン」は5、6回観たけど、「マイナスワン」は一度観れば十分の感じ。怪獣映画には下手な人間ドラマは要らない。と思う。

「ゲゲゲ」は、鬼太郎の父親の話。主人公はもう一人、兵隊帰りの会社員、その名も水木。時代設定は昭和31年で戦後ではあるが、山奥の閉鎖的な村が舞台で、既に多くの人が感じているように「犬神家の一族」みたいな印象。

こちらの内容はもう、ただただ悪夢の世界。最後に、水木が言うセリフ「何も覚えていないのに、なぜ悲しいんだ」。自分も、話がいまひとつ分からなかったのに、なぜ悲しいんだ、という気持ちになりました。(苦笑)

鬼太郎は猫娘と共に、最初と最後にちょこっと出るだけなんだが、猫娘がかわいくてスタイルもよくて、これはヤバイ、と思った。(苦笑)

声の出演者の中に、種﨑敦美さんがいる。最近、アーニャとフリーレンの声が同じ人、種﨑さんだと知った時は驚愕した。まるで違うキャラの声が同じ人。声優とは、これ程までに高い演技力が要るものなのかと、認識を改めた。この作品でも、種﨑さんは重要な役どころを演じている。大したものだなあ。

鬼太郎の父の話もまた、「マイナスワン」の設定とも言える。文化的コンテンツとして昭和(戦後)、平成、令和に渡る長い歴史を持つ「ゴジラ」と「鬼太郎」。今回、両者の新作が「マイナスワン」作品として現れたのは、たまたまなのか必然なのか。「原点」回帰ではなく、「原点以前」への回帰。これは、秩序が生まれる以前の混沌状況であるかのように、今を生き抜け、というメッセージなのだろうか。

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2023年11月22日 (水)

原城跡に行く

先日、島原半島の原城跡を訪ねた。初めてではないが、自分が前に行ったのは2006年5月だから、17年半ぶりになる。今、原城跡は世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を構成する12遺産の一つ。日本の「城」で世界遺産になっているのは姫路城、二条城、首里城とグスク。姫路城は単独で世界遺産なので別格だけど、原城跡もパーツではあるが立派な世界遺産なのだ。

昔は島原鉄道が原城跡まで通っていたのだが、今は鉄道は島原港までで終わり。原城跡に行くには、島原駅前から路線バスに乗り継ぎする。島原鉄道諫早駅から島原駅まで1460円、島原駅から原城前までバス980円。往復5000円近いので、鉄道とバス利用の場合は、一日フリーパス3000円の購入が必須ですな。

おおよその乗車時間は鉄道1時間、バス1時間なので、乗り換え待ちなども含めて2時間半見ておくところ。10時前の諫早発の電車に乗り、11時過ぎ島原着、11時20分発のバスに乗り、12時21分原城前バス停着のスクジュールだった。

昔「島原の乱」、今は「島原・天草一揆」と呼んでいる農民の大反乱が起きたのは、1637年10月。当時既に廃城となっていた原城に、天草四郎をリーダーとする一揆勢3万7000人が立て籠り、城を囲んだ幕府軍12万人と対峙。一揆勢の数は2万人台とする見方もあるようだ。最初の幕府軍総大将は板倉重昌。譜代とはいえ石高1万5000の小大名が、西国の大大名たちを統率することは難しい。結局、自ら攻撃の先頭に立つも戦死。次の総大将松平信綱は兵糧攻めに転じて機を窺い、1638年2月の総攻撃で城を落とした。

写真は上から、二の丸から見た雲仙普賢岳、本丸石垣と有明海、本丸近くの空濠、破壊された石垣、発掘現場レプリカ(有馬キリシタン遺産記念館内)

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2023年11月16日 (木)

玉城は大谷吉継の陣地ではない

昨夜のNHK番組で千田嘉博先生が登場して、関ヶ原の西にある山城、玉城は西軍の「最後の砦」説を(また)やってた。これ、まだやってるのかと思った。関ヶ原合戦に係る最近の新説を広くチェックしている『関ヶ原合戦を復元する』(水野伍貴・著、星海新書)は、千田説も検討しているので以下にメモする。

西軍に豊臣秀頼を戦場に迎える計画は無かった。西軍の首脳部から諸大名へ宛てられた書状はいくつか伝存しているが、秀頼への奉公は訴えていても、秀頼の出陣に関しては全く言及していない。秀頼の出陣という発想そのものが無かったことを物語っている。

関ヶ原合戦は東軍による街道突破戦であった。しかし、玉城は東山道と北国脇往還のいずれも山を隔てて離れており、街道の防御拠点として適していない。そこに西軍が陣城を築く理由は無いのである。

千田氏は、『関ヶ原合戦図屏風』から、山に描かれた「もうひとつの大谷吉継陣」を玉城と主張している。大谷吉継らは美濃国に入った際に山中・藤下一帯に布陣したが、開戦前に大関へ移動している。江戸時代中期に成立したと考えられる形式の布陣図には、藤古川(関の藤川)の西にある山の上に四つの陣が描かれている。そして「この四営は戸田、平塚、大谷、備中中納言(宇喜多)、四手の小屋」と書かれている。『関ヶ原合戦図屏風』の「もうひとつの大谷吉継陣」は、この布陣図に描かれた四つの陣が基になったと考えられる。

関ケ原町歴史民俗学習館蔵『御合戦御備絵図』は、「玉山城(玉城山)」の箇所に「天正年中浅井家出張跡」と、近江の戦国大名・浅井氏が天正年間に用いた城であると記されている。

中井均氏は「(玉城は)戦国期後半に改修を受けたことは明らかである。江濃国境の境目の城として竹中氏が改修したのではないだろうか」と指摘している。玉城が天正年間に浅井氏が用いた城であった場合は、竹中重門が美濃方面を守る城に造り替えたと推測できる。

・・・ということで、玉城に関ヶ原合戦との関係性は認められないと、水野氏は結論している。

昨夜の番組中の「もうひとつの大谷陣」画像には、「中山䑓」という文字が見えた。「山中」を意味しているのかなあと思った。大谷は山中に布陣後、決戦当日は関ヶ原に前進したということで、それが図屏風にも描かれたのだろう。いずれにしても、NHKと千田先生はいつまでこの話を垂れ流し続けるのだろうか。

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2023年11月 4日 (土)

飯盛城に行く

昨日3日、大阪の飯盛城跡を訪ねた。生駒山地の飯盛山にある山城で、戦国武将三好長慶の居城として知られる。

四条畷側から上ったのだが、まあ登りのキツイことキツイこと。自分は少し足が悪いので、これは下るのは恐いと思って、帰りは別のルートを選びました。

石垣が所々に残る城なのだが、まず山を上るのでいっぱいいっぱいになり、石垣を探して見る余裕は無かった。先に石垣のある所をチェックしておけばよかった。城跡に行ったというより、9割方山登りの感じ。ハードなハイキングというか。はあ。写真は、上る途中で目に付いた石垣、山頂の案内板など。

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最近の研究では、最初の「天下人」と評価されている三好長慶。まあこれは最近しばしば聞く、「天下」という言葉は畿内を指すという見方を前提に、足利将軍や細川氏との権力闘争で優位に立って畿内を押さえた、ということから「天下人」である、という話なんだろうと思う。そう言われればそうなのかも知れないが、後の豊臣秀吉、徳川家康の「天下」は日本全国だから、やっぱりそれと比べると、三好長慶が「天下人」とはなかなか素直に思えないなあ。

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