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2022年7月18日 (月)

元総理の不条理すぎる死

昨日17日朝、新幹線に乗って京都へ。山鉾巡行には目もくれず、近鉄に乗り換える。目指すは大和西大寺駅。自分には、安倍元総理の暗殺は不条理すぎる事件というか、何だか現実感に乏しいこともあって、「現場検証」に出かけた次第。

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現地に立ってみた最初の感想は、「近いな」ということだった。画像でよく見た暗殺者が待機していたであろう場所の辺りから、例のガードレールに囲まれたスペースを眺めると、想像以上に近い。車道は二車線、この中央付近まで歩み出て手作り銃を撃ったのか。近い。弾丸の一部は、写真の奥にある立体駐車場のビル(90メートル先)まで届いていたそうだから、銃弾の速度と威力の凄まじかったことが窺い知れる。

この場所で、暗殺者はおそらく自分の胆力の全てを込めて、まさしく「全集中」で標的に向かって弾丸を発射した。1発目で振り返った元総理が最後に見たのは、暗殺者の姿だったのか。2発目の発砲まで3秒弱。しかし警護はほぼ機能しなかった。最初の発砲音が爆発音のようでもあり銃撃とは認識していなかったのか。白煙が立ちこめたため何が起きているか把握できなかったのか。しかしこの距離と時間で、有効な動きが出来なかったのは、明らかに警護の失態だった。結果、暗殺者は目的を達成した。

手作り銃は「火縄銃」の様な原始的な仕組みらしい。銃よりも小さな鉄砲という感じか。一年程かけて作製、今年の春には完成させていたようだ。マンションの一室でひたすら銃器作りに勤しむ男のイメージは、まさに孤独なテロリストそのものである。

しかし様々な報道が伝える暗殺者の人生を概観すると、彼が暗殺者になったのは必然のように思えてくる。確かに元総理を狙うのは飛躍している印象もある。しかしそれは他人から見た話であって、彼からすれば、より達成しやすい目標に変更しただけのことであり、それがたまたま元総理だったという、それだけの話なのかもしれない。そして元総理が地元に来る千載一遇の機会に、彼は人生の唯一最大の目標となっていたであろうプロジェクトを決行。ワンチャンスを見事にものにしたことに、驚くばかりだ。

幸福な家庭は似たりよったりだが、不幸な家庭はそれぞれに違う。トルストイの有名な言葉だ。暗殺者の壮絶な人生に、自分も暗澹たる思いを抱く。共感や同情が全くないと言うつもりはない。もちろん「暴力は許されない」と、建て前的に前置きすることはできる。しかし起きてしまったことについて考えると、誰が悪いのか、よく分からなくなってくる。今回の事件は、せめて暗殺未遂で終わって欲しかった、という思いが強く残る。

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