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2022年6月 5日 (日)

映画「ドンバス」

ウクライナ東部のルハンシク州とドネツク州、合わせてドンバス地方でのロシア軍とウクライナ軍の戦闘激化が伝えられる中、その地名をタイトルとした映画「ドンバス」が公開中。ウクライナのセルゲイ・ロズニツァ監督、2018年の作品である。

舞台は分離派(親ロシア派)の支配する2014年以降のドンバス地方。主人公がいてストーリーがある、という映画ではなく、戦時下の日常生活で起きる人々の英雄的でも何でもない行動の数々を、13のエピソードでオムニバス的に描いていく作品。ロズニツァ監督は、ドキュメンタリーを多く手掛けている映像作家ということで、この映画も手持ちカメラによる長回し撮影を中心とする、ドキュメンタリーチックな作り方である。見ていると、本当に現地で撮影しているような錯覚に陥るが、実際の撮影地はドネツク州の西の隣にある州とのこと。

13のエピソードは実際の出来事を元にしており、「どんなに信じがたくても全て実際に起きた出来事」(ロズニツァ監督)だという。確かに登場人物の行動は、戦時下という混沌の中で生きる人間としては、「普通」の行動なのだろうという感じがする。要するにリアルなのだ。例えば、戦場に取材に来たドイツ人ジャーナリストを見て、分離派兵士が「ファシストだ」とワーワー騒いだり、カメラに向かって楽し気にポーズを取る場面とか。あるいは、街角で見世物にされた捕虜の兵士に対して、市民がリンチを仕掛ける場面。抵抗できない「敵」に対する、人々の情け容赦ない有り様が、酷く生々しいのである。

戦争は、戦場で戦う兵士を恐怖と憎悪の中に叩き込むだけでなく、戦場以外の場所で何とか生活を続けている人々の間にも、分断と対立を生む。そして暴力性を孕んだ日常生活の中で、人々は正常なメンタルを維持できなくなっていく。戦時下で露になる人間の姿こそが人間の本性だとは思いたくないが、人間の卑小で愚かな本性を見せつけられるとすれば、やはり戦争は忌まわしいものだと思う。

この映画で起こることはほぼ「事実」なのだろうが、最後の出来事だけは本当にあったこととは思いたくない。ここは全くのフィクションであることを願いたいのだが、淡々と映し出され続けるラストシーンにエンドロールが被せられていくのを眺めながら、暗澹たる思いに気分が沈み込んでいくのを止めようもない。

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