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2022年3月 6日 (日)

独ソ戦から80年後のウクライナ戦争

このところ毎日、ロシアやウクライナの地名を見聞きするうちに、何となく気分は「独ソ戦」になり、とても久しぶりにソ連映画「ヨーロッパの解放」を観た。公開から50年経っている作品で、最新のDVDパッケージの外装は「ガールズ&パンツァー」コラボ版であることに苦笑しつつ、時の流れを感じたりする。

さて「ヨーロッパの解放」が描くのは1943年以後の独ソ戦、つまりソ連の反転攻勢開始から1945年にベルリンを陥落させるまでの2年間で、今回自分が観たのは前半部分のクルスク大戦車戦、ドニエプル渡河大作戦。この映画では、冒頭からドイツ軍タイガー戦車が登場するが、このソ連製タイガー戦車(!)は割とよくできていて、公開当時プラモ少年だった自分も結構興奮して観た覚えがある。

映画には描かれていないが、1943年初めスターリングラードで勝利したソ連軍は、ハリコフでドイツ軍の反撃にあう。次にドイツ軍が攻撃目標に定めたのがクルスクであり、同年夏にクルスク攻略作戦を開始。しかしソ連軍の堅い防御態勢の前にドイツ軍の戦力は消耗。ソ連軍は反転攻勢から勢いに乗り、同年秋にドニエプル川を押し渡りキエフを奪回した。

そのおよそ80年後の現在、かつて独ソ戦の激戦地だったキエフとハリコフで、旧ソ連のロシアとウクライナ、歴史的にも文化的にも「兄弟国」であるはずの両国が戦いを交えている。80年という歴史的時間としては長くはない年月を経て、こんなことが起きるとは一体全体、何がどうなってこうなったのか、どうにも理解しがたい奇々怪々な現実だ。

ロシアにとってウクライナは、かつてナチスドイツと戦った同志だ。ところがロシアのプーチン大統領は、そのウクライナの政権を「ネオナチ」呼ばわりしている。とても正常な神経であるとは思えない。最近ではプーチンの精神状態についてもあれこれ取り沙汰されているようだが、計算高く冷静な男が突如とんでもなくアブナイ奴になってしまったのか、やはり計算づくでアブナイ奴になったフリをしているのか、それも結局は分からない。それでも土台、何の大義名分も実利もないと見える戦争を起こした時点で、プーチンは「ヒトラー」という単純素朴なイメージと否応なく結びつけられる。そしてその「ヒトラー」が、敵に向けて「ネオナチ」という言葉を投げつけるのだから、これはもうグロテスクな有り様としか言いようがないのだ。

ウクライナに対し「特別な軍事作戦」と称する侵略を開始したプーチンは、停戦条件についてもウクライナの「非軍事化」「中立化」という、これまた他国から言われる筋合いは全くない、国家主権の侵害とも思える要求を突き付けている。現下のロシアの軍事行動は、プーチンとしては主権国家との戦争ではなく、属国に対して自分の指図を無理矢理受け入れさせるための大規模紛争、そんな程度の認識なのかもしれない。結局このやり方は、かつてソ連がチェコやハンガリーに軍事介入したやり方と殆ど同じに見える。つまり「KGB」出身者プーチンの頭の中は、「冷戦」思考に捉われているままのようにしか見えない。おそらく、いま我々を苦しめている事態は「新冷戦」などという大層なものではなく、いわば冷戦の「亡霊」であるように思う。そしてそれ以上に、独裁的指導者の被害妄想的世界観で戦争(核兵器使用の可能性も含む)を起こすことができる国が存在する(我が国の隣国でもある)という、空恐ろしい現実に我々は向き合っている。

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