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2022年3月31日 (木)

1973年の終末観と2022年の混迷

このところの原油をはじめ資源価格の高騰から、物価上昇と景気悪化が同時進行するスタグフレーションの可能性が懸念されている。過去のスタグフレーションの事例といえば、おそらく1973年の石油ショック発生時の不況、になるのだろうが、何しろ半世紀も前の話なので、実感として当時と似ているというのは難しい。しかし当時の記憶が残る者としては、少なくとも社会的・文化的現象から見ると、当時の状況は現在よりもはるかに深刻だった覚えがある。

石油ショックといえば、やっぱりトイレットペーパー買いだめ騒動。そして文化的事象は「日本沈没」「ノストラダムスの大予言」だ。いずれも本はベストセラー、映画は大ヒットした。今週の「週刊エコノミスト」(4/5号)で、評論家の片山杜秀が「大予言」について書いているので以下にメモする。

『ノストラダムスの大予言』。五島勉の著書である。1973年11月の刊行。16世紀フランスの大占星術師が99年7月の人類滅亡を予言しているという。すぐにミリオンセラーになった。
なぜだろうか。まずタイミングが良すぎた。刊行前月の10月、第4次中東戦争が勃発していた。アラブ諸国は石油を武器にした。価格を高騰させた。石油に依存してきた産業文明に空前の危機が訪れた。
社会は不安に満ちた。物不足に見舞われた。ノストラダムスに教えられるまでもなく、世は終末思想に覆われつつあった。
つまり五島は火に油を注いだのだ。しかもとても上手に。公害による自然環境の破壊、数々の異常気象、エネルギー危機、食糧危機、難民の増大、奇病の発生、人間精神の荒廃、そして東西冷戦の帰結としての世界最終核戦争。当時リアルと思われた、ありとあらゆる人類滅亡につながる要素が並べ立てられた。
それから約半世紀を経た。99年うんぬんはともかく、五島の本に書いてあったことがついに束になって襲ってきているように感じる。

・・・片山先生は1963年生まれなのでおそらく、石油ショック当時の社会状況の記憶も残っているのだろう。確かに当時の世の中の終末観の強さといったら半端なかった。それに比べたら、今の世の中は比較的落ち着いている感じだ。ただ、「大予言」で並べ立てられた「人類滅亡」の要因は今も大幅に減退しているわけではなく、今もそこにある危機として認識しておくべきだろう。

1973年の中東戦争と石油ショック、2022年のウクライナ戦争と資源価格高騰。あるいは100年前の第一次世界大戦とスペイン風邪、現在のウクライナ戦争と新型コロナウイルス。歴史は「繰り返す」あるいは「韻を踏む」とか。諸々の相場の波動は、トレンドとサイクルから成る。歴史にもまたトレンドとサイクルがある、と考えていいかも知れない。

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2022年3月21日 (月)

「冷戦後」の終わり?

本日付日経新聞コラム記事(パラダイム危機の時代)から以下にメモする。

ロシアのウクライナへの軍事侵攻からもうすぐ1カ月。冷戦後の国際秩序のパラダイム(枠組み)が大きく揺らぎ始めたのではないかという危機感を、多くの人が抱き始めている。

「マクドナルドがある国と国では戦争は起きない」。冷戦後に旧ソ連・東欧が民主化・市場化し、自由にヒト、モノ、カネが動くグローバル化が進み世界経済が一つになったので、もう大きな戦争は起こらないという説だ。90年1月にモスクワに第1号店を開き、冷戦終結の象徴となったマクドナルド。同社も今回のウクライナ危機で、ロシア国内全店の一時休業に追い込まれた。30年前の冷戦終結と軌を一にするかのように進んだ経済のグローバル化。ロシアのウクライナ侵攻は冷戦後の国際秩序を揺さぶると同時に、グローバル経済に再考を迫る。

経済政策、とりわけ金融政策はパラダイムの揺らぎに直面している。冷戦後に金融のグローバル化が進むとともに、物価情勢は1970~80年代のインフレから、ディスインフレーション(物価鎮静化)の時代に入り、21世紀に入ると金融政策はインフレ目標、フォワードガイダンス(先行き指針)など経済学者らが合議で進める枠組みが優勢になったが、その有効性が今問われ始めている。

米連邦準備理事会(FRB)は16日、2018年12月以来3年3カ月ぶりの利上げに踏み切り、インフレ退治に本腰を入れ始めた。足元のインフレは2年に及ぶコロナ禍からの需要の急回復と、サプライチェーンの途絶による供給制約という需要・供給双方の特殊要因と解釈されてきた。だが、ロシアのウクライナ侵攻に伴う原油、希少金属、穀物など国際商品の価格上昇や供給不安も重なり、国際秩序の揺らぎと同調する複合危機の様相を強めている。

コロナ禍からウクライナ危機。この2年間で世界の大変動を目撃してきた我々は、これまでは当たり前と信じていた枠組みの揺れを感じている。それは歴史が逆流していくような感覚にも似る。秩序の揺れがいずれ収拾に向かうのか、あるいは中長期の混乱の時代に突入するのか。

・・・ロシアの侵略は、この30年間の「冷戦後」の終わりを告げる出来事なのか。これにより歴史のトレンドは再び大きく変わるのか。あるいは、長期的なトレンドは変わらない中での、短期的な「反動」に止まるのか。しかし後者の場合でも、「冷戦後」の枠組みの修正は必至だろう。いずれにせよ我々が一定の認識を得るまでには、いましばらく時間を要すると思われる。

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2022年3月18日 (金)

法人はヒトでありモノである

昨日17日付日経新聞「経済教室」(揺らぐ資本主義①、執筆者は岩井克人先生)から以下にメモする。

会社の株主は会社資産のオーナーではない。株主が会社は株主のものだと信じて、会社のお金を勝手に寄付したら窃盗罪で逮捕される。この株主は他人のお金に手をつけたからだ。
この場合、「他人」とは誰なのか。それは「法人」としての会社である。会社とは単なる企業ではない。法人となった企業なのだ。

では法人とは何か。「本来は人ではないが法律の上で人として扱われる物」のことだ。それは物と人の二面性をもつ不可思議な存在である。本来は組織という抽象物にすぎない会社は法人であることで、自らの名前で資産を所有できる。会社のお金を所有するのは株主でなく、法人としての会社にほかならない。
では株主とは誰なのか。読んで字のごとく、株式の持ち主(所有者)である。物としての会社を所有する人が株主である。

会社は2階建て構造をしている。2階では株主が物としての会社を所有し、1階ではその会社が法律上の人として資産を所有する。物であり人という会社の二面性が、株主に所有される物と、会社資産を所有する人として、見事に使い分けられている。

2階を強調すれば会社の物としての側面が強まり、株主利益の道具として振る舞い始める。例えば会社買収を恐れる経営者は、株価を高める経営をするようになる。これに対し1階を強調すれば会社は人としての側面が強まり、例えば経営者を頂点とする従業員組織の維持や拡大を目的に組み込むことが可能になる。(さらに)地域社会への貢献や地球環境の保全といった社会的な目的を組み入れることに、理論的には何の障害もない。

・・・「会社が利潤以外の目的を持つことは資本主義の否定ではない。逆に拡張である」と考える岩井先生は、会社の持つ技術やノウハウなどの知的資産を活用すれば、社会問題は解決できるし、限界に直面している資本主義の変革も可能だと考えている。

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2022年3月17日 (木)

「新冷戦」の武器は経済力

本日17日付日経新聞、イアン・ブレマー氏の寄稿文(後戻りできないロシアと世界)から以下にメモする。

ロシアのウクライナ侵攻は多くの人を不確実な状況に陥れたが、一つだけ確かなことがある。ロシアと西側諸国はいまや戦争状態にあるという点だ。いままでで最も厳しい経済制裁を科し、殺傷能力の高い武器をウクライナに供与し、ロシアを孤立させようとする欧米の取り組みは宣戦布告に等しい。プーチン大統領の譲歩という、いまや想像しがたい事態が起きない限り、ロシアと西側は「新冷戦」に直面する。

だが、こうした対立は多くの点で、20世紀の冷戦ほど危険ではないだろう。ロシアの国内総生産(GDP)は米ニューヨーク州よりも小さく、低迷するロシア経済は制裁により、今後1年間で10%以上縮小する可能性が高い。かつロシアの金融システムは、崩壊の危機にひんしている。

ロシアとの関係強化が懸念されている中国はどうか。中ロ関係ではロシアの立場が弱い。ロシアの10倍の経済規模である中国は、ロシアが西側に売れなくなった石油・ガス、鉱物などを買い、ロシア経済を支えるとみられる。中国の将来は経済成長できるかどうかにかかっており、欧米とつながり続けられるかがポイントになる。中国政府はロシアのウクライナ侵攻を非難しないだろうが、西側の制裁にある程度は従う可能性が高い。

ロシアは、ウクライナをプーチン氏の支配下に置くために攻撃を続けるだろう。だがロシア軍が全土を制圧したとしても、ウクライナ国民は戦いを止めず、西側の首脳はウクライナを支援し続けるだろう。史上最も厳しい制裁はさらに強化されることになる。新冷戦への道はもはや後戻りできない。

・・・この記事について日経新聞編集委員は、「新冷戦」の主戦場は経済であり、どちらが先に消耗するかの持久戦でもある、とコメントしている。残念ながら冷戦の歴史は繰り返されてしまったが、直接的な暴力以上に、経済力を武器にして戦うというのが、今起きている「新冷戦」の新しさなのだろう。

プーチンの起こした戦争の結末はウクライナ軍の全滅か、ロシア経済の大幅悪化か。極端に言えばどちらが先か、というチキンゲームの様相であるようだ。

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2022年3月16日 (水)

ロシア軍「Z」マーク、シンボル化

ロシアでは、「Z」マークがプーチン政権支持表明のシンボルになっている。本日付日経新聞国際面記事からメモする。

ウクライナへの侵攻を続けるプーチン政権を支持する層はアルファベットの「Z」を、愛国心を示すシンボルとしている。一方、ウクライナでは侵略の象徴として受け止められており、ナチスドイツの「かぎ十字」になぞらえる見方も各国で広がる。

2月24日の侵攻開始以降、ロシア国内やウクライナの親ロ派勢力が支配する地域では、Z字が「プーチン政権擁護」といった新たな意味を帯びて急速に広がり始めた。

ロシア語を表記するキリル文字にはZはなく、由来は諸説ある。ロシア国防省はZの発音で始まるロシア語の「勝利のために」から来ていると示唆するが、政権転覆を図るウクライナのゼレンスキー大統領の頭文字から来ているという見方もある。ウクライナに展開するロシア軍の戦車の一部に「Z」と白く書かれていたことに由来するとの説も有力だ。

・・・ロシア軍の侵攻直前、作家の佐藤優氏は映像でロシア軍車両の「Z」マークを見て、「ロシアはウクライナに入る肚だと確信した」という。なぜなら、「ロシアとウクライナは同じ車両を使っており、何らかの形で区別する必要がある」からだと述べている(「週刊新潮」3/10号)。おそらくこの識別マークがそのままシンボル化したということなんだろうし、「Z」マークが選ばれた理由もロシア国防省の示唆するところで良いのかもしれない。しかしまあ自分のような年寄りは、昔の「快傑ゾロ」やら「怪獣ゼットン」やら「マジンガーZ」を思い出して、「Z」は簡単に書けるし、強い感じがするのと謎めいた印象があるのも良いのかな、と思ったりもする(苦笑)。

それはそれとして、プーチンがウクライナの政権を「ネオナチ」と呼び、これに対して、ウクライナ側はロシアの押し立てる「Z」マークを「鍵十字」に見立てるという思考の筋道は、むしろ今でもナチスの「絶対悪」としての輝きは不変であることを示しているようだ。

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2022年3月15日 (火)

国連、「オワコン化」が明瞭に

ロシアの蛮行により、国連の国際秩序維持機能の無力化が明らかになった。本日付日経新聞オピニオン面コラム記事(国連、これでいいのか)よりメモする。

ロシアによるウクライナへの侵略は、平和を保つための国際社会の機能がまひしている現実を突きつけた。その最たるものが、国連の安全保障理事会だ。
安保理に求められるのは「平和の番人」の役割で、その権限も与えられている。平和を脅かす国には制裁を決定し、国連メンバーはそれに従う義務がある。
ロシアの侵攻を受け、安保理は2月25日に急きょ、会合を開いた。だが、制裁はおろか、非難決議すらも採択できなかった。
常任理事国の米英仏中ロは決議への拒否権を持っている。ロシアはこの特権を使い、これからも制裁案を葬るにちがいない。

この状態はアジア太平洋の安定にとっても大きな脅威だ。仮に、中国が台湾に侵攻したとしても、同国の拒否権により、安保理は全く身動きできない恐れが強い。
このありさまは今の安保理体制が、もう限界にあることを示している。この体制は先の大戦直後の1945年10月、戦勝国の米英、ソ連(ロシア)が主導し、中国とフランスも加えて立ち上げた。
これら5カ国が世界秩序を支えることを想定していたが、前提は完全に崩れた。ロシアは明白な侵略国となり、中国も現秩序を守るより、曲げる側に回っている。

では、どうすればよいのか。いちばん望ましい方策は、常任理事国の拒否権に一定の制限を設け、中ロなどが乱発できないようにすることだ。
それには国連憲章を変えなければならない。憲章の改定には総会の3分の2と、すべての常任理事国の賛成が要る。実現は極めて難しいと言わざるを得ない。
そこで次善策としては、米英仏中ロの拒否権をそのままにする代わりに、安保理メンバーを増やすという道がある。
常任理事国に日本やドイツ、インドといった主要国を加えたり、現行10カ国の非常任理事国枠を広げたりする。もっとも、これも憲法改定が必要だ。

ならば、まずはウクライナ侵攻問題に焦点を絞り、常任理事国などからロシアを外すことを考えてはどうか。欧州メディアによれば、西側諸国の一部では、この案を探る動きが浮上しつつある。
ロシアは1991年に崩壊したソ連を引き継いで、常任理事国におさまった。国連憲章上、この手続きに「不備」がなかったかどうかを厳しく検証し、ロシア追放につながる根拠を探すことなどを想定しているようだ。

強制力をもつ安保理がこのままでは、世界の秩序はおぼつかない。ロシアの蛮行をもってしても改革できないとすれば、安保理が変われる日は永遠に来ないだろう。

・・・今回のロシアの蛮行は、ポスト冷戦はおろか、冷戦さらには大戦直後まで遡る、世界秩序構築のこれまでの過程を全て台無しにした、とも言える。戦勝国中心の国際秩序維持の仕組みは、もはや有効性を失った。これは新たな国際秩序維持の体制を作るチャンスとも見えるが、恐ろしく難題であることも疑いない。

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2022年3月12日 (土)

日本発プラモ縮尺の世界標準化

プラモデルの戦車1/35スケール、戦艦1/700スケールは、日本発の世界標準である。本日付日経新聞土曜版記事からメモする。

世界最初のプラモデルが英国のブランド、フロッグから発売されたのは1936年のこと。複葉戦闘機3機種がモデル化され、スケール(縮尺)は72分の1だった。72分の1に加え、一回り大きい48分の1はプラモデルの主流だ。これらスケールの源流はヤード・ポンド法。12進法と縁が深く、英米で広まった。

一方、初の国産プラモデルは58年にマルサン商店が発売した潜水艦、ノーチラス号など4点というのが定説だ。60年代初頭には田宮模型(現タミヤ)、長谷川製作所(現ハセガワ)、エルエスなど国内メーカーが市場に参入した。60年代初めの各社製品の多くは75分の1、50分の1などメートル法準拠で設計しやすい5の倍数の国内スケールで、国際的に無力だった。

ところがあるとき、後に世界標準となる縮尺が誕生した。田宮模型が61年末に発売した戦車シリーズで採用した35分の1である。タミヤ広報担当によれば、第1作の「ドイツ パンサータンク」発売時は35分の1を明確に意識していたわけではなく「車体に単2乾電池2本を収められるサイズがたまたま35分の1になった」のだという。

田宮模型は35分の1でモーターで動く戦車に加え、動かない装甲車や大小火砲、兵士のフィギュアを「ミリタリーミニチュア」として大々的にシリーズ化。70年代にかけ米欧に輸出攻勢をかけた。海外の博物館での実車取材に基づいた正確な設計や、国内外の他メーカーを寄せ付けない金型技術による精密再現に同社は力を込め、日米各社が32分の1や30分の1で出していた戦車模型を駆逐し、70年代初めには35分の1が国内外ともデファクトスタンダードとして確立した。

もう一つ、日本が生んだ国際的スケールに艦船模型の700分の1がある。71年に静岡県内に本社を置く田宮模型、長谷川製作所、青島文化教材社、フジミ模型が共同で始めた艦船モデル「ウォーターラインシリーズ」が源流だ。海外の戦闘艦も積極的にモデル化したところ、英のマッチボックスやアジアを中心とする多数の企業が追従した。

・・・70年代前半、中学生だった自分は「ミリタリーミニチュア」も「ウォーターライン」もよく作った。「ミリタリーミニチュア」は、精密な戦車模型をキレイに作るだけでなく、写真資料等を見ながら「汚し」塗装他の工夫を施して、いかにリアルに仕上げるかに苦心し、さらに兵士フィギュアも配置した戦場ジオラマを作るという楽しみを提供した。「ウォーターライン」は、静岡4社共同で連合艦隊を再現するという企画で、船底部分を省略した洋上模型というスタイルも当時は目新しかった覚えがある。700分の1というスケールは艦船模型としては小振りな感じもするが、連合艦隊の戦艦、空母、重巡など主力艦をコレクションする楽しみに重点を置いたスケールの設定だったと思われる。

70年代は確かにプラモデルに勢いがあった時代だと思う(石油ショックの影響はモロに受けたが)。その時代にたまたま居合わせた自分も、一端の「プラモ少年」となったわけだが、今の時代、現役の「プラモ少年」の姿は目立たない。日経記事冒頭にも「今では中高年の趣味となったプラモデル」とあり、元「プラモ少年」である「プラモ中高年」が、地道に作り続けている感じだろうか。自分はと言えば、元「プラモ少年」のままである。プラモ作りを復活したいとも思ってない。それでも「プラモ少年」だった記憶は、貴重なものだと感じられる。なぜなら、それは戦争を学ぶ機会だったからだ。当時の少年である我々にとって戦争は、プラモ、映画、マンガで学ぶものだったのだ。

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2022年3月 6日 (日)

独ソ戦から80年後のウクライナ戦争

このところ毎日、ロシアやウクライナの地名を見聞きするうちに、何となく気分は「独ソ戦」になり、とても久しぶりにソ連映画「ヨーロッパの解放」を観た。公開から50年経っている作品で、最新のDVDパッケージの外装は「ガールズ&パンツァー」コラボ版であることに苦笑しつつ、時の流れを感じたりする。

さて「ヨーロッパの解放」が描くのは1943年以後の独ソ戦、つまりソ連の反転攻勢開始から1945年にベルリンを陥落させるまでの2年間で、今回自分が観たのは前半部分のクルスク大戦車戦、ドニエプル渡河大作戦。この映画では、冒頭からドイツ軍タイガー戦車が登場するが、このソ連製タイガー戦車(!)は割とよくできていて、公開当時プラモ少年だった自分も結構興奮して観た覚えがある。

映画には描かれていないが、1943年初めスターリングラードで勝利したソ連軍は、ハリコフでドイツ軍の反撃にあう。次にドイツ軍が攻撃目標に定めたのがクルスクであり、同年夏にクルスク攻略作戦を開始。しかしソ連軍の堅い防御態勢の前にドイツ軍の戦力は消耗。ソ連軍は反転攻勢から勢いに乗り、同年秋にドニエプル川を押し渡りキエフを奪回した。

そのおよそ80年後の現在、かつて独ソ戦の激戦地だったキエフとハリコフで、旧ソ連のロシアとウクライナ、歴史的にも文化的にも「兄弟国」であるはずの両国が戦いを交えている。80年という歴史的時間としては長くはない年月を経て、こんなことが起きるとは一体全体、何がどうなってこうなったのか、どうにも理解しがたい奇々怪々な現実だ。

ロシアにとってウクライナは、かつてナチスドイツと戦った同志だ。ところがロシアのプーチン大統領は、そのウクライナの政権を「ネオナチ」呼ばわりしている。とても正常な神経であるとは思えない。最近ではプーチンの精神状態についてもあれこれ取り沙汰されているようだが、計算高く冷静な男が突如とんでもなくアブナイ奴になってしまったのか、やはり計算づくでアブナイ奴になったフリをしているのか、それも結局は分からない。それでも土台、何の大義名分も実利もないと見える戦争を起こした時点で、プーチンは「ヒトラー」という単純素朴なイメージと否応なく結びつけられる。そしてその「ヒトラー」が、敵に向けて「ネオナチ」という言葉を投げつけるのだから、これはもうグロテスクな有り様としか言いようがないのだ。

ウクライナに対し「特別な軍事作戦」と称する侵略を開始したプーチンは、停戦条件についてもウクライナの「非軍事化」「中立化」という、これまた他国から言われる筋合いは全くない、国家主権の侵害とも思える要求を突き付けている。現下のロシアの軍事行動は、プーチンとしては主権国家との戦争ではなく、属国に対して自分の指図を無理矢理受け入れさせるための大規模紛争、そんな程度の認識なのかもしれない。結局このやり方は、かつてソ連がチェコやハンガリーに軍事介入したやり方と殆ど同じに見える。つまり「KGB」出身者プーチンの頭の中は、「冷戦」思考に捉われているままのようにしか見えない。おそらく、いま我々を苦しめている事態は「新冷戦」などという大層なものではなく、いわば冷戦の「亡霊」であるように思う。そしてそれ以上に、独裁的指導者の被害妄想的世界観で戦争(核兵器使用の可能性も含む)を起こすことができる国が存在する(我が国の隣国でもある)という、空恐ろしい現実に我々は向き合っている。

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2022年3月 1日 (火)

冷戦終結30年後の「ウクライナ危機」

1989年、アメリカの政治学者フランシス・フクヤマは論文「歴史の終わり」で自由な民主主義の勝利を示唆。その直後、ベルリンの壁が有名無実化した。冷戦終結から30年余り経過した現在、フクヤマ氏の目にウクライナ危機はどう映るのか。本日付日経新聞インタビュー記事(ウクライナ危機を聞く)からメモする。

ウクライナ危機は極めて重要な事件だ。問題はウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟ではない。ロシアのプーチン大統領の願望は、ソビエト連邦の再建と旧ソ連崩壊後にできた欧州の安全保障秩序の転覆だ。

(冷戦終結を先取りした「歴史の終わり」の後に続いた)民主主義の拡大の時代は明らかに終わった。強権国家の台頭が続いている。
いまは明らかに異なる歴史の局面にいる。「歴史の終わり」で問いかけたのは、自由な民主主義を上回る政府のモデルがあるかだった。いまも答えはノーだと思う。だが、現代の我々は民主主義の後退と弱体化に対抗しなければならない。

ではこれは第2次冷戦といえるのか。ロシアは旧ソ連のような強国では全くない。50年続いた冷戦のようにはならない。長期では中国こそ最大の脅威だ。
ウクライナ侵攻が中国の台湾侵攻の誘因になるかは、この戦争の長期的な結末による。ロシアが反撃を受けて多くの死者を出し、制裁で痛手を負えば、台湾問題では注意深く動くよう、中国に促すことになる。

民主主義勢力が強権主義を押し返すために必要なことはなにか。それはさらに厳しい制裁をロシアに科すこと。そして再び兵力の強化を考えることだ。
民主主義は強権主義を抑え込めると思う。冷戦下でも意見の不一致や弱点を抱えながら、西側同盟は結束して2世代にわたり持ちこたえた。いまできないことはない。

・・・かつての冷戦における社会主義対資本主義(自由な民主主義)のイデオロギー対立は、今や強権主義と自由な民主主義の対抗に衣替えした。自由な民主主義の勝利を意味する「歴史の終わり」、そこに辿り着くのは未だ遠い道のりのようである。

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