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2022年2月18日 (金)

「哲学」と「歴史」は大事

橋爪大三郎と佐藤優の対談本『世界史の分岐点』(SB新書)から、国や社会の正しい運営のためには、「哲学」や「歴史」が肝心だという話を、以下にメモする。

橋爪:(これがいい、これがよくないと)決める根拠は何か。さかのぼれば、これが正しいのだと考えぬいた、確信でしょう。その考え抜いた確信を、一人で思うだけじゃなく、みなで議論して、合意する。こういう活動を哲学とよべば、哲学は、誰にでも理解できるものでなければならない。そして、教えることもできなければならない。議論して変えることもできなければならない。そして、正しいということをいつも検証しなければならない。こういうことを社会全体として共有する仕組みが必要だ。

佐藤:要するに「反証主義とは何か」を理解していない人たちが、今の政治家の大多数なんだと思います。文明人として政治を執り行うのなら、反証可能性というものを常に意識し、議論し、いくつもの反証テストを経て最終的に生き残った選択肢をとっていくという姿勢でいなくてはいけない。胆力も必要です。何かを決めたり変えたりするには、議論を戦わせなくてはいけませんし、それには価値観も必要です。そして、その価値観とは突然降って湧いてくるものではなく、歴史的な検証を経て、みずから練り上げないといけません。

橋爪:哲学が必要なのですけれど、歴史も大事なのです。こういう比較的恵まれた状態になるために、先人がどれだけ苦労して、どういう犠牲を払って、何を諦めて、ここまでたどり着いたのかを覚えてなかったら、今を記述することさえできない。私のいう歴史は、その過去を自分の過去として生きているかどうか。

佐藤:そこで課題となるのが、知識人の不作為でしょう。歴史とは何か、価値とは何かという作業を、もっと熱心にやらなくてはいけないということだと思います。

橋爪:やはり、哲学が大事です、歴史を含めてね。哲学をつくり出して共有する努力が、国を救う最後の切り札になる。

・・・この本で佐藤氏は、日本の官僚は「哲学的な訓練や倫理学的な訓練を積んでいない」とも評している。特に外交や安全保障を担当する官僚に、歴史を背負った哲学が欠けているとしたら・・・果たして大丈夫なのかニッポン。

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