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2022年1月30日 (日)

怪しい脳科学

なぜ人に会うのはつらいのか』(中公新書ラクレ)は、精神科医の斎藤環と作家の佐藤優の対談本。同書から、「脳科学」について斎藤先生が意見を述べている部分を、以下にメモする。

精神医療の分野では、「心」が後退すると同時に、それが「脳」に置き換えられていく、という現象が起きています。

ふり返ってみれば、1990年代には心理学が席巻していて、ベストセラーも数多く生まれたわけです。ところが、2000年代に入って、精神分析をはじめとする心理学に対する信頼感がどんどん低下して、社会的なブームは凋落傾向となりました。そして、入れ替わるように起こったのが、「脳科学」ブームでした。もはや心について説明してもあまり相手にされないけれど、「脳がこうなっています」という説明は、大勢の人々の心に響くのだと思います。
ただ、私に言わせれば、かつて心理学で語られていたことを、単に脳の話に置き換えているような話も、実は少なくないのです。

今脳科学の名の下に語られていることを丸ごと信じている人には悪いのですが、いまだに人間の社会的・文化的行動を脳との関連で直接説明できた試しはないのです。せいぜいマウスなどを使った実験結果を、人間にもあてはめて類推している段階なんですよ。

ともあれ、脳に関しては、その謎に取りついて、周囲にどんどん仮説を集積させているというのが現状なのです。

・・・巷には、「男脳」と「女脳」とか、「左脳」と「右脳」とか、何とかホルモンが出るとどうなるこうなるとか、人間の行動について脳で説明するもっともらしい言説が溢れている。しかし例えば、「男脳はこう考える」「女脳はこう考える」というのと、「男性はこう考える」「女性はこう考える」というのと、説明の内容の一体何が違うのか。斎藤先生が指摘するように、単に言い換えているような話も多いと感じる。かつて心理学は実験をもとに事象を説明する科学を標榜していた。そして脳科学もまた、自ら科学であると称している。脳科学が科学と言えるのかどうかはさておき、人間行動の説明要因を「心」から「脳」にシフトさせる動きは、より正しい科学を目指すというよりも結局はトレンド、「科学的」説明の仕方の流行り廃りに過ぎないようにも見える。

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