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2022年1月29日 (土)

映画「クナシリ」

映画「クナシリ」を観た。タイトル通り、国後島で暮らす人々を映したドキュメンタリー映画。監督はベラルーシ生まれ、フランスで活動するウラジミール・コズロフ。

島で生活するロシア人のおじちゃん、おばちゃんが何人か登場していろいろ語るという、それだけといえばそれだけの映画。上映時間も1時間10分程度と短めなので、見終わってずっしり残るものがある、という訳でもない。ラストに置かれるのは、公式サイトにも出ているじっちゃんの顔の大写し。これで映画としては何となく格好が付いてる感じはするが、全体的に散漫な印象。こういう「語り」の占める部分が大きいドキュメンタリーは、やはり言葉が分からないと、見ている側に直接響いてこないということもある。

レーニンの胸像が町中に置かれていて、なるほど確かに国後には「ソ連」が残っているなという感じはした。所々で、当時の島民だったと思われる日本人を映した写真のカットが挟み込まれるが、これがホントにもう古色蒼然というか、昔の日本というのは今の日本とは違う国だった、それくらいの印象すらあった。つまりロシアの辺境である国後島には、現在も「ソ連」の意識が残り、一方で日本の痕跡といえるものがあるとすれば、それは「戦前」の記憶ということになる。どちらにしても、そこに現代のロシアや日本と同じ時間が流れているとは思えない。結局のところ、国後島はじめ北方領土は、ロシアからも日本からも、置き去りにされた場所になっているのは確かであるようだ。

単純な話、1945年から100年も経ってしまえば(あと23年だ)、北方領土に何かしら具体的な縁のある日本人はいなくなってしまう。そうなれば、北方領土は日本固有の領土であるという言い分も内実を失ってしまうだろう。ソ連の「不法占拠」であるとしても、結局実質的に「時効」になってしまう。というか、現にそうなりつつある。

結局戦争は「何でもあり」だなと思う。国家が手段を選ばず力を行使するのが戦争。その戦争に日本は負けた。その結果が、現在の北方領土の現実だ。もちろん米軍基地がある沖縄の現実にも、同様のことが言えるだろう。そのような現実を直視することは、日本の過去の現実、要するに歴史を否応なく考えさせられることになる。

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