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2022年1月31日 (月)

忘却のパンデミック

なぜ人に会うのはつらいのか』(中公新書ラクレ)は、作家の佐藤優と精神科医の斎藤環の対談本。同書の中で斎藤先生は、今回の「コロナ禍」がはたして後世に亘って記憶されるのかどうか、とても気になっているという。「忘れられたパンデミック」の先例であるスペイン風邪について、斎藤先生が語る部分を以下にメモする。

新型コロナに対する危機意識が強まった2020年の春頃から、アメリカの歴史学者A・W・クロスビーの『史上最悪のインフルエンザ 忘れられたパンデミック』という本が売上を伸ばしました。「忘れられたパンデミック」とは、1918~19年に世界的に大流行した「スペイン風邪」のことです。
この感染症の犠牲者は、多い推定では全世界で一億人とも言われ、人類史上、最も大量の死をもたらした災厄でした。にもかかわらず、奇妙なことに明確なイメージとして語り継がれることがなく、そのためにすっかり忘れられてしまったのです。

クロスビーは、その理由を三つ挙げています。一つは、第一次世界大戦の末期と重なったこと。相対的に感染症のインパクトが薄れてしまった。第二に、病気の経過がドラマチックではなかったことです。この病は死ぬ人はすっと死に、生き残った人には「ただの風邪」程度のインパクトしか残しませんでした。そして第三に、死者には若く壮健な者が多く、社会的に重要な地位の人間は、それほど多くは犠牲にならなかったために、記憶に残るような悲劇性が弱まった点を指摘します。

人間の体験には、「ピーク・エンドの法則」というものがあって、一番しんどい時と、最後が記憶として強く刻まれるのです。しかし、二年余りの状況を見る限り、新型コロナは「ピーク」も「エンド」も曖昧なままフェードアウトしていって、WHO(世界保健機関)が終息宣言をする頃にはみんな忘れている。そんな状況になりかねないのではないか、という気がするのです。

・・・スペイン風邪といえばエゴンシーレ。世紀末オーストリアの天才画家は、スペイン風邪にかかり28歳で夭折した。「忘れられたパンデミック」について、とりあえず自分は、若き天才の命を奪った病として記憶している。

さて、たぶん斎藤先生の懸念の通り、今回のコロナ禍は終息すれば、その災厄に対する人々の記憶は急速に薄れることが予想される。その理由は、上記のスペイン風邪忘却の理由2番に近いと思うのだが、結局現実に感染した人と感染しなかった人の経験が違い過ぎることにあると思う。今のところ自分もコロナは他人事でしかないし、このままコロナが終われば、その経験はある時期のエピソード程度の記憶に止まるだろうと感じている。たとえば、コロナのおかげで在宅勤務が普及したよな~とか。だから、今回のコロナを感染症の記録または記憶として留めたいならば、現実に感染・発症した人々の声をなるべく広くたくさん集めるしかないよなと思う。

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