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2021年8月12日 (木)

天皇制のフェードアウト

社会学者の大澤真幸は、日本人が天皇制を続けるのであれば、それなりの覚悟が必要だ、という。『むずかしい天皇制』(大澤真幸、木村草太の共著、晶文社)からメモする。

大澤:たとえば将来、「天皇家は絶滅したので、やめます」とするのは良くない。天皇制というのは、自然の与件ではなく、制度だからです。やめるならやめる、続けるなら続けるで、国民の意思で決めたほうがいい。持続可能性もないし、もはや必要もないということで、国民の意思としてやめる、ということであれば、それもいいと思います。しかし、もし天皇制を続けるのであれば、それを前提とした覚悟が必要だと思います。天皇制の支持率は高いのに、日本人が、この制度の持続可能性についてあまり本気で考えず、なるようになるさというようにしか見てないのは不思議なことです。

木村:結論はみんな見えていると思うんです。今の天皇家は世襲できなくなる時が必ず来る。その時には、天皇制度を廃止するか、なんらかの理由をつけて他から新たな天皇を立てるしかない。でも、両方とも地獄でしょう。この地獄から目をそらすために、話をしようともしない。

・・・もし日本国民が本当に天皇制を支持しているなら、当然皇位継承問題にも国民的議論が巻き起こるはずなのに、それがないというのは、皇位継承について我が事のように考えている人は結局、あんまりいないということだろう。たぶん今では皇位継承というのは、天皇家という特別な家族の個別問題くらいにしか思われてないんじゃなかろうか。要するに国民の大部分にとって他人事なのである。だから、大澤先生は「天皇制の支持率は高い」と言うけれど、「天皇制支持」の内実をよくよく調べる必要があると思う。まあとりあえず自分の感覚では、天皇制という抽象的な制度の支持者が多数いるというよりも、何というか、日本のセレブとしての天皇家という具体的な存在を認めている、要するに「皇室ファン」が一定数いる、と言われれば凡そ納得できるかなという感じ。おそらく実態としては、日本人の大部分はもはや天皇制に無関心なのだろうという印象がある。関心が無いとすれば当然、天皇制を続ける覚悟があるとも思えない。どうやら天皇制は実質的に「オワコン」になってるんじゃないか、とも思えてくる。

それでも大澤先生が言うように、天皇制は制度なのだから、つまり人間が決めたことなのだから、自然にフェードアウトするのではなくて、どこかで国民がもう要らないよね、という意思を示して終えることが道理(国民主権なんだからさ)だとは思うけどね。

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