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2021年8月11日 (水)

天皇の「象徴としての行為」とは

日本国憲法に「天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴」と定められている。その規定の内実、そして「象徴としての行為」とは何か。『むずかしい天皇制』(大澤真幸、木村草太の共著、晶文社)からメモする。

木村:長谷川恭男先生は、教科書でみんなが天皇のことを日本の象徴だと思わなくなったら、憲法第1条に意味はなくなると解説しています。
大澤:これは、日本人の一般的な感覚とちょっと違うかもしれませんね。日本人はたぶん「天皇は象徴である」を事実命題であるだけでなく、当為命題のようにも受け取っているのだと思います。象徴であるべきであると。
木村:いずれにせよ、「象徴とは何か?」について、充分な検討や解説のないままに、憲法第1条が日本社会に登場したのは事実だと思います。

大澤:正直にいいますとね、僕は、平成の天皇・皇后の「象徴としての行為」がそれなりに成功した背景は、「戦争」だと思うのですよ。明仁天皇自身が、戦前の生まれで、戦争を経験しているし、だから、あの戦争に対する日本人の集合的な懺悔心とか後悔とか反省とかを身に帯びて行動することができたし、自らも積極的にその役割を引き受けたと思う。さらに、そういう天皇だからこそ、戦争には関係がない場面でもオーラが宿ったのかもしれない。
国民の大半が戦後生まれで、天皇自身も戦後生まれであるような状況で、なお新しい天皇に、平成の天皇のようなオーラを期待できるだろうか・・・。
木村:明仁天皇の場合は、誰もが、意識的・無意識的に戦争を想起し、同じものを思い浮かべられた。ところが徳仁天皇の場合、人によって、何を象徴していると感じるかが分かれてくる。
徳仁天皇は、何を象徴するのか、丁寧に象徴行為の戦略を練らなければいけない。

・・・終戦直後の、昭和天皇の「地方巡幸」の映像を見たことがある。場所は広島。お立ち台に立ち、帽子を取って挨拶する天皇。集まった人々もすぐさま、一斉に帽子を取って応える。「日本国民統合の象徴」が実感される場面だ。おそらくはあの時代だったからこそ、「象徴」にもリアリティがあったのだと思われる。「初代」象徴天皇である昭和天皇は、存在そのものが象徴として認められていた気配があった。次の平成天皇はさらに、自ら「象徴としての行為」を考えて真摯に取り組んだ。そして今後、今上天皇は象徴としていかなる行動をとるのだろう。象徴の内実は時代とともに変わっていくという予感がある。小生は今上天皇と同学年。ということだけで気楽な言い方をすれば、お手並み拝見という気持ちである。

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