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2021年8月10日 (火)

明治維新へのアンビバレントな思い

社会学者の大澤真幸は、明治維新によって「日本が近代化し、植民地にもならずにすんだ」にも係わらず、「明治維新に対して、全面肯定的には語られず、どこかに否定的な自重する気分が日本人にはある」、という。その理由はおそらく、明治維新という「革命」の性格に由来するもののようである。『むずかしい天皇制』(大澤真幸、木村草太の共著、晶文社)からメモする。

大澤:(明治維新が)何を達成したのかもよくわからないし、どこで達成したのかもわからない・・・。
維新で達成できなかったもののほうが良かったんじゃないの?という気分がする。しかし、現代の日本人は、開国はもちろんですが、倒幕したことも正解だったと思っている人が圧倒的に多いでしょう。しかし、にもかかわらず、その「正解」に対して手放しのポジティブな感情を持ち切れていない。
明治全体が終わってみれば、議会がつくられ、市民革命的なものが起きたように思えます。しかし、王権・天皇制ということに着目したとき、ヨーロッパの中世・近世の王権というのは、他にはない特徴があった。それは、議会というものとセットになっていたということです。身分制議会と王権の間に依存関係と緊張関係の両方があった。
ヨーロッパの市民革命というのは、王対議会の対立の中で、議会的なもののほうが勝っていく過程だと見なすことができます。
しかし日本の場合の天皇制は、もちろん、議会とは関係がない。

大澤:日本の場合には、維新の達成と憲法の間に断絶があるのではないか。明治維新から20年ほどかかって、憲法ができていますよね。
木村:確かに、制定までにかなり時間がかかっています。当時の政府は民権勢力を抑えられるように、君主制原理に基づく憲法を作った。政治権力はすべて天皇に属することとして、議会が力を引き出せないような仕組みにしたのです。
大澤:民主主義革命のようなものが起きて作られた憲法とは違っている。
木村:そうですね。モデルになったプロイセン憲法は、議会と君主が綱引きをしているときに、議会権限を限定する思考で作られたものです。

・・・とにかく西欧列強に対抗するため、大急ぎで近代化を成し遂げた日本ではあったが、いわゆる「外圧による変化」「上からの革命」により急造された近代国家であっただけに、「議会」や「憲法」に市民革命的な実質が伴っていないなど、体制の歪みもいろいろあったということで、それが日本人の明治維新に対する、アンビバレントな思いの元になっているように思う。

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