EU危機とポピュリズム台頭
民間エコノミスト出身の浜矩子・同志社大学大学院教授。新刊『統合欧州の危うい「いま」』(詩想社)では、EU各国の政治状況を分析。同書第1章から、ポピュリズムとナショナリズムについて、以下にまとめてみる。
ポピュリズムは「大衆迎合」。ナショナリズムは「国家主義」とするのが定番の訳し方。この二つは混同されたりするが、もちろん同じものではない。ただ両者に共通点はある。それが二分法。世の中を「我ら」と「やつら」に二分割して、「やつら」を敵視する。ポピュリズムもナショナリズムも、このやり方で人々に働きかける。ただし誰が「我ら」で誰が「やつら」なのかは、両者で異なる。
ポピュリズムの場合、「我ら」が「大衆」で、「やつら」は「エリート」。大物政治家や高級官僚、ビッグビジネス経営者、富裕層、インテリ層等々。ポピュリストはエリートの差別から大衆を守る。ポピュリストは人々の意思の代弁者である。これがポピュリズムの論理だ。
ナショナリズムにおける「我ら」は「身内」、「やつら」は「よそ者」である。移民、難民、異教徒、異民族等々。それに加えて、国家の存立を脅かす者たち。人権活動家、市民運動家、労働運動家、反体制ジャーナリスト等々。
ポピュリズムとナショナリズムが重なり合う領域は「ポピュリズム型ナショナリズム」と呼べるだろう。ここは、ナショナリストたちがポピュリストに変装している領域だ。大衆の味方というポーズを前面に打ち出しながら、人々を国家主義の世界に引きずり込んでいく。これがポピュリズム型ナショナリズムの手口だ。
ナショナリズムと合体していないポピュリズムの領域は「反体制型ポピュリズム」と呼べるだろう。反体制は、英語の「アンチ・エスタブリッシュメント」のイメージ。(確立された権力または統治機構に異を唱えて改変を迫る)
・・・このポピュリズムとナショナリズムの台頭は、政治的中道を支えてきた中間所得層の衰退と表裏一体の動きであり、ここから中道右派の極右接近、中道左派の消滅という現象も現われてきている。というのが浜先生の見立ての概略。特に中間所得層の衰退傾向は、日本も同様であろうから、EU各国の政治状況を他人事として見るわけにはいかないと考える次第です。
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