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2020年11月30日 (月)

ポテサラはロシア生まれ

日経新聞電子版(日経スタイル)の11月29日付記事から以下にメモ。

日本人なら誰でも好きなポテトサラダ。そのポテトサラダの起源はいかに? 日本では「ポテトサラダ」といえば、一般的にゆでてつぶしたジャガイモに野菜やハムなどの具材を合わせて、マヨネーズであえたものをいう。ということで、1925年に日本初のマヨネーズを発売し、ポテトサラダに関しても長年にわたり研究を重ねてきたキユーピーにうかがった。

「ポテトサラダの起源は、諸説ある中でも、19世紀にモスクワのレストラン『エルミタージュ』のシェフ、リュシアン・オリヴィエが考案したオリヴィエ・サラダ説が有力です」(キユーピー広報・グループコミュニケーション室)
FAOSTAT(国際連合食糧農業機関統計データベース)によると、2018年度のジャガイモの世界生産量は、1位中国、2位インド、3位ウクライナで、ロシアはそれに続く世界第4位のジャガイモ大国だ。

ロシア発祥のポテトサラダは世界各国に広がり、国ごとに独自のレシピを発展させたという。日本ではどう発展したのだろう。「日本では、大正時代に帝国ホテルでポテトサラダが考案されました。当時はハイカラな高級料理だったと想像できますが、戦後日本人の食生活ががらりと変わるなかで、学校給食にもキャベツ入りポテトサラダが登場するにいたり、日本独自の味に進化していきます」。

・・・加えてキューピーマヨネーズのコクのある味も、日本人のポテサラ好きを後押ししたようなのだが、それはともかく、ポテサラがロシア生まれだったいう、そのことが一番へぇ~って感じだった。

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2020年11月22日 (日)

木村九段、藤井二冠撃破(NHK将棋)

本日、将棋NHK杯戦、藤井二冠対木村九段の対局が放映された。何しろ今年夏の王位戦の顔合わせが見られるのだから、とにもかくにもテレビの前に座るしかない。将棋は先手番の木村九段が135手で勝利。戦型は角換わりからの激戦となり、終盤には馬をタダで捨てる手が飛び出すなど、木村九段が攻守ともに見せ場を作る展開だった。

何しろ二日前には、藤井二冠が王将戦リーグで木村九段相手に通算200勝達成とのニュースもあっただけに、本日放映の勝負の結果には、木村ファンも留飲を下げたというか安堵したことだろう。

周知のように王位戦は藤井の4連勝、タイトル奪取で終了。8月20日、福岡市で行われた第4局終了後、藤井新王位が記者会見に向かう時の様子を「将棋世界」誌が伝えている。記事によれば、対局場の外には100人以上の将棋ファンが集まり、「出待ち」していた。藤井新王位が現われる。拍手と歓声の中でタクシーに乗り込み、記者会見場へ。そして・・・以下は記事から引用。

藤井が去っても、多くのファンは動かない。8割はその場から離れなかった。敗者を待っているのだ。
5分が過ぎ、王位を失ったばかりの木村が現れた。藤井に負けないくらい、いやそれ以上の拍手が沸き起こった。「木村さん、頑張って!」という声援も飛んだ。木村は少し驚いた様子だったが、歩みを止めた。そして深々と一礼をした。
拍手は、いつまでもやまなかった。

・・・将棋ファンはいい人ばかりだ。ちょっと泣ける。

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2020年11月16日 (月)

押井監督の憲法論

コアなファンが多い(のではないかと思う)アニメ映画の監督、押井守がインタビュー形式で日本社会・文化を縦横無尽に語る。新刊『押井守のニッポン人って誰だ!?』(東京ニュース通信社・発行)は、一見雑談風ながら、時たま放たれるラジカルな認識が痛快。以下に、憲法を語る部分からメモする。

民主憲法、平和憲法、いろんな呼び方があるけど、わたしに言わせればマッカーサーを略してマック憲法。
国の交戦権を否定している憲法なんて、わたしに言わせれば反近代です。前近代どころか反近代。近代国家というのはみんな自衛権を認めていて、交戦権もあれば戦争する権利もある。ただし、侵略戦争をしちゃあダメという申し合わせはあるけどね。
どの国の憲法にも独自のスタイルがある。独自の歴史的背景を背負って存在している。ところが、マック憲法だけは歴史的根拠もへちまもない。一種の理想だけで作られているんです。集団的自衛権にしろ、日米安保条約にしろ、戦後の日本史はことごとく、この憲法を拡大解釈して裏切ってきた歴史なんですよ。

日本の歴史は小さなタブーを潰していく一方で、大きなタブーをスルーし続けてきた。その大きなタブーこそが、マック憲法と天皇制。

わたしは改憲派じゃないし、改憲するべきだと思っていない。廃棄するべきだと思っている。(聞き手から「過激ですね」との反応)
だってそうでしょ。あれは占領軍が作った憲法なんだから、本来なら講和条約を結んで独立したときに、日本人の手によってもう一度作り直すべきだったんですよ。民主主義から天皇制に至るまで、全部もう一度、考え直して新しく作る、それがわたしの考えです。

・・・押井監督の「過激」な意見に対し、自分的には異論はない。憲法のスクラップアンドビルド、やれるものならやりたいが、既に高齢社会に突入した日本では、憲法に限らず、何事かを変えようというエネルギーが失われつつあるように感じる。正直小生は悲観的です。

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2020年11月15日 (日)

母の教えを守るということ

社会現象と化したアニメ映画「鬼滅の刃」。自分のようなただのおじさんから見れば、決して万人向けとはいえない内容の作品が、大ブームを巻き起こしているのは不可解な現実。とは言っても、このブームをあえてネガティブに見るつもりもない。

物語の設定は大正時代、主人公の少年剣士である竈門炭治郎が仲間たちと共に、凶悪な鬼たちに立ち向かう。映画の後半部分で主役となる煉獄杏寿郎は、最強の鬼狩り剣士の一人であり、理想の上司、先輩としても認知されて人気が高い。

最強クラスの鬼と死闘を繰り広げる煉獄さん。しかし壮絶な闘いの果てに瀕死の重傷を負ってしまう。その目の前に死んだ母の姿が現われる。
煉獄さんは幼い日に、母から「弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです」と諭されていた。煉獄さんは母の姿に向かって問いかける。「母上。俺はちゃんとやれただろうか。やるべきこと果たすべきことを全うできましたか?」
その問いかけに対し、静かに微笑み「立派にできましたよ」と答える母の姿。その言葉を聞いて満足したかのように、煉獄さんの顔にも穏やかな笑みが浮かぶ。(原作単行本第8巻)

思うに、母の教えを守って生きられたかどうかは、男にとって最大のテーマの一つではなかろうか。自分は、煉獄さんみたいに強くもないし、人から頼られる人でもないけど、この場面にはしみじみ感じるものがあった。結局、男(の子)は、いつまでも母から褒められていたいのだと思う。

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2020年11月 3日 (火)

宇土櫓、復旧まで長い道のり

11月1日日曜日、熊本城を訪ねた。テレビで千田嘉博先生が熊本城を案内する番組を見て、地震後の城内見学コースができていることを知り、行ってみようと思い立った。あと、宇土櫓が解体復旧の方針と聞いて、一度「見納め」しておこう、という気にもなった。

実際に行ってみると、かなりのダメージを受けていると思われる宇土櫓の姿がそこにあった。解体復旧も止むなしという感じである。

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扉や窓が閉められていると、何だかお城が目を閉じて、眠りについているようにも見える。(子供みたいな感想)
以下に、熊本日日新聞の記事(2019年12月6日付)から一部を引用してみる。

本丸の西北側にある宇土櫓は、築城当時の姿を保っている貴重な建物で、国指定の重要文化財です。文化庁の「国指定重要文化財等データベース」には、「桃山時代初期の天守の様式を示している。」と、その価値が記されています。
明治10(1877)年の西南戦争や明治22(1889)年の地震も乗り越えた宇土櫓。平成28年熊本地震でも、倒壊を免れました。しかし、建物内部の損傷は大きく、1・2階のしっくい壁がひどく剥落、床が大きく傾き、2階の鉄骨製の補強材が1カ所たわむなどの被害が生じました。
宇土櫓は国の重要文化財なので、その価値を守るべく、丁寧に調査しながらじっくりと工事を進める計画になっています。

・・・宇土櫓の調査、解体復旧には10年以上、下手すりゃ20年近くかかるかも知れない。ので、再建された宇土櫓の姿を、還暦過ぎた自分がまた見ることができるのかどうか、自信が有るような無いような・・・。(苦笑)

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2020年11月 2日 (月)

熊本城「特別公開」

11月1日日曜日に熊本城を訪ねた。4年半前の地震により相当な被害を受けた熊本城では、現在、地上から5~7ⅿの高さがある特別見学通路を設けて、城内の復旧の様子や被害の状況を見ることのできる「特別公開」を行っている。見学通路は、「飯田丸」から本丸の南側を通り、「本丸御殿」地下の通路を経て「天守閣」に至るコース。途中、巨大な石垣にさらに追加の石垣が重ねて築かれた、いわゆる「二様の石垣」も、ちょっとパノラマ的に眺められる。

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特別見学通路は毎日公開。この空中通路の「南ルート」のほか、「天守閣」と「宇土櫓」の側を通る「北ルート」もあり、こちらは日曜・祝日のみ通行可能。できれば日曜・祝日に行って、両方歩く方がよろしいですね。

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